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善意で敷かれる鉄路のさきは


 わたしたちアジュール国王一家の乗る特別列車は、プロジャ鉄道の本線から離れ、フゼッペ社の専用線へと入った。


 沿線には、地元の住民と、フゼッペ社の従業員やその家族とおぼしき人たちが並んでいて、列車がとおりかかると、手にしているアジュール王国とフゼッペ社の旗を振ってくれた。

 テレーゼ、ヨーゼフ、ラースローネの三人は、窓を開けて手を振り返し、沿線の歓声に応えていた。


 ……どうやら、プロジャの一般大衆から見て、アドラスブルク家の皇子・皇女の印象は悪くないみたい。とりあえずほっとした。


 大砲王がアドラスブルク皇帝家としてのわたしたちではなく、アジュール国王夫妻宛てに招待状を送ってきたのは、オストリヒテやアドラスブルクの旗を配って振らせると、新生プロジャ帝国の誕生を祝ったばかりの人々に心理的抵抗が生じかねない、という計算があったからなのかも。


 フゼッペの本社工場前で汽車が停まり、降車したわたしたちを、社主であり招待主であるウォルフガング=フゼッペと幹部たちが出迎えた。


「ようこそお越しくださいました、エルディナント陛下、セシーリア陛下。不躾けな招待を快諾していただき、このフゼッペ、万感の極みであります」


 フゼッペは以前会ったときの職人スタイルではなく、シルクハットにフロックコートの資本家ファッションだったが、勲章のたぐいは一切身につけておらず、あいかわらず貴族化の趣向はない、と身を持ってしめしていた。


 アジュール王として、アドラスブルク皇帝よりは質素な恰好のエルディナント陛下が、大砲王の第一声に応じる。


「ここまで汽車に乗ってきただけでも得るものがあった、ヘル・フゼッペ……とお呼びすればいいかな?」

「いかようにでも。私は貴族ではございませんので」

「近年のプロジャの勝利は産業化の勝利だ。プロジャ産業の旗手でありアジュール鉄道の大株主でもある貴兄には、製品の輸出先というだけではない、さまざまな観点からわが国への理解を深めてもらいたい」

「それは願ってもないお話ですな。弊社としましても、プロジャ国内、デウチェ圏内にとどまらず、世界的な展開を目指しております。鉄道レールや機関車の部品に関しては、すでに新大陸で販路を確立しておりますが、ステイツは遠からず自前の生産体制を整えるでしょう。ブライトノーツ資本も交えた海外市場での競争に勝ち抜くには、ここリッテ渓谷一帯以外にも生産拠点が必要となります。アジュールの資源と労働力は有望です、かならずや、弊社と貴国双方の利益となりましょう」


 いきおい込んで早口になったフゼッペに対し、エルディナントさまは苦笑気味に語を返された。


「ヘル・フゼッペは商売熱心だな。契約の話は、予より王妃のほうが得意だ。王妃の決めたことであれば予は干渉しない、要望はなんでも伝えてくれ」

「では、のちほどゆっくりと王妃陛下とお話させていただくとして、まずは弊社の最新設備をご覧ください」


    +++++


 鋼板を加工するプレス機も、鋳鋼を穿孔するフライス盤も、かつては水車が動力源で、ゆえに鉄鉱石と石炭が埋蔵されている上に川沿いという、天与の恵みがそろったリッテ渓谷は一大工業地帯となった。


 動力は蒸気機関となったが、鉄鋼を歯車やバネのような機械部品にしたり、機関車の車体や大砲の砲身に加工する工程そのものは変わっていない。


 テレーゼとヨーゼフは、(おお)きな機械が轟音を立てて動くたびに魔法のように一枚の鉄板が形を変えていくさまを、歓声を上げながら(騒音がすごいのでなんと言っているかは聞こえない)見入っていた。

 ラースローネは工場に入ってすぐ、すさまじい音にびっくりして泣きはじめてしまったので、レヒトハイネン男爵夫人といっしょに外で待機だ。


 ……わたしも外で待ってればよかったかな。見ごたえはあるけれど、いやほんとすごい音。耳が変になりそう。


「戦場でもここまでうるさいことはなかなかないよ。産業の近代化というのは大変なものだな」


 わたしのすぐとなりで、エルディナントさまがほとんど叫びながらそうおっしゃった。テレーゼとヨーゼフが大砲王の解説を聞きながら前をゆくのを、わたし夫婦はすこしうしろからついていっている。


「国内への工場誘致は避けてとおれない道ですが、事前に解決しなければならない課題が多そうですね」

「用地に関しては、フゼッペが適していると判断した場所をそのまま使わせるのがいいだろうね。労働者を集めたり仕事の内容を教えるには、ひとまずデウチェ語で会話できる人材が必要になるかな」

「そうですね、最初の指導はフゼッペ社のひとにお願いすることになるでしょうから」

「まあ、細かい話はセシィとフゼッペに任せるよ。きみが納得する条件なら、問題になるようなことはないだろうし」


 陛下はそうおっしゃってから、巨大な機械とそのかたわらで働く人々をご覧になることに意識を集中されていた。


 重要な役目を任されたわたしは、工場見学はうわの空で考え込むことになった。

 鉄や石炭の鉱脈に近くて、できれば川沿い、かつデウチェ語話者が多く住んでいるアジュールの地域というと。

 ベミエンやクレウスだとすぐに適地が思い浮かぶけれど、アジュールだとなあ……。アングレアム伯やフォルツキー産業相に聞いてみたほうがいいかもしれない。


    +++++


 フゼッペ本社工場の見学を終えたわたしたちは、大砲王が自らの財力と技術を惜しみなく注ぎ込んで築いた新邸宅に案内された。


 複数回に渡って打診された叙爵を固辞しており、フゼッペは貴族の地位には興味がない、という態度を明確にしている。

 デウチェ圏に限らず、ブライトノーツで、メロヴィグで、ヘラルドやバルディウムにおいても、成金(ブルジョワ)は零落貴族の名を買ったり、あるいは持参金で釣って結婚し、称号で分限を飾ることを常としていたから、フゼッペは異端の部類に入る。そもそも貴族制度がないステイツの大資本家と精神性が近いのかもしれない。


 貴族にはならないというだけで、フゼッペはその財力と、自社の製造する鋼鉄と後装砲が大プロジャ帝国建設の原動力となったのだ、と現示することにためらいはなかった。


 リッテ渓谷を眼下に望む小高い岩山にそびえる中世の古城を改築し、さらに新館を複数建て増した大砲王の宮殿は、王侯貴族とも教会勢力とも違う、あらたなる階級の台頭を雄弁に物語っている。


 その立地から川崖新殿ヴィラ・フロースクリッパーとフゼッペ自身は称しているが、周辺の住民や従業員たちは大砲御殿(ヴィラ・カノーネ)と呼んでいるようだ。


 外観こそ伝統的デウチェの領主館風なれど、新建材が活用されているフゼッペ自慢の御殿は、どことなくフィクトールのお城につうじるものがあった。

 もっとも、中世シュミのアルフウェンデル城に対し、大砲御殿は空調設備や新式照明を取り入れた、時代の最先端をゆく近未来建築である。工場や坑道で、労働者の消耗を軽減するために培われた技術の応用だそうな。


「この全館空調方式、部屋ごとの暖炉に石炭をくべるよりよさそうですね」

「しかし説明によると配管は壁の中だというから、既存の建物に組み込むのは難しいんじゃないかな。どこかにあたらしい別荘を建てることになったら、取り入れてみようか」


 エルディナントさまとそんな話をしながら、フゼッペの先導で大砲御殿の母屋各部屋をまわる。


 空調システムは、冬場の暖房だけではなく、夏場は川辺の涼しい空気を取り込んで館内にこもった熱を排出することもできるそうだ。崖の下の本社工場でも使われているとか。


 ほかにも、電気による照明が用いられているところが、わたしの興味をさそった。

 仕事柄フゼッペは失火に対して神経質なので、シャンデリアにロウソクを使わない方式を技術者に考案させたのだという。ガス灯が検討されたが、配管がシャンデリアの優美さを損なうということで却下され、代わりに電気式が採用された。


 もっとも、発光体がすぐ劣化してしまうので、数時間ごとに取り替えなければならない点ではロウソクと変わらないそうだが。

 新大陸の〈発明王〉が耐久性のある電球を実用化するのは、この数年後のことになる。


 フゼッペ社はじめとするプロジャの最新民生技術の披露を兼ねた大砲御殿めぐりが終わり、歓迎の食事会がはじまった。

 貴族の趣向からは一線を引いているフゼッペの主催なので、楽団はいるけれどダンスはなし。わたしにとっては都合がいい。


 ちょっとイモ料理が多いところをのぞけば、けっこうメロヴィグよりのメニューで、正直いってプロジャやヴァリアシュテルンの宮廷に招かれたときのお食事よりおいしかった。

 これは、フゼッペがメロヴィグかぶれというわけではなく、デウチェの西端であるご当地の食文化なのだろう。

 旬の味だという、レヒテ河のサーモンがとくにおいしかったです。たまたまだけれど秋にくることができてよかった。


 食後の懇親会で、本題となる、フゼッペが求めるビジネスの話を聞く。形式上エルディナントさまも同席されていたけれど、実質わたしが交渉窓口だった。


 ……フゼッペの提案を要約すると、基本的にはわたしが予想していたとおり、鉄道路線をアジュール国外、まだ線路が敷かれていない東方面へ延伸したいというものだった。

 その事業は新会社を立ち上げて行うということ、出資はフゼッペ社にとどまらず、デウチェ圏内の大企業から幅広く募るという点で、こちらの想定より話が大きかった。


「もちろん、オストリヒテやアジュール、あるいはベミエンなどからの資本参加も歓迎いたします。事業認可をいただければ、貴国政府には議決権ベースで33%の新会社株式を付与いたします。残る67%は出資比率に応じての分配とする予定です」

「アジュール外での事業への認可となると、王国政府ではなくアドラスブルク帝国の管轄ということになるが」


 基本のやり取りをわたしとフゼッペにまかせていたエルディナント陛下が、ここで口を開かれた。

 フゼッペは、実直だが抜け目ない資本家の顔で応じる。


「政治的調整については、こちらからとやかく口出しはいたしません。新会社の本籍地はアジュールに置く予定でありますから、株式を納付するさきは、フィレン政府ではなくビュラの王国政府とするほうが筋がとおるのではないかと」

「認可だけで、一ゲルデンも出さなくとも株は渡してくれるというのか?」

「事業の許可をいただくのがなにより重要なことですから。もっとも、18%ぶんの追加出資をなさって、過半数の議決権を確保なさるのが貴国にとって最大の利益となるとは存じますが」

「ヘル・フゼッペは商売上手だな。予としては、王妃が納得するなら認可しない理由はない」


 わがアドラスブルク帝国に出資をする余力がないことは、フゼッペもとっくに知っていることだ。

 フゼッペ社を中心とするプロジャ企業連合に過半数の株を握られないようにするためには、オストリヒテなりアジュールやベミエンなり、国内民間企業へ新鉄道会社への出資を呼びかける必要がある。


 仮に多額の出資が集まらなかった場合でも、過半数の株を確保できるのでフゼッペは損をしない。逆にフゼッペの持株比率が低く抑えられるほどの出資が集まれば、会社は支配できずとも豊富な事業資金を確保することができ、やはり損はない。


 どちらに転んでもフゼッペの得になる仕込みがされていると、エルディナントさまはそのしたたかさに感心しながらもあきれられているご様子だった。

 事業認可の見返りに付与される株がもっとすくなかったら、最初から話を断ったほうがいいということになる。無出資でも33%というのは絶妙な割合だ。


「ひとまずは事業認可が降りる前提で話を進めますが、初期の敷設工事をフゼッペ社製の鉄鋼でまかなうことは当然として、いずれは国内産鉄鋼で線路や機関車を維持していきたいと考えています。技術移転についての覚書を作成したいのですが」


 わたしは話を引き取って条件交渉をつづけた。アジュールよりさらに東、辺境地帯の開発に鉄道は必須だ。とはいえフゼッペに任せきりにしていたら、いずれ経済成長を遂げた東部から得られる利益が、オストリヒテとアジュールを素通りしてプロジャに吸い取られてしまう。


 商人からは搾るだけ、そんなかつての絶対王制の時代のようなことをするつもりはないけれど、外国資本を招いての開発は互恵、ウィンウィンであるべき。と、わたしは張り切っていた。


 ……東方鉄道オストバーンはじめとする、デウチェ資本の東方進出は、めぐりめぐってアドラスブルク帝国の統一を破壊し、つぎの世紀で大戦の原因のひとつになる。

 あとから考えればたしかに自明の帰結だったのだけれど、このときはだれも危険だとは思っていなかったし、もちろんわたしも予想なんかしていなかった。



地球の歴史においては「大砲王」アルフレート・クルップが威信をかけて築いた邸宅ビュラ・ヒューゲルは工事が難航し、普仏戦争終結時点ではまだ居住したりレセプション会場として使用できる状態ではありませんでした。最新設備だった全館空調もうまく機能しないなど、野心的設計に当時の技術が追いついていなかった部分も多々あったようです。

このお話はフィクションなので、以前のエピソードの舞台となったノイシュヴァンシュタイン城モチーフのアルフウェンデル城同様、場面映え重視のため「出来てた」ことにします。


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