大砲王の招待状
不完全ながらも果たされた、プロジャによるデウチェの再統一。
かつてデウチェ諸侯の上に君臨したアドラスブルク皇帝に代わって、プロジャの国主が「皇帝」の称号を冠するのも、その偉業を鑑みれば妥当なところであろう――というのが、多くのデウチェ人の率直な感慨であった。
そんな中で統一デウチェからはじき出されてしまった、オストリヒテのデウチェ系住民たちだったが、フィレン政府の警戒とは裏腹に、アドラスブルクを見限ってプロジャの旗のもとでの統合を求めよう、という運動は盛り上がらなかった。
端的には、プロジャから運動員の派遣や、活動資金の供与がなかったのである。
ヘムシュタインで、フリエンツフルトで、ハルファーデンで、これまでいくどとなくデウチェ民族主義とプロジャ主導による統一を喧伝してきた活動家たちは、急になりを潜めていた。
エルディナント陛下の命を受けて、諜報局長ハルドシュタインが警戒網を敷いていたが、その働きで国外からの人員や資金の流入を阻止できた、というわけでもない。
デウチェ各地の民族主義団体の活動そのものが、ずいぶんと低調になっていたのである。
彼らの悲願であったデウチェ統一が達成されたから、という面も、たしかにあるだろう。
しかしそれ以上に、デウチェ民族主義団体が派手な政治運動を展開できなくなった要因は活動資金不足にある、という示唆が、複数の消息筋からもたらされていた。
……これの意味するところは、デウチェ内各政治団体の影のスポンサーだったディズマールが、活動家たちへのバラマキを止めた、ということだ。
普通選挙の実施によって立憲主義者や共和主義者、さらには社会主義者の一部からもあるていどの支持を確保したディズマールにとって、帝国議会でデウチェ民族至上主義が声高に主張されるのは都合が良くない。
彼らがつぎに要求するのは、一等国民たるデウチェ人への優遇であり、スレズヴェルヒ・ヘムシュタインのダンヴィケ人や、あらたにプロジャ領となったマルゼス・ラングリンゲンのメロヴィグ人など、他民族への課税強化になるだろうから。
ディズマールは民族主義の流れに乗りこそしたが、あくまでも目的は大プロジャ帝国建設であり、国内を分断したいとは思っていない。すくなくとも、民族を理由にした差別待遇で火種を抱えたくはないのだ。
実際、マルゼス・ラングリンゲンはプロジャの州として、ほかと同様の、人口に比例する議席が割り当てられ、さっそく第一回帝国議会選挙の投票が行われていた。
前回すこしご説明した、ディズマールの「複層構造」政策によって、帝国議会はさまざまな地域、階層、職業集団、イデオロギーの代弁者によって構成されることになり、民族主義者の発言力は相対的に弱まったのである。
利用するだけ利用しておいて、邪魔になりそうになったら切り捨てる――ディズマールらしいご都合主義だけれど、おかげでわがアドラスブルク帝国も、デウチェ人によるオストリヒテ分離運動に悩まされずにすんだのであった。
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あたらしい国境が画定され、メロヴィグでは共和国新政権、デウチェでは新生プロジャ帝国がそれぞれスタートを切った秋のこと――
アドラスブルク皇帝ではなく、アジュール王国の君主としてのエルディナント陛下と、その妻であるわたしに宛てて、プロジャから招待状が届いた。
差出人は、政府関係者ではなく、プロジャ最大の重工業企業フゼッペ社の主ウォルフガング。
ウォルフガング=フゼッペは、アジュール鉄道の筆頭株主でもある。以前フゼッペ社製の後装式鋼鉄砲をアジュール軍に導入するさい、わたしたちの手もとには現金がなかったので王国政府保有の株券で支払っていた。
「メロヴィグとの戦争にも勝って、クルップ砲の評判は天井知らずだ。わがアドラスブルクに、わざわざ追加の注文を求めてくるとは思えないが」
国家間の最上級儀礼の書状くらいにしか使われないだろう、金銀の箔押しがされた絹張りの便箋を手に、エルディナントさまは怪訝なお顔でいる。
最初の200門以降も、毎年すこしずつオストリヒテとアジュールの軍はフゼッペ砲を買い入れているが、予算の制約があるので、一気に大量購入とはいかない。
陛下のおっしゃったとおり、メロヴィグに対する圧勝で、フゼッペ社には西方各国から大砲を売ってくれと注文が殺到しているだろうから、オストリヒテ=アジュールの年間購入数が30〜40門ていどでも困っていないはず。
つまり、フゼッペが売りたいものは、大砲ではない。
「アドラスブルク皇帝夫妻宛てではなく、アジュール国王夫妻宛てですから、鉄道の話ではないでしょうか」
わたしはそういってみたが、エルディナントさまはあまり納得された感じではなかった。
「アジュール鉄道はフゼッペの鋼鉄でできているようなものだろう? これ以上なにを売ろうというのか」
「フォルツキー産業相の報告書によると、レールのすべて、機関車の部品も八割はフゼッペ製ですね」
「駅舎建築用の鋼材でも買えというのかな。……しかし、国内製鋼所の鉄鋼はまだ機械部品に使えるほどの精度がない。建材は貴重な需要だ、できれば外国製品を入れたくないが」
陛下は、フゼッペの招きに応じて不本意な契約をするくらいなら、招待そのものを謝絶したほうがいいとお考えのようだ。
わたしは、ちょっと大砲王と話がしたかった。あと、テレーゼとヨーゼフはたぶんフゼッペ社見学をしたがる。
「フゼッペの目的は、たぶんですけれど鉄道路線の延伸だと思います。わが帝国にとっても、国内開発の一助になるのではないでしょうか。もしフゼッペの思惑が違うようなら、わたしが話を軌道修正します」
「路線を延伸するとなると、アジュールの外ということかな」
「おそらくは。アジュール鉄道株の51%だけではできないこと、陛下の認可を求めているのではないかと」
オストリヒテとアジュール、ベミエンに関しては、いちおう各主要都市を鉄道が結んでいる。あとは主要港であるトライエット方面への路線くらいで、わがアドラスブルク帝国の鉄道網はまだまだ空白地帯が多い。メロヴィグやデウチェ圏に比べてかなり立ち遅れているのが現状だ。
裏を返せば、開発余地があるということ。
帝国全土の地図の上に黒線で書き足されている各鉄道路線をしばらく眺めてから、エルディナントさまはうなずかれた。
「セシィがそう言うなら、フゼッペに会ってみよう。交渉ごとになったら、きみに任せるよ」
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前回〈大砲王ウォルフ〉と話をしたときは、こちらが身分を伏せていたこともあり、フゼッペ社の工場敷地内にある古い事務所だった。
大帝国もかくやの豪奢な招待状を送ってきたところからはじまって、今回フゼッペはわたしたちアジュール王室一行を迎えるためにさまざまな趣向を凝らしていた。
フゼッペが差しまわしてきた贅を尽くした新造の御用客車と、それを牽引する最新型機関車は、こちらから注文したものではない。もちろん請求書はなし。時代がもうすこし進んでいたら、大企業から隣国元首への度のすぎた利益供与だと問題視されただろう。
当然、変なものがしかけられていないか、諜報局員が徹底的に検査した上で、わたしたちは乗車することになる。盗聴器や隠しカメラが登場するのは何十年ものちのこと、調度ひとつひとつを分解するところまではやる必要がなかった。
機関車の銘板に『皇太子・ヨーゼフ号』と刻印されているのを見て、テレーゼが不機嫌そうな声をあげた。
「なんでヨーゼフ号なのさ。皇女・テレーゼ号はないの?」
「こっちから頼んだわけじゃないし、名前に文句はつけられないわよ」
わたしは苦笑いしてテレーゼをなだめる。
大砲王の招待状には、エルディナント陛下とわたしのほかに、何人でも歓迎とあったので、リッテ渓谷にはテレーゼとヨーゼフ、ラースローネもいっしょに向かうことにした。ゾラは今回は行かなくていいといって、ヴェンツェルとフィレンでお留守番。
「すごいねリリィ、まえにのったきしゃよりきれいだよ」
ペリム万博のときに買ったお気に入りのお人形さんと並んで座って、ラースローネはごきげんだ。ふかふかソファは皇宮のものと遜色ない。
「ねえ、座ってるだけじゃなくって機関車の運転してみたいんだけど」
自分の名前を冠している機関車を直接動かしてみたいらしく、ヨーゼフはそわそわしている。
オストリヒテ海軍の装甲巡航艦の一隻が『帝妃・セシーリア』と名づけられているけれど、わたしは自分で乗り込んでみたいとか思ったことなかったなあ。そのへんは男の子か。
「予定ではネウムベルクで一泊だから、そのときに頼んでみれば。機関室に入れてもらうくらいならできるでしょ」
「ネウムベルクか、遠いなあ」
途中駅で停車しない専用列車でも、フィレンから国境を越えて、ヴァリアシュテルン第二の都市であるネウムベルクまでは10時間くらいかかる。朝早くの出発だけれど、向こうに着くのは夕方だ。
それでも、子供たちは移動時間を楽しくすごしていた。つぎつぎと移りゆく車窓の景色を眺めたり、鉄橋にさしかかるたびに窓を全開にしたり。子供って列車が鉄橋通過するところが好きよね。なんでなのかしら。
新型車両は揺れもひかえめで、ランチタイムにお皿やグラスがテーブルから転げ落ちやしないかと心配する必要がなかった。お味も、これまでの御用列車でいただいていた食事よりおいしかった気がする。食材の保存にも新規の工夫があるのかもしれない。
お腹がいっぱいになったラースローネはぐっすりとお昼寝までしていた。乗り心地が良くなっている新型といっても、わたしはさすがに眠るのは無理そうだ。
……そんなこんなでネウムベルクに到着し、わたしはなんだか疲れてしまって、ラースローネとホテルに直行。エルディナントさまは、地元の有力者でありプロジャ帝国議会の議員となったブルームラーテと会見なさるなど、しっかりとお仕事をされていた。
ヨーゼフとテレーゼは本線から車両基地へ伸びている引き込み線で、プリンツ・ヨーゼフ号の体験運転をさせてもらい、たいそうお楽しみだったそうな。
一夜明けて、朝食を摂ってからわたしたちは汽車の旅を再開し、大砲王フゼッペが待つリッテ渓谷へ。




