ひとつの帝国のはじまり
メロヴィグ皇帝自らが降伏の使者としてやってきた、と聞いて、絶句したのはプロジャ軍首脳部のほうだった。
まさか、皇帝が無謀な反攻作戦の陣頭指揮を執っているとは思っていなかったのだ。
タロン包囲戦のころには、プロジャ軍の勝利を確信して、国王エルンスト自身がメロヴィグの土を踏んでいた。もっとも、老齢の国王は観戦しているだけで、軍の指揮にいっさい口出しをしていなかったが。
投降したバルトポルテ三世を自ら迎えたエルンスト王は、すっかりやつれているその姿に同情し、捕虜というよりは賓客として厚遇する。
いっぽうで、宰相ディズマールと参謀長メネルケンは、皇帝バルトポルテ三世の降伏が、国家としてのメロヴィグの降伏につながらないと気づいて、眉間にシワを寄せることとなった。
バルトポルテ三世はエルンスト王に対し「わが帝国の処遇を陛下の慈悲に委ねます」と、無条件降伏を約する書状を手渡したが、首都ペリムではクーデターを起こした共和派が帝制廃止を宣言しており、バルトポルテ三世にもはや政治的決定権はないとして降伏を拒否していた。
自由主義・共和派の旗手であった首相ジョルジュ=サリバンは、帝国にしっぽを振った裏切り者として処刑リストに載せられてしまい、逃亡している。
いっぽうメロヴィグ南部では王党派がベルボーン朝復活を宣言し、プロジャに対して、われこそがメロヴィグ正統政府なりと承認を要求してきた。承認さえすれば、メロヴィグの北東部三割をくれてやるというのである。
王党派にメロヴィグ国民がしたがうかどうか疑わしかったため、ディズマールはひとまず、自称南部政府の主張は黙殺することにした。
……となると、やはり首都ペリムを掌握した勢力こそがメロヴィグの次期政府ということになる。
ディズマールはファンテーヌ元帥が籠城しているマースの包囲をのぞいて軍事行動を休止し、和平交渉の相手に値する新政府が確立するまで様子を見ようとしたが、メネルケンのほうは進軍の停止に反対した。
もはやメロヴィグに軍隊は存在しないのだ。押さえられる範囲はすべて押さえて、無政府状態が蔓延しないようプロジャが管理するべきだろう。なにも恒久的に占領するというわけではない。外国軍に居座られるのが嫌なら、メロヴィグ人が率先して、あらたな政府への合流と服従を決めればよいのだ。
現状で発言力があるのは、実際に戦争で勝利した軍部である。めずらしくディズマールの主張は退けられ、帝制が崩壊したメロヴィグの秩序を維持し、同時に責任政府の早期成立へ圧力をかけるべく、進軍継続が決定された。
……が、抵抗する相手がいないメロヴィグの野を切り取っていくだけのはずだったプロジャ・デウチェ合同軍は、すぐに激しいパルチザン活動に直面し、見込み違いに戸惑うことになる。
補給物資を運ぶ鉄道は爆破され、仮宿舎として接収した地元富豪の屋敷は焼き討ちに遭った。メロヴィグ帝国政府が機能しているあいだは進駐してきた占領軍に食糧を引き渡していた農民たちも、牛を隠し、収穫直前の畑に火を放って不服従をしめした。
政府が消滅することで却って民衆の抵抗が増すというのは、デウチェ人たちにとって思いもよらない事態だった。
宣撫部隊が巡回し、プロジャ・デウチェ合同軍にメロヴィグ全土を占領する意図はないこと、バルトポルテ帝国に代わるあらたなメロヴィグ政府の樹立を待っていること、現在合同軍が活動域を広げているのは無政府状態が広がるのを抑えるためであること――などをメロヴィグ民衆に説明したが、破壊活動は終息する気配を見せなかった。
……ならば降伏してきたバルトポルテ三世を、プロジャ軍の手で皇帝へ復帰させて交渉相手にすべきなのか。
ディズマールはそこまで考えたが、どちらにせよ、ペリムまでは進軍しないと話にならない。
そして、プロジャ・デウチェ合同軍がペリムの包囲に取りかかったとき、主導権争いをしていたメロヴィグの政治家、活動家、革命家たちは、ひとまず争いを棚上げして首都防衛のために結束したのだった。
皮肉なものである。
とはいえ、遠巻きに見ていたら内輪もめでメロヴィグ新政府樹立はさらに遠のいていただろうから、結果としてメネルケンの武断主義は正しかったのだった。
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ペリムを包囲したプロジャ・デウチェ合同軍は、人馬の往来を止めるバリケードを築くとともに電信ケーブルを切断し、メロヴィグ各地から首都を孤立させた。
暫定政権の指令が地方へ届かないようにしてメロヴィグがわの抵抗組織再建を防ぐとともに、補給を絶ってペリムの早期降伏を促すためであった。
対するペリム暫定政権は、気球を製造して包囲網の外へ郵便を飛ばし、国内の統制継続を図った。
推進力の発明がなかったために風まかせの気球は、海に落ちたりプロジャ占領地域に着陸してしまったりと、あまり効率がよくなかったが、それでも首都の抵抗の意志をメロヴィグ地方にしめした。
メネルケンを代表とするプロジャ軍部は、ペリム封じ込めを維持しながらメロヴィグ各地の主要都市を制圧し、暫定政権が屈服してもしなくても、実質的勝利が得られるようにすべきだと主張した。
軍部の占領地拡大計画は、ディズマールにとって頭の痛いものだった。不可能ではないが、広大なメロヴィグに点在する主要都市を攻め落としていくには、さらなる軍の動員が必要となる。戦費は天井知らずとなり、メロヴィグが負担すべき賠償金は途方もない額となるだろう。
戦いが長引けば長引くほど、メロヴィグにとって講和条件は受け入れがたいものとなっていく。戦勝国からの請求は、敗者が支払える範囲でなければならないのだ。
野放図な戦線の拡大で、メロヴィグ全土の併呑以外でもとを取ることができなくなってしまったら、宣戦布告されたから反撃したにすぎないという、プロジャが現在得ている「大義」は失われ、侵略者のレッテルを貼られてしまうだろう。
すでに、エトヴィラの民族自決主義者カリオッツィが、メロヴィグ全土の占領を目論んでいるかに見えるプロジャに反発し、義勇兵として子飼いの闘士たちとともに乗り込んできていた。
血の気が多くて自前の私兵を持っているカリオッツィは例外的な存在だが、メロヴィグ救済を大義名分に、どこぞの国がカリオッツィのあとにつづいてくる可能性は否定できない。
ディズマールは開戦に先立って、ブライトノーツ政府へ「この戦争はあくまでも防衛戦であり、プロジャにメロヴィグ征服の意図はない」と説明することで中立を守らせていた(エルディナントさまが予想していたとおりである)が、全土制圧をためらうのは密約を守るためではなかった。
予算の制約を超えてしまうからであり、追加の軍事負担が南北デウチェの反発を招き、エルンスト王の皇帝推戴が危うくなるからである。
あくまでも今回の戦争は、ディズマールからすれば帝国建設のために威信を高める機会であった。いまのデウチェにとって、メロヴィグの完全掌握はまだ身の丈にあまるのだ。
ゆえにディズマールはありとあらゆる政治的手管を駆使して、メネルケンらの戦域拡大計画に反対するキャンペーンをしかけた。
デウチェ圏内の新聞各紙は「プロジャの大義」と「非礼なるメロヴィグに対する懲罰の完了」を強調し、北デウチェ連合と南デウチェ同盟の各邦国は追加の兵員派遣に否定的な声明を発表した。
軍部制服組はディズマールの露骨な干渉に不快感を隠さなかったが、国王エルンストから「このままブライトノーツとも戦うつもりか?」と問い質されたことで、宰相の政治的嗅覚のほうが、参謀本部が導き出した戦略的計算よりも上手であると認めざるをえなくなった。
プロジャ軍は、さらなる占領域の拡大を断念し、地方で再建されたメロヴィグ軍による反撃にそなえ主だった街道筋に防衛線を敷いて、首都ペリムに対する本格的攻撃を開始した。
ペリム暫定政権は選択を迫られることとなる。
このままメロヴィグ全体としての抗戦は継続できるが、ペリム陥落は避けられない。暫定政権が崩壊しても、カリオッツィあたりに支援されてつぎなる抵抗政府が地方に樹つことは疑いないが、首都を失ってしまえば、南部の王党派政府に対する正統性は主張しづらくなるだろう。
敗北を認め、プロジャに莫大な賠償金を支払い、領土を割譲すれば暫定政権の求心力が低下するのは間違いないが、首都を保持することはできる。
愛国心に燃える一部の活動家は、花の都を枕に討ち死にすることでメロヴィグ魂を貫徹すべきだと主張し、議論を紛糾させた。
寄り合い所帯の暫定政権の面々にとって「わが身可愛さに地方の同胞を見捨ててプロジャと妥協した」と指弾され、後日処刑されてしまう危険性は、降伏文書に署名して目先のプロジャ軍の砲撃から命拾いしたとしても、無視できないものであった。
……そうした事情もあって、ペリムでは開城するか徹底抗戦かで意見が割れ、しばらくのあいだ包囲軍からの砲撃を受けながらも沈黙することになる。
盛夏にはじまった戦争は、年を越そうとしていた。
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あらたな年を迎え、実質的に勝敗は決していたものの、まだ終戦協定は結ばれていなかった一月の半ば――
ペリム郊外、包囲線の外側に建っているヴェルサリア宮殿において、プロジャ王エルンストを“皇帝”とする即位式典が執り行われた。
宰相ディズマールが苦労して取りまとめたデウチェ各邦国からの推戴状が読み上げられ、最後に、デウチェ圏でプロジャにつぐ二番めの大国であり、南デウチェ同盟の筆頭としてプロジャの属国でもない、ヴァリアシュテルンの王フィクトールの名において、エルンスト王へ皇帝位受諾を求める請願文が奏上された。
プロジャ王家の悲願が達成された、晴れやかな舞台であるはずであったが、エルンスト陛下は不機嫌だった。
この“皇帝”位は、かつての神聖帝国の流れを汲んだ歴史ある称号ではなく、バルトポルテが被った自称の帝冠と同様の、新造品だったからだ。
南北デウチェが合流し、その代表としてプロジャ君主が帯びる称号にすぎず、全デウチェの皇帝ではなかった。なおも各邦国は存続するのであり、旧デウチェ連合の再興と大差はない。
いや、オストリヒテとサンフリムベルクは抜けたままなので、以前より縮小しているまである。メロヴィグが講和条件を呑みさえすれば、ひとつかふたつの州が割譲されることで、最盛期と同等に近くはなるだろうが。
ハルファーデンの消滅、スレズヴェルヒ・ヘムシュタインの併合などにより、プロジャが域内で占める割合はかつてない大きさで、その覇権が揺らぐ可能性はまず考えられないとはいえ、エルンスト陛下にとって、愉快な式典ではなかったのだ。
帝国宰相の名を欲したのはディズマールであり、自分は担がれた――エルンスト陛下の胸中には、素知らぬ顔で外堀をすべて埋めていた、長年の腹心の抜け目なさに対する、一抹の苦みが去来していただろうか。
とはいえ、ディズマールの手腕と功績を認めないわけにもいかない。
万歳の音頭を取ることになったバーゼル大公国のヨアヒム大公は、一月の寒気とはべつの意味で冷えている会場に半ば青ざめながらも、
「皇帝エルンスト陛下万歳!」
と叫んで、どうにか参列者たちを盛り上げることに成功した。
仏頂面ながらエルンスト陛下は帝冠を戴き、ここに大プロジャ帝国が誕生したのであった。
地球では「プロイセン帝国」ではなく「ドイツ帝国」が誕生しましたが、この世界では「デウチェ帝国」とはならず「プロジャ帝国」になりました。実質としてはそんなに変わらないんですけどね。
いちおう、当作世界だと小デウチェ主義の進行による帝国成立ではなく、大プロジャ主義による統一の結果だったから、というわけなんですが。




