ひとつの帝国の終わり
夏の盛りを迎えたところで、ついにメロヴィグがプロジャに対し宣戦布告をたたきつけ、戦争がはじまった。
さきにケンカを売っておきながら、なにもかも不足していたメロヴィグだが、国内工場の総動員に加え、ブライトノーツとステイツへ大規模な発注をすることで、おどろくほどの短期間で準備を整えたのである。
産業革命は戦争にも大いなる貢献をするという、おそるべき例証のひとつとなった。
……だが、表面上こそプロジャに劣後しない軍団が用意されたものの、メロヴィグ兵が持っていたのは気迫だけであった。
新時代の戦術を繰り出すには、大規模な演習を何度も反復する必要がある。議会が選挙民の顔色をうかがいつづけて軍事予算を削り、兵役も短縮してしまったため、メロヴィグ軍は全体的に訓練不足だった。加えて、兵士を教育する立場の士官も、新鋭の若手より旧世代が目立った。
このためメロヴィグ軍の戦術は、果敢に突撃して銃剣で血路を開くという、初代バルトポルテ時代からさほど進歩のないやりかたにとどまることとなる。
対するプロジャ軍は、敵との間合いが遠い場合は射撃を繰り返し、騎兵・砲兵との連携なしで無謀な突出はしないという、銃器の進歩に合わせた戦術を確立していた。
「相手の黒目が見える」距離でなければ撃っても命中しなかったかつてと違って、突撃は損害ばかりが大きくなる非効率な戦法となっていたのだ。
……じつをいえば、メロヴィグ軍が採用していた歩兵用小銃は、プロジャのツゥナイゼ銃より性能が良かった。開発者ジャン=ルソーが、ツゥナイゼ銃を精しく分析し、その欠点をすべて改善して造りあげた傑作銃であったのだ。
メロヴィグは海外植民地からゴムを入手できたおかげで、金属部品の精度だけで薬室を閉鎖しなければならなかったプロジャの銃よりも、効率よく装薬の爆発力を銃弾へ伝達する構造の実現ができていた。
近代化に乗り遅れたがゆえに、先行者の良いところをすべて模倣し、悪いところはあらためるという、後発の強みを発揮できたのだ。
もしメロヴィグ軍がプロジャと同じ戦術を用いていたら、銃の性能差によって、歩兵どうしの戦闘ではつねに有利に立ちまわれていただろう。
ところが、メロヴィグの教官が兵士たちに仕込んだのは「度胸と根性」を旨とする、立射と銃剣突撃であった。身を伏せての連射や、移動しながらの装填といった、後装式銃の利点を活かした運用は広まらなかった。
メロヴィグの「敢闘思想」は軍服にも表れており、青の上着に赤のズボンという、自らの存在を誇示するスタイルだった。
対して、プロジャ軍は黒や褐色の制服を採用しており、狙撃に耐性があった。
結果、メロヴィグ軍歩兵部隊は自分たちに有利な遠距離戦をむざむざ放棄する場面が目立ち、待ち受けるプロジャ歩兵隊へ突撃しては阻止射撃になぎ倒されるという悲劇が繰り返されてしまう。
大砲に関しては、後装式フゼッペ鋼鉄砲を有するプロジャがわが断然優勢だった。
メロヴィグ軍は口径ごとに規格化された砲弾を用いる、先進的な重火器運用を西方圏でもっとも早く確立していたのだが、制度の完成度が高すぎたがゆえに、新型への刷新が遅れていたのである。歩兵の小銃とは、まったく逆の現象といえる。
これは、天才砲術師として西方を席巻した初代バルトポルテの功罪であった。ひとつの時代を築いてしまったがために、あたらしいやりかたへの切り替えが進まなかったのだ。
重火器は旧世代の前装式青銅砲しか持っていなかったメロヴィグ軍だが、新型兵器として、ミトラィユーズと呼ばれる多銃身の連発砲を配備していた。ただし、弾丸の消費量が多すぎるという、ステイツで開発された機関銃と同じ課題を抱えていた。
産業革命道半ばであったこの時代では、一瞬で30発の弾を撃ち尽くしてしまう速射砲へ、充分な弾薬を供給することができなかったのである。高速連射砲の消費速度に追いつくだけの弾丸の大量生産手段は、世紀が変わるまで実現されなかった。
……こうして、開戦前の下馬評どおり――いや、予想よりメロヴィグ軍は健闘したのだが、プロジャと南北デウチェ合同軍は、緒戦の四度の衝突のうち三度に勝って、敵国の領内へと侵入していった。
バルディウムとサンフリムベルクが不可侵の中立地帯となっているため、プロジャとメロヴィグ間の直接国境線は短い。加えて山岳地帯でもあり、軍隊が渋滞せずに通れる大きな街道は一本だけだった。
100キロほどしかないプロジャとメロヴィグの接触線に対し、南デウチェ同盟の端に位置するバーゼル大公国は、メロヴィグと300キロに渡って国境を接している。
したがって、プロジャ・デウチェ合同軍は、もっぱらバーゼル大公国を発して西へと進出していた。メロヴィグの外交特使が下手な恫喝で南デウチェ同盟をプロジャがわに追いやっていなければ、防衛はずっと容易だっただろう。
このプロジャ・メロヴィグ戦役は、宣戦布告をしたがわが迎撃戦を強いられるという、奇妙な戦争であった。
メロヴィグ皇帝バルトポルテ三世が祖国防衛の要として期待をかけていたのが、ファンテーヌ元帥のもとゼクフィコ派遣軍である。
ゲリラだらけのゼクフィコで五年間の苦闘を経験した叩き上げ軍団は、徴集兵やにわか志願者の群れとはひと味違うだろうと見込んでいたのだ。
……実際には、一糸乱れぬ隊列で迫りくる万単位のプロジャ軍を恐れる点では、ファンテーヌ元帥とその麾下も、メロヴィグの一般兵と変わらなかった。
ゼクフィコでは首都エル・オーロの城壁の内側にいるとき以外、安眠できた試しのないほど緊張の連続だったことは事実だが、一度に戦うロペス・ガルシアのゲリラ兵はつねに少数だった。
三万、五万……まして10万以上の敵兵など、およそ理解の外の存在だったのだ。
それでもプロジャ軍の前哨部隊相手との戦闘ではファンテーヌ元帥もよく指揮を振るい、数日は持ち場を守っていた。そのまま持ちこたえていれば、ファンテーヌ軍に頭を押さえ込まれたプロジャ軍の側面を、バルトポルテ三世率いる皇帝直属軍が突いて大きな勝利を収められたかもしれない。
……だが、王太子ヴィルヘルムに率いられたプロジャ軍本隊18万を目の当たりにして、ファンテーヌ元帥の気力は尽きた。
元帥は後退を命じ、メロヴィグ東部最大の要塞であるマースに逃げ込んでしまったのだ。
マースはぶ厚い複層の城壁と、無数の要塞砲、20万の兵を半年食わせるだけの備蓄倉庫を備えた、難攻不落の一大拠点ではある。しかし、要塞砲に支援してもらいながら戦うならともかく、軍団全部を城内に引きこもらせてしまっては、砲の射程外を通過していく敵を足止めすることができない。
案の定、王太子ヴィルヘルムは要塞砲の射程外に柵を組んで包囲陣を敷き、五万ほどの兵を割いて監視をシュナイダー将軍に任せると、自らはさらにメロヴィグの奥地へと向け進撃していった。
……多少の損害覚悟で包囲陣の一点に向けて突撃して破り、ヴィルヘルム軍を追跡すれば、バルトポルテ三世の本隊と挟撃してメロヴィグがわが勝利する可能性は残っていた。ところがファンテーヌ元帥は主君バルトポルテへ電信を打ち、プロジャの大軍がそちらへ向かったと警告するのみでマースに籠城をつづけた。
当然、敵の側面を突くつもりでいたバルトポルテ三世は、奇襲が成立しなかったことを知って引き返す。機動性重視のため、バルトポルテ三世は六万ほどしか率いていなかった。マース要塞監視のために五万を後方に残しながらも、なお10万以上となるヴィルヘルム軍相手に、正面から戦って勝ち目はない。
12万の兵を預けられていながらしばらくのあいだ耐久戦をする根性すらなかった、ファンテーヌ元帥が責められてしかるべき失態であった。
……小競り合いでの勝利はあれど、あるていどの規模の会戦ではことごとくプロジャ・デウチェ合同軍に敗れ、メロヴィグ軍は開戦からひと月とたたずに半減してしまった。対するプロジャ・デウチェ合同軍は、参謀本部長メネルケンの立案した補給計画の手厚さによって、消耗をよく防いでいた。
マース要塞はまだ陥落していなかったが、閉じ込められたファンテーヌ元帥の軍は完全に無力化されており、メロヴィグが逆転勝利を収めるには、無傷の12万の兵力がどうしても必要とされていた。
バルトポルテ三世は、かつてエトヴィラ解放戦争でアドラスブルク帝国軍相手に武功をしめした、モーリス元帥に虎の子の八万の兵を与えて、マース要塞救出作戦を発令した。
ソル・ペルヌの戦いでは皇帝である自らも最前線で戦ったことを思い出し、験担ぎと士気高揚を図るため、バルトポルテ三世自身も帯同する。
といっても、若いメロヴィグ兵たちは、12年も前もソル・ペルヌの戦いのことなど、幼いころのお祭り騒ぎとしてしか憶えていないのであるが。
勇んで出撃したモーリス軍だったが、メロヴィグにはマース救援以外に打てる手がなくなったことを見越しているプロジャ参謀長メネルケンは、罠を張って待ち受けていた。
目標地点まで半分も進む前に、二倍を超える数の敵に半包囲されたモーリス軍は、たまらずマースの北西40キロほどのところにあるタロン要塞へと逃げ込む。
タロン要塞はムサ河が刻む渓谷の底にあり、船で補給がしやすく水が尽きるおそれもない、天然の要害だった。……とはいえそれは、むかしの話である。大砲が強力になったいまとなっては、周辺の尾根からの撃ち下ろしに弱い、軍隊の墓場だった。
狙いどおりメロヴィグ軍最後の実働部隊をタロンに閉じ込めたプロジャがわは、600門のフゼッペ砲による猛爆を開始する。
食糧庫も兵舎も厩舎も、地上構造物はつぎつぎと吹き飛ばされていった。兵士たちはスコップとつるはしで掘り抜いた掩蔽壕で、将校はもっとも頑丈な建屋である司令棟の地下室で砲弾の雨あられに耐えたが、いつまでも保つものではない。タロン要塞の敷地全部をたがやす勢いの砲撃からすれば、直撃を食らわなくともそのうち生き埋めにされてしまうだろう。
すさまじい砲火の排煙と舞い散る砂塵で視界が妨げられ、砲撃が中断された隙に乗じて、モーリス元帥は精鋭騎兵に突撃を命じた。
……だが、一縷の逆転の可能性に賭けて斜面を駆け上がるメロヴィグ騎兵を待っていたのは、フゼッペ砲ではなく、訓練の行き届いたプロジャの歩兵部隊であった。ツゥナイゼ銃による一斉射撃で、メロヴィグ軍最後の反攻はあっけなくついえる。
砲撃音ではなく、おそろしく密度の高い銃声……濛々たる煙は晴れていなくとも、騎兵突撃が失敗したことはメロヴィグ将兵にもあきらかだった。
メロヴィグ軍首脳陣が静まり返る中、ひとりの幕僚がバルトポルテ三世へ向け進言した。
「陛下、御身を先頭に、全軍へ突撃を命じていただきたく。武運つたなく全滅する結果となろうと、われらメロヴィグの誇りをしめすことはできます。そして……アンリ殿下の帝位継承も叶いましょう」
「予はこの一命を惜しもうとは露も思わぬ。……だが、突撃はならん。予にこれ以上兵らを殺す権利はない」
首を左右に振ったバルトポルテ三世はひとりで地下指令所から出ると、白旗を掲げてプロジャ軍の陣地へと向かった。




