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様子見か、漁夫の利か、民族的義務か、はたまた……


 もはや不可避となったプロジャとメロヴィグの戦争だったけれど、即開戦とはならなかった。


 さきに啖呵を切ったがわでありながら、メロヴィグはなにひとつ準備をしていなかったからだ。

 プロジャに対する母国の道徳的優位性を信じるペリム市民をはじめ、男性兵役適齢者たちはこぞって陸軍事務所前に列を作ったものの、志願者の群れに軍服、軍靴、背嚢、そしてなにより銃と弾薬を行き渡らせるだけの用意がメロヴィグにはなかった。


 いっぽうのプロジャは、すぐに攻め込めばメロヴィグの半分を即座に占領できる状態だったが、以前に旧デウチェ連合とアドラスブルク帝国を相手に対峙したさいと同様、先制攻撃しないことで自らの大義を確立するかまえであった。


 開戦前から大いに優勢の下馬評を固めた上で、プロジャ宰相ディズマールは周辺各国へ外交での働きかけを強める。


 いわく、


 今回の紛争はイルパニアの王位継承問題が発端となったが、わがプロジャ王国はメロヴィグ帝国の要求に応じ、すみやかにアルティック公子テオドールの立候補を取り下げさせた。もはや開戦事由は存在せず、メロヴィグがわの冷静な対応を当方としては待つばかりである。

 関係各国におかれては、中立を保つとともに、メロヴィグへ対話の席に戻るよう促されたし。


 ――と。


 西方圏(オチデント)の東と西の端の大勢力である、リュースとブライトノーツはディズマールの声明に応じ、中立を宣言するとともにメロヴィグ政府へ自重と冷静な対応を呼びかけた。


 ……が、頭に血が(のぼ)っているメロヴィグ国民にとっては、当然ながらというか、逆効果だった。


「なにが中立だ、ブライトノーツとリュースは、ディズマールにそそのかされてメロヴィグいじめに加担しただけじゃないか」

「これは革命戦争の再来だ、列強によるメロヴィグ包囲網だ」

「淀んだ血が流れている守旧派王族の結託を許すな、正義はメロヴィグ革命精神にあり!」

「世界でもっとも新鮮な王朝にして、国民投票で選ばれた、ボルヴァナト一門こそが西方(オチデント)の盟主にふさわしい」

「いまこそ初代バルトポルテの弔い合戦のときだ。バルトポルテ三世万歳!」


 ……狂乱状態のペリム市民は、街角のビアホール(ブラスリ)を打ち壊し、ビールの樽を斧で叩き割って路上に中身をぶちまけるなどの狼藉まで働く始末だった。


 売り物のビールこそデウチェ圏から仕入れていたものの、ブラスリの経営者や、ウェイター、ウェイトレスはだいたいメロヴィグ人だったそうなんですが。


 デウチェの文化にまで矛先を向けるメロヴィグがわの憎悪は新聞各紙によって報じられ、これでデウチェ人たちの対メロヴィグ感情がよくなるわけもない。


 空座になった王位という、中世的な事件からはじまったはずの騒動は、いつの間にやらデウチェ人とメロヴィグ人がいがみ合うという、国民国家間の争いになってしまった。


 ……むかしから王位争いなんて、下々の庶民は白けたもので、旗を振る王さまにいやいや()いていくのが相場だったというのに、どうしてこうなったのやら。


    +++++


 もちろん、わがアドラスブルク帝国に対しても、プロジャとメロヴィグは公式、非公式を問わずさまざまなチャネルをつうじて接触してきていた。


 プロジャからは、メロヴィグとの交渉窓口になってほしいという要請が公式に。非公式には、メロヴィグがわにつくのだけはやめておけ、と。


 メロヴィグからは、プロジャを挟撃して、奪われたデウチェ盟主の座を取り戻すまたとないチャンスだと、大っぴらに共闘を呼びかけるメッセージが、外交特使、民間窓口のべつなくもたらされた。


 両国のアプローチに対し、わが帝国内部では異なる複数の反応があった。


 アドラスブルクの威信を第一に考える守旧派は、いいかげんにプロジャの鼻っ柱を叩き折って、西方圏(オチデント)でもっとも偉大な帝国はどこなのかをわからせるべきだと、メロヴィグと合同して懲罰戦争をすべしと唱えた。


 デウチェ民族主義者は、今回の紛争はプロジャとメロヴィグという枠で考えるべきではなく、デウチェ民族とメロヴィグ民族の相克であるとして、以前の対ダンヴィケ戦争のさいと同様の汎デウチェ同盟結成を訴え、街頭デモを繰り返す。


 オストリヒテ以外の帝国地方の人々は、プロジャとメロヴィグなんか、勝手に争わせておけばいいだろう、といった感じで、おおむね興味なし。


 そんな地方領邦の中で、ベミエンは、プロジャに協力して貸しを作るべきだ、と独自見解を表明した。

 いっぽうハーツィアは、プロジャがメロヴィグに対する完勝を納めないよう、あるていどメロヴィグがわの立場で牽制をすべきだと、国内問題のみならず、外交に関してもベミエンとは反対の意見を主張した。


 ハーツィアの方針はポリニカの思惑であり、自分たちの理解者であるバルトポルテ三世がメロヴィグ皇帝の地位を追われては困る、という側面があるだろう。ただ、本当にプロジャがメロヴィグを完全制圧してしまったら、手がつけられなくなるのも事実だ。


 メロヴィグすらも併呑した大プロジャ……いや、もはや超プロジャとでもいうべき巨大帝国が誕生したら、わがアドラスブルクに残される道はリュースとの同盟のみとなる。それ以外の方策では、戦って食いちぎられるか、戦わずして白旗を掲げ隷下に加わるか、いずれにしてもプロジャのさらなる膨張を止められないだろう。

 海という最強の防壁を持っているブライトノーツは、大陸情勢に関して一蓮托生の同盟者とはなり得ないのである。バルトポルテ戦争のときも、ブライトノーツは最初から口先干渉こそしてきたが、陸軍は最後の最後まで出してこなかった。


 座して見ていればプロジャが勝つ。そして「助けて」と言ってきているのはメロヴィグだけ。プロジャは「敵にまわらなければそれで良い」という態度。


 ここで様子見に徹して中立でいるというのは、賢いようでその実最悪である。


 国家エゴとして一番なのは、プロジャとメロヴィグ双方が疲弊したところでまとめて叩く漁夫の利戦略なんですが……最大限都合の良い展開を想定してもなお、わがアドラスブルク帝国軍ではプロジャ軍を倒しきれないんですよねえ。新デウチェ連合はプロジャにつくだろうし。


    +++++


 プロジャがわは準備万端、あとはメロヴィグがいつ振り上げた拳を叩きつけるか、という状況で半月ほどがすぎ――


 ひさしぶりにホルツェンレムス伯爵夫人の名を使い、わたしはフィレンから西へ汽車の旅に出た。向かうさきは、永世中立国スヴェルトである。


 ヴァリアシュテルンとデュレンゲンブルクの領内を通るルートで、南デウチェ同盟はプロジャとメロヴィグ双方に外交努力を呼びかけているさなかであるため、表面上は平時であり鉄道ダイヤも通常運行だった。


 どことなく空気が緊張しているように感じられるのは、わたしが過敏になっているだけなのだろうか。


 デュレンゲンブルクとスヴェルトの国境に近いリーヴェンで汽車を降り、バーデン湖を船で渡って対岸のエルホルンへ。湖の南岸はスヴェルトだ。


 夏でも涼しく、湖水は冷たい格好の避暑地であるが、もちろんわたしは遊びにきたわけではない。

 湖畔を行き交う人々は、世情のきな臭さなどまるで無関係といったふうの、瀟洒な有閑階級ばかりで、わたしもそのうちのひとりにしか見えないだろうけれど。もちろん、そう思われるように装っているわけですが。


 今回の同行者は、伯爵夫人の従者として不自然ではない侍女ふたりと、護衛としてノルジードラ近衛大佐、そして長男ヨーゼフ。


 古くから、デウチェ圏の良家には、子弟を夏場のハイキングやキャンプに送り出し、心身を鍛えさせる風習がある。のちの時代にはワンダーフォーゲル運動のような(アンチ)近代化の要素も加わってくるが、この当時は古き良き貴族の慣行と、それを模倣する新興階級(ブルジョワ)たちによる、次世代育成プログラムの一環以上の意味はなかった。


 アジュールの田舎貴族ホルツェンレムス伯爵の未亡人も、家を継ぐことになる息子を鍛えようと思いついたが、心配でついつい本人もついてきてしまった……という設定なわけです。


 バーデン湖畔には、周辺国のお坊っちゃん向けキャンプがたくさんある。当然、ブルジョワ階級のほかに、本物の貴族もいるわけで、こちらの顔を知っている相手に見つからないよう気をつけなければいけない。


「……あ、クラーへビルム子爵がいるよ」

「やばいわね、道を変えましょう」


 ヨーゼフは人の顔と名前を憶えるのが得意だ。将来の皇帝として、エルディナントさまの良いところがひとつだけでも似てくれてよかったと思う。なおわたしはさっぱり憶えられません。


「馬に乗ってるの、キルシュハウテン伯爵の弟さんだね。たしかウォルフだったかな」

「念のために躱しましょう」


「向こうにいるのは……ハイラシュッフェン侯爵の、愛人さんと隠し子」

「たぶん会ったことないけれど……避けよう」


 何度かまわり道をして、前後からお貴族さまに挟まれあわてて道端のカフェに飛び込み、のどが渇いていたわけでもないのにお茶を頼んだりして……。


 まっすぐ歩けば船着き場から10分かそこらのはずの、エルホルンで一番の高級ホテル・バーデンゼーにたどりつくまで、一時間以上かかってしまった。


 もちろんホテルの中も正面エントランスも、成金(ブルジョワ)と貴族でいっぱいだ。

 わたしたちはホテル手前の道の生け垣の陰に隠れ、侍女のひとりがドアマンに近寄って、チップを差し出しつつホルツェンレムス伯爵夫人がやってきたことを伝える。


 すぐにお仕着せ姿の少年が走ってきて、わたしたちの荷物を受け取るとともに「こちらへ」と言って先導してくれた。

 従業員用の通用口を開いて、ほかのお客の目につかないよう奥へと進む。


 一度も客用フロアに出ないまま本館をとおりぬけ、中庭も素どおりして別館へ。

 別館は貸し切りになっていて、夏の行楽シーズンだとは信じられないほど人の姿がすくなかった。


 書き入れどきのホテルの一角をまるまる貸し切ったのは、わたしたちではない。借り主はすぐに出迎えてくれた。


「断られてもしかたない急な呼びつけだったのに、きてもらえて嬉しいわ、セシィ」

「あなたからのお誘いを断るだなんて選択、わたしには存在しませんよ、アナさま」


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