ヘイル電報
念入りに仕込んだ外交作戦不発の報を受け、プロジャ王都ベルンドの宰相官房で苦虫を噛み潰していたディズマールのもとへ、エルンスト王の侍従長オレインベルク侯爵より電文が入った。
新型電信機によって紙面上に打刻された文字列を読み進めるうちに、ディズマールの眉間に刻まれていたシワがゆるむ。
アルティック公子テオドールをイルパニア王位にねじ込む、というディズマールの計画はメロヴィグ大使フェネルティの舌先三寸の前に粉砕されてしまったものの、外交戦の勝利に驕りすぎたメロヴィグ議会の失着が、プロジャの、ディズマールの威信を挽回する機会をもたらしてくれたのである。
ディズマールはオレインベルク侯からの電報を要約し、プロジャ政府発表の公式声明として新聞各社に報じさせた。
『目下空座であるイルパニア王位に、当邦プロジャのアルティック公爵家長男テオドールが推戴されるも、公子はこれを辞退した。その旨がイルパニア首都マルディーナより関係各国へ通告されたのち、メロヴィグ大使フェネルティは、ヘイルにて静養中の国王陛下に対し、今後プロジャ王家に関係するいかなる人物もイルパニア王位の継承に関与しないことを誓約せよと要求してきた。それに対し国王陛下は、不当であるとして拒まれ、今後メロヴィグ大使と話し合うことはないと副官を通じて伝達なされた』
事実関係はなにひとつ改竄されていない。ディズマールがやったのは、オレインベルク侯が伝えてきたエルンスト陛下とフェネルティ大使のやりとりのほとんどを割愛し、背後関係の説明も大幅に省略の上で公表したことである。
その目的はディズマール自身の失点のカバーであり、プロジャ王家の権威を取り繕うことだった。逆転まではもくろんでいなかったのだが。
にもかかわらず、プロジャがわの発表を受けたメロヴィグの反応は、ディズマールの予想も期待も上まわるものだった。
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民間紙だがプロジャ政府と関係の深い、北デウチェ日報が朝刊一面に「ヘイル電報」を大きく掲載した。北デウチェ日報は、デウチェ人が多く住む各国の大都市でも新聞を発行しており、当然ながらメロヴィグ帝都ペリムにも支社があった。
それに対し、夕刊紙フェドリとヴォワ・デ・ペリムがとくに激しい論調でプロジャ非難を展開するなど、メロヴィグ各紙はこぞって反発する記事を掲載して応じた。
大衆紙の記者のほとんどは、大使フェネルティとプロジャ王エルンストの個人的友好関係など知る由もなく、単に「もうこの件で大使と話すことはない」というだけのヘイル電報の文面を読み違えていた。
その結果、大衆紙の一面には「プロジャは今後メロヴィグ大使と一切の協議に応じないという、極めて傲岸不遜な態度を取っている」などと、センセーショナルな記事が踊ることになった。
デウチェ紙の朝刊にディズマールが編集した電文が掲載され、夕刊でメロヴィグ各紙が猛反発した日は、たまたまメロヴィグ革命記念日の前日で、明けは祝日だった。
仕事を終えるとともにカフェや酒場に繰り出し、新聞片手に夜どおし天下国家について語り合ったペリム市民たちは、革命精神と愛国心に燃えて早朝からメロヴィグ議事堂を取り囲み、怪気炎を上げることになった。
「国辱を許すな」
「プロジャに懲罰を!」
「戦争だ、戦争だ!!」
「ディズマールを吊るせ!」
「エルンストに土下座させろ!」
「メロヴィグ万歳!」
「革命万歳!」
「バルトポルテ万歳!」
「ボルヴァナト家万歳!」
おどろくことになったのは議員たちだ。ダメ押しにこそ失敗したものの、イルパニア王位継承問題で決定的な勝利を収め、プロジャに対してメロヴィグの国威をしめすことができたはずなのに、なぜだか外交戦で敗北して報復を宣言しなければならない立場に追いやられていたのである。
革命記念日恒例の、メロヴィグ革命精神護持を誓う儀礼的な議会宣言を決議するだけのために招集されたはずの立法院は、対プロジャ最後通牒を採決する羽目に陥っていた。
『大使に対する侮辱は国に対する侮辱である。プロジャ王は非礼を認め謝罪しなければならない。また、プロジャ王家関係者は今後もイルパニア王位継承から除外されるとする、わが国の要求を受け入れなければならない。この二点をプロジャが拒絶するならば、わがメロヴィグは宣戦布告をもって応じるであろう』
……さきに礼を失したのはどちらでしたっけ?
第三者だから言えることですけれども、あきらかにメロヴィグに非があるんですよね今回は。その上いきなり最後通牒って、踏むべき段階をすっ飛ばしすぎでしょう。
それでもこぼれたミルクはコップに還らず、振り上げた拳を宙で静止させていられる時間には限度がある。
革命記念日の熱気にあおられるまま、メロヴィグ議会はろくな審議もせず全会一致で最後通牒を決議した――北デウチェ日報がペリムの狂躁を書き立てる(困ったことにプロパガンダやアジテーションではなく、事実であった)と、当然といえば当然、今度はベルンド市民たちが怒りと愛国心に燃えて官庁街を占拠することになった。
ちょうどメロヴィグ大使フェネルティが最後通牒文を宰相府に届けに行くところであり、ベルンド市警が手厚い警護を敷かなかったら、フェネルティは全身に生卵を投げつけられてドロドロになっていただろう。
「メロヴィグの恥知らずに礼儀を教えてやれ!」
「売られたケンカは買うに限るぞ!」
「国王陛下への侮辱は許されない!」
「プロジャ万歳!」
「デウチェ万歳!」
「いまこそ新連合の力を見せる時がきた!」
プロジャ上下両院はメロヴィグの要求を断固として拒否すると全会一致で議決し、同時にメロヴィグ非難声明も採択。宣戦布告をするなら受けて立つと態度を明確にしたが、宰相ディズマールはフェネルティへ「貴国議会の要求は受け入れられない」とのみ通告し、外交交渉の余地を残した。
北デウチェ連合の各国、さらには南デウチェ同盟にも対メロヴィグ非難で足並みをそろえてほしいので、ディズマールとしては戦争そのものを断固回避しなければとまでは思い詰めていないものの、事態の急転直下は避けたいのである。
この事件の直後から、ディズマールは最初からメロヴィグを戦争に引きずり込むつもりで長期的陰謀を巡らせていた、という評伝が広まることになるけれど、それは事実から多少距離がある。
ディズマールはつねに、最終解決手段としての戦争を選択肢から排除しないいっぽうで、交渉での決着を優先していた。戦えばプロジャ軍が勝つという前提のもと、相手国に「交渉でプロジャに譲歩するか、戦争で負けてそれ以上失うか」の二択を迫るのがディズマールの外交戦略だった。
メロヴィグの軍備近代化は大幅に遅れていると、信用に値する情報を多数得ていたディズマールは、ここでメロヴィグのほうから安易に戦争の瀬戸際へ飛び込んでくるとは思っていなかったのである。
革命記念日の前日に「ヘイル電報」を北デウチェ日報に掲載させたのは、いかにも挑発的であるが、実際のところディズマールには国王エルンストと昵懇であるフェネルティ大使の動静を制御することなど不可能だった。
テオドールをイルパニア国王に据える計画がフェネルティによってくじかれた時点で、ディズマールは可及的速やかに失点を挽回しなければならず、声明発表のタイミングを測る余裕はなかった。
メロヴィグ本国の外交族たちの勇み足が、結果としてディズマールを最大限利する展開をもたらしただけなのである。
かくしてプロジャから最後通牒受け入れ拒否の回答を受けたメロヴィグでは、開戦の機運が一気に高まることになった。
このとき、メロヴィグ首相の座に就いていたのは、リベラル勢力の旗手ジョルジュ=サリバンである。「玉座の革命家」たるバルトポルテ三世によって、王政復古派と共産主義勢力の左右両極を抑えるため、選挙に関心が高く投票率の高い都市住民を基盤とするサリバンが任命されていた。
いち議員であったころに、
「プロジャのディズマールは普通選挙実施を唱え、アドラスブルク帝国を排除してデウチェに自由をもたらしました。しかもヴァリアシュテルンとデュレンゲンブルクは併合することなく、独立を保証しているのです。そのプロジャがわれわれメロヴィグを攻撃してくるなど、偏執症の妄想としか言いようがない」
と演説して皇帝肝いりの軍拡予算を潰していたサリバンは、過去の自分の発言によって窮地に立たされていた。
首相であるいまのサリバンは、プロジャと戦争をして勝てるわけがないことを知っている。もしあのときメロヴィグ軍の内情について詳しく教えられていたら、軍備強化予算に反対などしなかった。
いや、仮にサリバンが反対しなくとも、あの予算は通らなかっただろう。もし議会を通過していたとしても、軍備近代化は五ヶ年計画で、プロジャとことを構えるにはまだ早い。まして現実には、軍は拡張どころか縮小されている。定数が減ったことで配備できた新兵器もあるとはいえ。
以前にサリバンが述べたとおり、プロジャのほうから攻めてきたわけではないのだが。……まさかメロヴィグのがわから戦争をふっかけるとは!
支持者たちが、まるで初代バルトポルテの革命輸出戦争時代のような熱狂に囚われていることを承知しているサリバンは、首相として対プロジャ宣戦布告を止めることは不可能だとわかっていた。そんなことをすれば、首相の座はおろか議員生命も一巻の終わりだ。ペリム市民の狂躁を見るに、文字どおりの生命すら危ういかもしれない。
そして自分の首で戦争が止められるならともかく、そうはならないこともサリバンは悟っていた。
ゆえにサリバンは動員令発動のための臨時軍事予算を求める演説を行い、議会は圧倒的賛成多数でそれに応えた。
意外にも反対演説に立ったのは保守派ボルヴァナティストの古老ヴィクトル=セールで、イルパニア王位継承問題においてメロヴィグはプロジャ、ひいてはディズマール相手に勝利したのであり、さらに戦争までする必要はないはずだ、と訴えた。
これは、病床の皇帝バルトポルテ三世の意向を受けての演説だったと言われている。
しかし理性的なセールの声は議員たちのブーイングによって押しつぶされた。もはや、上は大臣から下は市井の庶民まで、メロヴィグに冷静な人間はほとんど残っていなかった。
数すくない冷静派の首相サリバンは、内心の絶望を押し隠してメロヴィグ革命精神を称揚し、旧体制の権化プロジャを討つと、威勢の良い言葉で議会を締めくくる。
とはいえ、プロジャへの宣戦布告がこの日に発出されることはなかった。
メロヴィグ・プロジャの国境地帯には、すでにプロジャ軍が臨戦態勢で布陣しているいっぽう、メロヴィグのほうは平時の国境警備隊のほかには一兵たりとて増員されていなかったからだ。
宣戦布告をしたがわが即座に国内へ攻め込まれるというのは、いくらなんでも間抜けがすぎると、熱に浮かされているメロヴィグ人もわかっていたようである。
地球史においては鉄血宰相ビスマルクが仕掛けた「エムス電報」事件でフランス世論は即座に沸騰し、まったく準備をしないで宣戦布告するという意味のわからない状況になってしまいます。何見て「ヨシッ」って言ったんですか?状態。
まあ、この作中世界の人たちが当時のフランス人より賢いというわけではないです。地球よりまるまる一年展開が早いので、機が熟していないというのもあります。




