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電信時代の外交空中戦


 プロジャ宰相ディズマールは、アルティック公父子と数回に渡って会合を重ね、消極的だったその態度を転換させ、イルパニア王位受諾の意を引き出すことに成功した。


 ディズマールがアルティック父子をどのように説得したのか、外部に情報は漏れてこなかった。しかし、そうとうの手練手管を弄しただろうことは想像できる。


 傍流とはいえ一門に連なるアルティック家がイルパニア王統となることで、プロジャ王家はもはや単なる一国の王室ではなく、皇帝家を称するに足るだけの栄華に浴することとなる。ひょっとしたら、アルティック家こそがプロジャ本家をしのぎ、帝流の本筋となるやもしれない……と、アルティック公に向け、ディズマールがささやいていたとしても、いっこう不思議はない。


 わたし自身は、公爵でありながら「浮浪貴族(ルンペンクラット)」と呼ばれる父に育てられたからピンとこないけれど、いや、だからこそ客観視して言えることとして、貴族というのは伊達(ダンディズム)が命だ。

 見栄っ張りでない、名誉や肩書を好まぬ貴族は、真の貴族としての資質を欠く。まさにうちの父フリードリヒのように。


 アルティック公と子息テオドールは、すくなくともわたしたち父娘よりは貴族的であったわけだ。


 テオドールは推戴指名を受けるべく、イルパニアへ王位継承候補者テオドロとして返書を送ったのだが……そこで、これまで極秘で進められてきた諸交渉に遺漏が生じた。


 まだ七月の頭だというのに、イルパニア議会が早い夏休みに入ってしまったのだ。

 イルパニアやエトヴィラのような、地中海に面した南部の人たちは、休暇(バカンス)昼休み(シエスタ)を絶対に途中で切り上げない。休みに入ったら最後、明けるまで決して仕事を再開しないのだ。


 イルパニアは現在王不在、暫定大総統エラドも、あくまで調整役であり権力トップとして振る舞う意志がなく、テオドロの手紙を明確に受け取るべき人はいなかった。

 テオドロの王位受諾宣言書は、夏のあいだじゅう、イルパニア大議会の議長卓上に放置されつづけることになる。


 三日もしないうちに、イルパニア首都マルディーナに駐在している各国外交部は、エラド暫定政権がプロジャのテオドールに王位を打診していて、テオドールのほうも受諾に前向きだということを本国に報告していた。


 わたしたちがびっくりしたのは、もちろんこのタイミングである。


 プロジャ王都ベルンドの宰相府では、ディズマールが頭を抱えていただろう。


 そして、メロヴィグ帝都ペリムでは、イルパニアの亡命女王マリナと、ベルボーン王家ゆかりの者で王統を継続するつもりでいた帝国政府有力者たちが怒り狂うことになった。

 ここで地味に重要なのは、皇帝バルトポルテ三世は激怒がわに名を連ねてはいない、というところだ。


 国民主権、民族自決を重視するバルトポルテ三世は、テオドールの擁立が真にイルパニアの自主的な選択であるなら、尊重されるべきであろうと述べた。

 ただし、イルパニア議会とアルティック公父子が、王位に関してこれまで極秘で交渉をしていた点は問題視した。

 メロヴィグが推薦し、公式に継承の名乗りを上げているフィリップには、肯定、否定、どちらの回答も届いていないとバルトポルテ三世は指摘し、議会において各王候補への投票が行われるべきだと、継承レースにメロヴィグの推し候補も参加させるよう要求した。


 バルトポルテ三世の提起にしたがうなら、秋のイルパニア議会再開を待って、王候補としてテオドロとフェリペのどちらがより多くの支持を集めるか票決にかけることにより、問題は解決できるのではないかと思われた。


 ……ところが。


 納得しなかったのは、メロヴィグの外交部と族議員たちであった。

 ベルボーン家のマリナ女王を追放したことで、ただでさえメロヴィグのメンツを傷つけているイルパニアが、あらたな王を“仮想敵国”プロジャから迎えようとするなど許容範囲を超えている、と、外相グレルダンを中心とする外交族は、暫定大総統エラドとイルパニア議会への不信感を強調した。


 それに加えて、グレルダンたちは、とくに証拠をしめすことなく、マリナ女王の追放にはじまった一連の事件の裏には、プロジャの、ディズマールの陰謀があると言い立てた。


 ……これは、半分だがあたっている。

 マリナ女王追放には関与していないけれど、ディズマールがプロジャの血筋でイルパニア王統を染めようとしたのは事実であるから。


 グレルダンらの演説を受け、メロヴィグ議会はプロジャ非難決議を採択し、駐プロジャ大使フェルネティへ、テオドールにイルパニア王位受諾を辞退させるよう「最大限の働きかけ」をするよう命じた。


    +++++


 議会から命令を受けた大使フェネルティは、難問に眉根を寄せながらも、まずアルティック公父子とコンタクトを取った。優秀な外交官であるフェネルティは、着任以来コネの形成に励んで、たいがいのプロジャ有力者とすぐに面会できるようにしてあった。


 テオドールによるイルパニア王位継承が、メロヴィグ・イルパニア戦争の引き金になりかねない、とフェネルティにうそぶかれて、アルティック公父子は怖気をふるった。


 ディズマールにそそのかされたとは認めなかったものの、アルティック公とテオドールは、プロジャ王エルンストもイルパニア王位の件については了承していると述べ、国王の同意なしでこのように大それたことはしない、と半ば責任逃れをした。


 メロヴィグの圧力にビビったアルティック公父子は、国王を盾に使ったのである。


 そのプロジャ王は保養地であるヘイルにて湯治中で、ベルンド宮殿には不在であった。フェネルティはさっそく汽車でヘイルへと向かう。


 ……公務から離れているというのに静養先まで外国大使が押しかけてきて、エルンスト王はやや興ざめな顔になったが、彼はイルパニア人ではなく生粋のデウチェ人である。

 仕事の話などするな、とにべもない撥ねつけをすることはなく、フェネルティの用件をひととおり聞いてから、こう応じた。


「予はアルティック公子テオドールの決断について、なんら関知していない。たしかに話は聞いているが、判断は当事者にまかせている。王位受諾に奨励を与えたこともない」


 プロジャ王として、イルパニア王位を得るよう一門の者に働きかけた事実はない、と言明したエルンスト陛下に対し、フェネルティはもう一歩踏み込む。


「陛下、仮に今後イルパニアとメロヴィグの関係が悪化し、兵火を交える事態となった場合であっても、テオドロ王が縁者である、という理由でプロジャとして参戦はなさらない――そのように受け取らせていただいて、よろしゅうございますか?」

「仮定の話に答えるつもりはない。……が、テオドールがイルパニアの玉座に就いたから、というだけの理由でイルパニアのために兵を出すことはない。ほかの理由が本当に一切なにもなければな」

「お答えありがとうございます、陛下」


 エルンスト王の回答をもって、フェネルティは電報でアルティック公へ通告する。


 プロジャ国王陛下は、テオドロ新イルパニア王を軍事的にバックアップすることはないと言明された――と。


 はったり七割の安い脅しだったが、アルティック公とテオドールの(かお)を真っ青にするにはこれで充分だった。


 テオドールがイルパニア王位を継承したら、メロヴィグは即戦争をしかけてくる。だがプロジャは助けてくれない……。


 ディズマールにひと言でも相談すれば、テオドールが王位を継いだからといってイルパニアと軍事同盟を結ぶことはないという話と、イルパニアを攻めるために大軍を南下させて、がら空きになったメロヴィグの背中を撃たないと保証する話はべつだと、すぐにフェネルティのブラフを看破してくれただろうが、アルティック公父子は危険から遠ざかりたい一心で動いてしまった。


 テオドールは王位受諾辞退宣言書をしたためてイルパニア議会へ送る(そもそも受諾宣言書すら議場で読みあげられていないのだが)とともに、写しを電信でフェネルティにも送ったのだ。


 フェネルティは本国へテオドールの辞退宣言書を転送し、任務が完了したことを報告した。


 このまま話が終わっていれば、メロヴィグ外交の完封勝利、大宰相ディズマールの輝かしい実績をいくらか(かげ)らせる一点の黒星として、歴史上のいちエピソードになっていただろう。


 けれども、そうはならなかったのである。


 あまりにもあっさりと目的を達成したメロヴィグがわは、フェネルティ個人の交渉手腕とアルティック公父子の無気力がもたらしたにすぎない勝利を、メロヴィグ外交の威光とプロジャ王家そのものの弱腰による結果だと取り違えた。


 外相グレルダンらメロヴィグ外交族はさらに強気となり、議会も充分な審議を尽くさないまま、外交部の交渉計画に空手形を与えた。


 ヘイルに引きつづき滞在していたフェネルティへ、メロヴィグ議会はつぎなる指令を送る。


 今後ふたたび、プロジャ王国の利害関係者がイルパニア王位に擬されるようなことがあっても、プロジャ王は決して許可を与えない旨、エルンスト王より誓約を得られたし――と。


 これは、プロジャはおろか、デウチェ君侯は未来永劫イルパニアの王位をうかがうな、と言っているに等しい。なにせ、現在プロジャと利害関係を持っていないデウチェ君侯など、わがアドラスブルク家のほかには存在しないのだから。


 あまりにも法外な要求であって、他国の君主権に対する露骨な干渉だった。


 なぜメロヴィグ議会がこれほど過大な要求をプロジャに対して突きつけることにしたのか、わたしの頭では理解に苦しむところなのだけれど、議会の暴走を食い止めるべき皇帝バルトポルテ三世は長年の女遊びが祟ったか、このとき淋病からくる悪性の膀胱炎で呻吟しており、議会に臨席するどころではなかった。


 最高権力者不在のまま、メロヴィグ議会は危険な火遊びに独断で突入していたのである。


 また、電信技術の進歩によって国際ニュースをその日のうちに報じることができるようになった新聞紙面により、メロヴィグ市民の多くもイルパニア問題について一定以上の知識を持っていた。


 そして、帝都ペリムをはじめとする、世論形成にもっとも影響をおよぼす都市住民は、秘密交渉でイルパニア王位をかっさらおうとしたプロジャに悪感情を抱いており、継承確定寸前に華麗な交渉術でディズマールの陰謀を逆転粉砕したメロヴィグ外交の冴えを讃え、フェネルティ大使を英雄視していたのだ。


 エルンスト陛下と個人的に親しい関係を確立しているフェネルティは、本国から送られてきた追加要求はさすがにプロジャ王に対して非礼がすぎると感じたものの、メロヴィグ市民が自分のことを「救国の英雄」だともてはやしていると知り、さらなる立身のため、もうひと勝負に打って出る決断をした。


 お気に入りの温泉街であるヘイルにおいて、エルンスト王は護衛を伴わず、しばしば数人の近侍のみをしたがえて湯上がりの散歩をする。

 そのことを知っているフェネルティは、散策路の途中でプロジャ王を待ち構え、狙いどおりやってきたエルンスト陛下へメロヴィグ議会の要求を切り出す。


 ……無血のまま終わるはずだった外交戦が、凄惨な血戦へと暗転する瞬間が近づいていた。




地球史においては中一年あるスペイン継承問題ですが、当作中世界では展開を圧縮し、ダイジェストでお送りしています。

セシーリアたちにはほとんど関係ない話ですからね。

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