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ほどけぬ縺れ



 アドラスブルク帝国の北東の端に位置する領邦ハーツィアは、三分割されている旧ポリニカ王国の一部である。


 ハーツィアに住まうポリニカ人たちは、国境によって隔てられてしまった、プロジャの旧ポリニカ領フォーゼン、リュースの旧ポリニカ領ヴィスマの同胞たちのことを、つねに気にかけてきた。


 かつて初代バルトポルテによって、傀儡ながらも独立を許されたヴァルソワ公国の再来を、ポリニカ人たちはあえかな希望として持ちつづけてきた。そして現在の汎ポリニカ指導者キャリテルスキ公爵は、五年前にバルトポルテ三世が口約束した(わがアドラスブルク帝国もかたちの上では賛同している)ポリニカ民族自決権の保証はいまも生きていると、ことあるごとに主張している。


 フィレンでの定例帝国領邦議会において、地域代表演説のため登壇したハーツィア総督ゴルホフスキ(領邦総督がデウチェ人ではなく現地の人なのはめずらしいことだ)は、ポリニカ民族のアドラスブルク帝室に対する忠誠をひとくさり強調してから、こう述べた。


「――われらがアドラスブルク帝国では、皇帝陛下のもと、すべての民族に平等な権利が保証されております。これは、そんじょそこらの自由主義国家などよりはるかに先進的で、人道的であります。新大陸のステイツをご覧なさい、選挙制度という数の暴力によって、少数派の権利はけっきょく踏みにじられている。われらが帝国が進むべき道は、神聖なる皇帝陛下による徳治の継続であり、連邦化と選挙制度導入による頭数の競い合いなどでは断じてありません。まして特定民族による特権追求など許されるものではない!」


 帝国の制度を称賛しているようでいながら、チェルキ人にも、アジュール人にも、デウチェ人にもケンカを売っているも同然のゴルホフスキの演説に対し、ポリニカの真意を裏読みした一議員からヤジが飛んだ。


「おためごかしはやめろ、ポリニカ人だけイチ抜けするための現状維持目当てじゃねえか!」

「静粛に」


 議長アンスフェルベルク公爵がいかめしく告げ、ふたりしかいないセラデア代表のうちのかたわれが衛戍官に連れ去られたが、ハーツィアの、ポリニカ民族の意図するところは議場内の全員に知れ渡っていた。


 ハーツィアのポリニカ人にとって、アドラスブルク帝国の一部でいることは()()()にすぎないのだ。かつての大ポリニカ復活の機が熟せば、ハーツィアは即座に帝国から離脱し、同胞たちと合流を果たすつもりでいる。そのためには、連邦制度など存在しないほうが彼らにとって都合がよいというわけだった。


 民族国家独立は現実的でないから帝国内での地位向上を求めているベミエンや、独立国となるより帝国の要石としてキャスティングボートを握っているほうが経済的利得が大きい上に民族の威信も高まるアジュールとは、また異なるエゴイズムをハーツィアは秘めていた。

 もちろん、帝国内の各邦国、諸民族に、それぞれ別々の主義と思惑があるのは、当然といえば当然のことであったが。


 ハーツィアの公然たる反対によって、ベミエンのファルツキらがじょじょに盛り上げていた連邦化の機運はにわかに雲行きがあやしくなった。


 そもそも、オストリヒテとアジュールは連邦制移行に最初から反対の姿勢である。それでもファルツキたちは、デウチェ人と、個別に皇帝と協定を交わしたアジュール人、この二大民族が多数派ではない領邦をすべて連邦制支持で固めることで、フィレンの中央政府が地方の声を無視できないようにするつもりだった。

 その上で、フィレンと個別に交渉して、ベミエンに特権を(実際に連邦議会が開かれたら否決されてしまう)認めさせよう、という皮算用だったのである。


 ハーツィアが将来的に帝国からの離脱を志向している点はデウチェ人たちにとって面白くないことだったが、それでもいま現在は連邦化に対する反対勢力である。フィレン中央集権体制を維持することで帝国各地に自分らが持っている権益を保持したいデウチェ人は、ハーツィアのスタンスに()()()


 帝国の一領邦としてのオストリヒテ代表(つまりはフィレン政府の代弁者)の立場で領邦議会に出席していた国務相ブレナーは、ファルツキとルーゲルを「チェルキ人至上主義者」と呼んで非難し、帝国は連邦主義そのものを絶対悪とはしないが民族主義は否定すると述べて、ベミエンの主張する連邦制は分権・自治が目的ではなく、地域におけるチェルキ人独裁が真意ではないのかと疑義を呈した。


 反対演説に立ったファルツキは、デウチェ人は実質的に支配民族の地位にあると帝国の現実を喝破し、真の民族平等のためには領邦ごとの主権在民が必要だと切り返して、ロダリア、クレウス、セラデアの三少数民族代表から賛意を得る。


 アジュール代表シェケイ(アングレアム伯の政治的従属者)は、いかなる改革であろうと帝国を強化する方向でなければならないと原則論を唱え、チェルキ人の民族的野心が明確に否定されない限り、ベミエンの連邦化案には賛成しないと表明した。


 ファルツキはシェケイの代表演説に対しても反対演説を求めたが、ベミエン代表は持ち時間を使い切ったとして、議長アンスフェルベルクはファルツキの三度め(ベミエン代表としての演説はハーツィアのゴルホフスキよりもさきにすませていた)の登壇を認めなかった。


 もしファルツキがシェケイにも反論していたとしたら、デウチェ人につぐ帝国第二の勢力となりおおせているアジュールの民族的優越性を指摘し、連邦化に賛意を表明しないのは帝国全体のためではなく、自分たちの既得権を守ろうとしているにすぎないからだ、とアジュールの痛いところを突いていただろう。


 帝国の制度を、いかに自分たちにとって都合が良いように変えるか(あるいは変えないか)という、各領邦、民族の打算がぶつかり合い、絡み合って、事態は複雑の度を増していった。


 アングレアム伯が腹案としていた、帝国各地でアジュール騎兵隊を巡回させ、連邦主義者を威圧してまわる計画を実行する必要性はなくなりましたが……なんだかよりややこしい話になってきたなあ。


    +++++


 紛糾を極めた議会(といっても具体的政策の決定権はないのだが)がまとまらないまま終わり、アドラスブルク帝国が抱える民族問題の根の深さがひさしぶりに世間にあらわとなった中、ハーツィア総督ゴルホフスキから、わたしたち皇帝夫妻の次男ヴェンツェルに会いたいと謁見を願い出る書状が届いた。


 太后ゾラさまはじめとするフィレン宮廷の重鎮たちは、ただでさえファルツキらの運動で不穏な空気が漂っているのに、火に油を注いだゴルホフスキへ怒り心頭で、皇子に目どおりなどもってのほかだと主張したけれど、エルディナント陛下は申請を受理して御所の門の通行証を交付なさった。


 同床異夢といっても、対ベミエンの共同戦線を張れるわけですからね。ここでゴルホフスキを邪険にあつかうこともない。


 皇帝陛下まで同席するのは一領邦の総督に厚遇がすぎるだろうという、微妙な政治的調整の結果、ゴルホフスキに対応するのはわたしの役目になった。


 形式としては、アドラスブルクの第二皇子が拝謁希望の領邦総督を引見する、という体裁になる。

 ひさしぶりに、アジュール王妃ではなく、アドラスブルク帝妃としての立場での公務だ。太后さまに忠実な女官たちに囲まれて……肩が凝る。


 帝妃としての正装に身を包み、揺り籠ごと玉座に収まっているヴェンツェルのとなりで待つことしばし。

 儀礼的な名乗りとおうかがいと許しのやりとりがすんで、ハーツィア総督が進み出てきた。


 生まれて一ヶ月、まだ目をぱっちり開くこともすくないヴェンツェルに対し、ゴルホフスキはうやうやしく一礼する。


「ヴェンツェル殿下、生まれながらにしてすばらしい、英主の相をお持ちであられますな。われらポリニカは、いずれヴァツワフ八世として、ヴェンツェル殿下を主君に戴きたいと考えております」

「ヴェンツェルを()()ポリニカの王としたいとおっしゃるのですか」


 当然ながらヴェンツェルはまだしゃべれないので、わたしから質すことになる。

 ゴルホフスキは悪びれた様子なくうなずいた。


「帝国を継ぐのはヨーゼフ殿下であられましょう? 皇弟メルヒオールさまがゼクフィコ皇帝となられたように、ヴェンツェル殿下にもしかるべき王冠を捧げたいと、ポリニカ民族の意思をお伝えすることに不都合があるとは思われませんが」

「ハーツィアはアドラスブルク帝国の一部()()()()というのが、ゴルホフスキ卿の、ポリニカの本心だと」


 切り口を変えて追求するも、ゴルホフスキの表情に臆面はみじんもなかった。


「偉大なる帝国の主アドラスブルクは、リュースやプロジャとは異なりましょう? 領土的野心によってわがハーツィア地方を併合したのではなく、保護下においてくださっている。もちろんわれらポリニカ民族は、そのご恩を永久に忘れはしません。それゆえに独立のあかつきには、アドラスブルク家のかたを君主としてお迎えしたいと切望しているのです。オストリヒテ=アジュールとポリニカは、姉妹国として末永く共栄していけるでしょう」


 ……こやつ、いけしゃあしゃあと()かしおる。


 ここで「ふざけないで、ハーツィアは帝国の不可分の領土よ!」と叫ぶわけにはいかないのが面倒くさいところ。ええ、建前は大事ですとも。アドラスブルクは諸民族を統べる皇帝家にして調停者、断じて抑圧者でも暴君でもございません。


「たしかにわがアドラスブルクは、リュースとプロジャの横暴に苦しむポリニカの人々を救うべく、可能な限りの手を尽くしました。ですが、助けることができたのはほんの一部、ハーツィアのみです。残念ながら、ハーツィアの保護をつづけることはできても、フォーゼンやヴィスマを解放する力はいまのわが帝国にはありません。……もし、ヴェンツェルを担ぐことでポリニカ独立のために兵力の拠出を得られると、ゴルホフスキ卿が、あるいはキャリテルスキ公爵閣下がお考えなのだとしたら、お応えすることはできませんよ」


 いやはや、われながらなんと白々しいセリフかしら。


 ゴルホフスキもまた、芝居がかった大仰な身振りとともに応じる。


「もちろん、独立の悲願はわれらポリニカ人自らの手によって成し遂げられるべきものです。アドラスブルクに()()()つもりなど毛頭ございません。ですがベミエンのファルツキらにはお気をつけになることです。連中のもくろみは、エルディナント陛下に戴冠していただくことで、かつてのベミエン王冠領すべてをアドラスブルクの責でまとめさせることですからな」


 いまのベミエンは、全盛期より四割ほど面積がすくない。かつてベミエンの一部だった北東のトゥレナジェンはプロジャ領土であり、南東のモルジアはアドラスブルク帝国の別個の領邦となっている。


 ファルツキたちがエルディナント陛下に個別の戴冠を求めているのは、アジュールと同じ地位を求めているというだけではなく、領邦の拡大も目当てのひとつだったのか。

 なるほど、これはゴルホフスキに言われるまで、わたしは気づいていなかった視点だ。


「ゴルホフスキ卿のご注進、気に留めておきます。ヴェンツェルをお渡しすると約束するわけにはいきませんが、ポリニカの人々のアドラスブルク家に対する忠誠と期待はよくわかりました、皇帝陛下にもお伝えしておきましょう」

「ありがたきお言葉。ヴェンツェル殿下、セシーリア殿下、本日は臣のためにお時間をご都合していただき、まことにありがとうございました。われらがポリニカ民族は、アドラスブルク家につねに忠実であります」


 ゴルホフスキが辞去してから、わたしはヴェンツェルを抱っこしたまましばらく考え込むことになった。


 ベミエンにしろハーツィアにしろ、アドラスブルク皇帝家との個別の主従関係は守るけれど、帝国全体の調和や安定にはさして興味がない。

 これは、窮極的にはアジュールもそうだろう。


 この帝国の維持はおそろしく難度が高い。なんだかんだで住民のほとんどにデウチェ人としての普遍的意識があるプロジャとは大違いだ。


 ……ちょっとディズマール卿、うちの帝国の運営やってみてくれない? あなたでも無理なんじゃないのコレ?


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