軋む音
大変お待たせしました連載を再開します…と言いたいところなのですが、本業がなかなかに炎上しているため次回更新は未定です。
自分の仕事を全部片付けたらさらに業務が増えるという、まあよくあるやつです。GW……?なにそれ食えんの?(さすがに土日は休みました)
しばらくは不定期更新となります。ご了承ください。
二ヶ月近くにおよんだ外遊を終え、わたしたちアドラスブルク皇帝一家はフィレンへと帰った。
もちろん、ペリムに滞在しているあいだも、エルディナント陛下とわたしは政務をつづけていた。電信技術のおかげで、各所からの報告はどんどん入ってくるし、指示命令も滞りなく返信することができる。
ルーニア宮の一室でお仕事をするのは、ビュラ城の執務室にいるのと感覚的にはまったく変わらなかった。エルディナントさまにとっては、フィレンの皇宮執政府より人がすくないていどの差だっただろう。
外政に関しては、フィレンにいるときよりもはかどったくらいだ。タイミングが重なったのはたまたまだったけれど、ゼクフィコ問題を素早く処理できたのは、西太洋により近いペリムで報せを受け取ったからこそだった。
……だがそれでも、電信では充分伝わらないことというのはある。
ペリム万博に展示されていた最新式電信送受機は、受信した内容を紙に印字してくれるというすぐれものだったが、従来型は送信と時刻を合わせて、受信がわの人間がその場で信号内容を平文に復調してペンで書き取らなければならなかったのだ。
要件以外の雑記を伝えられるようになったのは、ようやく昨日の今日から。わたしたちは、ちょうど旧式のやりかたの最終段階で、遠い母国からの報告を受けては指示を返していた。
フィレンへ戻ってからあきらかとなった、皇帝不在のあいだに帝国内で持ち上がっていた問題とは――
北部の領邦ベミエンにおいて、エルディナント陛下に、皇帝としてではなく、ベミエン王として戴冠を求める運動が広まりつつあるというのだ。
それが意味するのは、ベミエンがアジュールと同じ地位を求めているということ。
ベミエンが帝国内での自治を求めること自体は、決して不当ではないし、アジュールが帝国政府と協定を結んだ時点で予測可能なものだった。
帝都フィレンと王都ビュラのあいだで同権協定が締結されてから七年、むしろ、ベミエンの動きは遅かったくらいだ。
……だが、ベミエンの主張には、アジュールが申し出てきたような、帝国を支えるための負担に関する言及がなかった。
アジュールと同じ権利を要求しながら、それにともなう義務の表明を欠いた政治運動――
帝国政府として受け入れがたいという以前に、アジュールが黙っているはずがなかった。
彼らは応分の税負担をしているのみならず、帝国軍の中核となっている。
ベミエンのタダ取りを、アジュールは容認しないだろう。
もちろん、帝国政府の不興とアジュールの反発を、ベミエンの独立運動家たちは予測していた。
彼らは、ベミエンに限らず、帝国のあらゆる地域が自治権を得るときがきたのだと訴えた。そして、引き受けるべき負担は、各々の地域で選挙された代表と中央政府の合議によって決めるべきだと。
つまり、連邦制への移行である。
デウチェがプロジャ主導での実質連邦制度に舵を切りつつある現状では、アドラスブルク帝国がその内部で各州に裁量を認めるべきだという主張も、絶対にありえないと切り捨てておしまい、とはいかない。
実際に、アジュールは帝国内独立国として、その地位をフィレン中央政府に認めさせているのだから。
オストリヒテ=アジュール二重帝国を、オストリヒテ=アジュール=ベミエン三重帝国にする――という話であったなら、ベミエンの代表者とエルディナント陛下に、アジュール首相であるアングレアム伯の、三者で協議すれば解決したかもしれない。
しかし、連邦制移行を唱えるベミエンの主張が、帝国全体に不協和音を響かせようとしていた。
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フィレンにおいてわたしが出席できる唯一の政治的会合であるオストリヒテ・アジュール連絡会議でも、当然ながらベミエン問題が俎上にのぼった。
「皇帝陛下には、ちかごろベミエンにおいて語られている、王冠ごとに帝国を分断する論説について、どのようなご所見をお持ちでありましょうや」
アングレアム伯爵が丁重ながらも直截に質すと、エルディナントさまは大げさに肩をすくめる動作で応じた。
「首相は、さきの争乱の当事者であろう。騒動を片づけるために伯父から帝冠を引き継がせられただけの予より、よほどわかっているのではないか」
さきの争乱、とは、プロジャやメロヴィグとの戦争のことではなく、いまから19年前、西方全体をゆるがせた同時多発革命未遂のことである。
そのときわたしはまだ10歳で、父フリードリヒの山荘に都会の混乱は伝わってこなかったから、正直言って、世の中がひっくり返っていたという実感はない。
親戚であるヴァリアシュテルン王家のみなさんが首都ミューゼンから避難してきたりして、なんとなく、ふつうではないことが起きているらしいな、と思っていたていどだ。
いまはヴァリアシュテルン王である従弟のフィクトールと、空想のお城や都市の図面を描いたりして遊んだのもこの時期である。
革命勢力に追われて生命からがら逃げてきた(いちおう、父から都でなにがあったかは聞いた)のに、防衛だとか籠城のことをまったく考えていない、フィクトールの描くメルヘンなばかりのお城にあきれていたが。
……おっと、わたしの危機感に欠けた思い出話はべつに必要ないですね。
アングレアム伯は、あきらかに愉快ではない記憶を振り返る表情で口を開いた。
「あのとき民衆たちは、政府を倒せば世の中がよくなるのだと、漠然と、無根拠に行動しました。しかし帝国の役人を追い払ってから、だれがその代わりを務めるのかは決まっていなかった。けっきょく彼らは、主導権を巡って自分たちのあいだで争いはじめた。……私は、アジュール独立のために立ち上がったはずでしたが、もっぱら昨日までの隣人たち相手の闘いに時間を費やす結果となりました」
その話は、マイラー伯を通じてアングレアム伯をわたしのサロンに招いたときに、聞いたことがある。
当時アングレアム伯が仕えていたアジュール民族指導者ユハースは、周辺の諸民族との紛争が収まらないいっぽうで、オストリヒテ本土では鎮圧軍の動員が本格化する中、リュースやプロジャ、あるいはアルハディラ・ウルスといった外国勢力を呼び込むことで、アドラスブルク家を滅亡させて独立を完遂させようという、よりラディカルな方策を唱えた。
外から帝国を打ち倒す勢力を招き入れれば、それがアドラスブルクに代わるあらたな支配者となり、アジュールはその軛につながれるだけだと考えたアングレアム伯は、ユハースのもとを去り、ビュラ制圧に取りかかっていた帝国軍への投降も拒否して、ペリムでの亡命生活を選ぶ。
過激派ユハースが死刑を宣告され国外逃亡することになるのは当然の帰結であったが、自発的にアジュール独立闘争から距離を取ったアングレアム伯も帝国政府の処刑リストに載せられてしまい、以後九年間に渡り祖国を離れざるをえなくなるのだった。
……めぐりめぐっていまはアジュールの首相となっているかつての独立闘士の述懐に、エルディナント陛下はうなずかれた。
「そうだな。国家全般の負担をどの領邦が引き受けるのかを決める前に分割だけを行えば、また同じことが繰り返される。まず権限を求めるベミエンの主張を認めることはできない」
「問題がもうひとつございます」
と、景気が悪そうな声で横から発言したのは、オストリヒテ・アジュール連絡相エクセルハーディ伯爵だった。
「プロジャが明確な主導権を握っているデウチェと違って、わが帝国を連邦化すると邦国間で負担の押しつけ合いが生じる……それ以外にも難が出てくるというのか?」
陛下のこの質問には、アジュール宮内卿マイラー伯爵が答える。
「帝国を、かつての王冠領の範囲で区分すると、各領邦内でデウチェ人が少数派に転落してしまう……これは、危険な兆候となるでしょう」
「……それは、まずいだろうな」
エルディナントさまは指摘されてから眉をしかめられたが、これは陛下の考えが足りていなかったという意味ではない。アドラスブルクの国是に民族主義の文字はないのだ。
皇帝は民族問題に関与しない。そうでなければ、大まかなわけかたでも10を数え、ちょっとした差異まで勘定するなら40を超える民族がひしめくこの地を治めることなどとうてい不可能だ。
そのコスモポリタンとしての態度は、単なる理論ではなく、思考様式にまで徹底していないと一貫できない。
アドラスブルク家の人間は、そういうふうに育てられている。
……そんな皇帝家の教育方針が正しいのかどうか、その是非は横におくとして、現在のアドラスブルク帝国全体で、一番頭数が多いのは、デウチェ人である。それでも、総人口からすれば三分の一にすぎない。この帝国には、それだけたくさんの民族が住んでいるのだ。
仮に連邦化によって、帝国をアドラスブルクによる統一前の各王国領に分割したとすると、デウチェ人が人口の過半数を超えるのは、フィレンを中心とする狭義のオストリヒテだけになる。
そうなれば、小オストリヒテ以外の全邦国が急速に「脱デウチェ化」するのは必定だ。
だからこそデウチェ人たちは、総体としての帝国の維持にこだわってきた。
もしベミエンの主張がとおって、帝国の連邦化が実施されたら、小オストリヒテの外に住むデウチェ人は、政治的権利や財産を多数派の諸民族に奪われることを恐れて、急進的な行動に出るだろう。オストリヒテ本領のデウチェ人が、それに呼応することも疑いない。
最悪の場合、帝国各地のデウチェ人が、プロジャにアドラスブルクを征服するよう求めるという、大デウチェ統一運動の、より過激な再演に発展しかねないのである。
地球史に準じるとどれだけ書いても終わらないので、問題は超単純化されています。そのための異世界設定です。




