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万国博覧会特別観覧日(下)


 万有宮(パレ・ユニヴェルセル)の屋根は外側へ向け7メートルほど張り出していて、これは行列している人たちへ日よけ雨よけを提供するためであるが、同時に半露天の飲食物提供スペースともなっていた。

 外周にスナックスタンドが並ぶこの形式は、このさきの時代、スポーツスタジアムなんかでもおなじみになる。ペリム万博の偉大なる発明のひとつだ。


 しかも単なる軽食や飲み物のスタンドではなく、出展各国の特色が活かされた、ユニークでエキゾチックなメニューぞろい。

 万博が大混雑している理由の八割は、世界各国の料理の食べ歩きができるこのコーナーにあった。


 さすがに無償(タダ)ではないが、地元の名産をアピールしようと、どの国も利潤抜きの価格で販売しているので、入場料を支払っても元が取れると連日大盛況になっている。


 央華(ジュンファ)旭本(ウヮボン)のスタンドでは、紅茶しか飲んだことのない西方(オチデント)人へ緑茶を供し、アルハディラ・ウルスのスタンドでは大串焼(ケバブ)の切り落としや土琉其(トゥルカ)コーヒーを味わえる。


 西方各国も創意工夫を凝らしたスタンドを出しているが、これまで見たことも聞いたこともなかったエキゾチックな異国の飲食物の物珍しさの前には、さすがに霞んでしまっているとか。


 そんな中でデウチェ圏各国は健闘しているそうだが……その理由はビールを提供しているからで、酒が安いぞと、ペリム中、いやメロヴィグ中から呑んだくれが集まってきているせいらしい。


 ……うーむ。わがオストリヒテも万博ブースでビールを提供して人気を博しているとのことだが、素直に喜ぶべきなのだろうか。


 万博をきっかけに、ペリムではこのさき数年に渡って、ビアホール(ブラスリ)の出店ラッシュが起きることとなる。


 そんな大人気コーナーを、一般客のみなさんがいない状態で好きにまわれるというのは、なかなかに贅沢な体験であった。


 とくに印象に残ったのが、旭本のスタンドでお茶といっしょにいただいた、「オダンゴ」なる、串に連なった丸い穀類の練り物に、甘く煮詰めてから潰した豆のジャム(「アンコ」というそうな)をまとわせたスイーツ。

 それと、プラーナのスタンドで食べた、「ナン」というパンに、スパイシーでピリ辛な豆の煮物「ダルカレー」も美味しかった。


 豆そのものはふだんから食べていますが、甘くしたり辛くしたりっていうのは新体験でした。


 エルに「これが美味しかった」って伝えたら、レシピを聞いてフィレンの宮殿でも作れるようにしてくれるって。やったね。


 子供たちも各国の料理をつまみながら、これがおいしい、あれもおいしそう、全部はお腹に収まらないからちょっとずつわけよう、と楽しんでいた。フィレンでこんな行儀の悪いことをしたら、太后さまから大目玉を食らってしまう。


 そんな子供らをさらに喜ばせるものが、最外周のスナックスタンドから壁一枚パレの内部に入った「食品原料・加工」のコーナーにあった。


 ご当地ペリムのドゥランク社が出展している〈ショコラ・オートマシオン・システム〉は、原材料であるカカオや砂糖をこね混ぜるところからはじまって、包装紙に包まれたショコラ・ボンボンが転がり出てくるまでが全自動というすぐれもの。

 一般客からも大人気だそうで、終日ショコラ・マシンの前から人の壁が消えることはないとか。


「すごい、これほしい!」


 無限にショコラ・ボンボンが湧いてくる夢の機械という認識のようで、ラースローネはお目々に特大のお星さまを浮かべている。


「こんなおっきな機械持って帰ったら、お祖母さまにすぐバレちゃうよ。チョコレートマシンなんて許してくれるわけないでしょ」


 甘味厳禁主義の太后さまを引き合いに出しつつ、苦笑いしながらなだめてみたものの、いつもはおとなしい末娘がめずらしくあきらめない。


「ビュラのおしろにもっていけばいいじゃない!」


 ……なかなか悪知恵が働くようになったわね、わが娘ながら。


「ラジィ、この機械だけあってもね、材料のカカオがないとチョコは作れないんだよ。この前、蝶々が飛んでる温室へ見に行ったよね?」


 長女のゾラが、妹にうまいこと説明してくれる。ちいさな子へ言い聞かせる話術に関しては、わたしよりよっぽどたくみだ。


「じゃあカカオのきももってかえる」

「カカオは寒いところじゃ育たないの。だから温室の中にあったんだよ。ラジィが食べるぶんだけなら、この機械がなくてもお城のパティシエに作らせればじゅうぶん足りるから」

「……そっかあ」


 いやあ、お姉ちゃん子育ての天才。わたしが自分で育ててたらこんな善い子にはなってないわね。


 自動チョコレート製造機のほかにも、製氷機だとか、コーヒー抽出機だとか、アルコール蒸留機だとか、機械化・自動化は食の分野にも波及していくのだな、と実感できる出展の数々が並んでいた。


 ビールが手軽で安価なアルコール飲料としてメロヴィグ人を魅了したという話をさきほどしましたが、メロヴィグがわも、ワイン関連の技術を発明している。

 細菌学者パルストーレが、ワインの酸化と劣化は醸造の用を終えてもワイン中に居残っている微生物のせいだと解明し、殺菌方法を開発したのだ。

 おかげで瓶詰めワインの長期保存が可能になり、メロヴィグワインが世界各国へ輸出されるようになる。


 食品関連のコーナーを抜けても、機械の展示はつづく。おつぎは衣料品製造に資する産業機械の展示場だ。

 子供たちはちょっと退屈そうだけれど、繊維産業は鉄と石炭による重工業と並んで、国家にとって重要である。


 西方(オチデント)の人間にとって、着るものといえば毛織物か、さもなければ麻布製、という時代は長いことつづいた。絹織物は超高級品で、王侯貴族や大商人だけのものだった。


 大航海時代の到来で東方(オリエント)から綿織物(キャラコ)がもたらされるが、当時は絹と同じか、場合によってはそれ以上に値の張るもので、庶民にとっては高嶺の花だった。絹糸を吐くカイコガは西方でも飼育されるようになっていたが、温暖な気候を必要とする綿花は西方では栽培できなかったからだ。


 綿花・綿布の大産地であるプラーナとの貿易が盛んになり、新大陸でも綿花の栽培がはじまると、おりからの産業革命による織機の自動化もあいまって、羊毛に比べると加工しやすかった綿織物の価格は急速に低下する。

 これによって肌ざわりの良い綿の服が普及するが、今度は手作業の工程が多くを占める毛織物が高くつくようになり、冬場の寒さが厳しい西方の民衆たちは、年の半分をガタガタ震えながらすごすようになってしまう。毛織のケープやコートは上流階級のシンボルとなり、民衆はペラペラの綿物を重ね着してどうにか寒さをしのいでいた。


 さらなる機械の進歩で、それまで職人の手作業に頼っていた羊毛の脱脂や梳毛(そもう)の過程が自動化され工賃が下がったことにより、ついに毛織物と綿織物を、価格の差ではなく用途によって選択できる時代がやってきた。


 それが、ようやくここ数年のことである。


 なお、技術者が毛織物関連の産業機械開発に力を入れるようになった理由は、合衆国(ステイツ)内戦(シビルウォー)で綿花の供給が途絶えたからである。

 原料がなくなったから工場を遊ばせておく、というわけにはいかない資本家たちが、羊毛でも生産を継続できる機械を作るようにと懸賞金をかけて発明を募ったのだ。

 ステイツからの綿供給途絶は長つづきせず、期せずして綿織物と毛織物、双方の大量生産手段が確保された。


 そもそも羊毛と綿って、排他の関係性じゃなくて季節による使いわけなんだから、もっと早くから両方安く作れるようにしておけばよかったんじゃないの、ってわたしなんかは思っちゃうんですけれどね。

 いまは世界有数の帝国のお妃で、実家は田舎貴族とはいえ公爵家、明日着る服に困るような生活とは無縁の人生を歩んできた女の、贅沢な発想ってことなんでしょうか。


 自動織機については、すでにルートヴィヒ殿下をつうじて数件の購入契約がまとまっているそうで、エルディナントさまのもとへメーカーの責任者があいさつにやってきた。


「皇帝陛下、このたびはわが社の製品をご採用いただき、まことにありがとうございます」

「わが帝国にとって産業の規模拡大は急務だ。今後もよろしく頼む」

「かならずやご期待に沿いましょう」


 ……ペリムには遊びにきているわけじゃなく公務なわけで、アドラスブルク皇帝として対応するのは当然なんですが、家族で万博見物の途中も気が休まらないですね。わたしも油断しっぱなしではいられないし。


 繊維産業関連機械では、羊毛や綿花を布地にする段階のみならず、布から服を仕立てる工程においてもあらたな発明があった。


 ミシンというやつである。

 それ自体は、原理としてけっこう前に発明されており、万博の前身であるメロヴィグ内国博覧会のころから出展されていたのだが、繊細な機械で高額だった。

 ステイツの技術者ウィルマーにより、ついに大量生産・大量配備に耐えるだけの機構の合理化と簡略化が達成されたのだ。


 手縫いとは比べものにならない高速で針を繰り、糸で布を綴るこの機械によって、布地にとどまらず、服そのものの大量生産への道が開けることとなる。


 布地が大量生産されて安くなれば、価格が下がるのは人間の服だけではない。


 ぬいぐるみだとか、着せ替え人形も今回の万博には出展されていた。


 ラースローネがメロヴィグ製のビスクドールを気に入ったようなので、その場でひとつ買った。


 陶製人形は、陶磁器の生産地として先行していたデウチェで作られはじめたものだ。オトナの女性の姿だった人形を、少女に変えたのはメロヴィグがわの発明である。

 懐に余裕があり、わが子のために買い物をする中産階級の台頭をうまく捉えた、時宜にかなった新商品といえるだろう。


 ブースの係員さんはきれいにラッピングしようとしてくれたのだが、ラースローネは「そんなのいらない!」と言ってさっそくお人形を抱っこした。


「落としたら割れちゃうよ。お人形さんと遊ぶのはルーニア宮に帰ってからのほうがいいんじゃない?」


 まだ会場めぐりもつづくし、手がふさがってしまうのを心配しただけだったのに、ラースローネはビスクドールを抱きしめたままぶんぶんと首を振る。


「ぜったいおとさない! リリィはわたしがだっこしてるの!」


 ……名前ももう決まったのね。


 ぬいぐるみの展示ブースでは、既製品が並んでいるだけでなく、職人による実演もやっていた。

 食品に限らず、製品がどのように作られているのか、その過程を展示するのも今回の万博が力を入れているポイントだそうだ。


 マクシミリアンが妹にぬいぐるみを順番に見せていくと、イザベラはカンガルーに特別興味を引かれたらしく、手足をばたつかせながらきゃいきゃいと声を上げる。

 このカンガルーのぬいぐるみは、万博見物をした職人さんが即興で作ったものだろう。なにせ西方(オチデント)初公開、よそではまだ見ることができない動物だ。


「一点モノみたいだけど、これいただいてもだいじょうぶかしら?」


 訊ねてみると、


「問題ないですよ、また作りますから。アドラスブルクのお姫さまにお買い上げいただけるなんて、光栄です」


 制作した当人かはわからないけれど、ぬいぐるみに綿を詰めている途中だった職人さんが愛想よく応じてくれた。

 それなら遠慮なく買いますね。


 ラースローネとイザベラはご満悦、ほかの子たちはなにか欲しいものないのかしら? と様子をしばらくうかがったけれど、ゾラはもう子供用品には興味がなさそうだ。アクセサリとか、香水のブースで希望を聞いてみたほうがいいかもしれない。

 テレーゼとヨーゼフはおもちゃの剣でチャンバラごっこ(一方的にテレーゼが追いかけてヨーゼフは逃げるばかりなのだが)をはじめて、いつもと変わらない。


 マックスはイザベラがごきげんになって以降は、アンリ皇子の解説に耳をかたむけていて、自分用のおもちゃを物色するという考えそのものがなさそう。

 ……うちのアホの子と取り替えたいような、おさなくして生真面目すぎてちょっと心配なような。


 アンリ殿下の案内で、万有宮(パレ・ユニヴェルセル)内の見学はその後もつづいた。


 特筆すべき点としては、これまで以上のスピードで大量印刷を可能にする新型の印刷機と安価な紙の大量生産手段、それに写真と通信の新技術が、このさきの時代に大きな影響を与えることとなる。


 ……もっとも、歴史の流れを変えるツールのすべてを、この一日で目にしていたのだ、とわたしが気づくのは、ずっとあとになってからだ。


 ペリム訪問最大のイベントはこうして終わり、わたしたち一家がオストリヒテへ帰る日が近づいてきた。



19世紀万博ネタはまだたくさんあるのですが、そろそろ時代を先に進めたいと思います。


実生活の年度末から新年度進行のため、書く時間があまり取れずにストックが尽きてしまいました。申しわけありません。

しばらくお待ち下さい。GW前後再開予定です。

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