面従腹背
エルディナント陛下も、わたしも、健康上の問題はない。そしてまだまだ若い。
その帰結として、わたしは初産から10ヶ月ほどでふたりめの子を身ごもった。
なにかにつけてわたしを値踏みする太后ゾラさまも、
「今度こそは皇子を望むわ」
というていどで、積極的にはいびりもなし。
ゾラさまはご結婚から六年ものあいだ子に恵まれなかった。次世代製造機としてはすこぶる快調なわたしに対する感情は、いささか複雑なものがあるだろう。
ヴァリアシュテルンから嫁いできてこのかた、アドラスブルクを復興させ、偉大な帝国を蘇らせたいというのがゾラさまの生きがいなのだ。わたしがどんどん子供を産んで、都合の悪かろうはずもなし。
気散じの嫁いじめを高じさせすぎて、これまでのご自身の半生を無にするほどおバカな女性ではない。そう読めてくれば、いくらか姑あしらいの方法も見えてくる。
帝妃教育がふたたび中断した機を利用して、わたしは本格的な自立に備え、五年後を見据えて仕込みをはじめた。
フィレンの宮廷はゾラ派一色で、根を伸ばす隙がないということは以前に述べたとおり。オストリヒテ国内で地盤を築くのは難しい。
とはいえそこは、落ちぶれたといっても帝国である。エルディナント・フランツ陛下を君主に戴く諸邦の集合体だ。全盛期から領邦は1/10以下(神聖帝国内部に豆国家が多すぎただけではある)に減っているが、それでも主だった国だけで10を数える。
わたしはヴァリアシュテルン時代から歴史教育を担当してもらっているマイラー伯爵をつうじて、アジュール貴族たちと接触をはじめた。
アドラスブルク帝国は多民族国家であり、その中心であるオストリヒテの人々は、言語・文化的にはデウチェ人と同質だ。
一方、アジュールは帝国の双柱のかたわれであり、帝国第二の領邦だが、歴史的にも、習俗的にも、デウチェの範疇にはない。そこに住む人々は独自の言語と文化を持っている。
わたしは乗馬を趣味のひとつとしているけれど、アジュールには伝統的な乗馬文化があり、なんとなしに親しみがあった。
デウチェにおける乗馬は戦士階級、つまり貴族男子のもの。対して、アジュール人は騎馬遊牧民を祖に持ち、もっと幅広い階層が、男女問わず馬に親しんできたという。もっとも、放浪生活は捨て、定住して農耕や畜産で生活するようになって何百年も経過しているが。
それでも、平原を馬で駈けるのがアジュール貴族のたしなみで、女性が馬にまたがっていてもオストリヒテほど眉をひそめられることはない。いまのわたしの乗馬講師はブライトノーツ人だけれど、ヴァリアシュテルンにいたころはアジュール人から習っていた。
そしてなによりも、わたしがアジュール勢力を同盟者にしたい理由があって、なにを隠そう、太后ゾラさまは大のアジュール嫌いなのである。
野蛮で下品だと、ゾラさまはアジュール蔑視を露骨に表に出す。なお、太后殿下の右腕である女官長エクセルハーディ伯爵夫人は歴史あるアジュール大貴族の妻君なのだけれども、エクセルハーディ伯爵家はアドラスブルク股肱の臣であり、すっかりオストリヒテ化している。
先帝退位を引き起こした帝国大動乱のさいも、エクセルハーディ伯は独立を叫ぶアジュール人に共鳴しないどころか、同胞を弾圧してまわり、帝国政府からその忠義を顕彰された。
そんなフィレンかぶれのエクセルハーディ伯は、当然ながら大多数のアジュール人から人望がない。わたしたちは、まずエクセルハーディ夫妻への悪口(アジュール貴族たちは伯爵の、わたしは伯爵夫人の)で意気投合した。
……よくよく話してみると、事前にあるていど知ってはいたけれど、アジュール人たちは誇り高く負けず嫌いではあるものの、アドラスブルク皇帝家に対してそこまで否定的ではなかった。
彼らの一番の望みは、帝政を廃して独立することではなく、アドラスブルク皇帝のもとで、オストリヒテと完全に同等な権利を持つこと。
叛乱の原因は、オストリヒテが帝国の主で、アジュールは属州だといわんばかりのフィレン政府の態度にあった、と。
いまは、エルディナント・フランツ陛下が、皇帝のもとでの諸民族の平等を施政方針としている。
これはこれで、一部のアジュール民族主義者にとっては気に食わないこと(偉大なるアジュール人が取るに足りない弱小民族と同等とはどういうわけだ)だけれども、オストリヒテのデウチェ人を一等臣民とし、アジュール人は二等臣民だ、とあからさまだった以前に比べればまだマシである、と。
……うーん、多民族国家の統治って、ものすごくめんどうくさいですね。プロジャがデウチェ連合に固執して、オストリヒテをつま弾きにしようとするわけだわ。
デウチェ統一国家だけで、メロヴィグやリュース、ブライトノーツと張り合うには充分で、オストリヒテを取り込んでややっこしい少数民族問題にかかずらうのは損だし効率が悪い、っていうのがプロジャの本音だったのか。
わたしはそこまで考えてなかったなあ。そして、エルディナントさまはそういう苦労をなさっておいでなのね。
下手に首突っ込むとこじれるから嫁はおとなしくしていろ――それがゾラさまの考えだったのかしら。
……でも、皇帝の妻としては、ますます旦那さまの力になりたいと思えてきませんか、これって。どうでしょう、わたしがおかしい?
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エルディナント陛下とわたしのふたりめの子は、またしても女の子だった。
女腹の駄嫁と、女官長エクセルハーディ伯爵夫人ら宮廷レディ連が、いけしゃあしゃあと陽口(もはや陰口ですらない)をたたきはじめたけれど、エルディナントさまが喜んでくれているのでわたしは気にしなかった。
今回は、エルディナントさまとわたしで名前の候補を提案することができた。
皇女テレーゼ――偉大なる女帝メレナ・テレーゼにあやかった命名であり、これには太后ゾラさまからも文句は出なかった。
お姉ちゃんとなったちいさなゾラは、妹の顔を不思議なものを眺める目で見ている。生まれてこのかたずっとオトナだけに囲まれていたので、自分以外のちびっ子ははじめてなのだ。二歳は離れていないし、きっと仲の良い姉妹になってくれるだろう。
ふたりつづけて元気な赤ちゃんを産めたのだ、男の子を授かるのも時間の問題……と、わたしは、不安よりも将来への期待と自信が大きくなっていることに気づいた。こんな心境になったのはずいぶんひさしぶりだ。フィレンにやってきてからは当然初のこと。
男児どころか女児も産めず、嫁入りから六年間針のむしろに座っていた経験を持つ太后ゾラさまといえば、直接わたしをいびるのではなく、間接的な手を打ってきた。
エルディナントさまの弟ぎみである第二皇子メルヒオール殿下と、バルディウム王国のイザベラ姫を引き合わせ、結婚させたのだ。
現在のアドラスブルク相続則は、継承に値する血筋に男子なき場合、女子相続も認める、というもの。女性継承はあくまで緊急避難であり、男性優先である。
仮にこのまま、エルディナントさまとわたしのあいだに女の子ばかりが産まれつづけ、メルヒオール殿下とイザベラ姫の夫婦が男の子に恵まれたならば、次世代の帝冠はメルヒオール殿下の子に渡る。それ以前に、いまだエルディナント陛下に男児のいない現状では、メルヒオール殿下が帝位第一継承者であるが。
現帝であるエルディナント・フランツ陛下の正式な継嗣が誕生する前に、皇弟メルヒオールさまの結婚が発表されると予想していた人はおらず、フィレン内外をちょっとした衝撃が襲った。
メルヒオール殿下の出生への疑惑は、宮中公然の秘密である。だれも口には出さないが、ひとり残らず知っている。
だが、ゾラさまからすれば、マティアス大公の胤だろうと、シャール・バルトポルテの胤だろうと、己の腹を痛めたわが子に変わりはない。
太后殿下による隠然たる宮廷クーデター、アドラスブルク皇統乗っ取り計画!?
……そんな、フィクション作家なら大喜びしそうな展開であったが、わたしははじめて、ゾラさまの心の寂しさを垣間見たような気がしていた。
もしかしたら、ほんとうに、真に愛した唯一の相手であるシャール・バルトポルテとのあいだの血筋に、帝国を託したいという気持ちがあるのだろうか……?
まあ、こんなことゾラさま本人には(というか周囲のだれであろうと)絶対に訊けたものじゃないんですけれども




