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万国博覧会特別観覧日(上)


 華々しく開幕した万国博覧会であったが、会期の序盤にペリムで主要国領袖の姿を見ることはまれであった。開場一ヶ月がすぎ、ロンディミオンでの国際会議が終わってことで、ようやく花の都に錚々たる面々が集まろうとしていた。


 といっても、べつにリュースの皇帝(ツァーリ)ピョートル二世や、プロジャのエルンスト王が会議に出席していたわけではない。アドラスブルク帝国同様、交渉担当の公使を派遣するにとどまっている。

 会議の結果によってはメロヴィグとの関係が一気に冷え込む可能性があったので、ペリムでバルトポルテ三世と万博見物をしたり、晩餐会でもてなされたりするのをしばらく保留にしていただけのことだ。


 サンフリムベルク問題に関してアドラスブルク帝国は最初から距離を取り、中立の方針を決め込んでいたので、わたしたちは初日から万博を楽しんでいたわけですが。


 議長国であったブライトノーツからは、王太子アンドリューとその妻レティシア妃が、アルビオン海峡を渡ってメロヴィグの土を踏んだ。アンドリュー殿下は、さきの第一回ペリム万博にも女王ベアトリスの名代として訪れている。


 リュースからは、ピョートル二世と、皇太子アレクセイ以下三人の皇子たち。主要な皇族全員が他国首都を訪れるとなれば、その従者の数もそうとうになるわけで、訪問団としては各国の中で一番の大所帯となっている。

 ペリム市内ではとても収容しきれず、リュース皇帝一行にはヴェルサリア宮殿が逗留先として割り当てられることになった。……もしかして、ヴェルサリア宮に泊まりたいがために、ツァーリは大人数で万博を訪れることにしたのだろうか? まさかね。


 プロジャからは、エルンスト王と王太子ヴィルヘルムに加え、文武の双璧である宰相ディズマールと参謀長メネルケンもやってきた。

 サンフリムベルク問題でメロヴィグと鋭く対立した直後に首脳部全員がペリムを訪れるというのは、プロジャなりの和解の姿勢なのか、あるいは逆に、臨戦態勢を継続しているぞという警告か。


 ほかにも、バルディウムのアルベール王、ヘラルドのウィレム七世、イルパニアのマリナ女王、エトヴィラ王太子ガスパーレといった、メロヴィグ近隣の国の君侯は当然ながら、ポートガルドのミゲル摂政王子、ダンヴィケのハンス二世やウェルデンのグスターヴ四世もペリムを訪れている。


 東方(オリエント)からは、グリテアのゲオルギウス大公に、エギプテとパールシの太守(パシャ)がペリム入りした。彼らは、アルハディラ・ウルスの地方統治官であり、大王(カガン)の代理人である。


 そして、西方(オチデント)にとってこれまでなじみの薄かった、パールシやプラーナよりさらに遠い極東から、旭本(ウヮボン)将軍ヤスハルの弟であるタネヤス。


 大陸の央華(ジュンファ)帝国は万博にブースを出展こそしているが、政府要人の派遣はしていない。旭本の一行は、西方が極東より迎える実質初の公式使節であった。


 もっとも、央華にしろ旭本にしろ、物産は古くから西方でも知られていた。とくに陶磁器に関しては長いあいだ極東のみが唯一の産地となっており、西方でも作られるようになったのは、ようやく前世紀に入ってからのこと。

 当然ながら、万博には央華も旭本も磁器や漆器を出品している。絹製品も本場は極東だ。


 ……とにもかくにも、従者をふくめれば軽く3000人を超えるVIPがペリムに集結した。警備の都合も考えれば、特別観覧日にまとめて万博会場を見物してもらうのが効率的なわけである。


 一般客のみなさんだって、ただでさえ混雑しているのに、やれ某国のお偉いさんがお見えだと、そのたびに場所を開けろと言われるよりは、一度の入場禁止デーですんでくれたほうがイライラしなくてすみますよね。


 なお、リュースのピョートル二世は、ペリム到着早々にさっそくポリニカ青年党の闘士に襲撃されていた。未遂に終わり襲撃犯当人以外に負傷者もなかったが、もしオブリスコーニのように手投げ爆弾を使われていたら、リュース現帝と皇子たちにくわえ、バルトポルテ三世までも爆死する大惨事になるところだった。

 テロではなく、民族の敵リュース帝だけを狙い、ほかには累をおよぼさないよう意を用いての狙撃であった、と襲撃犯ラゲンスキは供述したが。

 要人警護の難しさである。


 ポリニカの民族自決を支持する立場のバルトポルテ三世にとっては、庇護者の裏切りで威信を傷つけられ、リュースからは対ポリニカの姿勢が生ぬるすぎて増長を招いた、と非難を浴びてもしかたのない場面であったが、ピョートル二世は事件を大きく取りあつかうことなく、襲撃犯の裁きもメロヴィグ司法当局に一任して処刑の要求もしなかった。

 ラゲンスキは終身刑を言い渡されるが、その後のメロヴィグ政局混迷のさなか、監獄が襲撃され行方不明となる。事件はポリニカ情勢とは無関係の、メロヴィグ国内勢力が企図した同志奪還作戦によるもので、ラゲンスキは混乱に乗じて逃げおおせたのか、巻き込まれて死亡したのかさだかでない。


 ……何年もさきのことまで触れてしまいましたが、余談はともかく、ピョートル二世はバルトポルテ三世のメンツに気を遣ったというわけではなかった。

 じつをいえば、リュース帝は前日に『ミゼルステラ女大公』を観劇して楽屋を訪れ、主演女優サラ=レメデールにぞっこん惚れてしまったのだ。

 ことを荒立てて国際問題化すれば、抗議の帰国となる(実際に側近たちは皇帝へ外遊打ち切りを奨めていたという)のは必定である。ペリムに長期滞在してレメデールとの仲を深めるために、穏便にすませた、というのが真相であった。


 出版や上演への検閲をゆるめた自由主義的政策が、思わぬかたちで執行者バルトポルテ三世自身のメンツを救ったことになる。


 このようなインシデントはあったけれども、無事に各国訪問団がそろって、万国博覧会特別観覧日を迎えることができた。


    +++++


 多くの国から偉い人を招いてイベントを開催すると、どの国の代表から、だれをホスト役にして案内すべきか、というのが面倒くさい課題になりがちだ。


 わたしたちアドラスブルク皇帝夫妻は、ほかの元勲たちよりひと足さきに万博をいくらかまわっていて、開幕式にも出席していたので、おかまいしてくださらずとも平気ですよとメロヴィグがわの式辞官に伝えたら、たいそう感謝されてしまった。


 まあ実際には、ようやくメイン会場である万有宮(パレ・ユニヴェルセル)をまわれるぞと、万博を満喫するつもりでいる子供たちが、いちいち挟まってくる儀礼でぶーたれないようにするためですが。


 そんなわけでわたしたち一家(とマクシミリアンにイザベラ)は、すでにあらかた万博ブースを調()()し終えている侍従長ルートヴィヒの案内ですませようと思ったのだけれど、さすがにそういうわけにはいかないとメロヴィグ当局が考えたのか、はたまた自主的に手を挙げてくれたのか、皇太子アンリ殿下がホストを買って出てくれた。

 もしかすると、わがアドラスブルクとの婚姻同盟計画を本格的に推進することにしたルティアーナ妃が、息子にふくませたのかもしれない。


 さあ、開幕日以来の万有宮、しかも初日はエレベータで屋上に昇って降りただけで終わってしまったので、実際に内部を見てまわるのはこれがはじめてだ。そしておそらく最後の機会でもある。

 できるだけ楽しまないとね。


 一般客の入場ゲートとはべつに設えられているパレの正門を馬車でくぐって、開会式が行われた大ホールへと入る。

 ここは蒸気機関の展示ブースでもあり、開会式でバルトポルテ三世とルティアーナ妃が立った巨大昇降機(リフト)は、各種機械を上から眺めるためのプラットフォームも兼ねていた。

 通常会期中は上がりっぱなしで、見物客は階段を使ってプラットフォームへ昇り降りしているのだけれど、テレーゼとヨーゼフのために蒸気機関に火を入れて圧力を送り、昇降機構を動かしてくれた。


「おおー、でっかい、たっかい!」


 ヨーゼフははしゃぐばかりだったが、


「リフトには、すいあつしきとじょうきしきがあるとききました。これはじょうきしきなんですね?」


 と、マックスは利発な質問をしていた。……息子よ、もうすこしおつむを鍛えないと次期皇帝の座があやういぞ。


「そうですね、このリフトは蒸気機関を動力としています。わがメロヴィグ独自の方式としては、水圧式エレベータがペリム市内の百貨店(グラン・マガザン)の新館に導入される予定です」


 答えるアンリ皇子は、お国の技術の売り込みにも余念がない。


「これだけの大きさの台を、人だけに使うのはなんかもったいない気がする」


 壮大な機械の力が無駄になっているんじゃないのかと、テレーゼは思慮顔だ。


「この大型リフトは、機関車のように重たいものでも持ち上げることができます。線路をとおすには高低差が急すぎる断崖の上下でも、リフトを設置することで汽車を乗り換える必要がなくせるかもしれません」


 そちらにも、アンリ皇子が解説してくれる。


「ほうほう。ベンリなような、ものすごい長いリフトを用意しないと列車を全部はこぶことはできないような」

「一両ずつ運べばいいんじゃないの。時間はかかるけど、乗り換えるために歩くよりは早い場合もありそう」


 一編成をいっぺんに運ぼうとしなくてもいいのでは、と横からわたしが言ってみたが、テレーゼはあまり納得しなかった。


「列車を切りはなしてバラバラにはこぶなら、乗客は中で待つより一度出たほうがいいと思う」

「状況によるでしょ」


 まあ、あたらしい技術を実地でどういうふうに導入するべきかを考えるのは、将来どこかの国の王妃なり、場合によっては女王になるかもしれないテレーゼにとって、まるきりの無駄とはならない。


 乗客には歩いて移動してもらうことにして、機関車だけを大型リフトで運ぶのにも意味はある。列車の中でダントツに高コストなのは動力源たる機関車だ。断崖絶壁の上と下を一両の機関車で走りとおせるなら、客車はそれぞれに用意しておいても全体では安上がりになるかも。

 リフトの設置費用とランニングコストが、機関車を二両そろえるよりもお得なら導入すればいい。一日一往復ですべての旅客を運べる山奥とか。


「テレーゼ姫は、ものごとを合理的に考えるのがお好きなんですね」


 仮定の話を不必要に考え込みすぎるだけのうちの次女に対し、アンリ皇子は最大限好意的な言いかたをしてくれたけれど、これはやはり、お母上からアドラスブルクの娘におべっかを使っておくようにとささやかれている感じがする。


 ……まあ、実の親から見て、ヨーゼフよりはテレーゼのほうが君主向きだと思いますが。


 上から全体像を眺めたり、近寄って黒鉄のカタマリの迫力を実感したり、大型蒸気機械の数々をしばらく見学した。


 ブライトノーツ、メロヴィグ、バルディウムのメーカーが出展している、新型機関車がとくに注目されているそうだ。


 プロジャのメーカーはといえば、フゼッペ社の鋼鉄製部品が早くから各国で採用されていたが、完成車両においては先行する三国の後塵を拝していた。

 だが今回の万博には、プロジャからも機関車本体が出展されている。

 先行三国が展示している新世代型ではなく従来型だが、部品の合理化による整備性のよさと価格の安さがウリだとのこと。


「わがオストリヒテも、早期に機関車の国内製造を実現せねばな」


 偉容を競う各国の機関車を前に、エルディナントさまは皇帝としての顔で考え込まれていた。


 国内の鉄道網を整備するには、もうしばらくのあいだ機関車を外国から買うしかないですから、フゼッペ社とのつき合いを深めるためにも、プロジャ製機関車を採用するとかどうでしょう?


 蒸気機関展示ブースをひととおり見てまわってから、大ホールをあとに、アンリ皇子の先導でパレの外周へ。



地球における第2回パリ万博は、アトラクション性やエンターテインメント性を重視していました。これは、娯楽性を強化することで多くの庶民に来場をうながし、楽しみながら学んでもらおうという、第二帝政の啓蒙思想によるものだそうです。

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