望郷と再会の航路
ペリムのオストリヒテ大使館に「メルヒオール陛下、退位を表明しゼクフィコより出国」の報せが入ってきたのは、タンティホを発したもと軽巡航艦アドリアーナが、西太洋に浮かぶ新旧大陸間航路の中継地、テセジア島に到着してから四日後のことだった。
アドラスブルク帝国外交部にとっては寝耳に水で、メロヴィグ駐在オストリヒテ大使であるメンデールニヒ侯爵自らが、大あわてで皇帝たるエルディナントさまが滞在しているルーニア宮まで馬車を飛ばしてきた。
「――アドリアーナは、テセジアに留まっているそうです」
報告を聞いたエルディナント陛下は、平静な声で下問をされる。
「この話、他国には伝わっているのか」
「今日のうちには西方中に広まるかと」
「うわさとして届くよりさきに、フィレンには報せたほうがいいな」
「御意に」
「メルヒオールを、すぐにトライエットへ帰らせるというわけにはいくまい。テセジアに寄港して留まっているということは、メルヒオール自身、こっちの大陸へ直接戻る前に政治的調整が必要だと認識しているのだろう。とりあえず、マクシミリアンとイザベラを、ペリムまで連れてくるように。早めに親子を再会させてやらねばな。娘にいたっては、まだ父親と顔を合わせてもいない」
「ただちに手配いたします」
メンデールニヒが大使館へ戻っていったところで、エルディナントさまはわたしのほうへ視線を投げかけてきた。
「セシィ、きみがやったことだね」
質問や推測ではなく、確認する口調で。
「はい。陛下のお許しを得ないまま、独断で専行いたしておりました。もうしわけございません」
「責めたりするつもりはないよ。皇帝として、私が関知しているわけにはいかなかったことだ。もし事前に聞いていたら、止めさせるしかなかった。……その場合、メルヒオールはロペス・ガルシアの手に落ちていただろう。ありがとうセシィ、きみは弟の生命の恩人だ。私もソル・ペルヌで助けてもらったが、兄弟そろってきみに救われたね」
エルディナントさまは、そう言ってわたしの手をやさしく握ってくれた。
たとえじつの弟が死の瀬戸際に立っていても、べつの主権国家内の争いであれば、法的・道義的な正当性なく手を出すわけにはいかない、それが皇帝という立場なのだ。
君主の暗黙の望みを汲み取って動くのは周囲の役目ではあるが、惻隠を働かせてばかりで、それが宮廷のあたりまえの空気になってしまえば、往々にして君側の奸を生み出す温床となる。
わたしのやっていることは、決して褒められたものではない。
「責任はひとえにわたしひとりにあります」
「この件でだれかを処分したりはしない。まずはメロヴィグ政府と話をつけないとな。つぎに、ステイツとロペス・ガルシアか。ここからは私の役目だよ、あとはまかせて」
「おねがいします、陛下」
……けっきょく、一番面倒な部分はエルディナントさまが引き受けてくださった。
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万博見物は中断され(子供たちは侍従のつきそいでカンガルー見物に動物園へ行ったりはした)、エルディナント陛下は、バルトポルテ三世はじめとするメロヴィグ政府重鎮に、ペリム駐在の合衆国大使、ブライトノーツ大使、イルパニア大使などと会談なさって、ゼクフィコ帝国の正式な終焉を国際社会として確認するとともに、ロペス・ガルシアの共和国政府をどうあつかうかなどについて折衝を重ねられた。
前々からロペス・ガルシア政権こそがゼクフィコの正統政府だとしていたステイツおよび、ひそかに承認を約していたブライトノーツの立場と、あくまでもゼクフィコはメルヒオール陛下の帝国によってここ数年来統治されていたのであり、共和国はその継承国家であるという、アドラスブルクとメロヴィグの立場、そのあいだの溝を埋める話し合いであった。
そうこうしているうちに、フィレンから汽車に乗って、マクシミリアン皇子とイザベラ皇女がペリムに到着した。つき添いはレヒトハイネン男爵夫人である。太后ゾラさまも、愛息メルヒオール陛下がゼクフィコの死地から逃れた報せを、当然ながら喜びを持って受け取られたが、それでも汽車にはお乗りになりたくないらしい。
ルーニア宮で出迎えたわたしたちに対し、いつもながらしっかりしているマックスが、五歳……いや六歳になったとはいえ、子供離れした口上で礼を述べる。
「エルディナントへいか、セシーリアへいか、このたびは父メルヒオールのためにかずかずのおほねおりをしていただき、まことにありがとうございました。このマクシミリアン、しょうがいごおんをわすれることはありません」
「マクシミリアン、あなたの父であるメルヒオールは、予にとっては弟だ。身内の情を国家の大事に優先させてはならないのが君侯の習いではあるが、それは家族を助けることがまかりならぬという意味ではない」
皇帝としての顔と声でそうおっしゃったエルディナントさまは、一度語を切ると腰をかがめ、伯父としてのやさしさでマックスと目線の高さをそろえる。
「マックス、汽車の旅で疲れていないか? 船の手配はしてある。おまえさえよければ、メルヒオールの待つテセジア島まで向かうことができるが」
「まいります、いますぐに」
意志をはっきりと込めた眼で、マックスは迷いなくうなずいた。
そうと決まれば話は早い。マックスとイザベラを連れ、エルディナントさまとわたしが、西太洋に面しているメロヴィグの港町ル・クルトからテセジア島へと渡ることとなった。
うちの子たち四人はペリムでお留守番。また、メルヒオールさまはじめとする旧ゼクフィコ帝国の重鎮と協議するため、メロヴィグ政府高官が数名同行する。
春の穏やかな海ではあったが、わたしは地中海を航行する船にしか乗ったことがなかったので、外洋は初体験だ。エルディナントさまも、大陸からブライトノーツへ何度か渡航されているが、西太洋上で夜を明かすほどの本格的な船旅ははじめてだとか。
……まあ、時化なければ、地中海を往くときと船上の感覚は変わらないかな。すこし潮風の匂いが違う気はするけれど。
テセジア島をふくむアルカディア諸島は、かつてアドラスブルク帝国の一部であったこともある。
イルパニアの船乗りによって発見される以前は無人で、新大陸を目指す航路の中継地として、嵐で船が破損したさいの避難所として重宝されてきた。また、一年を通して温暖な気候と豊かな海の恵みによって自活できたため、外界から隔絶している島嶼としては、かなり数多くの人々が移り住んでいる。
初代バルトポルテ時代の動乱の余波を受け、現在のアルカディア諸島はイルパニアから分離独立したポートガルドの一部となっている。もっとも、本土から距離がある上、ポートガルドの独立闘争に際し資金的に多大な支援をした関係で、強い自治権を認められていた。
それゆえに、西太洋を航行する船は、国籍に関係なくアルカディアの各島に寄港する自由があった。もちろん、出すものを出した上で、であるが。
メロヴィグ西海岸からアルカディア諸島までの距離は、帆走なら一週間前後かかるていどあるが、いうまでもなくここで石炭代をケチる意味はないので機関巡航だ。
三日とすこしの船旅のあいだ、乳母ふたりにお世話されながらイザベラはけろっとしていたけれど、マックスはちょっと食欲が落ちてしまったみたい。
どっちも揺れる乗り物なのに、汽車より船のほうが酔いやすいのってどうしてなんでしょうね?
テセジア島はアルカディアの中で二番目に大きな島である。
火山島であるアルカディアの島々は、紺碧の美しい海に囲まれているが、断崖が切り立っていて砂浜はほとんどない。そんな中で、テセジア島には三日月型の大きな入江(太古に大きな爆発を起こした火口あとだと言われている)があって、天然の良港として発見直後から寄港地となっていた。
わたしたち一行が乗っているのは、チャーターしたメロヴィグの民間船で、つつがなくテセジア島の港町ポンタ・メーリア至近に達した。
メロヴィグとアドラスブルクの旗を掲げた船の接近で、島の当局者はこちらの来航意図をすぐに察しただろう。港湾警備の小艇が向かってくる。
乗り移ってきたテセジアがわの役人といくらかやりとりがあったのち、接岸許可が出た。
船が慎重にゆっくりと陸へ寄せているあいだに、岸壁の上に人が集まりはじめていた。その中に、メルヒオールさまの顔も見える。
わたしたち夫婦にとっては五年ぶりとなる弟であり義弟との、息子のマックスにとってはほぼ一年ぶりの、父との再会だ。
そして、イザベラは生まれてはじめて、パパと顔を合わせることになる。




