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統治者の資質


 ゼクフィコの命運を決する地となったルイポトシを間近に臨んで設営された、共和国軍の陣内に、奇妙なうわさが流れはじめた。


「皇帝メルヒオールは、帝国への恭順と引き換えに一切の罪を不問にすると保証し、ディアス、グティエレス、マヌエルの三将軍は共和国を見限ると約束した」

「共和国大統領ロペス・ガルシアは、イルパニア人大地主(アセンダード)の土地専有を追認し、プランテーションの維持と引き換えに合衆国(ステイツ)の大企業家から軍備確保のための資金を調達した」

「プランテーションには多くの農夫が必要だが、ロペス・ガルシアはアムゼカ族の解放を公約としている。不足する無償労働力の穴埋めには、メロヴィグの手引きによってここ数年のうちに旧大陸より渡航してきた、僭主メルヒオールの協力者たるポリニカ人からゼクフィコ市民権を剥奪し、強制労働に充てる心づもりだという」

「ゼクフィコ聖界の大物である枢機卿パンフィーリは、無神論者ロペス・ガルシアと背教者メルヒオールの双方を排除するため、内務相フライフィッツェンに首都エル・オーロを押さえさせるとともに、共和国軍の三将へロペス・ガルシアを拘束するよう逮捕状を送った」

「ゼクフィコ皇帝メルヒオールはすでにベラス港から出国した。現在ルイポトシで帝国軍の指揮を()っているのは影武者である」


 ……あるていど事実にもとづいている推論から、まったくの憶測、妄想まで、およそまともに取り合う価値のない話であったのだが、共和国陣営はうわさを笑い飛ばしてばかりもいられなかった。


 デタラメで相矛盾している内容のうわさ話だが、おおむね、ロペス・ガルシアと共和国の有力三将軍の不仲を匂わせる点では一貫していたからだ。


 最大の敵メロヴィグ軍がいなくなり、ゼクフィコ全土掌握が現実味を帯びてくるにつれ、大統領と三将の関係が微妙なものとなりつつあることは、末端の兵士すら肌で感じていた。

 そもそもにして、ディアス、グティエレス、マヌエルの三者も、それぞれあまり仲が良くないのだ。


 旧総督政権崩壊からこれまでは、旧大陸列強の威を借りて暫定大統領に収まったマクシモンにはじまって、メロヴィグ・ブライトノーツ・イルパニアの三国干渉があり、さらに()()メルヒオールおよび駐留メロヴィグ軍と、()からの敵が、ゼクフィコ内部の軋轢を棚上げにさせてきた。


 ……ところで、ステイツの好意を得ることで共和国大統領の称号を確固たるものとしているロペス・ガルシアは、本当に外国勢力の代理人では()()と言えるのか。

 ゼクフィコの隣国たる共和主義者合衆国リパブリカン・ステイツは、まぎれもなく世界的列強の一角である。旧大陸の国々と違って、ステイツだけはゼクフィコに対するよからぬ思惑がないと、言い切れるものだろうか。


 疑心暗鬼に陥ったのは、ロペス・ガルシアではなく三将軍のほうであり、ルイポトシの東に配置されていたグティエレスは、自分の陣地の周囲に土壁と塹壕をめぐらせはじめた。

 西にいたマヌエルにいたっては、大半の手兵を包囲陣においたまま、もっとも忠実な部下のみを連れて戦線を離れた。マヌエルの本拠地は、ルイポトシからさほど遠くない西部の都市ガダハラにあるのだ。


 北のディアスは表面上なにもしなかったが、それはただ単に、ロペス・ガルシアの本陣に近すぎて、動くに動けなかっただけであろう。


 ロペス・ガルシアは、共和国陣営の結束を乱す怪情報の出どころはルイポトシの帝国軍だ、として火消しに走った。

 エル・オーロにおける内務相フライフィッツェンの裏切りといった、帝国がわにとっても気がかりなうわさが混ざっているが、情報戦のセオリーは虚報の中にわずかな真実を交え、敵の危機感をあおるだけではなく、工作がわの窮地すら暗示することだ。


 ガダハラへ去ったマヌエルへ、ただちに帰陣しなければ叛逆と見なす、と伝令を送ったロペス・ガルシアは、ディアスとグティエレスに対しルイポトシへ攻撃をしかけるよう命じた。


 ……と、慌ただしく動きはじめたロペス・ガルシアの共和国軍本陣に、ルイポトシで農産品を販売してきた近隣農民が思わぬ報せをもたらす。


 皇帝メルヒオールはすでにルイポトシを離れ、攻勢よりも防御に気を取られていたグティエレス陣の土塁の陰をとおり抜けて、東へ向かったというのだ。


 ルイポトシの完全包囲はできていなかった共和国軍だが、南のエル・オーロ方面への街道筋には多数の伏兵を配置して、帝国がわ重鎮の脱出に備えていた。メルヒオール陛下は完全に裏をかいて、ロペス・ガルシアが想定していない動きをしたのである。


 怪情報による撹乱も、共和国軍に隙を生じさせるための仕込みであったに相違ないと、ロペス・ガルシアは苦虫を噛み潰した。


 東に広がっているのは、西太洋(アトランティコ)の海岸線だ。僭帝が船で国外へ逃亡するつもりだと見て、ロペス・ガルシアは監視をおろそかにしていたグティエレスを厳しく叱責するとともに追撃を命じた。自らは、ゼクフィコ財政の要であるルイポトシ銀山を制圧するために、ディアスの部隊を前線に立てて包囲陣から進出する。


 ……だが、総帥である皇帝がいなくなっているにもかかわらず、ルイポトシを守る帝国軍はまったく動揺しておらず、大砲の一門たりとて砲座から外されていなかった。


 ディアスの部隊は守備がわの最初の堡塁にもたどり着かないうちにあっさりと撃退され、ロペス・ガルシアのもとへと逃げ帰ってくる。


 帝国軍陣に緩みが皆無であることを見て、すくなくともマヌエルを戦列に復帰させなければ、損害が出るばかりで効果のある攻撃にはならないと悟り、ロペス・ガルシアは第二波の突撃を中止させた。

 敵陣営の士気の高さに、本当にメルヒオール帝は逃亡したのだろうか、といぶかるロペス・ガルシアのもとへ、今度はルイポトシのほうから交渉を求める軍使がやってきた。


 ()()と交渉することなどない、と、いつもどおり撥ねつけた共和国軍の士官に対し、使者は「自分はゼクフィコ帝国の一員としての立場ではなく、ポリニカ移民団の代表として共和国大統領に会見を求めている」と述べた。


    +++++


 ロペス・ガルシアとの対面を許された、ポリニカ移民団代表にして帝国軍ポリニカ兵団長ヤツェク=ヴィトゥスは、皇帝メルヒオールが退位を表明し、ルイポトシから去ったことをまず明かした。


「……メルヒオール陛下は、最後まで貴殿ら共和国政府との平和的交渉を望まれていた。自分の存在そのものが和平の妨げとなっていると言うなら、身を引くほかない、とおおせであられたよ」

「貴公はここで私を足止めし、僭帝の逃亡を幇助しようというだけではないのか?」


 胡散くさげな顔をしているロペス・ガルシアへ、ヴィトゥスは自分が抱えている疑問をさきにぶつける。


「ロペス・ガルシア閣下、巷間でうわさされている、アムゼカ民族の代わりにわれらポリニカ民族を奴隷化しようという話は、まさか事実ではありますまいな?」

「くだらんことを。貴公らが広めた流言ではないか」

「われらは一切虚言を流布したりはしておりませんぞ。遠くのうわさ話を仕入れてルイポトシへやってきた近隣の農民たちが、忌憚なく話せる場を提供していたのみです」


 ルイポトシの街そのものが、うわさがうわさを呼ぶ培養地となるように仕向けていたことはいささかも否定しないヴィトゥスへ、ロペス・ガルシアは渋面を深めた。


「時間稼ぎにはつき合わんぞ。さっさと要件を言え」

「メルヒオール陛下は、われわれポリニカ人に自由と平等を約束なさった。ゆえにわれわれは今日まで皇帝陛下にしたがってきた。陛下はわれらポリニカ人の自決権を保証して退位なされた、閣下がゼクフィコ国民としての権利をわれらポリニカ人にも認めるというなら、共和国へ全面的に協力しましょう」

「……和平を妨げてきたのは、僭帝メルヒオールではなく私のほうだと言いたげだな」

「違うのですか? 閣下がうなずいてさえいれば、メルヒオール陛下は半年前には退位なさっていたはずだ。われらポリニカ人には帰る国がない、この地で人間として生きる権利さえ認めてもらえるなら、相手が皇帝でも大統領でも、大主教でも恭順を誓うまでのこと」

「気に入らん言種(いいぐさ)だ。私の器が僭帝以下だとでも言いたいのか? ……よかろう、保証しようともポリニカ代表よ。ゼクフィコ()メルヒオールが貴公らに与えたすべての権利を、わが共和国政府は引きつづき認める」


 けっきょくメルヒオール帝を()()に言質を引き出されたと、内心で舌打ちしながらも、ロペス・ガルシアはポリニカ民族がゼクフィコ国民の一員であると承認した。いやしくも一国をまとめようというなら、このていどの度量はしめさなければならない。


 席を立ったヴィトゥスは、君主に対する拝跪ではなく、民主的指導者たるロペス・ガルシアへ向け右手を差し出した。

 固い握手で、和解が成立したことを確認する。


「ルイポトシを守っているのはわれわれポリニカ兵のみではありませんが、オストリヒテ人も、バルディウム人も、アムゼカ人も、閣下に求めているものは同じであります。新ゼクフィコの国民として、ほかと差別なきあつかいが受けられるなら、武器を置くでしょう」

「ではヴィトゥス将軍、貴公をわが共和国の講和使節として任命する。ルイポトシに残存する帝国軍と交渉し、平和裏に都市と銀鉱を明け渡すようにしてもらいたい。条件としては、ポリニカ民族に保証した権利を、そのほかの()()帝国軍将兵にも認めるものとする」

「承りました、大統領閣下」



しばらくは水曜日の朝更新を目安に頑張ります。

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