正義は金で買える(逆説;金なき正義は単なる暴力)
2月3月は本業の多忙が予想されるので、この先しばらくは週に1回の更新となりそうです。
定期更新が途切れないようギリギリまで頑張るので応援よろしくお願いします。
ペリムにおいて、万国博覧会が華やかに開催されていたころ――
大洋を挟んだ新大陸のゼクフィコでは、皇帝メルヒオールの帝国と、大統領ロペス・ガルシアの共和国、どちらが真のゼクフィコ正統政府なのかを確定させる決戦が迫っていた。
メロヴィグの支援を失ったメルヒオール陛下に対し、ロペス・ガルシアは強大な共和主義者合衆国をうしろ盾としている。戦う前から勝負は見えているかと思われたが、意外にもゼクフィコ民衆が雪崩を打って共和国支持派に流れることはなかった。
とくに、帝都エル・オーロを中心とする首都圏における皇帝支持の底堅さは、当の帝国政府すら期待していなかったほどに裾野を広げていた。
地方には貧しいアムゼカ族が多く、首都近辺には比較的裕福な旧大陸からの植民者の子孫が多い、というだけの話ではない。メルヒオール陛下の打ち出した改革は、ロペス・ガルシアの掲げている政策と比べても、既得権益層にとってかならずしも歓迎できるものではないからだ。
むしろ、もっとも保守的な大地主数人は、帝国政府に協力しないことで中立をアピールし、ステイツ政府上層部に働きかけて、ロペス・ガルシアが政権を奪取しても土地を没収されずにすむように根まわしをしているほどで、メルヒオール陛下から見ても唾棄すべきコウモリであった。
メルヒオール陛下を支持しているのは、ゼクフィコ社会を構成するみっつの階層の人々である。
メロヴィグ撤退後の新政権で農務相となったフェデリゴ=ロドリゲスはじめとする、大地主ではあるが改革の必要性も認めている、保守派最右翼よりはいくらか頭の柔らかな、旧支配層が筆頭。
つぎに、ロドリゲスらと歩合の契約をして、実質奴隷制から抜け出た小作農たち。
最後に、ここ三年ほどのあいだに、ポリニカなどからあらたに渡ってきた、旧大陸出身の移民である。
支持層を広げた帝国政府に対し、ロペス・ガルシアは、これまで掲げてきた農地解放政策を前面には押し出さず、民族差別の撤廃と、身分制度の象徴たるアドラスブルク家の打倒を旗印に攻勢を強めた。
けっきょくのところ、ステイツの巨大資本家はゼクフィコのサトウキビやコーヒーのプランテーションを必要としており、大規模農場の細分化をすれば彼らを敵にまわし、つまりはステイツからロペス・ガルシアへの支援が打ち切られることになる。
革命家も、現実の政治利害の前には妥協を余儀なくされるものであった。
帝国軍と共和国軍は、ゼクフィコ最大の銀山であり、双方の勢力圏がちょうど重なり合う地点でもある、ルイポトシをめぐってにらみ合いとなった。
降水量に恵まれ豊かな農村を多く抱えた南部の帝国と、乾いた砂漠地帯ながら岩塩や銅鉱などの地下資源を擁し特産の竜舌蘭酒を輸出している北部の共和国、それぞれの現状の経済力はほぼ拮抗している。
北部はステイツから安く武器を買い入れ、南部はメロヴィグ軍が遺棄していった重火器を回収していた。長い目で見れば持続的に兵器を補充できる共和国が有利だが、当座の火力では帝国軍が上まわる。
ルイポトシ銀鉱の権利を主張しているのは、旧ゼクフィコ政府の大口債権者であり、いまは亡きメロヴィグ政界の大物モラン公爵の金庫番であった、スヴェルトの銀行家ジェイケラー。
帝国がルイポトシを手中に収めていても、これまではあがりのすべてがジェイケラーのものだった。だが、資源国有化を掲げるロペス・ガルシアの共和国に接収されてしまえば、ジェイケラーは産出される銀を一オンスたりとて得られなくなってしまう。
したがって、ジェイケラーは泣く泣く大幅な譲歩をして、ゼクフィコ帝国政府に利益の50%を支払うことと引き換えに、銀鉱の死守を求めた。
すなわち、ルイポトシをどちらが確保するかによって、ゼクフィコ全体の支配権争いも、自ずと決することになる。
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新生なったばかりのゼクフィコ帝国軍の陣容は、オストリヒテとバルディウムからの義勇兵が中核であった。メロヴィグ軍の撤退により正規兵に格上げされた彼らは、いまはもう無給義勇兵あつかいではない。
加えて、旧総督政府時代のゼクフィコ軍のうち、ロペス・ガルシアの共和派に与しなかった残党が若干。ロペス・ガルシアに地位を追われた暫定大統領マクシモンに仕えていたこともある彼らは、ゼクフィコの地理に精しく、戦いやすい季節とそうでない季節を知っており、新帝国軍に欠かせない存在であった。また、骨の髄からロペス・ガルシア嫌いであり、闘志もある。
さらに、ここ数ヶ月の新規募兵に応じた志願者の部隊もあった。訓練は行き届いていないが、戦士としての心構えはある者たちだ。とくに、最近移民としてやってきたポリニカ人は、リュース帝国軍相手のパルチザン活動経験があり、ロペス・ガルシアのゲリラ兵団に精神面で対抗しうることが期待できた。
対する共和国軍は、あいかわらず制服もなく、装備の統一性もなかった。ステイツから流れてきた最新式の銃を持ち、カーキ色のチョッキとズボンのアーミールックで決めている者がいるいっぽうで、ジャガーの毛皮をまとい、弓矢と山刀しか使おうとしない者もいる。
旧総督府時代の末期から、ゼクフィコ全土を覆う政治権力は存在しておらず、半世紀にわたって国内紛争がつづいている。共和国軍の兵士たちは大部隊で一糸乱れずに戦う訓練などはまったく積んでいないが、単独、あるいは数人で臨機応変に判断を変える、練達のゲリラぞろいであった。
……明確な頭を持たず、無数の個別集合であるその軍団の特性と同様に、ゼクフィコ共和国はロペス・ガルシアを頂点とする、確固たる政体ではなかった。
ミゲル=ディアス、ホセ=グティエレス、セロ=マヌエルといった、地方軍閥の有力者でありゲリラの上級指揮官たちは、かつてのマクシモン同様、ゼクフィコの覇権をひそかにうかがっている。
ロペス・ガルシア自身、己の権力が盤石でないことは重々承知の上だった。ゼクフィコを統一するために肝要な点は、ライバルたちを心服させるのではなく、ロペス・ガルシアから権力は奪えない、奪ったとしても維持できないと、あきらめさせることだ。
そのためには、ここルイポトシで決定的な勝利を収め、僭帝メルヒオールを葬り去り、革命闘士ロペス・ガルシアの名声を永久不滅の域まで高めればよい。
共和国軍は、北、東、西の三方から、帝国がわが守るルイポトシを半包囲した。集団戦の訓練ができており、大砲の数も多い帝国軍相手に、正面からの会戦では勝てまいと踏んだロペス・ガルシアは、持久戦を選ぶ。
ルイポトシ銀山は操業をつづけているので、鉱山人足に加えて、駐留している兵隊たちが、毎日大量の食糧を消費することになる。
補給路をおびやかして兵糧攻めにし、街道を守備するために帝国軍が広く散らばったら、得意のゲリラ戦で各個撃破する――いつもどおりといえばいつもどおりの、ロペス・ガルシア得意の作戦だった。
……大喰らいの鉱夫と兵隊が相手、三週間もあれば効果が出るだろうと思われた兵糧攻めだったが、いっこうにルイポトシが飢える気配はなかった。
なぜかといえば、周辺の農村から、どんどん農産物や家畜が運び込まれてくるからだ。
ジェイケラーが収めることに同意した銀山からの収益の半分を、メルヒオール陛下は気前よく食糧の購入に使ったのである。
良い値でさばけるため、農民たちは野菜やイモ、ニワトリにブタを売ろうと、こぞってルイポトシをおとずれた。
ゲリラ軍団にとって、ゼクフィコ全土の農民たちは、無償で食事を提供してくれる協力者だった。敵に食糧を売り渡すからといって農民を害すれば、自分らが飢えることになる。
これまでロペス・ガルシア以外のゼクフィコ民族運動指導者が大衆からの支持を集約することができなかったのは、革命の美名のもと、農村から一方的に搾取していたからだ。
イルパニア人の地主だろうと、同胞アムゼカ人のゲリラだろうと、小作農たちから見たら、どちらも単なる略奪者にすぎなかった。
ロペス・ガルシアは、タダ飯を食う以上の狼藉を配下のゲリラ軍団に禁じ、収穫物を取り立てにやってくる地主の配下を追い払うことで、はじめて草の根の支持層を全国に拡大した。
とはいえ、もちろん農民たちにも生活がある。地主からの取り立てがなくなったとしても、ゲリラにタダ飯を食わせてばかりというわけにはいかない。買ってくれるところへ収穫物を売りに行くのは当然だった。文句をつけるなら、共和国軍も金銭を出して食糧を買うしかない。
ロペス・ガルシアは、旧政権の債務の大半を継承拒否するつもりでいた。例外は、支援してくれているステイツと、密約を交わしたブライトノーツだけだ。したがって、共和国は財務的に帝国よりも余裕がある。ただし、当座の即金払い能力としては、銀山から実質現金が湧いてきている帝国がわのほうが優勢だった。
ロペス・ガルシアは共和国の貨幣制度として銀本位制を採用し、兌換紙幣を発行することで財政規律を健全化する(過去の乱脈経営との訣別だから債務不履行をするのだ、という正当化)とした経済政策を掲げていたが、まだ独自通貨を印刷しておらず、旧政権時代の銀貨と、ステイツドルを使っている。その残額には限りがあり、共和国軍の戦略は、日々の食事は無償で賄えることを前提としていた。
帝国軍からは食糧品の代金を受け取っている農民たちが、共和国ゲリラにタダ飯を食わせつづけることに意味があるのか、と疑問を持ちはじめるのも、時間の問題だった。
……ロペス・ガルシアがルイポトシを攻めあぐねているいっぽうで、メルヒオール陛下も打開策を見いだせずに苦慮していた。
このまま銀山を守り、貴重な固定収入源を確保することはできる。だが、討って出てゲリラ軍団を殲滅するのは到底不可能だった。逃げ足が速い彼らを捉えることはできず、深追いすれば罠に誘い込まれて返り討ちの憂き目に遭う。
そして、仮にロペス・ガルシアを打倒したとしても、ゼクフィコの統一にはつながらない。暑熱のジャングルがあり、険しい山地があり、乾いた砂漠があり……この地を武力で治めることは不可能なのだ。
メルヒオール陛下は、ゼクフィコの平和のために帝位を捨てる覚悟を持っていた。されど、単に退位を表明して新大陸を離れるだけでは、帝国と共和国によるゼクフィコ分裂から、ロペス・ガルシアと、ディアス、グティエレス、マヌエルらの内紛に変わるだけだ。
ロペス・ガルシアならば、ゼクフィコ人民のための政治をやってくれる。政権を譲るなら、ロペス・ガルシアだ。どうすれば、彼の手元に権力が集まるようにすることができるか……。
地球史では、駐留フランス軍が撤退時に大砲も弾薬も全部破棄し、軍馬すら残らず屠殺してしまって、ないない尽くしのメキシコ帝国でしたが、この世界でのゼクフィコ帝国はけっこう強力になりました。
それでもやはり、5年足らずで、破綻し分裂していた国家を軌道に乗せるのは無理があります。さて、メルヒオールはどうするのでしょうか……。




