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ふたりデートinペリム


 ペリム滞在四日めは、エルとわたしだけで出かけることになった。


 ……そう、昨晩お話しをしてから、さっそくルティアーナ妃が、うちの娘のだれかと愛息アンリ殿下を引き合わせようと、子供たちだけをヴェルサリア宮殿見学ツアーにご招待してきたのだ。


 ことわるのは簡単だったけれど、メロヴィグの帝妃と皇太子からじきじきに、世界でもっとも豪奢な宮殿を案内してもらう機会というのは得がたい体験だと思ったので、送り出すことにした。


「イサイしょうち。姉上はどうかしりませんが、すくなくともわたしは、そう簡単にはナビきませんぞ」


 話を聞いてにやりと笑ったテレーゼへ、


「べつに、アンリ殿下が素敵だなって思ったら、我慢や遠慮はしなくてもいいわよ」


 と、わたしは苦笑いを返すことになった。


 ゾラのほうはといえば、


「アンリ殿下はまだ11歳だから、判断には早そうな気がします。バルトポルテ陛下は、13歳のときにベッドメーク係のメイドを押し倒して初体験をしたそうですから、もう一、二年は殿下の性根を見きわめてからでないと、婚約というわけにはいきませんね」


 だなんて、ずいぶんとシビアだ。……ていうか、バルトポルテ三世のそんなゴシップ、どこで仕入れてきたの?


 娘たちのかしましいさまを見て、メロヴィグ皇帝夫妻のもくろみがそうそう成就することはなさそうだな、と、エルもむやみに心配するのは止めにしたみたいだった。


 ……さて、子供たちがさきに、迎えにやってきたメロヴィグ帝室差しまわしの馬車に乗ってヴェルサリアへと出発し、エルとわたしがルーニア宮に残った。


 ふたりだけになるなんて、はじめてのことよね。独身時代の交際期間なんてものはなかったし、フィレンにいるあいだは、エクセルハーディ伯爵夫人以下、つねに多数の監視つき。ふたりっきりでの散歩すら、ビュラ宮の庭園を10分20分逍遥するのが精一杯だった。


 エルも、夜のベッドルームはともかく、昼間っからふたりだけになるのは実質初だということに気がついたらしい。


「……どこへ行こうか、セシィ。万博の出し物は、子供たちも見たがるよね」

「そうですね……せっかくだから、子供連れだと入りづらいところにしましょうか」


    +++++


 わたしたち夫婦は、万博展示場のひとつではあるけれど、テイユ河を挟んでメイン会場の反対側、橋をわたってすぐのところに仮設されている、美術ギャラリーへ向かった。


 メイン会場である万有宮(パレ・ユニヴェルセル)の中にも絵画と彫刻の展示場はあるそうだけれど、そっちにあるのは万博理念とメロヴィグ帝国の栄光を称えるために特別製作された絵や彫像であり、いってみればテーマに作家の独自性がない。


 美術パビリオンに展示されているのは、毎年恒例の審査会であるサロン・ド・ペリムの入選作だ。

 例年は、メロヴィグ国営美術館であるルブラン宮に飾られているのだけれど、万博会場からは遠いため、今年は見物客の利便のために特設会場が作られたというわけだった。


 最高金賞を獲得した、エドゥアール=ソールフェ作『アリキアの巫女』をはじめ、出展作品の三割くらいが男女の写実的な裸像なので、お子さまには少々刺激が強い。


 神殺しの金枝(ミストルテイン)を折り取りし勇者を迎え、(ふる)き神を討ち、あらたなるわが主人となるか、と覚悟を問う泉の巫女の姿を描いたソールフェの作品には、得も言えぬ悽愴な色気があった。


「きれいですねえ」

「セシィほどじゃないよ」

「またまたぁ」


 エルってば、口がお上手なんだから。


 最高金賞以外の作品も粒ぞろいで、メロヴィグ美術界の層の厚さがうかがわれた。コブラン、ミュレー、カバレオといった、国際的に名声が知れ渡っている巨匠が老いて精彩を欠くようになってきた、という話だったが、専門家ならぬ目からすると、若手の台頭が旧世代の退潮を充分以上にカバーしているように見える。


 メロヴィグでは、旧王朝時代末期から一貫して、美術品も産業分野のひとつとして育成されてきた。大貴族や王族、豪商をパトロンにしないと食っていけなかった諸国の芸術家と違って、メロヴィグでは、国家公認画家、あるいは公認彫刻家のような制度が100年も前から確立されているのだ。


 政府の考える正しい芸術、というような権威主義にかたむきがちなきらいはあったものの、特定の大家の門弟とならなければ才能があっても埋もれたままに終わってしまう、狭い業界の垣根を壊す効果は確実にあって、メロヴィグ美術界の裾野は広がっていった。


 わが国こそが世界一の文化先進国であり、ペリムは世界最先端の都だとメロヴィグ人が誇るのも、あながち傲慢とばかりはいえない。体制が何度変わっても文化振興政策を持続させるというのは、簡単なことではないからだ。

 現にわがアドラスブルク帝室も、何世紀にも渡って芸術家のパトロンを継続してはいるものの、国策として確立できているとはいえない。けっきょくは、その時々の皇帝、あるいは有力大公のシュミしだいである。


「フィレン万博では、世界各国から出展を募るだけではなく、オストリヒテやアジュール、ベミエンといった帝国各邦の特色や芸術を展示しなければならないな」


 そういって、エルはやや悩ましげな顔になる。文化振興は大事だけれど、なににつけても先立つものはお金だ。

 フィレン、ビュラ、プリグの各宮殿に収められているオストリヒテ芸術の精華は、決してメロヴィグのそれに引けを取るものではないが、数世紀をかけて蓄積されてきた各時代の傑作の集大成である面は否めない。


 メロヴィグでは、旧王朝時代からのコレクションに加えて、国中の、さらには周辺国からも集まってくる芸術家たちが、毎年審査会の通過を期して新作を生み出している。

 官製の品評会を設立するというのは、制度として確立してしまえば、芸術家のほうから勝手に集まってくるようになって、パトロンになってほしいと売り込みをかけてくる志望者の群れの中から、才能がありそうなひとりふたりを選んで抱えるよりも効率がよくなるのだ。


「まずは帝室コレクションの貸し出しで国営美術館を開設して、優等獲得作品の展示をエサに、フィレンでも芸術審査会を開くというのはどうでしょう」

「そんなところかな。これもルートヴィヒに検討課題として考えさせよう」


 できるだけ安上がりにすませる方法となれば、すでにアドラスブルク家が持っている美術品を活用するのが手っ取り早い。箱さえ確保すれば、中身をそろえる費用は浮かせることができる。


 アドラスブルクの至宝の数々と並んで飾られる、というのは、画家や彫刻家にとって魅力的なはずだ。わざわざ賞金を出さなくても、入選すればフィレンの美術館に展示される、という条件なら、向こうから作品が集まってくるだろう。

 現に、サロン・ド・ペリムでも入選作品に直接賞金は出していない。報酬は、名誉と、メロヴィグ政府が作品を買い取ると決めた場合には審査委員会の算出した査定額が支払われるのみだ。場合によっては、入選作として展示されている期間のうちに、政府よりも高く買うと声がかかって、そちらへ売られることもある。


 ……サロン・ド・ペリム特設パビリオンを出たわたしたちは、エルが立ち寄りたいところがあるというので、万博二日めに見物しに行った、河沿いの大型機械ギャラリーへ向かった。


 潜水服の展示ブースがあって、見物客にテイユ河へ色つきの石を投げ込ませては、潜水夫が川底から回収してくる実演をやって見せていた。

 これは子供たちがカラフルな石を投げたがるだろうなと思ったけれど、エルのお目当てはこれではないらしい。


 河辺を早足に進むエルについていくと……川下方面へ向かう、昨日乗ったヤンクルー島行きの船着き場を通りすぎ、各種蒸気船が係留されている船舶展示場もスルーして……軍艦と大砲のコーナーがあった。


 テイユ河はメロヴィグ有数の大河とはいえ、さすがに外洋用の大型艦は航行できない。メロヴィグ海軍の新型快速艇(スループ)が停泊していた。


 並んでいる大砲のほうはというと、ウェルデン、ブライトノーツ、プロジャ……メロヴィグのものはないみたい。


「テレーゼやヨーゼフが喜びそうですね」


 子供たちもいっしょにくればよかったのでは、ていどのことしかわたしは思わなかったのだけれど、エルの声は硬い。


「あのひときわ大きな砲をどう思う、セシィ」

「……フゼッペ社製ですか」


 エルが指ししめすさきにあるのは、人の身の丈よりもある特大砲だった。周囲に群がって見上げている見物客が多いので、その威容はひときわ目立つ。


 わたしが〈大砲王〉ウォルフから購入した鋼鉄砲より何倍も大きいけれど、鉄板を巻いて造られているブライトノーツのものとも、完全な鋼鉄化には到達しておらず青銅部分のあるウェルデンのものとも違う、全体が肉厚の鋳鋼でできている構造はフゼッペ製品の特徴だ。


「メロヴィグ軍は機密保持の観点から、万博に新型大砲を出展しない方針だったが、ブライトノーツとプロジャが惜しみなく最新型を出してきたために、さすがに引っ込みがつかなくなって、いまになってから展示スペースの工面をはじめたそうだ」

「それでは、もうしばらくしたら、ここにメロヴィグの大砲も並ぶということですか」


 メロヴィグ国民からしたら、ライバル二ヶ国が見るからに威力のありそうな大砲を見せつけてきているのに、お国の大砲は不在となったら、秘密兵器を隠しているんだなと頼もしく思うよりも、対抗できる武器がないだけなんじゃ……と不安になるだろう。

 新型兵器の誇示よりも機密保持を選んだメロヴィグ軍当局者の最初の判断が間違っていたとはいえないけれど、他国の、とくにプロジャの思惑は考慮に入れておく必要があったと思う。


「しかし……ディズマールはなにを考えているんだろうか。ブライトノーツとウェルデンは、売るために大砲を展示している。だが、プロジャの砲はあきらかにメロヴィグに対する警告と威圧だ。メロヴィグ議会は兵役を短縮し、軍事予算を削った。世論も軍備拡張には否定的だ。わざわざプロジャの脅威を伝えて、身構えるようにメロヴィグへ注意をうながす意味があるとは思えないのだが」


 エルは解せぬ、という顔だった。たしかに普通の考えなら、仮想敵国が油断してくれているなら、こっちの牙や爪は見せないほうがいい。緩みが抜けて警戒されたら、損なだけだ。


 だが、ディズマールは()()の政治家ではない。


「ディズマールはたぶん、自分のやろうとしていることを隠すつもりがないんです」

「メロヴィグの議会と国民に、バルトポルテの足を引っ張らずに結束して国を守れと諭してやろうというのが、ディズマールの本心だと?」

「べつに、バルトポルテ三世がメロヴィグの核である必然性は、ないのだと思います。それでも、メロヴィグそのものが、ディズマールから態度と覚悟を問われているのでしょう。もしメロヴィグがディズマールの期待するとおりの反応をしめしたら、おそらくディズマールは武力に訴えることなく、メロヴィグとなんらかの調停を結ぶ……」


 われながらふわっとしすぎていて、自分で言っていることの意味がわからない。

 ただ、今後の一、二年が、メロヴィグにとって非常に重要な分岐点になるような……そんな気がした。


 帰りにエルが、独身時代にグランドツアーでペリムを訪れたとき立ち寄った、思い出の食堂がいまもあるのかたしかめてみたいというので、わたしも喜んでついていった。


 再開発で当時の下町はすっかり様変わりしていたけれど、屋根つき商店街(パサージュ)の中に移転したお店はまだあって、代がわりしたという息子さん夫婦が切り盛りしていた。


「ずいぶん値上がりしているが、味は変わってないな」


 そういうエルが懐かしげな(かお)で庶民的な飯をぱくつくのを見ているうちに、わたしはなんだか、とてもしあわせな気分になったのである。



地球においても、この時代とその前後に行われていたフランスの官製絵画審査で優等を得た作品に、今日でも世界各地の美術館に収蔵されているものが多いということです。もちろん、お上の考える基準に逆らった、当時としてはアバンギャルドな作品の中にも、現在では美術館に飾られているものがありますが。


割と有名な話ではありますが、ボルドーのワインが銘酒として確立されたのも、パリ万博での格付けがきっかけだったりします。

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