幻想の都にて;その2.不思議の国の開国式
春のペリムの、すこし霞んだ午後の空の下――
第二回ペリム万国博覧会の開会が、メロヴィグ皇帝バルトポルテ三世と帝妃ルティアーナによって宣言された。
蒸気を噴きながらせり上がる舞台に皇帝夫妻が並び立ち、からくりじかけで奏者不在の楽団がメロヴィグ国歌を奏でるという演出は、開会式に詰めかけた人々へ、機械産業時代の到来を強烈に印象づける効果があっただろう。
もっとも、動力がゼンマイ式から蒸気式に差し替えられているだけで、仕掛けとしては、大きな街の広場なんかにある、定刻になると自動演奏がはじまる時計塔と変わらない。
原理的には大きなオルゴールである時計塔との違いは、蒸気によってパイプオルガンとラッパも鳴っているところか。
うちの子たち、とくにテレーゼとヨーゼフは、
『あれ乗りたい!』
と大はしゃぎだ。
「あれはセレモニー用だからねえ。あれよりはちいさいけど、パビリオンの屋上にあがるための昇降機があるらしいわ。そっちにいってみようか」
『いくいく!』
子供たちはノリノリだけれど、いちおういまはアドラスブルク皇帝一家として開会式に参列中だ。
開会初日であるから、老若男女身分も問わず、見物客でそこら中あふれかえっている。目立ちすぎるので、礼装からは着替えないと会場内を見て歩くわけにはいかない。
のちほど貴賓専用の観覧日も設けられるという話であるが……それまで我慢できそうにないわね、この様子だと。
セレモニーが終わったところで、聞きわけのいいゾラと、おとなしくしているラースローネをエルディナントさまにおまかせし、わたしはテレーゼとヨーセフを連れて、おしのびモードで初日の万博会場を見物に行くことにした。
……まあ、半分はわたし自身も楽しみですけれどね。
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今回のペリム万博メイン会場である万有宮は、ロンディミオン万博の代名詞となった水晶宮をしのぐために、メロヴィグが威信をかけて国内最高のデザイナーと、各素材メーカー、建築業者の総力を結集させ造らせた、鉄骨とガラスによる巨大な構造物だ。
万有宮は面積だけでも水晶宮の五割増、アルコーブ状になった二階部分、さらに屋上にも展示スペースを設けた構造のため、延べ床面積では二倍を超える。
また、万有宮は水晶宮とちがって、上空から見ると角がない楕円形の構造をしており、展示コーナーの終点にたどり着いてから引き返す、という必要がなかった。
大勢の見物客に押し合いへし合いの渋滞を起こさせないという意味で、合理的な設計である。
出展各国のブースは扇状の区画をなしていて、回廊通路を歩いていくと、機械製品、服飾品、産出資源などなど、同一の分野での各国の特色を見比べられる、という趣向になっているとのこと。
外縁から中心部分へ伸びる貫流通路を歩けば、同じお国のさまざまな産品を見ていくこともできる。
……会場のご説明をしておきながらなんですが、ひとまず向かうさきは、パレの内部ではなく、屋上行きの昇降機となります。
蒸気式エレベータそのものは、炭鉱なんかで使われるようになったのが最初だそうな。それを高層建築に応用して、階段の昇り降りから利用者を解放しようと考えたのは、ステイツの発明家ホーキンスであった。
引き綱が破断してしまったさいに落下を防ぐ安全装置の考案により、ホーキンスのエレベータは、ステイツで建築ラッシュがはじまっている高層ビルへの採用をつぎつぎと勝ち取っている。
安全エレベータ史上初の実演展示が行われたのも、ステイツでのニューエッダ万博会場だったという。
……つまり、パレの屋上へ昇るためのエレベータ入口は、合衆国ブースの一番外側にあった。鉄柱とガラスに囲われた縦穴の中を、カゴが上下しているのが目で見える。
すごい人だかりで、長蛇の列ができていた。
「……何時間待ちかしら」
ほかをまわったほうがいいんじゃないの、とわたしは思ったのだけれど、
「うわー、すっごい!」
「おー、これはぜひとも、じっさいに乗ってみたいぞ」
ヨーゼフとテレーゼはお目々をキラキラさせている。
「並ぶの?」
『ならぶ!』
……そうですか。
規則正しい間隔で上下するエレベータは、着実に人々を屋上へ昇らせ、屋上を一周して戻ってきた人たちをまた地上へ降ろしていたけれど、一度に乗れるのは10人弱みたいで、なかなか列は進まない。
ヨーゼフとテレーゼは、ガラスの筒の中を動くカゴを飽きもせずに眺めつづけていた。わたしは……三往復くらいで、もういいかなってなった。
……陽がかたむきはじめたところで、ようやく順番がやってきた。わたしたち親子三人と、身なりの良い夫婦とおぼしき男女に、お上りさんらしい擦り切れたフロックコート姿の若い男性三人が、係員に誘導されてカゴへと乗り込む。
『おおー!』
テレーゼとヨーゼフは、カゴの端まで行ってフレームをつかみ、ほとんど身を乗り出さんばかりに外をよく見ようとする。
「危ないから頭引っ込めなさい。あとテレーゼはもっとさがる」
わたしに袖を引っ張られて、テレーゼはむすっとした。
「ヨーゼフはよくて、どうしてわたしはいけないのさ、母上」
「見える、下から」
周囲がガラス張りなのだ。カゴのすみっこに立っていると、地上にいる人からのぞけてしまう。
わたしの指摘に、旦那さまと並んでカゴの外周がわにいた同乗のご婦人も、真ん中のほうへと三歩さがった。
……まあ、エレベータが動き出して、自分の視点がどんどんと上がっていくのには、わたしも息を呑むことになった。機械の力で身長の10倍以上も高いところへ持ち上げられるというのは、初体験だ。
上から肩を押さえつけられるような力を感じるのは、汽車に乗っているとき、発車後にうしろから押されているような、停車のさいには前から引っ張られるような力を感じるのと、原理的には同じなのだろう。
三時間ほど並んで、エレベータ体験はほんの十数秒。屋上一周して、地上に戻るときもう一回乗れるとはいえ、これじゃパレの中を見てまわる時間はなさそうだ。
さすがに、高いところからの眺めはなかなかよくて、さらに各国の光学機器展示スペースにもなっている。つまり双眼鏡や、望遠鏡だ。
一国の展示物につき、ひとり10秒ずつくらいしか体験できなかったけれど、順ぐりに試した結果、やはりブライトノーツ製の双眼鏡が頭ひとつすぐれているような気がした。さすがは世界の海を征した海洋帝国。高い技術に裏打ちされている。
……ちなみにわがオストリヒテ製の双眼鏡は、筒の真鍮がきれいに輝いていて、装飾も美しかったです。以上。レンズはねえ、ちょっと研磨精度で列強各国に劣るかなあ。
大砲とか鉄道だけじゃなく、このへんも技術を高めていかないとね。フィレンで万博を開くのは、やっぱり産業振興の面から良いことなんじゃないかしら。
双眼鏡で拡大してじっくり見る時間はなかったものの、テイユ河に停泊している蒸気船や、荷揚げと積込みのための大型クレーンがあたかも首をもたげる巨竜のような偉容をほこっているのが、屋上から目についた。
あれも万博の出し物の一環だ。
「テレーゼ、ヨーゼフ、メイン会場の中を見てまわるのは、一般客のみなさんがいない特別観覧日にしてさ、明日はあっちの川のほうにいかない? 向こうは広そうだから、混雑もここほどじゃないと思うし」
子供らに提案してみると、
「えー」
とヨーゼフは不満そうだったが、
「そうだね。これじゃあ一日に一かしょくらいしか見られないし、悪いけどシモジモのみなさんがいないときに、まとめてまわらせてもらおう」
だなんて、テレーゼはこましゃくれた言いかたながらも同意してくれた。
ヨーゼフはテレーゼお姉さまに逆らえないので問題ない。
こうして、わたしたちの万博見物初日はエレベータで地上に戻ったところで時間切れとなった。
まさか、パレの屋上に昇って降りるだけで終わってしまうとは。
つ……つかれた……。
地球史においても2度目のパリ万博には各国の貴賓が招かれましたが、開会式に出席していた主要国の元首はいなかったようです。
このお話はフィクションなので、資料の美味しい部分しかかじっていません。
板ガラスの効率的量産手段であるフロートガラス製法は、溶融ガラスは溶けた錫や鉛の上に浮くという原理としては知られていたものの、20世紀になるまで発明されませんでした。それまでは、鉄工所と同じ発想の、圧延ローラーで溶融ガラスを引き伸ばす方法で作られていたそうです。19世紀に巨大な板ガラスを作るのは、かなりの高コストだったとか。




