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幻想の都にて;その1.うたかたの起こりに関する短いまえおき


想定している作中のイベントペースは変わっていないのですが、文字数として長くなってきたのでここで分割します。



 デウチェのどこかなのか、あるいはメロヴィグかブライトノーツだったのか、場所は伝わっていないのだけれど、史学の泰斗であり、皮肉屋でも知られるとある大学教授が、学生たちと構内のカフェで軽食をともにしていたときのこと。

 注文したハムサンドの具があまりにケチくさかったからか、教授はこんなことを言ったそうな。


「この分厚いバンズに挟まれた薄っぺらいハム一枚、これが歴史の中での、“平和”というものだ」


 ぺらぺらハムが“平和”であり、分厚いバンズは“戦争”なのだと、教授は述べた。


 それは果たして、事実なのだろうか。人類の歴史にとって、本質は争いの時間で、平和はあいまあいまの些細な挿話にすぎないのか。


 たしかに神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)が成立してから、初代バルトポルテによって滅亡するまでの足かけ八世紀のあいだ、ひとつひとつの世紀のうち、西方世界(オチデント)が大小一切の紛争と無縁だった期間は長くて30年、短いときは二年にも満たなかった。

 それでも、わたしが生まれてからの、この世紀中盤以降に関しては、戦時と平時の長さは拮抗している。アドラスブルク帝国内だけに限れば、穏やかな時期のほうが長いくらいだ。


 豊かなハムのときの厚みを、さらに増していくことはできないものだろうか。


    +++++


 対立と戦火の年がすぎ去って、喫緊の課題もなく、フィレンの皇宮はじつに八年ぶりとなる落ち着いた年明けを迎えた。


 もちろん、イザベラ妃を(うしな)った哀しみはまだ漂っているし、わたしの個人的宿題としては、ゼクフィコのメルヒオール陛下を救出しなければならないという難問が残っているが。

 いちおう、わたしの立場で打てる手は打ってある。いまは結果を待つ段階だ。


 イザベラ妃が生命(いのち)と引き換えに遺してくれたイザベラ皇女は、早産による未発育の危険を乗り越えてすくすくと大きくなりつつあり、みんなの哀しみを癒やしてくれている。

 そして、おさなくして最愛のママを亡くした悲運にめげず、妹を守るのだと奮い立つマクシミリアン皇子のちいさな勇姿は、いじましさとほっこりが入り混じった感傷をわたしたちにもたらした。


 ……そんなところへ、メロヴィグの皇帝バルトポルテ三世から、わたしたちアドラスブルク帝室一家宛てに招待状が送られてきた。


 帝都ペリムで開催予定の、万国博覧会へのお誘いだ。開幕は、いまからすこしさきの、春。


 万国博覧会は、産業革命の旗手であるブライトノーツとメロヴィグが、ここしばらくのあいだ競い合うように催している国際イベントであった。


 産業博覧会そのものをはじめて開催したのは、メロヴィグの革命政権であり、クーデターで権力を掌握した初代バルトポルテも、その後の復古王朝も、再革命政府も、国内産業新興のため博覧会(エクスポジシオン)の定期開催を継続してきた。


 はじめて国際的なイベントとして万国博覧会グレイト・エキシビションを開催したのはブライトノーツであり、会場として首都ロンディミオン郊外に建設された水晶宮(クリスタル・パレス)は、巨大産業がもたらす新時代の象徴として、訪れた人々の度肝を抜いた。


 ロンディミオン万博の大成功を受けて、新大陸の合衆国(ステイツ)が早くも二年後に、東海岸第一の都市ニューエッダにおいて模倣イベントを開く。こちらも大成功を収め、見物客は新大陸全土のみにとどまらず旧大陸からも押し寄せ、西太洋(アトランティコ)を渡る旅客船が臨時増発されるほどであった。


 二ヶ国にあいついでお鉢を奪われて、産業博覧会の開祖を自認していたメロヴィグはたいそう悔しがり、新皇帝バルトポルテ三世の旗振りのもと急ピッチで準備を進め、第一回ペリム万国博覧会を開催した。


 ……だが、急ぎすぎたあまり会場建設が間に合わず、開会当日にはまだパビリオンが半分くらいしかできあがっていない、というありさまで、展示館は泥縄式にさみだれオープンしていった。

 おりしもペリム市街が大規模再開発のさなかでもあったために、地方や外国からやってきた見物客を迎える宿泊施設も不充分な状況となり、急遽陸軍の兵舎に実費のみで“宿泊難民”を収容するなど、実行委員は終始弥縫策に追いまくられることに。

 出足の悪さをどうにかカバーし、最終的にはイベントとして成功を収めることはできたものの、第一回ペリム万博は不完全燃焼に終わった。


 その後ロンディミオンが再び万博を催し、このころまでに、参加各国が、自国の最新技術と文化的特色を活かしたブースを出展するという、イベントの大まかな性格が確立される。


 二度に渡るロンディミオンでの成功を横目で見たメロヴィグ帝国政府と産業界は、第一回の教訓を活かし、今度こそブライトノーツとステイツ以上の成功を収めてみせると、万全の準備を整えてきたのであった。


「バルトポルテのやつ、世界中に招待状をバラ撒いているらしい」


 と、エルディナントさまはあきれと感心がないまぜになった口調でおっしゃった。


 わたしも招待状に同封されてきた仮刷りのパンフレットを見てみると、ロンディミオン万博に参加していたプラーナやアルハディラ・ウルスにとどまらず、遠く極東の央華(ジュンファ)帝国政府や旭本(ウヮポン)幕府政府ショーグネイト・ダイナスティからも出展ブースを募り、快諾を得たと書いてある。


「文字どおりの()()博覧会にしようというわけですか。壮大ですね」

「フィレンでも万博を開こうという声が、一部からあがっているんだが」

「悪くないんじゃないでしょうか」

「セシィはそう思うかい」


 信頼性の確認されたものしか使わない、実用品に関しては保守的な主義のエルディナントさまは、気球とか蒸気式巻揚昇降機(エレベータ)のデモンストレーションが大盛況だった、と伝えられている万博の雰囲気に懐疑的なご様子だ。このあたりはお母上である太后ゾラさまによく似ている。


「ロンディミオンでは水晶宮(クリスタル・パレス)くらいしか目新しい建物を造らなかったようですけれど、ペリムやニューエッダでは万博合わせを口実にずいぶん再開発が進捗したみたいですし。産業育成に発破をかける意味でも、万博のような政府主導でのイベントを開催するのは有効だと思います」

「……ふむ。セシィがそういうなら、進めさせてみるか。じつは、ルートヴィヒが実行委員長をやりたがっていてね」

「ルートヴィヒ殿下が」


 カール二世のひ孫であり、エルディナントさまからみれば()()()となるルートヴィヒ殿下は、オストリヒテ大公のひとりではあるが、帝位継承は事実上圏外で、カール大公のような軍事的才能もとくになく、要職に就いていなかった。

 アドラスブルク一族には、フラフラしている(失礼)ひとが結構いるのだ。


 たいていは、芸術家のパトロンをやったり、自ら芸事に打ち込んだりして、悠々自適に暮らしているのだが。たまに皇帝でありながらシュミの道にハマりすぎて、政務をないがしろにする当主も現れる。


 ルートヴィヒ殿下はイベントをプロデュースするのが好きで、やれどこそこの大聖堂が落成300周年だなどと、歴史書を調べては節目の日付を割り出して、既存のカーニバルがなかったら記念事業を企画するのであった。


 そんなルートヴィヒ殿下が、特大のお祭りとして万国博覧会に目をつけたということらしい。


「放っておいても自分で勝手に行くだろうが、ルートヴィヒをペリム訪問の侍従長というあつかいにするか」


 といって、エルディナントさまはバルトポルテ三世から送られてきた万博への招待状を振る。


「ルートヴィヒ殿下に、フィレンでの開催に備えてペリム万博の舞台裏まで(くわ)しい調査をしてもらおうと」

「そういうことさ。仕事はルートヴィヒに任せて、私たちは家族でペリムを楽しむとしよう」

「……はい!」


 やった! ひさしぶりに家族そろっての外国旅行だ。なんかまた行き先がペリムだけど、それはべつにいいでしょう。

 ペリムはご飯おいしいし。


 ……ひとつ気をつけておかなきゃいけないのは、メロヴィグ皇太子アンリ・バルトポルテと、うちのゾラかテレーゼを婚約させたい、という申し出が、十中八九ボルヴァナト帝室がわから提案されてくる、ってことだろうなあ。


 個人的感情としてはアリ寄りの話なんですけれど、対プロジャの同盟として、アドラスブルクとメロヴィグで手を組むというのは、現状だと()()そうもいかないわけで……。



万博というものは、近年は国単位でパビリオンを出展して、半ば空想的なコンセプトを提示するようなイベントとなっていますが、初期のころはあくまでも「実用品」の展覧会であったそうです。これはまだメディアが未発達で、大々的な広告媒体が存在しなかったため、各業者に大衆向けの自社商品ショールームを提供するという側面があったからだとか。


また、万博に関する国際条約がまだなかったので、何年に一度、といった決まりごともなく、開催地もやりたいところが勝手に手を挙げて準備する、という状態でした。

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