苦労人それぞれ
ゼクフィコ帝妃イザベラが薨じてから二ヶ月、年の暮れ――
ベラス港にメロヴィグの輸送船団が到着した。駐留メロヴィグ軍を迎えにやってきた引き揚げ船である。
埠頭には接岸しきれず、沖合に投錨して待機する大型船も多かった。
これまでも傷病兵のうち重篤者は大陸間定期連絡船で帰国していたが、総員三万にもなるメロヴィグ将兵を一度に連れ帰ることはできない。三便にわけての撤収計画であった。
メルヒオール陛下は、メロヴィグ軍が約定に反して最低駐留期限を守ることなく撤退するのを容認する代わりに、バルトポルテ三世からひとつ言質を引き出していた。
引き揚げにあたり、メロヴィグ軍は輸送困難な重火器および余剰弾薬の管理をゼクフィコ軍に一任する。その代わり、メルヒオール陛下はメロヴィグ帝国政府の契約違反に対する正当な報復措置としての債務無効宣言を行わず、今後も規定の利払いを継続する――と。
当初メロヴィグがわは、船に積み込みきれない兵器と弾薬をすべて処分する撤退計画を立てていたが、メルヒオール陛下が「ではこれも一緒に焼却してもらおうか」と債務証書を突きつけてやめさせたのである。
ゼクフィコに武器を残さないことで間接的にロペス・ガルシアを利し、合衆国の好意を手みやげに帰国後の出世に弾みをつけようと皮算用していた、キャスパー伯爵やファンテーヌ元帥のもくろみを、メルヒオール陛下は巧みに阻止したのであった。
メロヴィグ本国からしても、ゼクフィコ政府に債務不履行を宣言されるよりは、武器弾薬を引き渡すほうが傷は浅い。
ステイツからの抗議には、破棄した軍需物資を勝手に回収したのはゼクフィコであり、メロヴィグは関知していない、と言い逃れをすれば、多少関係がぎくしゃくこそすれ、国交断絶だの宣戦布告だのにはなりえなかった。
そもそも、ステイツ政府にはゼクフィコに対する法的に正当な干渉権はないのだから。
内務相キャスパー伯はじめとする、メロヴィグ要人たちは駐留軍撤収とともに退任するため、辞表を取りまとめたメルヒオール陛下は新政権発足を宣言した。
宰相ポストは設けず、メルヒオール陛下の皇帝親政体制とする。これは、自称ゼクフィコ共和国大統領ロペス・ガルシアへ、武器を納めてくれればいつでも首相として迎える用意がある、というメッセージでもあった。
メルヒオール陛下は帝国軍総司令官も兼任し、文武両面でゼクフィコを背負って立つこととなった。
これまでは、メロヴィグ軍籍ではない、メルヒオール陛下に忠誠を誓うオストリヒテやバルディウムの義勇兵も、ファンテーヌ元帥の指揮下で使われていたのである。
皇帝官房長フライフィッツェンが内務相に昇格し、資源開発相カルマンは財務相も兼任する。
メルヒオール陛下が重要政策と位置づける小作農問題改革に協力している、現地ゼクフィコの有力者フェデリゴ=ロドリゲスが農務相に任命されるなど、あらたな人材発掘も行われたが、メロヴィグの名士たちが抜けた穴を埋めるのに一朝一夕とはいきそうもなかった。
いっぽう、ゼクフィコの半分を支配するロペス・ガルシアは、ファンテーヌ元帥が皇帝メルヒオールを裏切り、本国政府の命令も無視して独自政権の樹立を宣言するのかどうか様子をうかがっていたが、メロヴィグ軍が撤退をはじめたため、首都エル・オーロ方面へ向け進出を開始した。
……まもなくロペス・ガルシアは、ゼクフィコ民衆の雰囲気が微妙に変化していることに気がつく。
帝国政府の支配圏に現れたゲリラに対し、農民たちはこれまでどおりに食糧を提供したものの、“解放軍”として熱烈歓迎することはなくなっていたのだ。
農民たちはイザベラ妃の死を悼み、最愛の妻を喪ってなおゼクフィコ第一に働くメルヒオール帝を称賛し、マクシミリアン皇子とイザベラ皇女が帰国する日を待ち望んでいた。
ロペス・ガルシアへ、皇帝政府と和解して帝国首相になってはどうか、と提案する地元名士も現れたほどだった。
もちろん、ロペス・ガルシアは言下に妥協を拒否したが。
彼らは単なる同情心で皇帝一家を自分たちの君主として認めはじめたわけではなく、メルヒオール体制によって生活水準の向上がもたらされつつあるからこそのエル・オーロ政府に対する信頼の芽生えであった。
保守的で小作農の解放に消極的だった地方地主たちの中にも、帝都周辺の大農園主が収めた成功を伝え聞いて、歩合制の個別契約を提示する者が散見されるようになっていた。
農村の生産性は高まりつつあり、ロペス・ガルシアが目指していた、地主層からの土地没収と小作農への農地分配とは異なるかたちで、改革が動き出していたのである。
革命家にとって、体制がわが自分たちの手柄を先取りして民衆の好意をつなぎとめてしまうというのは、歓迎しかねる現象であった。
かつてバルトポルテ三世は、低賃金労働者へ格安家賃の住居を提供したり、公共浴場や病院を整備するといった福祉政策をつぎつぎと実施し、貧困層からの支持を固めた。あまりに手際がよかったので、革新派は「革命が盗まれた」と叫んでバルトポルテを非難したものである。
ロペス・ガルシアは、社会改善はだれの手によって行われたかではなく、どんな結果がもたらされたかによってのみ評価がくだされる、ということをわきまえていた。
アムゼカ族の血を引く貧しい小作農の家に生まれ、幼くして両親を亡くし、読み書きもできないまま野良仕事に明け暮れる日々を送っていたロペス・ガルシアに学ぶ機会を与え、立身のきっかけをくれたのは、征服者イルパニア人だ。
ロペス・ガルシアが考えているのは、旧大陸から渡ってきた人々を排斥してアムゼカを再興することではない。アムゼカ人は小作農や鉱山労働者で、イルパニア人やメロヴィグ人は地主や官憲だという、民族を理由にした身分制度を廃そうというだけである。
……ゆえに僭帝メルヒオールは討たれねばならない。それがロペス・ガルシアの結論であった。
王の中の王、皇帝家アドラスブルクの存在を許容したのでは、ゼクフィコ社会の改革は完遂できない。
メロヴィグ軍の撤退により空白化したゼクフィコ中部は、ロペス・ガルシアの〈共和国〉勢力圏へと変わっていった。ゼクフィコ帝国独自の軍はまだ準備が完了しておらず、戦闘になることはなかった。
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いっぽう、ゼクフィコから軍を引き揚げたメロヴィグであったが、皇帝バルトポルテ三世は実戦経験のあるベテラン兵士を必要とするようになっており、不本意だったはずの介入打ち切りが、皮肉なことに虎の子を手元に確保する結果となっていた。
なにがあったのかというと……外交と内政で、またしてもバルトポルテ三世のアテが外れたのである。
まずひとつ、プロジャとアドラスブルクの戦争に容喙して、メロヴィグの支援を高く売りつけるつもりだったのに、宰相ディズマールと皇帝エルディナント・フランツがあっさり妥協して、バルトポルテはデウチェ情勢から締め出されてしまった。
アドラスブルクはエトヴィラとの講和にさいしてはバルトポルテ三世に仲介を求め、最低限のメンツは立ったものの、プロジャは一切の関与を認めず、バルトポルテの考える国際均衡を無視して交渉を突きとおした。
プロジャから併合の圧力を受け、メロヴィグに保護を求めるだろうと期待されていたヴァリアシュテルンとデュレンゲンブルクは、ディズマールが思いのほか寛容な条件を出して独立を保証したため、バルトポルテの差し出した手を握ってくれなかった。
そればかりか両王国はプロジャと攻守同盟を結び、将来的な有事にあたってはメロヴィグではなくプロジャを頼りにするという態度をしめした。これは、神聖帝国があったころから、デウチェの南西地域にメロヴィグの影響力を確保してきた、伝統的外交の敗北である。
バルトポルテ三世は大局観を具えた政治家であり、プロジャの、ディズマールの進める外交政策が、いずれデウチェとメロヴィグの紛争につながると危機感を抱いて、軍備増強を議会へ諮った。
……が、そこでバルトポルテが直面したのは、保守派改革派を問わず、兵役の延長や徴兵年齢の幅を広げることに否定的な議員たちによる、超党派での反対運動であった。
兵役延長は選挙民からすこぶる評判が悪いため、議員のだれも賛成票を投じたがらないのである。
リベラル勢力の旗手である若手議員ジョルジュ=サリバンなどは、
「プロジャのディズマールは普通選挙実施を唱え、アドラスブルク帝国を排除してデウチェに自由をもたらしました。しかもヴァリアシュテルンとデュレンゲンブルクは併合することなく、独立を保証しているのです。そのプロジャがわれわれメロヴィグを攻撃してくるなど、偏執症の妄想としか言いようがない」
と、反対演説でバルトポルテ三世がプロジャ恐怖症をわずらっていると笑い飛ばし、議場内から拍手喝采をさらった。
……サリバンは、近い将来この発言のしっぺ返しを受けることになるのだが。
さきのことはさておき、現時点においては、皇帝政府が上程したメロヴィグ軍改革は議会で完膚なきまでに粉砕されて終わった。兵役は延長どころか短縮され、陸軍の定数も増員されなかった。
兵役の短縮によっていくらか徴兵サイクルが早くまわるようになるため、将来的に予備役の数は増えていくことになるが、現役兵の不足は解決しない。
兵力増強に失敗したバルトポルテ三世は、数の不足を補うために新兵器の開発・調達を密かに命じ、こちらではいくらかの成果を挙げることとなる。……これもまた、すこしさきのお話となります。
けっきょく、身内に足を引っ張られて国防体制を強化できなかったバルトポルテにとって、いつ終わるかわからないというその任務の性質ゆえに志願制の職業兵団であった、海外派遣軍の帰還が数すくない頼りの綱となったわけである。
連載再開以降、月曜日朝と木曜日夕方の更新でお送りしてきましたが、明けて新年は三ヶ日までお休みさせていただきます。
次回は1月6日朝を予定しておりますので、来年もよろしくお願い致します。
…年内には終わらなかったですね。歴史的に大きな事件はあと1回、ヒロインの個人史として重要なイベントは3回と、もうかなりクライマックスが近づいてきてはいます。




