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義弟の覚悟と義妹の願い、そしてけなげなる甥


 秋の深まる中、わたしはイザベラ妃のお見舞いのためトライエットへと向かった。太后ゾラさまがずっとついていてくださっているので、心配はないと思うけれど。


 トライエットの駅からかつての大公邸前まで敷かれている、メルヒオール殿下(当時)専用線路は、ここしばらく使われていなかったため、赤くサビが浮いていた。


 大公邸前特別駅のプラットフォームも、敷石の隙間から雑草が顔をのぞかせていたりして、メルヒオールさまが新大陸へ渡ってからけっこうな歳月がたっているのだなと、あらためて実感させられた。

 邸宅そのものは、アドラスブルク家の持ち物でもあるので、しっかりと維持管理されているが。だからこそ、急にご懐妊が判明したイザベラ妃を、すぐにお迎えすることができたわけである。


 旧大公邸の門をくぐって、前庭に踏み込んだところで、威勢のいい子供の声が聞こえてきた。


「もういっぽんおねがいします!」

「ふふふ、いいぞマックス。ヨーゼフより根性があるなおぬし。気にいったぞ」


 芝生の上で、次女のテレーゼと、五歳くらいの男の子が木剣を手に向かい合っている。すっかり大きくなっているが、どうやらイザベラ妃の愛息マクシミリアン皇子のようだ。


 わたしのお手紙を受け取ったメルヒオール陛下が、皇子をお母上のお近くに送り出してくださったと、話だけは聞いていた。娘のゾラとテレーゼは、わたしよりひと足さきにトライエットへやってきていて、イザベラ妃と、太后ゾラさまのお相手をつとめている。

 従弟のマックスと遊んであげるのも、役目の一環とはいえるだろう。


「……やあっ!」


 剣を振りかぶって突進するマックスに対し、テレーゼは得物を引いて受け太刀で応じた。年齢差ゆえの力押しで突き放し、間合いを離されたマックスが剣をかまえ直したところへ、テレーゼは巻きながらすくい上げる。


 マックスの手から剣がすっぽ抜け、よく晴れた空へと舞い上がっていった。


 ……歳下に花を持たせてあげるつもりのない、オトナゲナイ剣法だ。まあ、ケガをさせないように気をつけてはいるらしい。


「うあー……」

「負けを気にするなマックス。おぬしが弱いのではなく、テレーゼお姉さまが強いだけだ。ヨーゼフが五つのときよりよほどいいふみこみだぞ。おぬしはきっと強くなる」

「つよくなれますか、ぼく?」

「なれるとも。ショウジンをおこたらなければな」


 完全に師匠気取りなテレーゼの言動に笑いをこらえていたわたしだったが、ふっ飛ばされた自分の剣を拾うため門扉のほうを向いたマックスがこちらに気がついた。


「あっ……ええと、あなたは……」

「マクシミリアン殿下ですね。おひさしぶりです、テレーゼの母のセシーリアです」

「おー、母上。やっとおでましですか」


 (しつ)けの足りない物言いのテレーゼをよそに、マックスは行儀がよかった。


「セシーリアへいか、お目にかかったきかいがあるとのことですが、はじめましてとごあいさつさせてください。ゼクフィコこうていメルヒオールが一子、マクシミリアンです。このたびは母イザベラのためにかずかずのごはいりょをしてくださり、ほんとうにありがとうございました」

「ごていねいにありがとうございます、マクシミリアン殿下。ゼクフィコの皇太子として申しぶんのない名乗り口上でしたよ」

「おほめにあずかりこうえいです」


 ほっぺをリンゴのように赤くして、マックスがはにかむ。かわいいなあ。


「お祖母(ばあ)さまとおば上がおまちかねですぞ」 


 といって、先導役を買って出たテレーゼがわたしのさきに立つ。たぶん傘立てとしておいてあるのだろう、玄関先の細長い壺に木剣を放り込むと、大公邸本館のドアを開けた。


「お祖母さま、母がまいりました」


 エントランスホールで待ち受けていた太后ゾラさまへ呼ばわるテレーゼは、庭でマックスと遊んでいたときとはころりと声音を変えていた。なかなかどうして、猫のかぶりかたがうまい。したたかに育ったものである。


「お義母(かあ)さま、おそくなりました。イザベラさまのおそばにずっとついていてくださって、ありがとうございます」

「懐妊中の嫁の世話は、姑として当然の務めです。礼はいりませんよ。イザベラがおまえに会いたがっています、顔を出してやりなさい」

「はい、すぐに」


 ゾラさまは相変わらずつっけんどんだ。これでも、口を開けばかならず叱責のひとつふたつがついてきていた以前よりは丸くなっている。たぶん、孫たちに囲まれているおかげだろう。


 イザベラ妃は、マックスがお腹の中にいたときと同じ部屋でわたしを待っていた。うちの娘のゾラと編み物をしている。


「失礼します。イザベラさま、お加減はいかがですか?」

「お義姉(ねえ)さま、待ちかねていましたわ。……ゾラ、セシーリアさまとお話をさせてもらえる?」

「はい、陛下」


 娘であり姪という立場ではなく、アドラスブルクの皇女として、ゼクフィコ帝妃とアジュール王妃に対する礼を表し、ゾラは編みかけのミトンを持って退出する。


 ベッドわきの椅子へ座ったわたしへ向け、イザベラ妃は深刻な表情ですぐに口を開いた。


「お義姉さま、どうか……どうかわが夫メルヒオールを助けてあげて」

「メロヴィグ軍の撤退が年内にも開始されるという話は聞いていますが、ロペス・ガルシアはまだ大々的な攻勢に出ていないはずですけれど」

「逆賊による本格的な攻撃がはじまってからでは遅いのです。いまのうちにメルヒオールを説得して、メロヴィグの引き揚げ船に同乗させなければ」


 そういってイザベラ妃がサイドボードから取り出したのは、金糸の紐かけなどはないごくあっさりした体裁ながら、ゼクフィコ帝室の印章が()されている封筒だった。メルヒオール陛下がイザベラ妃へ宛てた私信だろう。


 わたしは差し出されるまま手紙を受け取り、義弟から義妹へ送られてきた(ふみ)を開いて目をとおした。



『愛するイザベラ、きみがあらたな生命を神より授かったと聞いて、とても嬉しく思っている。男の子であっても女の子であっても、これでわがゼクフィコ帝室の血筋はより確実に後世へとつながるだろう。


 きみの懐妊が明らかになったのがそちらの大陸へ渡航したあとになったのは、おそらくさいわいなことであった。味方のいないゼクフィコの地より、バルディウムとアドラスブルクから支援を受けられるほうが私も安心できる。


 マクシミリアンをきみのもとに送り出せたことで、私は後顧の憂いなく己の義務に取り組むことができるだろう。ゼクフィコ人民のために、可能なことはすべてするつもりだ。


 イザベラ、マックスはゼクフィコ帝国の継承者であり、ゆくゆくはその統治者となることを決して忘れないでほしい。たとえ治めるべき地に立つことが能わざるとて、ゼクフィコの君主権は私ときみの血を引くものにだけあるのだ。


 母と義姉上と仲良くやってくれ。兄によろしく。


    いとしのきみへ、メルヒオールより』



「これは……」


 さすがに、一読で尋常ならざる文面であることがわかる。にじみ出る義弟の悲壮な覚悟に眉をひそめたわたしへ、イザベラ妃はすがりついてきた。


「メルヒオールは君主の義務に殉じて死ぬつもりなのです。おねがいお義姉さま、彼をとめて、ゼクフィコから連れ帰って!」

「落ち着いてくださいイザベラさま。あなたは、まずお腹の赤ちゃんを無事に産むことだけに集中して。メルヒオールさまを救出する手立てはわたしが考えます」

「おねがいします。お義姉さまにしか……頼めない……」


 妊娠後期の大きなお腹を抱えて、イザベラ妃は力なく涙する。太后さまの様子から見るに、イザベラ妃はこの手紙を義母には読ませていない。ほんとうにわたしだけを頼っている。


 しかし……どうしたものだろうか。アドラスブルク帝国として動くことはできない。エルディナントさまには話せないのだ。

 合衆国(ステイツ)のことは、ブライトノーツやメロヴィグすらはばかっている。アドラスブルクも公然とゼクフィコ帝国を支援して、ロペス・ガルシアの肩を持つステイツと敵対するわけにはいかない。


 そもそも、海をへだてた新大陸に、有効な干渉をする力がいまのわが帝国にはなかった。だからこそ最初は三国合同だったゼクフィコ帝制確立運動に、看板として皇弟を貸し出すのみにとどめて、実働はメロヴィグとブライトノーツ、イルパニアに任せていたのである。


 あの三国がはしご外すの早すぎるのよ。とくにブライトノーツとイルパニア。


 身重の義妹を勇気づけるため、口だけ安請け合いをしたものの、できることが思いつかないままわたしはイザベラ妃の寝室から辞去した。


 わたしが個人の立場でできることはなんだろう……と考えながら廊下を歩いていたら、マックス皇子と顔を合わす。


「マクシミリアン殿下、お母さまのお部屋へ向かわれるのですか」

「いえ、セシーリアへいかにおうかがいしたいことがありまして、おまちしていました」

「わたしに……?」


 小首をかしげると、マックスは目を期待に輝かせて口を開いた。


「テレーゼねえさまがおっしゃっていたのですが、剣をねえさまにおしえたのはへいかだとか」

「え……?」


 そんな憶えはありませんが……あー、いや、自分のシュミのフェンシングのレッスンをしているときに、テレーゼが見にきていたことはあったかな。真似したがるテレーゼといっしょに、型のお稽古をやったことが二、三ありはするけれど……。


 そもそもテレーゼがいま振り回してるのは、細剣(フルーレ)さばきのフェンシングじゃなくて、両手で長剣(ブロードソード)打ち下ろす実戦殺法みたいだし。どこで覚えてきたのやら。


 わたしが困惑しているうちに、マックスはちいさなこぶしを固めて、いう。


「つよくならないといけないんです、ぼくは」

「なぜ強さにこだわるのですか、殿下?」


 そういえば、マックスはテレーゼともそんなような話をしていたなと思って訊いてみると、ゼクフィコの皇子はおさないなりにとても真剣な表情で答えた。


「父にたくされました。母とおなかの子をまもるのは、ぼくのつとめだと。ゼクフィコていしつのけつみゃくを、こうせいまでつなぐことができるのはぼくだけなのです。父はこういいました、このみになにがあろうと、ゼクフィコのこうたいしであり、つぎのこうていはマクシミリアン、おまえなのだから、そのじかくをもてと」

「殿下……」


 わたしは思わずマックスに駆け寄り、その身を抱きしめていた。


 なんてけなげで、純粋な子だろう。


「へいか、子どもあつかいしないでください。ぼくはもう、ひとりのおとこでなければならないのです」


 いきなり伯母に抱きつかれて、マックスは困惑と羞恥の入り混じった声を上げた。


 身を離し、マックスの両肩に手をおいて、視線を合わせ話して聞かせる。


「……ごめんなさい。とても、とてもご立派ですよ、マクシミリアン殿下。でも、お母さまに抱きしめてもらうことを我慢する必要はありませんよ。いまのイザベラさまには、殿下しかいないのですから。しっかりハグしてもらって、お母さまを安心させてあげて」

「母のため……ですか」

「そうですよ。母親にとって、わが子を抱きしめることはなによりも心の栄養になるのです」

「わかりました。……ちょっと、いってきます」


 ほんとうはママに甘えたい、大きなお腹に耳を当てて、弟か妹の気配を感じたい……マックスもそう思っていたのだろう。大義名分をもらった、という顔で、マックスはイザベラ妃のお部屋のほうへと廊下を小走りに向かっていく。


「……なんとかしてあげなくちゃ」


 かわいい甥が、もう二度とパパの顔を見られないだなんて哀しすぎる。どうにかして大洋の彼方のゼクフィコまで手をまわす方法を考え出して、自らの血を流すことによって内戦に決着をつける覚悟でいるメルヒオール帝を救出しなければ。


 ゼクフィコ帝国の窮地は、他人(ひと)ごとじゃない。エルがヨーゼフにあとを託し、皇帝の責務として殉死する――そんな近未来の光景がわたしたち家族に降りかかってくる可能性というのは、決して無視できるほど低くないのだ。


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