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敵の敵はやっぱり敵なので、このへんで手を打ちましょう


 世間から見ると、今回のアドラスブルクとプロジャの紛争は、デウチェ版南北戦争(シビルウォー)であった。


 拡大していく新興国家の運営方針をめぐって争ったステイツに対し、デウチェに未開拓地(フロンティア)はなかったけれど、関税問題が火種のひとつであったところなどはよく似ていた。


 北は人口希薄なブライトノーツ領カヌディア、南はメルヒオール陛下の帝国とロペス・ガルシアの共和国に分裂しているゼクフィコという立地で、幸か不幸か思う存分殴り合えたステイツと違って、デウチェは西方(オチデント)世界のほぼ真ん中、周りには主権国家が林立している。


 すなわち、周辺の列強が、デウチェの内紛に乗じて利益を得ようとうごめきはじめたのであった。


 とくに干渉に色気を見せていたのが、メロヴィグのバルトポルテ三世である。

 ゼクフィコ問題では議会に三行半を突きつけられ、熱しやすく冷めやすいメロヴィグ国民がボルヴァナト帝室支持から離れつつあることも感じていたバルトポルテ三世は、ここで外交得点を稼いで人気を挽回しようと前のめりになっていた。


 バルトポルテは、エトヴィラ近海へメロヴィグ艦隊を、レヒテ河流域には陸軍の大部隊を向かわせる。

 その上で、武力をチラつかせながらプロジャとアドラスブルク・デウチェ連合同盟へそれぞれ支援を申し出てきた。


 プロジャに対しては、メロヴィグ海軍の力でオストリヒテ艦隊を押し返し、エトヴィラ情勢にもうひと波乱を起こすことで、本国防衛に廻ったカール大公の軍を引き返させてプロジャを間接的に援護する用意がある、と。


 アドラスブルク・デウチェ連合同盟に対しては、メロヴィグ軍にレヒテ渡河を決行させ、手薄になっているプロジャの西端をおびやかして、ヴァリアシュテルン中心とする南デウチェ合同軍が有利に戦えるようにしてあげてもいい、と。


 ありがた迷惑の押し売り援軍。されど、アドラスブルク、プロジャともに、無視するわけにはいかなかった。メロヴィグがどちらかに肩入れすれば、天秤は一気にかたむく。


 当然ながら、アドラスブルクとプロジャ、どちらがより大きな見返りを用意できるのか、というのがバルトポルテ三世最大の関心だった。


 かてて加えて、西から首を突っ込もうとしてくるメロヴィグだけでも面倒なのに、東からはリュースがデウチェ内紛に口を挟んでこようとしていた。


 リュースは以前に、ポリニカ問題でアドラスブルクとプロジャ双方から自国の権益をないがしろにされた記憶が薄れておらず、腹を立てているため、どちらかに直接手を貸すつもりはなかった。戦争が泥沼化したら、両方まとめて殴って旧ポリニカ領をかすめ取ってやろうと思っているていどである。


 ひとまずの主張として、リュース帝室の縁者であるサクノス王家の地位と領土の保証を要求する外交文書が、フィレンとベルンドに送付されてきた。


 現在サクノスほぼ全域を占領しているプロジャに、講和が成立したら立ち退くよう求めるのは当然として、フィレンにも要求書が送りつけられてきたのはなぜかといえば、領土割譲で揉めた場合、サクノスを犠牲にして妥結しないようにと、アドラスブルクへ釘を刺してきたのである。


 実際、ベルンドのプロジャ政府高官のあいだでは、アドラスブルクにヘムシュタイン以外の領地を求めない代わりに、サクノスの全土、あるいは一部をプロジャへ併合しよう、という案(もちろん、リアルタイムでわたしが知っていたわけではないけれど)も浮かんでいた。正式に提起されていたら、われわれアドラスブルク帝国政府としても真剣に考慮しなければならなかっただろう。


 サクノス軍を率いて(アンチ)プロジャ同盟に加わっているエドゥアルト殿下から見れば、とんでもない裏切り行為ということになるが、自国の一部を切り売りするか友邦を見捨てるか、という究極の二択を迫られて、仮にアドラスブルクとサクノスの立場が逆であったなら、エドゥアルト殿下たちも悩んでしまうはずだ。


 メロヴィグとリュースという、古いつき合いであるのみならず、同盟国であった時期より敵どうしだった時期のほうが長い東西両雄からの介入の気配は、そろそろデウチェ内での争いに幕を引くべきだと、アドラスブルクとプロジャ双方の指導部へ悟らせるに充分だった。


    +++++


 ベミエン北部の路線が応急修繕され、ベルンド発の汽車に乗ってプロジャ宰相ディズマールがプリグへとやってきた。


 まだ重機関車は走れない仮復旧(停戦が決裂するかもしれない状況で、大量の軍需物資を積んだ貨物列車を通すわけにはいかないという事情もある)のため、立派な御用車両はベミエン路線を通過できず、国王エルンストは本国にとどまったままであった。


 七年ぶりに見るプロジャの実質最高指導者は、いくらか髪が薄くなっていたが、眼光は以前にもまして鋭く、あいかわらず軍服を着ていないのが不思議な貫禄をしていた。


 形式上、王太子ヴィルヘルムが紹介するというかたちで、ディズマールがエルディナント陛下とわたしへ表敬の礼をほどこす。


「プロジャ王国宰相を拝命しております、ベルンハルト・ジュリアノス・アウグスティン=フォン・ディズマールであります。両陛下にはご機嫌うるわしゅう」

「初顔合わせというわけじゃない、堅苦しいことは抜きにしよう、ディズマール卿。貴兄には、予もわが帝国の外交団も、フリエンツフルトでずいぶんと泣かされたな」


 軽口から入ったエルディナントさまに対して、ディズマールは生真面目な(かお)のまま肩をすくめてみせる。


「私は決して、余人がうわさしているような、趣味で帝国いじめをしている男ではございません。プロジャの旗のもとに生まれたゆえの王室への忠誠であります。もしアドラスブルクの御領に生まれておりましたら、陛下にお仕えしたでしょう」

「プロジャはよき臣僚に恵まれているな。まあ、宰相も承知のように、アドラスブルクとプロジャで争っている段階はすぎ去った。デウチェ全体で和解し、メロヴィグとリュースの干渉を撥ね退けねばならん。プロジャを世界的列強へ押し上げた、宰相の手腕を見せてもらいたい」


 エルディナントさまは、敵国の大臣に向けてというより、長年の腹心へ語りかけるような口ぶりだった。ディズマールも、あたかも仕える主君に応えるかのように神妙な顔でうなずく。


「むろん、私はそのために参ったのです」


     +++++


 双方の実質政策責任者である、エルディナント陛下とディズマールとの直接交渉によって、アドラスブルク帝国とプロジャ王国間の交戦状態を解消するための講和条件は急速にまとまった。


 一.アドラスブルク帝国はヘムシュタインの領有権を放棄し、今後ヘムシュタインはスレズヴェルヒとともにプロジャ王国の直轄領となる。


 二.デウチェ連合が()()されたことを、連合加盟国としてオストリヒテとプロジャは確認する。ほかの加盟諸邦国にも、現状の追認を求める。


 三.前項に付帯し、プロジャ王国はデウチェ連合に代わるあらたな諸邦機構の設立を試みるが、新連合(仮)への加入を求める旧連合構成諸邦国の意思決定に、アドラスブルク帝国は干渉しない。


 四.旧連合構成国オストリヒテとしてのアドラスブルク帝国は、プロジャが結成を目指す新連合の枠組みに対抗する、独自の同盟圏構築を図ってはならない。


 五.アドラスブルク帝国が前項を守る限り、プロジャ王国は新連合への加盟を旧連合各国に強要しない。また、旧連合の第三国に、プロジャと別個の多国間機構設立を目指す動きがあったさいには、それが対プロジャを企図した軍事同盟である場合をのぞき、妨害、干渉を行わない。


 以下、細目省略――


 基本的には、アドラスブルクの勢力をデウチェ圏内から締め出し、プロジャがデウチェの盟主となる、という内容であった。これまでは、北部代表プロジャと南部代表アドラスブルクが並び立っていた、デウチェの在りようそのものが大きく変わることになる。


 兄王アルブレヒトによって富国強兵をなしとげたプロジャ王国を受け継いだ、当代エルンストの、そしてその下でデウチェ統一政策を進める宰相ディズマールが、大望の成就へ向け大きく前進したといえるだろう。


 武力行使を辞さずに強い要求を突きつけ、デウチェ連合を機能停止させた上で戦争に持ち込み、プロジャが勝利の果実をもぎ取っていった――その事実は疑いないことだが、わがアドラスブルクをはじめ、プロジャの強権を是としないデウチェ各邦による抵抗は、決して無為とはならなかった。


 つい先日まで、ヴァリアシュテルン、デュレンゲンブルクといった、オストリヒテ以外の連合各国に対して、ディズマールはプロジャ主導の新デウチェへ、無条件での参加を要求していた。

 しかし、プリグでまとまった講和草案においては、アドラスブルクの口出しが制限されているだけで、連合各国には選択の自由が留保された。


 武器を()って起ち、実際に戦ってみせたからこそのプロジャがわの譲歩である。もし威嚇段階で屈していたら、ヴァリアシュテルンも、デュレンゲンブルクも、サクノスも、主権国家としての地位を剥奪されていただろう。


 そして、戦争を継続すれば完勝できるのだから、手心など必要ない、と強硬姿勢を見せていたベルンドのプロジャ政府多数派に意見を修正させ、寛容な和解を主張していたディズマールが主導権を取り返した背景には、メロヴィクとリュースによる干渉が影響していることも、また疑いのない事実だった。


 仮にここで終戦協定を結ばずに戦いつづける、あるいは、プロジャが講和条件として領土の割譲やいずれかの王統の廃絶を譲らなかった場合、サクノスは正式にリュースへ援軍を要請するだろうし、ヴァリアシュテルンやデュレンゲンブルクはバルトポルテ三世の救援打診に乗ってメロヴィグ軍を招き入れるだろう。


 そうなれば、アドラスブルクとプロジャの争いという域を超えて、デウチェが列強諸国の陣取り合戦の舞台となってしまう。初代バルトポルテ時代の再来だ。


 統一を目指しているディズマールとエルンスト王にとって、それは本意と異なる展開である。


 そして、かつて全デウチェの統治者であったアドラスブルク皇統にとって、プロジャによる覇権か、リュースやメロヴィグの息のかかった王国も交えての分立か、という選択となった場合、後者のほうは()()()()()()()()


 サクノス、ヴァリアシュテルン、デュレンゲンブルクといった同盟国の自主性は担保されたこの和解案は、アドラスブルクにとっては受け入れられるものだった。


 プロジャの立場から見ても、サクノスをリュースへ、ヴァリアシュテルンとデュレンゲンブルク、ケッセルをメロヴィグの陣営へ追いやってしまう前に、矛を収める時期がきたというわけである。


 それにしても……まっさきに講和を唱えたディズマールの政治的嗅覚の鋭さは、あらためておそるべきものだ。


 わたしのふるさとヴァリアシュテルンも、今回は併合されずにすみそうだけれど、いずれはプロジャに組み入れられてしまうのじゃないかしら……。


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