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戦争は、始めるよりも終わらせるのが難しい


 皇帝エルディナント・フランツに親率され、オストリヒテ=アジュール軍が出陣してから10日――


 プリグに、プロジャ王太子ヴィルヘルムが入城してきた。エルディナント陛下とともに。


 オストリヒテ=アジュールの皇帝とプロジャの継承者が馬を並べての行進に、プリグの市民は物見高く沿道へ詰めかけた。


 王子さまといっても、長年兄アルブレヒトの影で出番を待ちつづけていた現プロジャ王エルンスト陛下はもう70歳に手が届くわけで、その長男ヴィルヘルム殿下は38歳。エルディナントさまよりひとつ上だ。

 洒脱におヒゲを整えているエルディナントさまに対してヴィルヘルム殿下はあごヒゲも盛大に伸ばしていて、知らないと実年齢以上の歳の差に見える。


 門前街をとおってプリグ城の敷地に入り、馬止めで降騎したヴィルヘルム殿下を、わたしはアドラスブルク帝妃として出迎えた。


「ごぶさたしておりますヴィルヘルム殿下。このようなかたちでお目にかかることがかないまして、ほんとうに……安堵しております」


 プロジャの王族としてきちんと(しつ)けられているヴィルヘルム殿下は、脱帽すると騎士道にのっとってわたしに容儀のととのった礼を施した。


「伯父の葬儀以来ですね、セシーリアさま。その節はどうも。……まさか、後方とはいえ戦域内のプリグにおいでだとは存じませんでした」

「帝妃は、予が討ち死にしたら第二陣を率いて、殿下の首を獲るつもりでいたのさ」


 エルディナントさまがそういうと、一瞬唖然となったヴィルヘルム殿下は笑いはじめる。


「あははははは。それは勇ましい」


 いやまあ、冗談じゃないですけれどね。もしエルディナントさまが亡くなるようなことがあったら、残りのアジュール全軍集めて突撃して、あなたとゲオルク王子の生命(タマ)獲りに行ってましたよ。


 先日にプリグの東、ノゼフラ市近郊で展開されたアドラスブルク帝国軍とプロジャ王国軍の交戦は、決定的な勝敗はつかないまま、プロジャの王子たちに、帝国軍侮りがたしの印象を与えて終わっていた。


 戦いの前半は、アジュール騎兵隊からツゥナイゼ銃を借りてオストリヒテ歩兵部隊に持ち替えさせる、というエルディナントさまの奇策が当たり、ゲオルク王子のプロジャ第一群を追い込んだのだが、新型砲なしの支隊はヴィルヘルム王太子の第二群を長時間食い止めておくことができず、敵が合流する前に各個撃破するという当初の目的を完遂することはできなかった。


 第一、第二群が合流し、総勢20万となったプロジャの大軍を前に、虎の子の鋼鉄砲200門の貴重さをわかっているバラジョヴァ大将は、ツゥナイゼ銃を貸し出して旧式装備になっていたアジュール騎兵をたくみに使って砲兵部隊の退却を支援し、後日の再戦に望みをつないだ。

 槍やサーベルしか持っていないにも関わらず、アジュール騎兵は勇猛さをしめして殿軍(しんがり)を守り、帝国軍にプロジャとの戦いをつづけるすべを残してくれた。


 アドラスブルク軍はノゼフラを放棄し、戦闘では勝ったと喧伝しうる立場のプロジャ軍だったが、オストリヒテ=アジュールの主力部隊は健在であり、ヴィルヘルムとゲオルク両王子は敵の撃滅まで会戦を繰り返すべきなのか一考する段階がきたと感じていた。


 そこへ時宜よくエルディナント陛下が休戦協議の使者を送り、暫定停戦の合意が結ばれて、本協議のためにヴィルヘルム殿下がプリグへとやってきたのである。


    +++++


 ヴィルヘルム殿下から休戦の報せを受けたプロジャ本国では、ふたつに意見が割れた。


 参謀総長メネルケンはじめとする軍首脳部は戦場での勝利に自信と確信を抱いており、王太子ヴィルヘルムの判断は明確なあやまちであり、君侯どうしのよしみに訴えかけてきたアドラスブルク皇帝の詐術にかかったと批判した。


 いっぽう政治部門トップのディズマールは、交渉でデウチェ問題を解決できるならこれ以上軍を消耗させることはないと、アドラスブルクに飲ませるべき要求を電信でヴィルヘルムに伝達した。


 プロジャが提示してきた正式講和条件のうち、主だったものは三つ。


 一.アドラスブルク帝国はヘムシュタインの領有権を放棄すること。


 二.デウチェ連合の()()を、連合加盟国としてのオストリヒテは認めること。


 三.消失したデウチェ連合に代わるあらたな枠組みをプロジャが構築するにあたって、アドラスブルク、オストリヒテ、いずれの立場においても口を挟まないこと。


 ……要するに、今後デウチェの指導者はプロジャのみであり、アドラスブルクは口出しするな。デウチェ各国の処置はプロジャに一任し、旧連合の弱小邦国が保護を求めてきても、アドラスブルクの庇護下に加えてはならない、ということであった。


 なかなかに高圧的な態度。しかし、ヘムシュタインをのぞいて領土割譲の要求はなく、賠償請求も盛り込まれていない。


「正直に言って、うなずいていい内容だと思う」


 初日の協議を終え、私房(ケメナーテ)に戻ってきたエルディナントさまはそうおっしゃった。


「同感ですが……喜んで即答はしないほうがいいでしょうね」

「そうだね。デウチェ諸邦の処断について、いますぐディズマールに白紙委任状を渡すのは早すぎる。プロジャの議会や世論が、この内容で納得するかどうかもいささかあやしげだ。最初の休戦期限いっぱいは様子を見よう」


 寛容な条件に見えるが、ディズマールが狙っている、デウチェからアドラスブルクを排除してプロジャ指導下で統一する――その要件はすべてふくまれているのだ。性急に飛びつけば、アドラスブルクがデウチェ連合の仲間をまっさきに見捨てた、という解釈をされてしまいかねない。


 サクノスやヴァリアシュテルン、デュレンゲンブルクにハルファーデンは、プロジャ主導の新デウチェ連合の一員となるならともかく、主権国家としての地位を手放すつもりがないのだ。そのゆえに、わがアドラスブルクと同盟を組んでプロジャと戦うことを選んだのだから。

 プロジャとの和睦を急ぎすぎて、同盟国擁護の権利をそうそうに放り捨ててはいけない。ディズマールが出してきた講和条件の第三項目は、デウチェ連合を好き勝手に料理するため仕込まれているのだ。


 ヴィルヘルムとゲオルク両王子に、プロジャ軍各高官たちをプリグ城でもてなしながら、デウチェ西部戦線の経過と、プロジャ本国での政治部門と軍事部門の綱引きがどうなるか見きわめる。


 ……今後の方針を確認したところで、わたしはエルディナントさまの袖を引っ張った。

 ちょっといたずらっぽい(かお)になったエルは、わたしの肩と腰に腕をまわし、横抱きにベッドまで運んでくれる。……すみませんね、いつまでも初夜みたいなことおねだりして。好き。


 エルが無事に帰ってきてくれた、わたしにとってはそれがなによりだ。


    +++++


 ノゼフラの戦いから三日後のこと、エトヴィラ方面において、オストリヒテ艦隊がエトヴィラ海軍の大型輸送船団とその護衛艦隊に大打撃を与えた。制海権の確保でロカーナ地方で事態が急変しても即応できるようになり、カール大公がエトヴィラ駐留軍の半分ほどを連れて、オストリヒテに戻ってきた。

 これで、仮に和平交渉が決裂しても、プロジャ第四群はカール大公に押さえてもらうことができる。


 ヴァリアシュテルンとデュレンゲンブルクを中心とする南デウチェ合同軍は、対するプロジャ軍があまり多数ではない上にベミエンに展開されている部隊ほど精鋭ぞろいではないこともあって、緒戦の混乱をくぐり抜けてからは一進一退の攻防をつづけていた。


 されど、参加各国軍の指揮官たちは、プロジャに脅かされる自国の防衛を優先したがり(当然の心情ではあるけれど)、ヴァリアシュテルン王アウグストは戦略方針を一貫させることができなかった。


 バラバラになったらプロジャ軍に片端から潰されてしまう……ということだけはわかっているので、合同軍は一体となって行動したけれど、ケッセルを守ってはデュレンゲンブルクに侵入してきたプロジャ軍を追い払いに行き、今度はヴァリアシュテルンへ向かい……と、プロジャがわに振りまわされているありさまだった。


 プロジャに占領されている地元の再復に合同軍が動いてくれないため、ハルファーデン軍はやる気を失ってしまい、もとヘムシュタイン駐留部隊であるオストリヒテ=アジュール軍は、本国がプロジャと休戦に入ったため戦線から離脱している。


 アドラスブルクとの休戦が正式な講和になれば、手すきになった第三群と第四群で平定すればよいと、プロジャ軍は南デウチェ攻撃を急がないかまえでいた。


 ……そのころ、プロジャ王都ベルンドではアドラスブルクに対する交渉態度をめぐって、宰相ディズマールとそれ以外の政府高官たちのあいだで対立が深まっていた。


 アドラスブルク帝国へ賠償金を請求せず、ヘムシュタイン以外の領土割譲もなしとするディズマールの方針は手ぬるすぎると、軍部のみならず、閣僚も議会有力者も、官僚までもが宰相批判にまわった。


 プロジャ行政を支える高級官僚は、家柄にこだわらず実力制でディズマールが選抜してきた面々であり、子飼いの部下たちすら非難合唱に加わって、ディズマールもさすがに鼻白むことになった。

 いつもは宮廷で孤立しがちなディズマールの肩を持つ国王エルンストも、領土はともかく賠償金は取らなければならんと、講和条件の修正を要求する。


 ディズマールにはここが潮時だという政治的直感があったのだが、さすがに国王にまで否定されたのでは、主張を押しとおせない。

 自分は決して自説を曲げはしないが、国王と意見が衝突して互いに譲れなかった場合、間違っていると感じても独断で動きはしない――それが、宰相に任命されるにあたり、ディズマールがエルンスト王へ誓約した忠誠宣言だったのである。


 そのままなにごともなければ、ベルンドからの電信を受け取ったヴィルヘルム殿下が和平の対価を吊り上げ、エルディナント陛下が首を左右に振って、戦争が再開されていただろう。


 ……ノゼフラの戦い後に取り交わされていた、仮休戦の二週間が終わろうとしていたところで。


 プリグ滞在中の王太子へ最後の交渉指示書が打電される寸前に、ディズマールの勘を裏づける報せが、ベルンドの官房室に飛び込んできた。


 ほぼときを同じくして、わたしたちアドラスブルクがわも速報を受け取る。


 なにが起こったのか……まあ、ここまでわたしのお話におつきあいしてきてくださっている()()()なら、もうおわかりですよね?


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