最終防衛ライン
戦争パートここまでです。
会議シーン読み飛ばすと皇帝夫妻がしばらくぶりにイチャイチャしてます。
プロジャ王国とアドラスブルク帝国・デウチェ連合のあいだで戦争がはじまってから、一ヶ月が経過した。
ロカーナ戦線において、カール大公率いるアドラスブルク軍が、ヴァレリアーノのエトヴィラ王国軍とカリオッツィの民族義勇軍を連続撃破した、というニュースは民衆たちを一時的に湧かせたものの、オストリヒテ本土に迫るプロジャ軍の脅威がそれで去ってくれるわけではない。
カリオッツィの義勇軍団の得意技はゲリラ戦であり、会戦で一度撃破したていどではまったく安心できず、カール大公とその麾下はエトヴィラを離れてプリグやフィレンの防衛にまわってくることはできなかった。
そもそも、エトヴィラ方面など、ディズマールからすれば捨て駒の陽動作戦でしかないのである。しかもプロジャ兵をひとりも割かずに実行できている安い策だ。
緒戦で皇太子ヴィルヘルム率いるプロジャ第二群の出端をくじいていたアングレアム伯爵のベミエン東部防衛群は、補給路と進撃路双方への破壊工作で出遅れていた第二王子ゲオルクのプロジャ第一群がやや東寄りに進路を変え、第二群と連携して迫ってきたことで、拠点としていたムレド・ボズレムの放棄を余儀なくされていた。
鋼鉄後装砲なしでの防戦では、やはりプロジャ軍を止めるには無理があった。
軽からぬ損害を受けて退却してきた東部防衛群はプリグの南で休養を与えられ、バラジョヴァ大将率いるオストリヒテ・アジュール・サクノス混成群が前に出る。
しかし、一度退けられたアインフェルト大将のプロジャ第三群がサクノス方面からまわり込み直してくるのは時間の問題だった。その上、第四群がヴァリアシュテルン領内を侵攻してベミエンに迫りつつある。
わがアドラスブルクに残る消耗していない戦力は、エルディナント陛下親率のプリグ防衛群と、指揮官としては最低限の期待しかできないオストリヒテの将軍が率いている本土防衛群。
いちおう数の上ではまだ互角だったが、新型砲は200門しかない。四方向から包囲網を狭めてくるプロジャ軍のいずれかに、こちらからぶつかっていかないと活路は開けなかった。
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プリグ城で、六週間ぶりに各方面群司令がそろっての会議が開かれた。
前回出席していたカール大公はエトヴィラで帝国軍の指揮を執っているので、実質いつものオストリヒテ・アジュール連絡会議のようなものだ。カール大公が座っていた席には、サクノス軍の司令官であり王太子のエドゥアルト殿下が就いている。
マイラー伯はビュラでアングレアム伯の代わりに政務を司っており、エクセルハーディ伯はフィレンにとどまって、万一の帝都陥落危機のさい避難できるよう、重要書類をまとめて持ち出すぶんと焼却するぶんに仕わけているところだった。
「予想どおり……いえ、それ以上にプロジャ軍は手強い相手です。徹底抗戦を図るなら、鉄道や橋梁の破壊にとどまらず、ベミエン全土から引き払って焦土作戦を実行するほかないと思われます」
プロジャ軍と三回戦い、二勝一敗で戻ってきたアングレアム伯だが、その口ぶりに勝ち越しの余裕はなかった。
ムレド・ボズレムからの撤退戦のさなかに砲弾の破片を受けたそうで、左腕を三角巾で吊っている。
「ベミエンを焦土化しても、プロジャ軍はヴァリアシュテルンやポリニカから廻り込んできましょうぞ。時間稼ぎにはなりますが、払う犠牲があまりにも大きい」
バラジョヴァ大将が焦土作戦に疑義を呈し、エドゥアルト殿下もうなずいた。サクノス王室の立場として、ベミエンの焦土化でサクノスやヴァリアシュテルンといった迂回ルートがプロジャ軍の策源地にされる事態は、できれば避けたいというのがエドゥアルト殿下の本音だろう。
なおエドゥアルト殿下のご両親ら、サクノス王室のかたがたは王都ドラクツェンに留まっている。サクノス王統はリュース帝室と縁が深く、プロジャといえども王都を占領したからといって、強引に王を廃位して国土併合とはいかない。また、その出自ゆえにサクノス王家はデウチェ民族主義主導の統一運動からも一線を引いていて、とうぜん大プロジャ主義の反対者でもあった。
「いまのところプロジャ軍は、ベミエンの占領地域で略奪などはしていないそうだ。補給がしっかりしているからだな。焦土作戦に犠牲に見合った効果があるかどうか、予も疑問だ」
エルディナント陛下がそうおっしゃり、ひとまず焦土作戦の決行は棚上げされた。
「ですが……なにか、直接攻撃以外の方法でプロジャ軍の足並みを乱さないと、もう主導権は取れません。小細工は全部見透かされています」
鉄道への破壊工作とサクノスと連携した遅滞戦術でプロジャ各方面群の侵攻速度がそろわないようにして、別方面の敵群へ、時間差で順ぐりに数すくない新兵器をすべてぶつけていく、という作戦を提案したのはわたしだったけれど、緒戦からの三連敗にもかかわらずプロジャ軍の士気は落ちず、戦略方針を変えさせることもできなかった。
圧力を緩めぬプロジャ軍の攻勢によって、わが帝国がわは、設定していた防衛ラインを、ひとつ放棄させられている。
わたしはもうアイデアが思いつかない。けれども、エルディナントさまはさほど深刻そうな顔ではなかった。
「小手先の変化をつける段階は終わったということだ。プロジャ軍には遠征の疲れも出てきただろう。そろそろ、大きな勝負をしかけるころあいではないか」
「こちらから討って出るなら、東でしょう。第一群、第二群、どちらもプロジャの王族が率いている中核です。決戦でたたくことができれば士気におよぼす影響は大きい。西から第三群や第四群が距離を詰めてくるには、まだいくらか時間もかかります」
アングレアム伯がそういい、陛下は重々しくうなずく。
「戦闘で疲弊していない部隊を出す。新型砲は必須だ、連戦で悪いがアジュール砲兵を貸してくれ」
「御意に。……騎兵はお使いになられないのですか?」
現在アジュール精鋭部隊を指揮下においているバラジョヴァ大将は、陛下の要請にふたつ返事で応えてから、ふと違和感のある表情になった。
対して、エルディナントさまは不敵な笑みを浮かべて口を開かれる。
「ツゥナイゼ銃だけ貸してくれ。歩兵部隊の第二列に装備させる」
「なるほど……プロジャは、新型銃を持っているのはアジュール騎兵隊だと思っている。そこを逆手にお取りになられるというわけでございますな」
「まあ、これも一度しか使えない手品だが」
エルディナントさまの秘策には、その手があったか!って感じではあったけれど、わたしはそれよりも気になることがあった。
「あの……陛下おん自らご出陣なさるのですか?」
「アングレアム伯に無理を頼むわけにはいくまい。バラジョヴァ大将にアジュール部隊の指揮を任す。――ベルネグ将軍、貴官はボラート要塞と連携して防衛網を築け。プロジャ軍がフィレンを直接目指すなら阻止するのだ」
「御意。しかしながら……ベミエン南東部に阻止陣を敷けば、プロジャ第一群と第二群は、こぞってプリグ方面へ向かうのではございませんか?」
ベルネグ上級大将は基地や兵舎の管理官としてなら申しぶんなく有能だったが、敢闘精神には欠いていると評価せざるをえない軍人だった。グライ将軍と同じく、都市騒擾や地方叛乱の鎮圧といった非対称戦の経験はあるが、今世紀冒頭のバルトポルテ戦争やここ10年ほどの国際戦の経験はない、はざま世代だ。
それでも、自分が後詰めを命じられたことに対し、ただ単に安堵の吐息をついているようではそもそも将官まで出世すらできない。ちゃんと気がつくべきところには気がついていた。
陛下はなに食わぬ顔でうなずかれる。
「予は16万の兵を率いてノゼフラまで進出する。数的優位を確保して戦うために、プロジャの第一群と第二群は連携して向かってくるだろう。貴官は第二群への牽制だけでいい、プロジャがわから攻撃されないかぎり、前には出るな。そちらには旧式の武器しかないからな」
「……御意に」
プロジャ第二群がボラート要塞とベルネグ将軍の部隊を完全に無視して監視兵すら置かなかった場合や、あるいは逆にフィレン直撃を狙って全隊挙げて襲ってきた場合など、二、三のイレギュラーケースへの対応を決めて、会議はお開きになった。
もっとも、ここまで味方どうしの連絡線を保持することに神経を使い、慎重に進んできたプロジャ軍が、いきなり常識はずれの動きに出る可能性は低い。変な行動をしてくれれば、わがアドラスブルクがわの勝率がいくらか上がるまでだ。
……つまり、想定どおりに彼我両軍が動き、会戦になった場合、エルディナントさまは厳しい局面で指揮杖を振るうことになる。
「陛下」
わたしが追いかけてくるとわかっていたのか、エルディナントさまは回廊の途中、となりの翼棟への連絡橋にたたずんでいた。侍従官たちはすこし離れて待機している。
「セシィ、言いたいことはわかるよ。私も、アングレアム伯が十全の状態なら、陣頭指揮を執るつもりはなかった。正直に言って、私はあまり将としての才能がないからね」
「決戦ではなく、プリグに本陣をおいて防衛戦というわけにはいかないでしょうか」
「それはまずい。こちらが動きを止めれば、プロジャ第一、第二群は西から第三群と第四群が到着するまで攻めてこないだろう。包囲されて勝ち目はない」
「野戦での決着はたいてい一日、長くて三日です。包囲戦は月単位でつづきます。そのあいだに交渉で……」
なにか陛下の身を砲火の直下にさらさないですむ方法があるはずだと、だんだん早口になってきたわたしに対し、エルは穏やかに首を左右に振った。
「守りに入ってから講和を求めるなら、いますぐプロジャに降伏を打診しても同じだよ。デウチェ連合はおしまいだ、ヴァリアシュテルンもデュレンゲンブルクもサクノスも、もうアドラスブルクは頼りにならないとあきらめて、ディズマールに慈悲を乞うだろう」
「ですが……」
もういっそ、デウチェのことなんて知りませんでいいんじゃないか――同盟国を見捨てる選択を真剣に考えはじめたわたしだったけれど、エルディナントさまは……そう、わたしのエルではなく、アドラスブルク帝国の皇帝であり、現実を見すえる怜悧な君主の眼でこうおっしゃった。
「ディズマールにとって、この戦争での勝利はまだゴールではない」
「……それは」
わたしにとって、まさか、ではなかった。陛下は、わたしと同じものを見ているのだろうか。
「消耗の果ての勝利とデウチェ統一は、ディズマールの本意ではない。だから、われわれアドラスブルク帝国に、デウチェ諸邦と結束し、最後の一兵にいたるまでプロジャへ手向かいする覚悟がある――その姿勢を見せられたなら、殲滅戦という選択を採ることは最後まで避けようとするはずだ」
「ディズマールはほんとうに、このつぎを考えているでしょうか……?」
「セシィはどっちだと思う?」
エルディナントさまの逆質問は、ディズマールがアドラスブルクとの戦争のつぎまで見とおしているのかどうか、という意味ではなさそうだった。
「リュースかメロヴィグ……たぶん、メロヴィグだと思います」
「……メロヴィグか。セシィが言うなら、そうなのだろうな。それなら、デュレンゲンブルクやヴァリアシュテルンの併合は急ぐまい」
「陛下は違う予測をなさっていらしたのですか?」
「私にはセシィほど見えていないよ。……勝たなくてもいいのなら、いくらか気が楽になった、ありがとう。だいじょうぶ、生きて戻るよ」
いきなり柔らかい貌になったエルに抱きしめられ、困惑しているうちにくちづけまでされて、脳みそから冷静な判断だとか政治的策謀だとかが吹っ飛んでしまった。
副官たちとともにエルが行ってしまってからも、わたしはしばらく連絡橋の上にとどまって、火照ったほおを風にあてていなければならなかった。
……なにかいろいろ大事な話とか、やっぱり出陣するのはやめてとか、言うべきことはあったはずなのに、夜晩くに寝室に帰ってきたエルにわたしはいきなりむしゃぶりついて……エルも「今生の別れじゃないよ」とか言いながらもたっぷり応えてくれて……気がついたら抱き合ったまま眠ってしまっていた。
……なにしてるのわたし。結婚式当日に旦那宛ての召集令状が届いた新妻でもあるまいに。
エルはけっきょく出陣しちゃったじゃないの。
どうか……無事に帰ってきて……。
もし普墺戦争について詳しく知りたいかたがいらっしゃるのであれば、なろう内にとてもよい資料が存在していることをご紹介しておきます。
『プロシア参謀本部~モルトケの功罪』
https://ncode.syosetu.com/n3872bm/
無茶苦茶詳しいです。日本語でこれ以上詳しい普墺戦争の解説は、紙の本含めてもたぶんないでしょう。
普墺戦争のみならず、さらに先の普仏戦争についても詳しいです。
なお私はざっと目を通させていただいてはいますが、内容はさほど反映してません。私が書いてるのは〈地球史〉ではないですからね。




