第四の鋭鋒
まだドンパチやってます。そろそろ終わりますので、恋愛小説はよう!って読者さまはあとちょっとだけお待ちください…。
プロジャ第三群敗退――その報せは、第一、第二群を率いるヴィルヘルム、ゲオルク両王子と、なによりベルンドのプロジャ軍参謀本部を驚倒させた。
戦場となるベミエンとその周辺の地形と交通事情、アドラスブルク帝国とプロジャ王国それぞれが動員できる兵力、装備、相互の戦略目標……総合的にプロジャの必勝を期して立案された作戦が、開始からわずか半月足らずでほころびを生じたのだ。
三方向からベミエンの要衝であり首府のプリグ目がけて攻め寄せるプロジャ軍に対し、アドラスブルク軍は部隊を分割してそれぞれにあたるか、プリグの北で総力あげての一大決戦に挑むか、選択を迫られるはずであった。せいぜい、全軍をプロジャの一方面群に向けて動かし、潰しにかかるか。その場合、プリグは守れない。
分進合撃に対するカウンターである、戦力集中による各個撃破策は、今回の戦役では使えなかった。
かつて初代バルトポルテは機動戦術を得意とし、総兵力で二倍を超える不利を負いながら、敵軍が合流する前に強襲していくども数の差をひっくり返したが、当時の通信手段は早馬だよりだった。今日では電信があり、どこかで戦闘がはじまった5分後には、500キロ離れた場所にまで伝わっている。
加えて、バルトポルテ時代よりも一個軍、一方面群の人数が増した現代において、20万の兵が大会戦の翌日に50キロ離れたつぎの戦場へ移動する、などという離れ業には期待できない。
バルトポルテは、直属の数万の兵に「根性」を発揮させることでその伝説を創ったのである。
もちろん、バルトポルテの天賦の将才とカリスマ、厳しい調練を重ねた規律のある軍隊、そしてそれを支える、自ら進んで苦境に身を投じた個々の兵士たちの熱意と愛国心があっての「根性」であったが。
今回プロジャ軍の参謀本部は、天才や軍神を前提とする作戦を立ててはいなかった。アドラスブルク帝国軍の指揮官に、忽然と常識を打ち破る新時代の名将が現れたわけでもない。
想定の範囲内の攻防で、アドラスブルク軍がプロジャがわの予想より健闘した、というだけである。
そのタネは、アジュール軍の中核を成す精鋭部隊の「根性」に頼った、時間差で三度の戦場に数がかぎられている新兵器をすべて投入した大車輪運用であった。鉄道という、バルトポルテ時代には存在していなかった文明の利器の力を借りてもいたが。
いずれにしても、同数の帝国軍が自分たちとほぼ同等の戦闘力を持っているという事実は、プロジャ戦略の前提をひとつ壊した。
アインフェルト大将率いるプロジャ第三群は、緒戦でオストリヒテ=アジュール軍に不覚を喫した王太子ヴィルヘルムの第二群より大きな損害を受けたが、壊滅したというわけではなかった。劣勢を悟った時点で秩序だった後退をして、最低限の被害で戦域を離脱している。
ただし、退却した方向は西のサクノス王国がわではなく、北のプロジャ領で、ゲオルク王子の第一群に物資を供給している補給路にほぼ二倍の負担がかかることになった。
しかも、開戦初日の鉄道破壊工作による被害はまだ完全に修復できていない。とくに枕木の不足が、プロジャ鉄道の輸送能力に厳しい枷を課していた。
プロジャ参謀総長メネルケンは、補給計画が狂うとして、確保できているサクノス王国方面から廻り込み直すようにアインフェルト大将へ指令を発し、オストリヒテ=アジュール軍を相手にした三度の戦闘について詳しく分析した。
当然のことながら、プロジャ国内の業者であるフゼッペは、自社の取引内容を自国政府に開示している。アジュール王妃(つまりわたし)が、新型の鋼鉄製後装砲を200門買ったという事実は、プロジャにも知れていた。
スレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争でもダンヴィケ軍の欠点を見抜いて主導権を握りつづけた、鷹のごときメネルケンの眼力は、すぐにオストリヒテ=アジュール軍が抱える構造上の脆弱性に気づいた。
後装式鋼鉄砲の保有数が200門であるはずのアジュール軍が、ベミエンの東と西で200門ずつ、計400門新型砲を投入してきたように見えた点について、メネルケンはさして脅威と見なさなかった。
買い入れたフゼッペ砲のコピー品を作ったのか、東部でヴィルヘルム王子と戦ってから、一週間未満で大移動してアインフェルト軍の前に現れたのか、どちらにしたところで、プロジャは合計で800門のフゼッペ砲をベミエンに投入しているのだ。アドラスブルクが持つ新型砲が200でも400でも、劣勢をくつがえせるものではない。
メネルケンが着目したのは、オストリヒテ兵でもアジュール兵でも、アドラスブルク帝国軍の歩兵部隊は旧式の先込め銃しか持っていない、ということだった。
アジュール騎兵部隊が推定で一万挺以上の元込め騎兵銃を装備しているのに、これはいかにもちぐはぐである。
歩兵というのは、高度な弾道学をたたき込まれている砲兵や、馬術に射撃と剣技から槍さばきまで習わされている騎兵と違って、基本的に戦闘方法は二種類しか教わっていない。銃剣を装着して突撃するか、となりの味方が頭を吹き飛ばされても発砲命令が下るまでその場に踏みとどまるか、どちらかだ。
ソル・ペルヌの戦いや、ステイツでの内戦を研究したプロジャ軍は、小銃の性能が向上した近代戦においては歩兵が戦列を形成する意義が減少していると察し、あらたな調練方法を取り入れていたが、アドラスブルクはじめほとんどの諸国軍では、まだ携行火器は弾幕射撃以外では命中しないことを前提にしていたため、散兵戦の訓練は精鋭部隊だけのものだった。
三度の戦闘で、アドラスブルク軍の歩兵部隊はほとんど前進をしていない。
王太子ヴィルヘルムは戦列激突の前に危険を察して退却したが、シュナイダー将軍とアインフェルト将軍は、動きの鈍い歩兵隊が敵戦線の弱点だと見て攻撃をしかけ、そこへアジュール軍砲兵隊から集中砲火を浴びて隊伍に穴を穿たれ、騎兵に突入されて陣形を引き裂かれていた。
……これは要するに、オストリヒテ=アジュールの指導部はプロジャ軍が新時代の戦術を用いると知っているのだが、対抗する手段がそろっていないがために、苦肉の策で歩兵部隊に突撃をさせず待機命令を出していただけで、それにプロジャがわが勝手にハマってしまっただけのこと――政治部門の魔術師ディズマールとともにプロジャ王国を支える軍事の鬼才メネルケンは、苦戦の原因はアドラスブルク軍の強さではない、と正しく判断した。
メネルケンはプロジャ各群へ指令を下す。
アドラスブルクの歩兵はかかしだ。警戒すべきはアジュール騎兵であり、敵歩兵を片づけるのは後まわしにすべし。
敵砲兵部隊とは実際に撃ち合って、後装式の新型砲を備えているのかどうかを確認すること。後装砲装備の敵軍と遭遇した場合、すみやかに電信で報告すること。報知を受けた他方面の部隊は全速で進撃し、敵を捉えるように。同時に複数の方面でアドラスブルク軍が新型砲を配備している公算は低い。
極言すれば、同日のうちにふたつ以上の方面で戦闘をしかければ、まともな装備のアドラスブルク軍はそのうちのどこか一ヶ所のみであり、ほかは旧式兵器しか持っていないということだ。たゆまぬ攻勢を継続すれば、プロジャの優位が揺らぐことはない。
戦術レベルでの指示に加え、メネルケンは ベミエンへ向けさらに一個群の投入を決定した。
プロジャとアドラスブルクに疲弊が見えたら漁夫の利を得ようとうかがっているメロヴィグを、監視・牽制するため、デウチェの西端に配置されているレヒテ河方面群から兵力を抽出して東へ進め、ヴァリアシュテルンがわから国境を突破して、ベミエン首府プリグへ迫るという第四の進撃路であった。
ヴァリアシュテルンからベミエンへ入ったのち、北寄りへ行軍せずダヌール河ぞいを東進すれば、直接オストリヒテの帝都フィレンを目指すこともできるデウチェ南部ルートは、アドラスブルク帝国にとって厳しい手筋となる。
デウチェ西部の戦場では、すでにハルファーデン王国がその全域をプロジャ軍によって制圧されており、ヴァリアシュテルン王アウグストが、自国とデュレンゲンブルク王国とケッセル大公国の部隊からなる合同軍の指揮を執って、プロジャへの抵抗をつづけているさなかだった。
ハルファーデン軍の残党と、ヘムシュタインから脱出してハルファーデン軍と行動をともにしていたオストリヒテ=アジュールのヘムシュタイン駐留部隊も、アウグストの指揮下に加わっている。
ただ、頭数こそ多かったが、合同軍はそれぞれ装備が違うことで弾薬に互換性がないなど、補給体制が整っているプロジャ軍の相手をするには課題が目立った。
バルトポルテ戦争時代の旧式銃とか、ここ50年間一発も撃っていない緑青の浮いた青銅砲とか、そんな武器しか持っていない部隊も散見されたのである。
数だけなら30万に達するが、内実は烏合の衆のデウチェ連合軍と戦っているのは、プロジャの一個半群16万ほどだ。ハルファーデンに加え、自由都市フリエンツフルトといった有象無象の小邦はプロジャの軍門に降っており、残っているのはデュレンゲンブルクとヴァリアシュテルンに、ケッセルくらいであった。
メネルケンはデウチェ連合の平定完了まで待つことなく、レヒテ方面から抽出した兵力を加えて西部のプロジャ軍を二個群に再編し、そのうち一個群をヴァリアシュテルン方面からアドラスブルク領へ突入させる修正戦略プランを発令する。
……もちろん、ベルンドの参謀本部における作戦会議の内容が、リアルタイムで漏れてきたわけではなく、プリグで戦況を見守っていたわたしたちがこの時点で知っていたのは、プロジャが新たな攻撃群を編成して西から投入してくる、ということだけであるが。
さて、わがアドラスブルク帝国としては、非常にまずいことになりました。
三方向の敵をどうにか捌く作戦までは立てていましたが……第四の敵群とは。しかもプリグにではなく、直接フィレンへ向かっていくかもしれない。
プロジャ軍に利用されるだろうからといって、友好国であるヴァリアシュテルンの鉄道を勝手に破壊するわけにもいきませんしねえ……。




