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鬼義母にも過去アリ


 いまから、まるまる一世代前の話。


 死に体だった神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)にとどめを刺し正式に葬った、メロヴィグの風雲児バルトポルテは、そのまま全世界を征服せんばかりの勢いで戦争をつづけたが、ついに敗れて地位を追われた。


 和睦の条件のひとつとして、アドラスブルクからバルトポルテの後妻として嫁がされていた皇女ドロテアは、凋落した夫に見切りをつけ、ひとり息子を連れオストリヒテへ帰ってくる。

 バルトポルテは最初の妻ヨハンナを愛していたが、男児を授かれなかったために離縁し、新メロヴィグ帝国の継承者に伝統あるアドラスブルクの血を混ぜようと考えて、ドロテアを差し出させていたのだ。


 もしバルトポルテの帝国が確立していたなら二世となっていた、シャール・バルトポルテというその子は、どちらも容色には恵まれていなかった両親から生まれたわりに、双方の一番いいところを受け継いでたいそうな美少年だった。


 アドラスブルクの血も半分流れているが、復活させるわけにはいかないバルトポルテ皇統の子。シャール・バルトポルテはフィレンの皇宮の一隅に軟禁される。

 メロヴィグ語を公用語とする皇宮内でありながら、シャール・バルトポルテの周囲でのみ、メロヴィグ語の使用は厳禁とされた。


 そんな(とら)われの敵国皇子と、一時期親密にしていたのが、だれあろうゾラさまなのである。


 当時のアドラスブルク家は、皇帝ルドルフ三世こそ凡庸ながら健康には問題なかったものの、皇太子ハインリヒは成人を迎えることすら危ぶまれていたほどに病弱(どうにか健康危機を乗り越えて成人し、即位前に形式上の結婚をすることになるが、やはり子はできなかった)で、第二皇子マティアスの妃であるゾラさまにプレッシャーがかかっていた。


 ルドルフ三世には複数の弟がいて、大公として万一の事態に備えていた(兄の血筋が途切れないかと、内心期待していた人もいたろう)から、断絶の瀬戸際というほどではなかったものの、スムーズな皇統継承のため、男児の誕生が望まれていた。


 ところが、結婚から六年ものあいだ、ゾラさまは子宝を授かれなかった。正確には二度懐妊していたのだけれど、流産してしまっていたのだ。

 悲劇のメロヴィグ正統王朝最後の王妃、メレナ・アンソニア(メロヴィグ名としてはメリーア・アンソネット)のエピソードを思い起こさせる、幸先の悪い結婚生活……当然、この時期のゾラさまにとって皇宮の居心地は最悪だっただろう。


 そんな空気に囲まれた中で、オストリヒテの外からやってきた異分子どうし、シャール・バルトポルテとゾラさまは交流を深めていく。

 禁じられていたメロヴィグ語の書籍、とくに、シャールの父バルトポルテ関連のものをゾラさまは差し入れていたというから、会話もメロヴィグ語で交わしていたとみるのが自然だ。


 ……これは証拠があるわけではないゴシップだが、エルディナント陛下の弟ぎみであるメルヒオール大公は、じつはシャール・バルトポルテとゾラさまのあいだにできた不義の子だ、といううわさまであるのだ。

 さいわいというか、ゾラさまとシャール・バルトポルテは年の差が大きく、長男エルディナントさまは正真正銘マティアス殿下の子で間違いないそうだが。


 どういうことかというと。


 半幽閉状態ながらもシャール・バルトポルテは年経るごとに成長し、オストリヒテ政庁としても、ずっと皇宮の奥底に(とら)えておくわけにはいかなくなった。

 バルトポルテの遺児の待遇があまりに悪いままでは、メロヴィグの過激派に奪還のためと称したテロ攻撃の口実を与えかねないからだ。実際、ボルヴァナティストと呼ばれる、バルトポルテの一族ボルヴァナト家を仰ぐ一党が、シャール・バルトポルテを担いで亡命メロヴィグ帝国政府を樹立しようと蠢動していた。


 シャール・バルトポルテを、バルトポルテの遺児としてではなく、アドラスブルク皇族の一員として厚遇している、という体を整えるため、皇帝ルドルフ三世はシャールにライヒリステ大公なる名誉的な称号を授け、陸軍少将として任官した。


 シャール・バルトポルテは、手慰みとして与えられたオストリヒテ軍での務めに、父バルトポルテの栄光につづく道を感じたのか、のめり込みすぎて、20歳を越えたばかりの若さで亡くなる。

 アドラスブルクにとって都合のいい展開だけれど、謀殺、暗殺の線は薄いという話だ。一日三時間しか眠らずに、戦争と政務に明け暮れた父バルトポルテの健康を受け継ぐことのできなかったシャールは、生き急ぎすぎたのだろう。


 このときゾラさまは結婚10年めの29歳。のちの皇帝でありわたしの旦那さまエルディナント皇子は四歳で、そしてゾラさまは臨月だった。ほどなく第二皇子メルヒオール殿下が生まれる。


 ゾラさまは、婚約時代からずっと夫君マティアスと疎遠で、二度に渡る流産の悲劇を乗り越え、愛に欠けた営みで得た長男の誕生後も、義務以上の夫婦関係とはならなかった。

 18歳で軍務を与えられるとほぼ同時に肺を病み、現場と病床を往復するようになったシャール・バルトポルテのことを、ゾラさまは肺病感染を怖れる気配も見せず、献身的に介抱していたそうである。


 男として最期の生命(いのち)の炎を燃やしていた、シャール・バルトポルテとの濃密な二年間……


 火のないところに煙は立たず。憶測とゲスの勘ぐりといえど、まったく根拠のないうわさ話ではないのだ。


 ――さて、これでわたしの言葉にふくまれていた毒と、それに対して大っぴらに当たり散らすわけにはいかない、ゾラさまのむこうずねの傷がおわかりいただけただろうか。


 でもわたしは、ゾラさまの過去の行状を咎めたり、責めたいわけではない。


 ただ、わたしたちは似た者どうしなのだと、伝えたいだけ。


 かつてはゾラさまも、皇宮で独りぼっちだった。そして、教養として習ってはいたけれど、そのメロヴィグ語が完璧になったのは、ゾラさまには、孤独仲間でありメロヴィグ皇子でもあるシャール・バルトポルテがいたから。


 いまのわたしには、ぼっち同志すらいない。


 ゾラさまが孤軍奮闘していたころの皇宮には、老いた皇帝と、頼りないふたりの皇子と、帝室を支えながらもあわよくば嫡流に繰り上がらんと機をうかがう大公たちによる、複数の派閥があった。


 現在の皇宮には、若き皇帝エルディナント陛下を旗印に、アドラスブルクをふたたび偉大にしようという気風と、国母である太后ゾラさまを頂点とする明確な序列がある。


 各派閥の間隙を縫って根を伸ばし、こつこつ自派を育てるという、ゾラさまが用いた方法は、わたしの場合踏襲できない。現時点で皇宮内にいるすべての人間は、ゾラ派だから。


 わたしは、自分の派閥を作ることが必須だとは思っていない。ゾラさまが、ご自分ひとりでわたしと向き合い、厳しく(しつ)けをしようというだけなら、そのご指導はありがたくたまわるつもりだ。帝妃として全然なっちゃいないのは事実だし。


 でも、もしゾラさまに、ご自分の派閥を総動員して、嫁の自立を全力で潰すという意志があるのなら……


 多少波風立とうとも、こっちだって対抗していかざるをえない。


    +++++


 わたしの旦那さま、皇帝エルディナント陛下はじつにお忙しい。


 前にもすこし触れたけれど、起床は早朝四時で、五時には執務室でお仕事を開始なさる。


 毎日八時間、各大臣からあがってきた書類を読みとおし、サインをして国璽を捺し、場合によってはバッテンをつけて差し返す。決済のうち三割は、事務仕事の練達にして先輩である太后ゾラさまが受け持っているというのに、書類の山がなくなることはないのだという。


 昼餐をお召しになってから、午後は玉座の間で謁見希望の国内外の要人を引見され、諮問会議で直接大臣から政務について報告を求めたり指示を下されたり、将軍たちと軍務に関する討議をなさって、午後の七時すぎにようやく皇族のプライベートゾーンへとお戻りになる。


 わたしがご一緒できるのは晩餐だけだ。当然、そのときもゾラさまがご同席で、わたしがテーブルマナーを失すると間髪入れずに叱責してくださるいたれりつくせり。実家にいたころよりはるかに豪勢なお料理の数々も、味が半分もわかりません。


 ……それでも、ゾラさまと差し向かいのお昼よりはずっと気が楽ですが。ランチに砂や石鹸でできたメニューが出てきても、まったく気がつかないまま全部食べてしまえるでしょう。


 おっと、話がそれてしまった。エルディナント陛下についてつづけますね。


 書類仕事(デスクワーク)の化身のようで、実際に「尻が丈夫(ジッツフライシュ)」と陰ながら呼ばれているエルディナントさまだけれど、じつをいえばお気に入りは軍務なのだとか。


 初陣は皇太子時代(余談だが、エルディナントさまが()()()だったのは20日間ほどだけだ。先帝ハインリヒ陛下の退位と皇弟マティアス殿下の継承辞退が確定し、エルディナントさまが成人を迎えると同時に即位すると決まるまでの状況は、国内騒乱もあり非常に混沌としていた)の17歳のとき。敵味方双方の砲弾が降りそそぐ中、騎馬隊を率いて敵陣を突破する大活躍で、見事勝利の立役者となられたのだという。


 もっとも、万一のことがあったら……と将軍は生きた心地がしなかったそうで、皇太子殿下は早々に特進なさり、書類仕事をするために後方司令部へ送り返されることとなった。エルディナントさまはご不満だったけれど、その措置には、当然ゾラさまも大賛成だったそうである。

 わたしも、要塞にこもって一歩も出るなとまではいわないまでも、最前線はさすがに遠慮してほしいかな。


 そんな、身体がひとつじゃ足りない忙しさのエルディナントさまだから、夜が更けて、ようやくわたしだけの旦那さまにすることができても、朝までそのまま一緒にいてはもらえない。


 なお、寝室に隣接する控えの間に記録係りの女官はいるけれど、むかしのように掛け布をまくって「営み」の直接確認まではやらなくなっている。

 むかしといっても、つい前世紀まではやってたことなのよね。こればっかりはいまの時代に生まれてほんとうによかったわ。


「……陛下」


 ひとときの愛を交わし終え、明日も早朝からはじまる執務にそなえ、ご自分のお部屋へ戻るべく身を起こしたエルディナントさまへ声をかけると、服を身に着けようとする手を停め、優しい顔でわたしのほうへ振り向いてくれた。


「ここではエルと呼んでほしいな、セシィ」

「すみません……差し出がましいこととは百も承知ですけれど、オストリヒテ皇帝エルディナント陛下へのお話なのです」


 わたしの言に陛下はわずかに眉を動かし、シャツと下穿きをお召しになってからベッドサイドのテーブルの椅子を引いてお座りになった。わたしもネグリジェを身に着けて、エルディナントさまの向かいに座る。


「手短にね。あんまり時間をかけすぎると、母が聞きつけるから」


 皇宮内で唯一、太后ゾラさまの目と耳が完全には届かないのがこの部屋だ。それでも、壁一枚向こうには記録係りがいる。

 エルディナント陛下が何時何分に訪れ、何時間何分のあいだ滞在したか、すべてゾラさまに報告されるのだ。


 あまりに短すぎれば、お世継ぎづくりをきちんとこなしていない、ということになるし、長すぎれば、帝妃がピロートークで皇帝へ余計なことを吹き込んだり、朝まで引き留めようとしていると疑う状況証拠になる。


 エルディナントさまは、わたしがゾラさまの奴隷となることを望んではいない。しかし、同時に国母たるゾラさまの隠然たる皇宮内権力と政治手腕のほどを存分に知っていて、逆らえば皇帝たる自分といえどタダではすまないこともわかっている。


 ここでわたしは、エルディナントさまやゾラさまとは異なる視点から、しかも聴くに値する有用な話を講じなければならない。



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