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ゼクフィコの危機


 導入決議が否決されたデウチェとは違って、すでに普通選挙制度が施行されているメロヴィグにおいて。


 毎年春先に開催される定例議会に、内戦を乗り越えた共和主義者(リパブリカン)合衆国(・ステイツ)の大使が招かれた。


 祖先をたどれば、旧王朝時代に迫害を逃れて西太洋(アトランティコ)を渡り新大陸に移民した、メロヴィグの改革教(ユグノー)派にいきつくというラフォーレ大使は、国民主権の価値観を共有するステイツとメロヴィグの紐帯をひとくさり称賛してから、用件となる本国政府の要求を持ち出した。


「メロヴィグ元首たるバルトポルテ三世陛下は、称号こそ〈皇帝〉であり終身制ではありますが、実質わがステイツの大統領と同じく、国民投票によって信任され、その付託を受けているご身分であります。正当なるメロヴィグ人民の代表たるバルトポルテ陛下が、国民投票で賛意多数を得ているわけではない()()を支持なさり、あまつさえ兵力三万にもおよぶ軍を派遣しておられることに、わが合衆国政府はひとかたならぬ懸念を抱いているものであります。賢明なるメロヴィグ立法院の議員のみなさまには、この件についてしばしのご考慮をお願いしたい」


 これは実質、ゼクフィコから手を引けという、ステイツからメロヴィグに対する退去勧告であった。


 ゼクフィコはメロヴィグの領土ではないが、断じてステイツのものでもない。正当性のある主張とはいえず、ゆえに大使ラフォーレも、あくまで招かれた議会での演説でそれとなく示唆したにすぎなかった。


 本来なら帝国政府代表として外国大使の僭越な物言いをたしなめたであろう、立法院議長モラン公爵はもういない。

 そして、かならずしもバルトポルテ三世への忠誠心によってその地位を得たわけではない、普通選挙の洗礼をへている議員たちにとって、ラフォーレのそそのかしは渡りに船だった。


 国庫に重くのしかかっている、莫大なゼクフィコ派兵費用を浮かせることは、多くの議員にとって、選挙民へアピールするに足る成果だったのである。


 ラフォーレ大使が立ち去ってからの通常議会会期中に、メロヴィグ立法院はゼクフィコ問題を討議し、結果2/3を超える圧倒的賛成多数で派遣軍撤退を議決の上、皇帝政府へ送付した。


 バルトポルテ三世に、議会採決に対する拒否権はある。しかし、予算案を否決されても国王大権の裁量財政措置で強引に政策を進めるプロジャ政府と違って、メロヴィグの場合は議会での予算案可決なき限り、国庫から一(サンチーム)たりとて支出をすることは認められていない。

 たとえバルトポルテ三世が拒否権を行使しても、議会は派遣軍予算を否決するわけで、どのみち同じことだった。


 不意討ちで重要政策のひとつの放棄を強いられることになったバルトポルテ三世だったが、表向きは失敗を認めず、議会審議公開日に国民向けアピールとして登壇し、こう述べた。


「ゼクフィコ国民により推戴され、わがメロヴィグの後援によって樹立されたメルヒオール陛下の帝国政府は、いまや充分に力をつけ、もはや外国軍を傭兵としてひかえさせる必要がなくなったものであります」


 ……現地の実情からずいぶん乖離した、ご大層な演説であった。


 撤退費用として議会に最低限の予算をどうにか認めてもらい、バルトポルテ三世はゼクフィコのメルヒオール帝へ、急な支援打ち切りについて弁明の手紙をしたためる。


 メルヒオール陛下がゼクフィコ帝冠を受諾するにあたってバルトポルテ三世の政府と取り交わした誓約書によれば、メロヴィグ軍の最低派遣期間まではまだ一年以上の歳月を残しており、いちじるしい約定違反であること確実であった。


    +++++


 重大な外交文書であったため、バルトポルテ三世からメルヒオール帝への直筆親書は、ステイツに寄港してから新大陸中南部へ向かう定期船ではなく、メロヴィグ政府が仕立てたゼクフィコ主要港べラスへの直通便で送り出された。


 それでも、メルヒオール陛下がメロヴィグの裏切りを知ったのは、ラフォーレの演説からはほぼ一ヶ月、決議を受けたバルトポルテ三世がひと晩悩んで屈してからも、10日あまりがすぎていた。


 手紙を読み進めたメルヒオール陛下が愕然となったころには、帝都エル・オーロ中のメロヴィグ人に本国の方針転換がうわさとして広まっていた。


 緊急御前閣議が招集され、内務相キャスパー伯爵、派遣軍総監ファンテーヌ元帥といった、メロヴィグがわの在ゼクフィコ要人も出席する。

 皇帝官房長フライフィッツェンや、資源開発相カルマンは寝耳に水の報せにすっかり(かお)が青ざめていた。


「皇帝陛下、まことに不本意なかたちとなりましたが……」


 気の早い別れのあいさつから入りかけたパニーリ大使を、メルヒオール陛下は会議卓に拳をたたきつけて黙らせる。


「メロヴィグ紳士の諸君、あなたがたは重要なことを失念している」

「陛下と、わが主上バルトポルテ三世とのあいだで交わされました覚え書きの内容と、このたびのメロヴィグ本国政府の決定に、いささかの食い違いがあることは承知しております。ですが、われわれとしましては、本国政府の決定と命れ――」

「そんな些末な話ではない」


 官僚じみた言いわけをはじめたキャスパー伯へ腕を振って長広舌を中断させ、メルヒオール陛下は一枚の紙面を掲げた。


 メロヴィグ政府から、メルヒオール陛下()()が借り入れた形式に書き換えられているゼクフィコ国債のうちの、ほんの一部だ。


「あなたがたがお国へ引き揚げるというなら、引き留めはしない。ただし、帰る前にあなたがた自身の手で、これらすべての証文は焼き捨ててもらうぞ」

「へ、陛下……」


 顔面から血の気が引いたのは、キャスパー伯たちのほうだった。対ゼクフィコ債権はメロヴィグにとって大きな資産だ。金食い虫のゼクフィコ事業から手を引いても、債券を無効にされてしまったら、メロヴィグの財政収支はプラスにならない。


「紙の契約はしばしば反故にされる、それは私とて承知の上だ。だが、一方だけの責任が免除されることはないぞ。双方の義務がともに破棄されて、はじめて契約は無効となる」


 理はあきらかにメルヒオール陛下にあった。さきに違約をしたのはメロヴィグがわだ。


 バルトポルテ三世の親書に、具体的なゼクフィコ債のあつかいが記されていたかどうかまでは知りえないキャスパー伯は、責任を取らされてはたまらん、という表情になっていた。


 ゼクフィコでの任務はあくまで海外出張、腰かけのつもりでいるメロヴィグの要人たちは、帰還したさきで閑職に追いやられる事態をなによりおそれていた。花の都を離れて暑苦しい人類社会の辺境へやってきたのは、あくまで腰かけ仕事を終えたあとに、本国での栄達を得るためだ。


「えー……メロヴィグ本国は、こちらゼクフィコの実情を、かならずしも理解してはいないものと想像されます。今回届いたメロヴィグの公文書は、バルトポルテ三世よりメルヒオール陛下への親書のみでありまして、われわれに帰投を命じる辞令書はございませんので、その……」

「もういい。最終決定でないことはわかっている。わが妻イザベラを特使として派遣しよう。正式な帰還辞令が届くまで、メロヴィグの諸賢には仕事をつづけてもらうぞ。――ファンテーヌ元帥、あらたな掃討作戦を開始する必要はないが、撤兵決定までは決して持ち場を離れないように、各部隊へ命令を再度徹底してもらえるかな?」

「……御意に」


 ふくみありげな視線のメルヒオール陛下に対し、ファンテーヌ元帥はうやうやしく頭を下げて目を合わせることを避けた。


 暑熱の新大陸へ同行することを拒んだ年上の妻がメロヴィグで亡くなったと聞いた元帥は、喪にも服さずに30あまりも歳下の現地有力者の娘を後妻にむかえており、いっそゼクフィコで独立王朝を築こうかと野心を巡らせはじめていたのである。


 メルヒオール帝を追い落とすから、ゼクフィコを共同統治しよう――とファンテーヌに持ちかけられたロペス・ガルシアは鼻で笑ったが、それでも掃討作戦のサボタージュをするようになったメロヴィグ軍へ、自分たちから攻撃をしかけることはなくなっていた。


 ここ半年あまりのゼクフィコは、不穏な平和に包まれていたのである。


 そこへもたらされた本国からの撤退方針、ファンテーヌ元帥が、メロヴィグへの帰還と軍事政権樹立宣言の、どちらを選ぶかは予断を許さなかった。


 メルヒオール陛下は出港予定だったメロヴィグ船を一日待たせて、急遽出立準備を整えたイザベラ妃をゼクフィコ帝国政府全権特使として乗船させ、旧大陸へと送り出した。


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