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普通選挙のパラドクス


 アドラスブルク帝国が要請し、プロジャ王国も同意したため、会期外にデウチェ連合の会議が開かれることになって、真冬のフリエンツフルトに連合各邦国の代表が集まってきた。


 大公当人は冬も暖かな南地中海のケラフ島で楽隠居の準備をはじめていたのだが、デウチェ民族主義者の団体が議場の前でマイネレンベルクの旗を掲げるといったひと幕もあった。


 スレズヴェルヒ・ヘムシュタインに関する討議が行われるものだと思ってやってきた諸邦国代表は、プロジャ宰相ディズマールの提言に度肝を抜かれることになる。


 登壇したディズマールは、まずお得意の、弁舌するどい現状批判から入った。


「――現在のデウチェ連合加盟諸邦国は、連合会議の決議に対し、したがう努力義務こそあれ強制的な拘束は課されていない。これは加盟諸邦国の主権を尊重した結果ではあるが、罰則なき連合決議は実効性に欠いていると言わざるをえない。先年のユテニア半島危機において、ダンヴィケの圧政からデウチェ同胞を解放せねばならないという点でこそ連合全体で一致を見たものの、解放なったスレズヴェルヒおよびヘムシュタインを統治するにあたって、責任の所在について日和見主義が蔓延した」


 一度語を切ったディズマールは議場内を睥睨し、苦虫を噛み殺したような顔の各代表を尻目に、ここまではオストリヒテ代表のヒューメ外相はうなずきながら聞いていたという。


「今後バルトポルテ体制の残滓から、われわれデウチェが真の独立を果たす過程において、この種の問題は数を増すことが確定的に予測される。そこで私はプロジャ王国全権代表として、デウチェ連合そのものの改革を提案したい。現在連合会議各代表は、それぞれの邦国によって選出基準が異なっているが、一般普通選挙制による責任議会を正式に発足させる時がきたのだ。あらたなデウチェ連合議会は、連合加盟各邦国の政策に優越する、拘束力を有した決定権を持つものとする」


 ディズマールの言っていることの意味がわからず、議場は数秒間完全な沈黙に覆われていたそうな。


 ようやくディズマールがめちゃくちゃなことを言い出したと気づいて、ざわめきだした場内が収拾不能になる前に、小委員会(パネル)議長であるサクノス王国代表ノイステンシュタイン伯爵が上ずった声を発した。


「ディズマール宰相、それは……小委員会で議論できるような話ではございませんぞ」

「そのとおりですな。総会を開いていただきたい。私からは以上です」

「異議あり! 今回の会議は会期外小委員会であり、連合そのものの改革案など議題にはなっておりません!」


 ヒューメ外相は決議の中止を訴えたが、ノイステンシュタインは総会開催の可否を問う起立を求め、賛成多数で連合改革を主題とするデウチェ連合臨時総会が開かれると決まった。


    +++++


 プロジャのディズマールがデウチェ連合の改革を提起し、普通選挙の実施を呼びかけた――


 この報せはまたたく間にデウチェ全域、どころか西方(オチデント)すべてに広まり、すでに普通選挙を施行しているメロヴィグのバルトポルテ三世は、デウチェでも国民主権が実現することへの期待を表明した。


 メロヴィグと同じく議会制君主国であるブライトノーツのベアトリス女王は、官房をつうじて「国民議会の設立は望ましいことですが、デウチェには多くの実績ある君主がいらっしゃいます。民意の反映と古くからの経験のバランスが肝要だと思います」とコメントを出した。


 これまで君侯の恣意による政治に異議を唱えてきた、デウチェ内の民主主義者、自由主義者は、当然ながら大喜びしてディズマールを讃えた……かと思いきや、そうでもなかった。


 メロヴィグで初代バルトポルテが、そして甥の三世がともに〈皇帝〉となったのは、国民投票の結果。教養ある知的エリート層からなる民主主義・自由主義者たちは、デウチェ民族主義に湧く大衆の動員によって、プロジャの王権が、その政治上の使徒であるディズマールが、連合を掌握することをおそれていた。

 その懸念は不当なものとはいえない。実際メロヴィグにおいては、教育水準の高い都市部でのバルトポルテ三世への信任率はさほどでもなく、大きな支持基盤は農村部だ。


 もっとも、選ばれし優等階級エスタブリッシュメントにしか政治にたずさわる資格がないというのなら、王制・貴族制となにも変わらないじゃないですか、とわたしは感じるわけですが。


 わたし個人としては、国家の体制というものは、女性をふくめた普通選挙にもとづく議会制度を導入するか、さもなければ掣肘されない君主制であるべきだと思う。

 プロジャは一見では議会制君主国のようであるが、実際には議会と王国政府の対立が激しく、ディズマールを首班とする内閣はほとんど決議にしたがっていない。そんなごまかしの議会では設立の意味がないだろう。

 メロヴィグやブライトノーツにしろ、女性に投票権はない不完全な議会だ。新大陸のステイツですら、女性参政権は議論こそされているが実現にはいたっていない。


 ただ……今回のディズマールの提言は、国民主権推進のためなどではなく、プロジャの覇権確立が目的であろう。いま勢いのあるデウチェ民族主義にとって、ディズマールが掲げる大プロジャ構想は魅力的だ。

 もし現状のデウチェ全域で普通選挙が行われたら、親プロジャ派が過半数を大きく超えて、スレズヴェルヒ・ヘムシュタインはプロジャへ編入され、つづいて、人気のない君主がいる邦国から順にプロジャへ吸収されていくことは目に見えている。


 そしてなにより、普通選挙制度の導入はアドラスブルク帝国を破壊するのだ。


 まず第一に、デウチェ議会の選挙となると、アドラスブルク領土のうち、狭義のオストリヒテに住んでいるデウチェ人にしか投票権がないということになる。

 デウチェ連合にふくまれるオストリヒテの地理的範囲は明確だからそこはいいとしても、ディズマールはおそらく住民全員に無条件での選挙権を認めず、なにかと難癖をつけてくるだろう。だれが“デウチェ人”なのかという問題は、各人が認識しているアイデンティティだけで解決するとは限らない。


 第二に、オストリヒテ以外にもデウチェ人は住んでいる。アジュールにも当然いるし、ベミエンや、ハーツィアといった諸邦・諸州にも。プロジャに限らず、デウチェ連合の構成諸邦は、アドラスブルクの議員定数が増えることを嫌って在外投票は認めないこと疑いない。


 第三にして最大の危険は、アドラスブルク帝国内の“デウチェ人”を計数しようとしたら、ほかの諸民族にもかならず波及するということだ。民族意識の刺激が紛争を生んできたのが、これまでの歴史である。

 いまは、帝国内に住まうものは等しくアドラスブルク皇帝の臣民である、として個別の民族問題にフタをしているが、それでもデウチェ人はあきらかに帝国第一の構成要員であり、アジュール人が第二位にあることもわたしたちは認定してしまっている。


 デウチェ連合改革にかこつけてディズマールが普通選挙実施を持ち出してきた最大の狙いは、まず間違いなくアドラスブルク内部の亀裂にくさびを打ち込むことだ。


 ……帝国内の不安定化を懸念する治安当局の警戒をよそに、ディズマール発言を受けて、アドラスブルク領内で大きな騒動が起きることはなかった。

 フィレンでデウチェ民族主義団体が有権者登録を求めるデモ行進をしたのと、ヘムシュタインでマイネレンベルク大公をあらためて支持する集会が開催されたていどだ。

 ほとんどの大衆は、遠くのフリエンツフルトで議論されているデウチェ連合の改革には、さほど興味を持っていなかったのである。


 いっぽうで、オストリヒテ以外のデウチェ連合各地では、さまざまな主義主張を掲げた団体が一挙に活性化していた。


 とにかく目立ったのが、デウチェ統一を望む、民族主義、あるいは国民運動の推進者たちだ。

 ただし、その細かい主張を見ていくと、さまざまな違いがあった。


 プロジャ王をデウチェ皇帝として、連合を解体し一国にまとまろうという、大プロジャ主義者。


 連合各邦を州とし、共和主義者合衆国リパブリカン・ステイツを手本に議会制民主主義国を建国して、各君主は象徴としてのみ玉座にとどまり、政治の実権からは離れるべしとする共和主義者。


 メロヴィグ革命に(なら)って君侯をすべて断頭台送りにしろと噴き上がる過激な主張……はさすがに非合法化されているので、デウチェ連合を発展解消させて、各君主を退位させよとうそぶく社会主義者。


 彼らは確実にお互い相容れない勢力だったが、デウチェ全土での総選挙を要求する点でだけは一致していた。


 普通選挙支持派は、零細、あるいは土地を持たない農民に、工場労働者といった、現在選挙権を認められていない直接税非課税の低所得者層だった。


 それに対して、現在のデウチェ各君侯を支持している王党派や、既得権益の維持を至上命題としている貴族層が、法的拘束力を持つ議会の設立に大反対を唱えた。

 今後貴族へ列せられる見込みのある、上流市民たちの半ばも王党・貴族派に加わった。


 富裕な市民ではあるが、貴族化趣向を持たず、王制の廃止や特権階層の解体を訴えてきた、民主主義・自由主義者たちは、納税額を条件としない普通選挙の実施によって、自分たちの勢力が掘り崩されることを懸念してディズマールの改革案に反対した。

 大衆を動員した総選挙の結果が、プロジャを核としたデウチェ帝国か、あるいは私有財産を否定する社会主義国の成立につながるだろうことが予測されるので、そのいずれも思想的・利害的に望ましくない彼らは、連合議会設立そのものには賛成するが、選挙制度は現在の納税額による比例割り当てを維持するべき、という立場であった。


    +++++


 開催することだけは決まったものの、連合加盟の全邦国が投票する必要がある総会なので、三々五々で集まってきた各代表がそろったころには、季節が春になっていた。


 反プロジャ派がわざとのんびりして、遅延行為をした面もある。オストリヒテ外相ヒューメは、急を要さない用件で各国代表をフィレンに招待するなどして、時間稼ぎに加担した。


 フリエンツフルトの街中を各主義者たちが行進し、議場周辺を取り巻いて、一触即発の空気が漂う中、プロジャ王国代表ディズマールが上程した改革案の採決が行われた。


 結果……反対多数で改革案は否決。


 賛成票を投じたのは、プロジャと、プロジャに経済的依存をしているいくつかの中小邦。

 オストリヒテ、ヴァリアシュテルン、サクノス、ハルファーデン、デュレンゲンブルクの、プロジャをのぞくデウチェ主要国はすべて反対にまわり、プロジャ隷下の関税同盟加盟諸邦からも造反があいついだ。


 事前予想以上の大差での否決であったが、ディズマールの(かお)には無念さも不服さも、それどころか予想外の色すらなかった。


「身を正すべき当の連合会議に、自らを裁く議決が困難であるという事実は、意外というほどのことでもない。この否決によって、私の、連合改革の正当性は却って証明されたものと思う」


 敗者の弁というにはあまりにも不穏なコメントを残して、ディズマールはフリエンツフルトの議場を去った。



地球の歴史での19世紀ドイツ連邦には、いちおう議会はあったし決議には法的拘束力もありました。ただまあ、実質的にはやっぱほぼ無力で、それぞれの国の政府方針が優先されていました。

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