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国を守るための売国


 わたしが主題を切り出すと、フゼッペは相好を崩した。


「お目が高い。アジュールにまで弊社の新型砲の評判が届いていたとは、光栄ですな。プロジャ軍へ納めているものと同型でよろしゅうございますか?」

「基本的には。こちらの調べによると、フゼッペ社製鋼鉄砲の初期型の一部に、砲尾が設計時の想定よりも早く損傷する事例があったそうですね。その部分を改修した新造砲を納入していただきたいと考えています」


 不具合の指摘にほおをひくりと震わせたフゼッペだったが、マイラー伯より三歩退がった位置にひかえている“家僕”へちらりと目をやってから、肩をすくめた。

 “伯爵夫人”の正体はアジュール王妃で、“執事”がアジュール政府の閣僚だったのだから、こっちは軍人で、実戦でフゼッペの砲の威力と課題を直接見てきたのだと勘づいたのだろう。ノルジードラ騎兵大尉はゾラの警護として宿にとどまっており、ここにいるのはキタイベル砲兵中尉だ。


「砲尾の問題については、プロジャ軍からも報告を受けております。尾栓の形状を角柱から円筒状にすることで、発射時の圧力を均等に受け止め、設計寿命よりも早期に部材が劣化する不具合は解消できる見込みです。砲尾のみ改修したものであればすぐに納入できますが、新造品をご希望でございますか?」

「まとまった数を発注するつもりです。在庫品の改修より、製造数が確定しているほうが、そちらもスケジュールが立てやすいと思うのですが」

「左様でございますか。いかほどのご用命をいただけましょうや?」

「まず年内に200門。いずれは、アジュール軍のみならず、オストリヒテ軍もすべての砲を更新する計画です」


 わたしが口にした数字に、フゼッペは目を見開いた。


「改修型200門を、年内にそろえろとおっしゃいますか」

「貴社にはその生産能力があるはずです。リュースは600門、アルハディラ・ウルスも相当数の大砲を注文したと聞いていますよ」


 フゼッペが〈大砲王ウォルフ〉と呼ばれているのは、ゆえなきことではない。プロジャが最大の得意先ではあるが、鋼鉄砲を求める他国の軍からの発注も受けつけているのだ。


 スレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争で後装式鋼鉄砲が絶大な威力をしめしたことで、プロジャ王エルンストはフゼッペを子爵に叙し、臣下として抱え込もうとしたが、フゼッペは貴族の地位は自分の望むものではない、として謝絶していた。

 もうひとつのプロジャ軍躍進の原動力である小銃開発者のツゥナイゼは、貴族に列せられる名誉を悦び、エルンスト王から子爵の位を賜っている。


 貴族となることは断ったが、最近になってフゼッペはリッテ渓谷を眼下に望む小高い岩山の上にある中世の古城を買い取り、近代的な邸宅に改装するべく工事を進めさせていた。


 つまり〈大砲王〉は、既存の身分階級に取り込まれるつもりこそないものの、権威や社会的名声に興味がない飄然とした人物でもないのだ。


 いまわたしたちがフゼッペと面会している場所は、当代ウォルフガングの父ギュスターヴが建てた古い工場の事務室で、大砲王は貴族然とした絹の服ではなく、綿布の作業着を着ている。

 そのこと自体が、これからの時代の権威は血筋を裏づけとする王侯貴族ではなく、実績を裏づけとする産業家なのだ、というフゼッペの姿勢のあらわれであった。


 爵位は謝絶したが、立派な御殿の造営に取りかかっているということは、鉄道関連の鋼材や、兵器の納入をするにあたって国家重鎮とつきあいが増えるにつれ、あるていどの虚飾がなければ侮られるのだと実感した結果なのだろう。


 わたしは肩書きや身につけている服で、人間の価値を見定められるとは思っていない。


 こちらの態度に軽侮もおもねりもないことが伝わったのか、フゼッペは実直な企業家としての口調で鋼鉄砲の生産状況について話してくれた。


「たしかに、リュースとアルハディラ・ウルスからも100門単位の注文を承っております。ですが、リュース向けは寒冷地、アルハディラ・ウルス向けは暑熱地での使用となりますから、調整を慎重に行っているところです。鋼鉄は、温度の変化に存外大きな影響を受けるものですからな。最終納入数が600なりであって、一年あたりでは50門ほどです」

「これから追加で年内に200門は造れないと?」

「生産能力そのものが足りないというわけではありませんが、プロジャ以外の得意先へは一括納入を行っていない理由として、支払いの問題もございますので……」

「当然のご懸念ですね。たしかにわがアジュールも、鋼鉄砲200門ぶんの代金を、即時現金払いというわけにはいきません」


 列強各国といっても内情は慢性的な赤字体質、まとまったお金をポンと払えるのはプロジャだけだ、ということは以前に触れたと思います。


 例に漏れずアドラスブルクの財務も火の車であることは、政府関係者でなくともそれなりの事情通には知れ渡っている。帝国の一部であるアジュールは豊かな農産国だが、裏を返せば工業化に立ち遅れているのであり、お金の余裕はない。


「それでは、まず貴国政府の年間ご予算をうかがいま――」


 言いさしたフゼッペをさえぎって、わたしは勝負のカードを切る。


「現金では支払えませんが、もうすこしお話を聞いていただけませんか、フゼッペどの」


 今年中に200門の大砲を、なんとしてもそろえなければならない。プロジャに対抗するにはこれでも最低限で、本当なら500門はほしいところなのだが。


「支払いの準備はないが、年内に200門の大砲を用意せよとおっしゃられましても……」


 はっきりと渋面になった大砲王ウォルフへ、わたしはロイヤルスマイルで首を左右に振って見せる。

 ……自分でやっておいてなんですけれど、この“ロイヤルスマイル”ってやつ、怖いんですよね正直。まさに仮面の笑みって感じで、心がなにひとつ笑ってない。


「いえとんでもない、お支払いはいたします、現金ではないだけです」

「プロジャ王国からは、国債、あるいは土地権利書などでの支払いも受けつけておりますが、それ以外のお国からのご注文に関しては、現金での支払いのみに限らせていただいております」


 フゼッペのこの態度は、商売人として妥当なものだろう。プロジャは最大のお得意さまであると同時に、会社の本籍地がある地元。いくらか便宜をはかるのは当然だ。

 そして他国からは現金払い以外で受注しないというのも、プロジャに対する()()()()の意味があろう。


 リュース帝国とプロジャ王国は、お互いに仮想敵国の間柄であって、わがアドラスブルクとプロジャの関係とそうは変わらない。リュース国債で支払いを受けてフゼッペが大砲を売ったりしたら、いざプロジャ・リュース間が険悪になったとき問題になりかねない。


 戦争で負けた国の国債は紙クズになってしまうのだ。プロジャ国債を持っているからこそフゼッペはプロジャの軍備増強に心から協力できるのであって、リュースの国債まで抱えたら、どっちの立場につくやらあやしくなる。

 状況しだいでは、双方に欠陥品の大砲を売りつけたり、メンテナンスを手抜きして、戦争の決着がつかなくなるようにする、なんてことが起こりかねない、と、プロジャ政府が懸念するのは当然だろう。


 ……そう、だから、わがアドラスブルク帝国が、国債でフゼッペから大砲を買うことはできない。フゼッペとして売るわけにはいかないのだ。信用問題であり、フゼッペなりのお国への忠節の表明でもある。


 ではプロジャが現金ではなく国債でフゼッペに支払いをする理由はなぜかといいますと、額面の価値で取引してもらえるからです。国債って、額面100%じゃ売れないんですよね。

 たとえば、100万ゲルデンの国債を発行したとしたら、おおよそ90万ゲルデンの現金しか国庫には入りません。しかも利子払わないといけない。国債で直接フゼッペに支払えば、利子のぶんの負担だけですむ。


 ちなみにわがアドラスブルク帝国の国債は70%の割引価格でないと引き受けてもらえません! 万年赤字国家はつらいですね。プロジャなら90万手に入るところが、わが国は70万しか調達できない。しかも利息まで高い。できるだけ国債は発行したくないわけです。


 ……と、脳内で盛大にわき道にそれながら、わたしはマイラー伯に目配せした。国債だけが有価証券ではない。


 マイラー伯が大砲王へ差し出したのは封筒だ。フゼッペは右眉だけを器用に吊り上げつつも、受け取って中身の証書をあらためる。


「アジュール国有鉄道の株券です。議決権ベースで48%ぶん。着手金として、これでお支払いを認めていただけますとさいわいです」

「手つけということですか。200門納入時の本払いはどのように?」


 うかがうような目になったフゼッペへ、わたしはもう一通封筒をしめす。こっちはマイラー伯に持たせていない。自分のかばんから出したものだ。


「わたしが以前に私費で購入しておいたアジュール鉄道株です。議決権ベースで3%ぶんあります。改修型後装式鉄鋼砲200門がアジュール軍に納入され、検収が完了ししだい、わたしから個人的にお渡しします」

「合わせて議決権51%……たしかでございましょうや?」

「まちがいなく」


 わたしが王家の威信にかけてうなずくと、フゼッペは椅子を立って……そこでややまごついて手をこすり合わせた。わたしも立ち上がって、ロイヤルではない笑みで話しかける。


「契約成立ということで、よろしいですね?」

「それはもう。……いや、あなたほど交渉上手の女性ははじめてだ、セシーリア陛下」


 これまでに多くの陸軍海軍大臣や国家宰相、君侯と握手を交わしてきているフゼッペだったが、女はわたしがはじめてだったに違いない。手を差し出すのが礼儀に適っているのかどうか、ちょっと迷ったのだろう。


 こうして、国家の基幹インフラを売り渡すのと引き換えに、わたしは当代最新最強の兵器を調達することに成功した。



国債払いは駄目だけど、どうして鉄道の株券はフゼッペに受け取ってもらえたのか、答え合わせは次回。

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