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現世の沙汰はカネしだい


 新大陸へ渡ったアドラスブルク家の弟が、あたらしい帝国をどうにか軌道に乗せようと苦闘しているいっぽう、西太洋(アトランティコ)のこちらがわでは、(ふる)い帝国が軌道から転がり落ちないように、兄が舵取りに腐心していた。


 わがアドラスブルク帝国最大の泣きどころは、脆弱な財政基盤である。

 世界の工場ブライトノーツを追って工業化を進めるプロジャに対し、アドラスブルクはあきらかに立ち遅れていた。

 機械産業は帝国の西のほうからじょじょに広まりつつあったものの、国内需要を満たすにも足りず、まして国際競争力に期待するなどまだまだ早い。


 結果としてアドラスブルク帝国は、プロジャ主導の、デウチェ連合加盟諸邦の大半が所属している関税同盟圏に入れてもらえなかった。プロジャが設定する比較的安い輸入関税率では国内産業が外国製品との競争に負けてしまうので、工業分野について税率設定の権利を求めたのだが、断わられてしまったのである。


 アドラスブルクは、厚かましくも自分たちに都合の良いルールのみを要求したわけではなく、あらたな市場をプロジャと従属諸邦に開放することと引き換えに、一部分野の税率について交渉したのであった。だが、プロジャは新市場開拓よりも、アドラスブルクの工業育成を支援()()()ことを選んだ。

 この経済交渉の挫折は、さきの外相イルヒベルクの失点のひとつで、彼が辞任を決意した背景の一面でもある。


 関税というのは国家の収入源なのだから、財政が苦しいなら高くすればいいじゃない、と思われるかもしれませんが、高い関税が意味するところは「安くて良質な外国製品の値段が上がる」ということであり、経済全体にとってはマイナスで、トータルで見た国家歳入はむしろ減ってしまう。

 ならば関税はゼロがいいのか、といえば、それはそれで、立ち遅れている分野の国内産業はいつまでも育たないし、お金はどんどん外国に流出してしまうしで、やっぱりトータルだと国が貧しくなってしまう。

 ……まあ、高関税と無関税、その両極端のあいだのどこかに正解があるはずなんですけれど、それを探ることをプロジャに拒否されてしまったアドラスブルクは、自力で経済を振興して歳入を増やしていかなければならないのでした。


 つまり、わが帝国は目下お金が足りないのです。


 もっとも、国家というのは原則万年赤字の存在。メロヴィグもブライトノーツもリュースも財政は支出超過で、プロジャだって、国債を発行しなくてもすむ年がある、というていどの均衡財政であり、万年黒字の金満国なわけではない。


 それでも、すこしの背伸びで思い切った支出ができる国と、つねに首がまわっていない国とじゃあ、大違いなわけなんですけれど。


    +++++


 季節が初夏を迎えたころ、ついにプロジャの宰相ディズマールが、マイネレンベルク大公ルートヴィヒ殿下から、スレズヴェルヒとヘムシュタインの継承権放棄を認める一筆を取りつけた。


 ディズマールはルートヴィヒ大公のどこを攻めたのか。……懐具合である。


 マイネレンベルク大公国設立のあかつきには、ダンヴィケからの()()()()にかかった戦費をお支払いいただきたく、と、請求書を突きつけたのだ。


 ルートヴィヒ大公の個人資産では当然ながら足りるはずのない金額であり、スレズヴェルヒ・ヘムシュタインから得られるだろう税収を()てるにしても、10年以上に渡る分割払いとなることが明白だった。


 顔色が青くなったルートヴィヒ大公へ、ディズマールは継承権を放棄した場合に受け取ることのできる補償金の証書をチラつかせる。

 国ひとつ売り渡せというには些少だったが、しかし大貴族としての生活を送っていくには十二分な金額。


 マイネレンベルク大公国の主となって莫大な借金を抱えるか、分不相応な夢を売り渡して、このさきの人生これまで以上に豊かに暮らすか……。


 ルートヴィヒ大公は屈服した。


 彼のことを、カネに目がくらんでデウチェ君侯としての義務に背を向けた裏切り者め、と責め立てるのは酷であろう。ルートヴィヒ大公当人も、デウチェ連合の各有力者たちは、マイネレンベルクの権利を擁護し、連合会議で票を投じることはあっても、身銭を切ってはくれないとわかっていたのである。


 いまのデウチェに、札束で君侯の横っ面をひっぱたく芸当ができる勢力はプロジャしかない。


 そしてディズマールは、ルートヴィヒ大公を張り倒した札束をそのまま振って、二公国分割で合意していたアドラスブルクにも追加の譲歩を迫ってきた。


 ヘムシュタイン公国の南がわ、プロジャ領に接している小邦ローゲンブルク侯国を、プロジャが“買い取る”というのである。


 ローゲンブルクは神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)が豆国家の集合体だったころの名残りの地域で、本来ならデウチェ連合結成時に整理統合されているはずだったのだが、再編時代の中途半端な時期にダンヴィケ王フレゼリク六世によってヘムシュタインとともに継承されたため、調整から漏れていたのである。


 実質ヘムシュタイン公国の一部だが、法的にはいちおう別個の独立邦国。それを、プロジャは購入するというのだ。

 ……どうせなら、ヘムシュタイン丸ごと買ってくれればいいのに、とわたしは思ったんですけれど。


 さすがのプロジャも、そこまでのお金はないらしい。


 わがアドラスブルク帝国に選択の余地はなかった。ヘムシュタインはアドラスブルク内の平均的領邦より豊かなのだけれど、飛び地であり、なにをするにも本国とは別個に施行しなければならず効率が悪い。行政は現地の実情を知る地元の人に原則として任せ、派遣する人員は最低限にするとしても、軍は駐留させておく必要があった。

 当面、ヘムシュタインからの税収は帝国本土の歳入に組み込むことができないだろう。ヘムシュタイン自体のために使わなければならない。


 ユテニア派遣軍の費用と、戦没者や戦傷者への一時金支払いなど、まとまった額の現金がいますぐ必要なフィレン政府に、ディズマールの提案を拒絶する自由はなかった。


    +++++


 ……こうして、スレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争は、事後処理もふくめてようやく完結した。


 しかし、最後の最後でローゲンブルクを獲っていったことで、プロジャの、ディズマールのつぎなる狙いはますます露骨になっていた。

 アドラスブルクとの全面戦争を考えているのかどうかはまだはっきりしないが、すくなくとも、プロジャはヘムシュタインを威嚇なり武力行使で奪取して、スレズヴェルヒの飛び地状態を解消するつもりでいるのだと読み取れるからだ。


 ヘムシュタインとプロジャのメルデハウゼン州のあいだは、基本的にいわゆる自然境界、川で隔てられている。しかし、ローゲンブルクは川の〈こちら〉がわなのだ。

 ローゲンブルクをあらかじめ獲得しておくことで、プロジャはヘムシュタインを攻めるさいの橋頭堡を確保したわけである。これに他意がないと考えるのは、よほどのお人好しだ。


 プロジャとは、近いうちに一戦交える覚悟を持っておかなければならない。

 しかし、いまのアドラスブルク帝国の軍備では、プロジャと戦争になったら必敗である。武装を刷新しなければならないが、帝国の国営兵廠は最新式の銃火器を製造できなかった。


 元込めの小銃も、後装式の鋼鉄砲も、製造技術を持っているのはプロジャかブライトノーツだけだ。


 小銃に関しては、すぐれているのは開発者ツゥナイゼの発想であり、技術としてはこれまでの鉄砲鍛冶で培われてきた手法の組み合わせだった。

 だから、製造方法さえ導入できれば、アドラスブルクの国内でも造れなくはない。

 それでも、火薬の炸裂に耐えつつ、装填機能のための可動を両立するためには、これまでよりも頑丈な素材が必要だ。


 そうした高品位の鋼鉄は、まだわが帝国内では量産できない。


 大砲にいたっては完全にお手あげだった。大規模な鋳鋼の製造も、加工も、国内ではまったくといっていいほどやっていない。いますぐ工場を建設するところからやって、最低でも五年かかる。まともな製品を造れるようになるまでには、10年は見ないと駄目だろう。


 プロジャが、ディズマールが10年も待ってくれるわけがない。


 大砲は、完成品を外国から購入するしかなかった。どこから買うのか。売ってくれるのか。そもそもお金がないのに。


 ……やるしかないんですね。ついでに小銃用の鋼鉄を仕入れたり、将来的な国内製造のための工場を建てたりとなれば、交渉相手になりうるのは、全デウチェを見渡しても事実上一社しかなかった。


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