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昨日の友は今日の敵


 季節が冬を迎える前に、仮の休戦協定は正式な講和条約となって、ダンヴィケ王国とアドラスブルク=プロジャ協約のあいだの敵対関係は解消された。


 ……だが、ダンヴィケのハンス二世が継承権を放棄した、ヘムシュタインとスレズヴェルヒ両公国の帰属をめぐって、勝者であるプロジャとわがアドラスブルクの関係は、一時の蜜月からふたたび険悪なものへと変わってしまった。


 開戦前、プロジャ王国の宰相ディズマールは、アドラスブルク帝国の外相イルヒベルクへ、内々に戦後分割統治の素案を提示していた。


 いわく、南がわのヘムシュタインはアドラスブルクが、北のスレズヴェルヒはプロジャが獲得するのがよかろう、と。


 ところが、敗戦によってダンヴィケが両公国の帰属権問題から完全に脱落するなり、プロジャの態度が豹変したのである。


 アドラスブルクは、ダンヴィケからの賠償金に加え、プロジャが支払う補償金のみを受け取るものとし、領土はすべてプロジャが併合する――と。


 そんな話、いまさら「ハイわかりました」なんてふたつ返事で受け入れられるはずがない。


 帝都フィレンの大公たちや大貴族は当然激昂。諮問会議は、プロジャへ最後通牒を突きつけ、その返答いかんでは断交し宣戦布告せよ、と全会一致で決議した。


 もちろん、そんな安易な手段に走るエルディナント・フランツ陛下ではない。

 諮問会議の奏上文をクズ籠へ放り込み、エルディナントさまはいつものようにオストリヒテ・アジュール連絡会議の開催を布告された。


     +++++


 今回の会議の出席者は、いつもより多い七人。皇宮の小会議室ではなく、陛下がふだんお仕事をされている執務室に集まった。


 エルディナント陛下と、アジュール王妃の肩書きでわたしセシーリア。アジュール首相アングレアム伯爵と、宮内卿マイラー伯爵に、ビュラから出張中の陸軍相バラジョヴァ伯爵。オストリヒテ・アジュール連絡相エクセルハーディ伯爵が書記。そして、カール大公。


 カール大公は、二代前の皇帝ルドルフ三世の末の弟の息子さんで、エルディナントさまにとって従叔父(いとこおじ)にあたる。

 諮問会議や御前閣議に出席する資格を持つ元老であるとともに、陸軍参謀長でもあり、フィレンから動いていないものの、スレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争においては、オストリヒテ軍地上部隊の名目上の総監でもあった。


 エクセルハーディ伯以外はアジュール関係者ばかりの室内を見まわして、カール大公は仰々しくため息をつく。


「エルディナント、きみがこのところずっと御前閣議を開かず、諮問会議の奏上にも聞く耳を持たないと、大臣たちはずいぶん気を揉んでいるぞ」


 皇族の年長者であり、帝国の重鎮のひとりとして現帝へ苦言を呈したカール大公に対し、エルディナント陛下はこれまでわたしが見たことのない冷たい眼で応じた。


「予は皇帝だ。それ以外に理由が必要だとは思わないが?」

「エルディ……陛下、アドラスブルクに代々忠節を尽くしてきたオストリヒテの貴族たちを蔑ろにして、このようにアジュール人とばかり相談して政策を決めていては……」

「カール大公、ひとりの人間として、人生の先達であるあなたに相談をさせていただくときは、むろん予とて幼長の序をわきまえる。だが、ここはそのような席ではない。差し出口無用」

「……御意」


 表情を消して、カール大公は椅子に深く座り直した。


 陛下が本心から怒ったところって見たことなかったけれど、ものすごい怖いのね……。とはいえ、議会が政策の最終決定に関与するブライトノーツやメロヴィグ、プロジャと違って、オストリヒテの体制は皇帝親政。いまのカール大公の発言は公的な場で赦されるものではない。

 エルディナントさまのたしなめかたは、頭ごなしに上の世代の皇族を怒鳴りつけたわけではなく、「そういう話は私的な席で」と釘を刺したまでであって、そんなに厳しくはない、と見ることもできる。


 退去を命じても理不尽とまではいえないところで、会議の席に残ることは許したのだから。

 フィレン重鎮たちの不満はエルディナントさまの耳にも届いていて、オストリヒテ・アジュール連絡会議でどのような話し合いがされているのか、元老代表のカール大公を参加させることで、不透明感を払拭したいのだろう。


 あらためて出席者の面々へ向き直り、エルディナント陛下が会議の本題を切り出した。


「みな知ってのとおり、プロジャが事前の口約束を(たが)えてきた。もちろん受け入れられるはずもないが、いまプロジャと戦うわけにはいかん。知恵を出してもらいたい」


 一番最初に口を開いたのは、またしてもカール大公だった。


「プロジャと戦っても勝てないというのが、アジュール首脳部の見解なのかね?」

「勝てないどころか、惨敗します。プロジャとわが連合帝国の保有する火砲は、単純に配備数のみを比較してもプロジャのほうが多い。ましてプロジャの砲は半数以上が新型で、こちらはすべて、旧式の前装式青銅砲ですからな」


 アジュール陸軍相バラジョヴァ大将がそういって、かぶりを振る。


「加えて弾薬の備蓄量、生産拠点の規模をかんがみても、現状のオストリヒテ=アジュールでは、プロジャとの全面戦争にはとうてい耐えられません」


 さらにアングレアム伯が補足し、場をどんよりとした空気が覆った。プロジャの強欲な要求に応じるわけにはいかないが、逆らっても勝ち目はありません、とはっきりいわれるのは、わかっていても気が滅入る。


「わしもユテニア派遣軍からの報告書は読んだ。速射性にすぐれるといっても、プロジャの新型砲は小口径のものが中心だろう。一発あたりの火力は、わが帝国の砲が上まわっているはずだ」


 火力投射合戦は単純に手数だけで決まるわけではない、と論点を変えたカール大公へ、ふたたびバラジョヴァ大将が陰気な声で事実を並べ立てた。


「後装式ライフル砲は、その構造上、同口径の前装砲よりも重量のある砲弾を発射することができるのです。口径差ほど火力に差はない上に、榴弾の炸裂率も圧倒的に高い。今回の紛争でも、ダンヴィケ軍は野砲よりも大口径の固定砲を多く備えた、堡塁陣地でわが協約軍を待ち受ける場面が目立ちましたが、プロジャの砲兵部隊は、一門あたりでは小口径で砲門数もすくなかったにもかかわらず、機動射撃で敵砲座を壊滅せしめております」

「それは、小廻りの利く敵相手に固定砲で立ち向かおうとした、ダンヴィケがわの戦術ミスであろう。大口径の長距離砲を稜線上に据え、掩護の小口径砲部隊と歩兵を前線に配すれば、機動力のある速射砲が相手でも遅れはとらんはずだ」


 カール大公は軍人として無能なわけではない。これまでにいくどか戦果を挙げており、陸軍参謀長の地位はアドラスブルクの家名ではなく、実績でつかんだものだ。


 しかし、いまのカール殿下は、プロジャ軍を極めて高く評価し、アドラスブルク帝国の武力を取るに足りないと断言する、アジュール閣僚の面々を前に、少々お国びいきがすぎていた。冷静な判断力を失っている。


 軍人であると同時に、ここ数年はアジュール行政府の長として経験を積んだことで、広い視野を備えるようになったアングレアム伯が、カール大公の講ずる理論の欠落を指摘した。


「参謀長閣下のご指摘は的確ではありますが、実現のためには、敵軍よりも絶対数で多くの火砲が必要とされます。現状のわが連合帝国の軍備は、質のみならず、量の面でもプロジャに劣後しているのです。いまプロジャ相手に戦えば、ダンヴィケと同じように撃破されてしまうでしょう」

「……ならばどうすればいいというのだ? プロジャのやつばらに尻尾を振り、はした金を受け取ってヘムシュタインを放棄しろとでも?」


 忌々しげにカール大公はヒゲを震わせる。ようやく、話が振り出しに戻ってきましたね。


「私見ではございますが、こたびのプロジャの過大な要求、かならずしもディズマール宰相の本心ではないように感じられます」


 そういったのはエクセルハーディ伯だった。エルディナント陛下が、興味深げに眼を光らせる。


「ユテニア半島での戦いを、われわれはプロジャの軍事力を測るための舞台だと考えていましたが、向こうにも同じ発想をしていた人がいた、ということでしょうか? アドラスブルクの武力はプロジャにおよばない、強気な要求をふっかけてしまってもよかろうと、交渉手口を変えてきた……」


 わたしの発言に、陛下がフム、と鼻を鳴らした。


「ありそうだな。まずは総取りを要求してみて、こちらの出方をうかがおうとしている。わが帝国がもっとも激烈な反発を起こすことを、そこまで恐れていないわけだ。いま戦えば勝てると踏んでいるのだからな」

「実際、ケンカは売れません。しかし、下手に出すぎれば足もとを見られる」


 といってアングレアム伯が腕組みしたところで、マイラー伯が口を開いた。


「マイネレンベルク大公がかねてより主張している、スレズヴェルヒとヘムシュタインの継承権を、アドラスブルクとして支持すると表明なさるのはいかがでしょう? すくなくとも、プロジャ以外のデウチェ諸邦の賛同は得られるはずです。おそらく、ブライトノーツやメロヴィグも、プロジャによる二公国の併合よりは、マイネレンベルク大公国の設立を望むと思われます」

「ですが、プロジャがあっさりとうなずいてしまった場合はどうなりますかな? 失礼ながら、マイネレンベルク大公に、スレズヴェルヒとヘムシュタインを統治する実力はないはず。プロジャの保護国にされてしまいかねませんが」


 バラジョヴァ大将は藪蛇を懸念したが、エルディナントさまは考えをまとめたお顔で首を左右に振られた。


「ディズマールにとって、スレズヴェルヒやヘムシュタインの領有は最終目的ではない。だからこそ、プロジャの傀儡というかたちであろうとも、いまあらたな独立君侯をデウチェ内に誕生させることはありえん」


 エルディナントさまが確信を持って発した言葉に、わたしの背筋に寒気が(はし)った。

 わたしも、ディズマールはここで立ち止まりはしないだろうと思っている。ディズマールは拙速にプロジャの勢力圏を広げることにはこだわっていない。最終的にすべてを得るべく、ひとつずつ仕込みをしているのだ。


 だが、ディズマールがほんとうにわたしが予想しているとおりの方向を目指しているのなら……。


 エルディナントさまは、まるでわたしが事前に原稿を書いていたかのように、わたし自身の考えと同じことを述べてゆく。


「エクセルハーディ伯の言のとおり、この欲深い要求の提案者はディズマールではなかろう。ディズマールからすれば、どちらに転んでも、自分の最初の考えより悪くはならないから採用してみた、というていどのことだ。ディズマールは、場合によっては列強諸国を巻き込んで、プロジャ以外の全デウチェがマイネレンベルク大公支持になりかねないことを知っている」

「だから、ここでわが帝国が、スレズヴェルヒとヘムシュタインはマイネレンベルク大公にゆだねるべきだと表明すれば、プロジャは過大な要求を撤回し、アドラスブルクにデウチェ内での嫌われ者の役目を半分押しつけながら、当初の狙いどおりスレズヴェルヒのみを手中に収めて満足するはず」

「そういうことだ」


 語を()いだわたしのほうへわが意を得たり、という笑みを向けながら、エルディナントさまは話を締めくくられた。


「それでは、回答はプロジャ政府宛てとしてではなく、デウチェ連合へ向け、フリエンツフルトの議場で公表なさる、ということでございますね」


 外交戦術の確認をするエクセルハーディ伯に対し、陛下は軽くうなずいて指示を追加される。


「閣議を開く。全員そろわなくてもかまわんが、イルヒベルク外相は確実に出席するよう手配を」

「御意」

「カール大公、あなたにも出席していただく」

「御意に」


 会議後半はすっかり置いてけぼりになっていたカール大公だが、面目を保って陛下へ深く頭を垂れた。


 皇帝の威厳を現示しながら、帝室のあらたな藩屏たるアジュールの要人たちと協議しつつ、守旧派の顔まで立ててあげるとは、エルディナントさまは気配りの達人だなあ。


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