プロジャ脅威のメカニズム
ビュラ宮は築城以降、天災や戦争で破壊されては再建される、ということを繰り返していて、現在の様式はアドラスブルク家が前世紀に整えたものだ。
宮殿中庭は芝生や植栽が四角形の区画に設えられ、そのあいだを石畳の道が直線的に走って縦横に交差している。噴水つきの丸い池や曲がりくねった散策路を組み合わせた、当代風の庭園よりすこし古い構造だ。有事には防衛陣地として転用できるようになっている。
わたしたちが会議室のある宰相府の建物から出たときには、もう庭園通路の反対がわに標的が立てられていた。
一階の部屋から引っ張り出されてきたらしい長テーブルの上に、紙薬莢が四包並べられている。陸軍相バラジョヴァ大将に指示されてから、副官たちがものの数分で作ったらしい。材料は城内にあっただろうけれど、えらい手ぎわのよさだ。
ノルジードラ騎兵大尉がうやうやしく差し出すツゥナイゼ銃を受け取り、エルディナントさまが口を開く。
「話に聞いたことはあったが、元込め銃を使うのははじめてだ。どうやって弾薬を装填するのか?」
「まず、銃把がわにある金属のハンドルをつかみ、ひねりながら引きます。つぎに――」
バラジョヴァ陸相の説明にしたがって、エルディナントさまが新型銃の薬室を開き、紙薬莢を装填し、薬室を閉じて撃鉄を引き起こした。
手順を聞きながらだったけれど、要したのは一分少々。これは非常に早い。先込め銃の場合は、銃口から火薬と弾丸を注ぎ入れてから、槊杖で突き固めないと、着火しても弾が前に飛ばないのだ。
はじめて使っても、射撃準備に従来型の銃と同じくらいの時間しかかからない。慣れれば五秒かそこらでできるようになるだろう。
エルディナントさまが銃尾を肩につけ、狙いを定めて引き金を絞った。
火薬の弾ける乾いた音とともに、標的の中ほどに穴が開く。ど真ん中とはいかなかったけれど、お見事な腕前だ。相手が敵兵であれば、肩か脇腹に着弾している。
『おおっ』
バラジョヴァ大将と、ノルジードラ大尉、キタイベル中尉が声をあげた。
「ふむ、使いやすいな。――セシィ、射ってみるかい?」
「え……わたしですか?」
銃をおろしたエルディナントさまがいきなりこっちに話を振ってきたので、わたしは目を白黒させることになった。
「興味ありそうな目で見ていたから」
「ええまあ……すこし気になりますが」
あいまいなことをわたしが言っているうちに、陛下はプロジャの新型銃を差し出してくる。
「王妃陛下が試射をなさるので……?」
といったキタイベル中尉へ、
「セシーリア陛下は狩猟がご趣味で、非常に射撃がお得意でいらっしゃる」
だなんて、アングレアム伯がいかにもワケ知り顔に説明した。
……いや、実家にいたころ、マイラー伯もいっしょに父と狩りへ行った憶えはありますが、アングレアム伯と狩猟に繰り出したことはありませんよね……?
わたしに代わって弾薬を装填しようと手を伸ばしかけたバラジョヴァ大将へ、エルディナントさまがおせっかいは無用と口をはさんだ。
「心配しなくていい、将軍。王妃は銃のあつかいに慣れている」
「……は。手順のご説明は?」
「だいじょうぶです、見てました」
バラジョヴァ大将へ二度手間はかけなくて平気だとうなずき、わたしは薬室を開くハンドルを引いて紙薬莢を手に取る。
なるほど、発砲時に装薬の燃焼で紙は燃え尽きるから、薬室は空っぽになってそのままつぎの弾を込められるのか。数十発射撃をすれば燃えがらが溜まって掃除が必要になるだろうけれど、10発20発ならどんどん連射していくことができる。
弾薬を装填し、薬室を閉鎖して撃鉄を起こす。銃を水平にかまえて、床尾を肩に。庭園通路の果てに立てられている標的までの距離は、ざっと60メートルほどだろう。右目と照門と照星、標的の中央を重ねる。この銃の精度はかなり高いと見込んでいい。
引き金を絞ると、そっけない音とともに標的のほぼ中心に穴が穿たれた。
これまでわたしが狩猟で使ったことのある銃に比べて発砲時の衝撃は軽く、銃弾の軌跡は目で追うことができた。おそらく、元込め式という繊細な機構の損傷を防ぐため、装薬量がすくなくされているためだろう。
従来型の銃よりも弾速が遅く、つまり射程も短い。……だが、それを補ってなおありあまる利点がこの新型には詰め込まれている。
この銃をそろえた軍勢を相手にしては、従来の先込め式では手も足も出ないだろう。たとえ頭数が二倍いても敵うとは思えない。
兵備の更新をしないままでプロジャと戦争になれば、わがアドラスブルク帝国は絶対に敗れる……。
「ははっ、セシィは上手いなあ」
マイラー伯とアングレアム伯は意外そうでもなく、バラジョヴァ大将、ノルジードラ大尉、キタイベル中尉がぽかんとした顔で拍手する中、エルディナントさまは無邪気な笑みでそうおっしゃった。
わたしからツゥナイゼ銃を受け取りながら、ごく間近に顔を寄せて陛下はささやく。
「私もきみと同じ懸念をこの銃から感じた。わが帝国とプロジャとの格差は歩兵用の火器だけではない、会議をつづけよう。さあ、暗い顔をしないで」
エルディナントさまは新型銃がもたらす脅威に気づいていないわけではなかった。ノルジードラ大尉の報告を聞き、実際に手ずから試し射ちをしたことで、プロジャの危険性を正確に認識している。
その上で、いま不景気な面をするのは君主の役目ではない、とわたしに教えてくれた。ここは帝都フィレンではなくアジュール王都ビュラであり、この地でのわたしは〈陛下〉だ。自覚を持たなければ。
努めて明るい声で、感想を述べる。
「すこし銃身が長くて取りまわしづらいですが、それ以外はとても使いやすい銃ですね。狩りのときはこれまで弾込めを従者にやってもらっていましたけれど、これならひとりで何発でも射てます」
「王妃がその銃を持って狩猟に出たら、森からシカもイノシシもいなくなってしまうな」
エルディナントさまの冗談に、伯爵三人が「わはは」と笑う。大真面目な顔で、ノルジードラ大尉はこういった。
「これは歩兵用の型で、騎兵銃もあります。銃身が短く、そのぶんやや精度が落ちますが、それでも従来の騎兵用片手銃とは比べものにならないほど強力です」
「うむ、プロジャ軍がこれほど強力な兵器をそなえていなければ、わが協約軍が半年少々の短期間でダンヴィケ・スレズヴェルヒ同盟に勝利することはできなかっただろうな。さて、会議をつづけようか。まだ話は半分しかすんでいない」
+++++
宮殿の中庭から会議室へふたたび歩いて戻り(なかなかいい運動になる)、今度はキタイベル砲兵中尉から、プロジャ軍の大砲について報告を聞くことになった。
……わたしは大砲をパレードでしか見たことがなくて、空撃ちの礼砲ではない、実弾を射撃している現場に居合わせた経験がないので、小銃に比べていまひとつピンとこなかったのだけれど、結論からいえば、プロジャ軍はやはり先進的だ、という話だった。
大砲も、従来型は砲口から火薬と弾を詰め込む前装式だ。プロジャは、砲尾を開閉できるようにした後装式の大砲を世界ではじめて大量導入しており、今回のスレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争が、記念すべき実戦デビューだったわけである。
歩兵用の銃と同様、その最たるメリットは速射力だ。ダンヴィケ・スレズヴェルヒ同盟の砲座が一発撃つあいだに、プロジャの砲兵隊は三から四発の砲弾を放っていたという。
また、プロジャの大砲がほかとまったく異なるもうひとつの面が、その材質だそうだ。
現在、世界各国の軍隊が保有している大砲は、原則青銅で作られている。わがアドラスブルクも、メロヴィグも、ダンヴィケも、リュースも、ほとんどの武具は鋼鉄製だけれど、大砲だけは青銅製で、その素材に関しては400年前から変わらない。
ブライトノーツのみはそのすぐれた工業力によって、ひと足早く鋼鉄製の大砲を製造し、配備をはじめていた。その砲身は、鋼鉄板を筒状に丸めたものだそうだ。
それに対して、プロジャの新型砲は、鋳造された鋼鉄でできている。
鉄と鋼鉄というのは、似て非なるもの(正直、わたしは区別がつかないんですけれども)で、鋼鉄は何世紀ものあいだ、職人技による少数生産でしか作ることができなかった。
転炉法という、鋼鉄を大量生産可能にする新技術を開発したのは、やはりブライトノーツ人であった。
鋼鉄の恩恵をもっとも受けているのは鉄道で、“鉄”道といいながら、じつは新型レールは鋼鉄製なのである。旧来の鉄のレールは摩耗しやすくて、汽車は重量物を運べなかった。つまり、貨物列車を走らせるとすぐレールがすり減ってしまうため、旅客くらいにしか使いみちがなかったのだ。
レールが鋼鉄になることで、鉱石とか、石炭とか、大量の穀物とか、重量物の貨物運搬に使えるようになり、ようやく陸運の主役が馬車から機関車に移り変わったのである。
……はい、ここまでしたり顔で解説してますけれど、全部キタイベル中尉の受け売りです。
そして新技術というものは、かならず軍事分野に応用される。一番最初に大砲の鋼鉄化に取りかかったのはブライトノーツだったが、期せずして、初の本格的実戦を迎えたのは、二番手のプロジャであった。
今回のスレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争ではプロジャの盟友として参戦したわがアドラスブルクだが、つぎにプロジャの新兵器が牙を剥く相手が、いずれの邦国になるかはわからない。
すくなくとも、プロジャがデウチェ統一のために武力行使をいっさい躊躇する気がないことは、ダンヴィケに対する苛烈な圧力のかけかたから明白となった。
そして、プロジャの立場から見れば、アドラスブルク帝国こそが、デウチェ掌握にあたって最大の障害となっている勢力なのである……。
余談ですが、地球の産業史では初期の転炉製鉄法であるベッセマー式転炉は、ヨーロッパ産の鉄原料がリン(鋼の強度を損ないます)を多く含むため、品位の高い鉄鉱石を産するアメリカ以外では大きな成功を収められませんでした。のちに改良型であるトーマス式転炉によって不純物の除去が可能になり、本格的な鋼鉄時代となります。
当作品世界では、産業史は主題ではないということでそのへんは省略します。




