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帝国の(ひょっとすると最後の)栄光


 秋を迎えて、どこまでも高く蒼い穹窿と、夏の凶暴さよりはいくらかおとなしくなった太陽のもと――


 帝都フィレンはお祭り騒ぎに湧き立っていた。


 オストリヒテ=アジュールの、デウチェ連合の勝利は、ここ十数年のあいださまざまな相克を抱えていたアドラスブルク帝国に住まう人たちにとって、ほんとうに久々となる、心から諸手を挙げて歓びにひたることのできる吉報だった。


 民族主義者、あるいは反帝室主義者であっても、地域国家としてのオストリヒテ=アジュールが、デウチェの同胞を守って勝利を収めたことを腐しえるものではない。


 平和主義者にとってすら、ダンヴィケの侵略王ハンス二世を掣肘するため、立場の違いを乗り越えて協調したアドラスブルクとプロジャの決断を、頭ごなしに否定できるものではなかった。

 この時代の主義主張に匿名性はない。無条件の非武装・非戦を唱えたところで、「実効性に欠いている」という反論に対して対案の提示ができない者に発言権はないのだ。

 その種の人々が裏づけなく主張する「話せばわかる」なる前提は、とっくに崩壊していたからこその今回の紛争であった。……議論を先鋭化させ、血戦以外に解決手段がない方向へ事態を導いていた人物がいたことを否定はできないが。


 凱旋式の沿道には、アドラスブルクの、オストリヒテの、そしてアジュールの旗を振る老若男女が押し寄せ、たくましくも晴れやかな表情で行進する兵士たちへ、ねぎらいと感謝の言葉を口々に投げかけ、英雄の帰還を讃えた。


 スレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争に従軍したオストリヒテ将卒のうち、重傷者と、現地に引きつづき駐留しているものをのぞいた7000人ほどが帝都に凱旋を果たしている。アジュール軍の将兵のうち引き揚げてきた9000名は、フィレン市中をパレードしたのち、鉄道でアジュールの首都ビュラへと向かう。アジュール軍には、ビュラでもう一度凱旋式を挙行する栄誉が与えられるのだ。

 戦死はオストリヒテ軍が200弱、前線での激闘が多かったアジュール軍が300強。決してすくないとは言えないが、苛烈な砲火が飛び交う近代戦としては、最低限に収まったと形容して差しつかえない。


 皇宮の前庭に整列した7000のオストリヒテ将兵へ、エルディナント・フランツ陛下が直々に、その勇気と戦功を顕彰なさった。

 オストリヒテの栄光を高め(あるいは取り戻し)、スレズヴェルヒとヘムシュタインに住まうデウチェ同胞のために血の労を惜しまなかった彼らの献身へ、皇帝として最大限の賛辞を言()ぶ。


「――諸君らの働きを、わが帝国は未来永劫語り継ぐであろう。予からも、個人的に礼を述べたい。オストリヒテの、デウチェの、そしてスレズヴェルヒとヘムシュタイン、ひいては世界の平和と安定のために、よくぞ一身の危険を省みず戦ってくれた。ほんとうにありがとう」


 皇帝の口から率直で晦渋さのない感謝の言葉が出てくるなど、()()たちからすれば衝撃で、皇宮前庭広場はしばし水を打ったように静まり返った。


「……こっ、皇帝陛下万歳!」


 上ずった声で叫んだのは、隊列の最後尾にいたまだ若い兵士であり、


「アドラスブルク万歳!」

「帝国万歳!」

「オストリヒテ万歳!!」

「帝国はひとつ!」

「デウチェはひとつ!!」

「皇帝陛下に神のご加護を!」


 たちまちのうちに膨れ上がった歓呼の大合唱が、ひとつひとつの言葉の意味を飲み込んで前庭広場の域を越えて広がり、皇宮全体の空気を震わせた。


 都市化がこれほど進行する前であれば、フィレン市中すべてに轟いただろう。いまでも、皇宮に近い市内の三割くらいには聞こえているはずだ。


 すくなからぬ将卒のほおを感動の涙が伝っていた。彼らにとってアドラスブルク皇帝は、いまもって生命(いのち)を捧げるに足る神君なのだ。


 もちろん、一度ならず最前線で指揮を振るい、兵士たちと死活の運命を(とも)にしたことのあるエルディナント陛下には、軍に血の奉仕を求める資格がある。


 わたしはどうにも一体化できそうにない、地上で最も高貴なる帝室の雰囲気(オーラ)だ。


 内心の乗り切れなさをロイヤルスマイルの裏に隠して、陛下と、オストリヒテ陸軍のマスコットとして無邪気な笑顔を浮かべているヨーゼフとともに、感動に打ち震えている7000の将兵たちへ手を振りながら、わたしはバルコニーから宮殿の中へと引っ込んだ。


    +++++


 凱旋式のスケジュールをこなした陛下とわたしは、その日のうちにビュラへ汽車で移動した。今度は、アジュールの国王夫妻として、アジュール軍の凱旋式に立ち会うのだ。


 翌日のパレードと将兵顕彰は、フィレンでの熱狂をさらに上まわるものとなった。アジュールには尚武のお国柄があり、軍人さん、兵隊さんに対する市民の尊敬の念は、オストリヒテよりも(あつ)い。


 ビュラの宮殿前広場での観閲式では、わたしもスピーチする機会があった。エルディナント陛下は王侯必修のメロヴィグ語をネイティブレベルで操るなど、語学の面()()わたしよりはるか彼方に優等生だが、アジュール語だけはあまりお得意でないからだ。お母上であるゾラさまが、愛息にアジュール語を聞かせるのを好まなかったせいだろうか。


「――世界の平和と安定に責任を持つ皇帝として、責務を果たさねばならない、わが夫エルディナントに力を貸してくださったこと、アジュールの勇敢なる戦士たちへ、あらためて深くお礼を申し上げます。これからも、アジュールとオストリヒテの、帝国と世界の未来と秩序のために、どうかわたしたちを(たす)けてくださいますよう、アジュールのみなさまのご助力をお願いいたします」


 アジュール人は誇り高く、情け深い。偏屈ながら合理的で、情緒と理論が衝突したときに感傷を引っ込めることが多いデウチェ人とは、かなり性格が違う。


 ウソはないけれどいくらかの誇張を交えたわたしの訴えは、熱烈なアジュール勇士たちの呼応によって報われた。


「王妃陛下万歳!」

「アジュールとオストリヒテに栄光あれ!」

「国王陛下万歳!」

「アドラスブルク万歳!」

「われらアジュールの剣は両陛下のために!」

「神よわれらが忠節と勝利をご照覧あれ!!」


 わたしはあくまでも、アジュール語が得意だからエルディナント陛下に代わってあいさつしたにすぎない――自分にそう言い聞かせながら、わたしは晴れやかなロイヤルスマイルで9000人のアジュール将兵たちの歓呼に応えた。


 アジュールの若き兵士たちから血の献身を捧げられる資格は、わたしにはない。

 ……わたしは、エルと子供たちのためなら、この連合帝国を、いつでも捨てたり売り渡したりすることをためらうつもりがないのだから。


    +++++


 肩肘張ったフィレン式ではない、典礼嫌いのわたしでも苦痛を感じずにすむビュラの祝宴ののち、陛下とわたしは真の用件をすますべく宮殿の大会議室で席を並べた。


 開かれるのはアジュール王国の会議だけれど、エルディナントさまはアジュール国王であると同時に、オストリヒテ皇帝であり、アドラスブルク帝国全域の統治者としての臨御となる。


 出席者は、オストリヒテ=アジュール帝であるエルディナント陛下と、アジュール王妃としてわたしセシーリア。アジュール王国首相であるアングレアム伯爵に、陸軍相バラジョヴァ伯爵。スレズヴェルヒ・ヘムシュタイン紛争において実際に最前線で戦ってきたばかりの、ノルジードラ騎兵大尉と、キタイベル砲兵中尉。そして書記兼オブザーバーとして宮内卿マイラー伯爵。


「諸君、よく集まってくれた。まどろっこしい前置きやへりくだりは抜きだ、アングレアム首相、手際よく進めてくれ」


 国王陛下にして皇帝陛下を前にして、しゃちほこ張った面相のバラジョヴァ伯と、恐懼に(かお)を蒼くしている尉官ふたりを一瞥して、エルディナントさまはアングレアム伯をうながした。


 陛下へ一礼して、アングレアム伯はすぐ本題へ入る。


「ノルジードラ大尉、貴官は進発前に私から話しておいたとおりに、任務をこなしてきてくれたことと思う。バラジョヴァ大将への報告書を読むかぎり、遺漏なくこなせているようだ。陛下へ直接ご報告を。上官相手のときと同様で結構、要点のみ簡潔にな」


 アングレアム伯の声を受け、ノルジードラ騎兵大尉は弾かれたように椅子を立ち、直角的な動きで敬礼をほどこした。


「自分は北ホロッケー旅団第二ガラント連隊所属、騎兵大尉ノルジードラであります! 国王陛下へ、プロジャ軍が有する携行火器に関してご報告を申し上げます」

「たのむ。実戦でプロジャ軍と(くつわ)を並べた大尉の経験から、率直な見解を聞かせてくれ」


 敬礼の角度から直立不動の気をつけの位置に手を素早く動かし、ノルジードラ大尉は陳述に入った。


「はっ。プロジャ軍の歩兵、騎兵は、銃口からではなく、銃把がわから装填する方式の新型銃の活用によって、ダンヴィケ・スレズヴェルヒ軍を各戦闘局面において圧倒し、常に優勢を保っておりました」

「元込め式の銃か。騎兵も小銃で戦闘するのか?」

「はい。弾丸と装薬を一体化させた薬莢を用いることで、多少の習熟で馬上でも装填し、射撃することができます」

「馬上でも弾を込められるほどなら、歩兵は常に移動しながら攻撃できるわけだ」

「国王陛下のおっしゃるとおりであります。そればかりか、射ち手は身を伏せたままでの連続射撃が可能であり、戦術的利点は計り知れないものがあると感じられました」

「……ほう」


 陛下は感嘆の吐息とともに、あごへ手をやって考えをまとめようとする仕草になる。


 ……どういうことかと言いますと、従来の鉄砲を発射するためには、火薬と弾を銃口から注ぎ入れる必要があったんです。基本的には細長い鉄の筒ですからね。

 銃腔に旋条(ライフリング)を刻んだり、弾丸を球体からドングリ型にすることなどで、射程や命中精度は向上したけれど、一発撃ったら、銃身を立ててつぎの火薬と弾頭を詰め込む作業が必須だったということです。


 手間はかかるし棒立ちで無防備になる数十秒……。プロジャの新型銃なら、再装填の面倒と隙を大幅に軽減してくれるのだと。


「現物がありますが、ご覧になられますか?」


 そういったのは、陸軍相バラジョヴァ大将で、


『もちろん』


 陛下だけではなく、わたしまでつい口を開いていた。


 バラジョヴァ大将が隣接の控えの間から副官を呼んできて、ほどなく会議卓の上にプロジャの新型銃がおかれた。すこし銃身が長いようだが、外見は普通の小銃と大差ないように見える。木製の銃把と銃床に、鉄製の銃身。

 従来型の銃であれば撃発ハンマーがあるあたりの部分に、金属製の()っ手がついている。あれが、元込めのためのしかけだろうか。


 アングレアム伯もすでに検分はすませているようで、新型銃を興味しんしんの目で見ているのは陛下とわたしだ。


「実際にお試しになられてはどうですか?」


 といったのはマイラー伯だったが、さほど熱心な口調ではなかった。マイラー伯は武器にあまり関心がないのだろう。

 エルディナントさま(もしかするとわたしも)が食いつきよく見入りすぎているので、新型銃の機能ひとつひとつについて、バラジョヴァ大将やノルジードラ大尉に説明させていたら長くなりすぎると考えたのかも。


「弾はあるのか?」

「発射機構は新規の発明ですが、弾薬は既存のものの組み合わせです。弾丸と火薬と雷管を紙で包んだものですから、構造を知っていればどこでも作れます」


 陛下の質問に答えたのはバラジョヴァ大将で、それを聞いてエルディナントさまは椅子を立たれる。どうやら試し射ちをされるようだ。


 バラジョヴァ大将が副官に装薬の準備をするよう命じ、新型銃(開発者の名を取って「ツゥナイゼ銃」というらしい)はノルジードラ大尉が捧げ持った。


 会議室を出て、わたしたちは宮殿の中庭へと向かう。



次のエピソードは宮殿中庭が舞台となりますが、地球のハンガリー・ブダ宮殿には、前庭はありますがはっきりとした広い中庭はありません。作中のビュラ宮は、地球上のモデルよりすこし豪華です。

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