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花の都ペリム


 年の瀬が迫るなか、わたしたちアドラスブルク皇帝一家は、メロヴィグの帝都ペリムに到着した。


 世界に冠たる花の都――


 わたしははじめてだ。エルディナントさまは、十代のころにいわゆる「グランドツアー」で一度、皇帝に即位されてから国際会議で一度訪れていて、今回が三度目だそうです。


「以前にきたときは、花の都だなんて名前負けの、ゴミゴミした街だと思ったが、見事になったものだな」


 沿道でメロヴィグとアドラスブルクの旗を振る人々の歓声に応えつつ、エルディナントさまは平静ながらも素直に感嘆する口調だった。


 わがアドラスブルクの帝都フィレンは、まだまだ改装工事中。ペリムの工事も、都市計画全体からすれば五割終わったかどうかという段階だそうですが……悔しいですけれども、ちょっとおよびませんね。

 フィレン都市計画は、エルディナントさまとわたしで図面を引いたものだ。最終形では、負けないはずなんですが。


「エルディナントへいかぁ」

「セシーリアさま、こっち向いてー」


 あ、はいはい。

 エルディナントさまといっしょにロイヤルスマイルで手を振って、オストリヒテ旗を掲げてくれているペリンジェンヌの一団に応える。


 ……ええ、当然ながら、国賓待遇です。皇帝陛下ですからね。わたしは、自分が世界有数の大帝国の帝妃なんだってことを、ちょくちょく忘れますが。


 本来なら、最低でも三ヶ月、できれば半年以上は準備期間をおくべき、皇帝による他国の帝都への訪問だけれど、今回は喫緊の外交的課題を切り抜けるためにトップ会談が必須となる、という話をとおして、二週間で準備してもらった。

 ペリム警視庁のみなさんすみません。警備計画立てるの、ものすごく大変だったでしょうね。


 仰々しくしないための方策として、保養地でたまたま休暇中の二ヶ国首脳がバッティングした、という体裁にする(バルティア・ロカーナ紛争のさいに、バルトポルテ三世とザフィーアン公国のカティーノが使った手だ)場合もあるけれど、こっそりとではなく堂々と会談したという事実が、リュースに対する外交的牽制にもなるとして、バルトポルテ三世もエルディナントさまも、慣例に則しない電撃訪問を演出することにしたそうな。


 この時期に、アドラスブルクとメロヴィグの皇帝がひざ詰めで話し合う課題といえば、ポリニカ問題しかない、というのは、すこしでも国際ニュースをチェックしていればだれにでもわかること。


 わたしたちアドラスブルク皇帝一家は、ペリム中央駅から馬車で市街中心部をとおって、メロヴィグ皇帝の官邸であるメルク宮へ入った。晩餐会はバルトポルテ三世の居城エテメナー宮で開かれるということだが、まずは本題から。


 ペリムはマスメディアの街だ。メルク宮のエントランスホールで、アドラスブルク皇帝一家と、出迎えるメロヴィグ皇帝一家の様子が各国新聞社の記者に公開された。


 写真も一枚撮ろうということになって、メロヴィグ帝バルトポルテ三世と帝妃ルティアーナ、皇太子アンリ・バルトポルテが向かって右に、オストリヒテ=アジュール帝エルディナント・フランツとわたしセシーリア、ゾラたち四人が向かって左へ。


 写真技術も最近は高度になって、以前のように20分もじっとしている必要はなくなった。それでも、銀板に被写像が定着するまで、しばらく身動きできない。


 ラースローネはじっとしているのが難しそうなので、椅子を一脚持ってきてもらい、わたしが抱っこして腰かけることになった。


 記念撮影がすんだところで、記者公開はおしまい。宮殿の奥へ向かって、それぞれの速記官のみをともない、エルディナント陛下とバルトポルテ三世は皇帝専用の談話室へと入った。

 エルディナントさまのメロヴィグ語はほとんどネイティブレベルなので、通訳は不要だ。むしろ、亡命先のスヴェルトで幼少期をすごし、成人前はデウチェ語を使うことが多かったバルトポルテ三世より、エルディナントさまのほうが発音は正調まであるかもしれない。


 トップ会談のあいだ、わたしはルティアーナ妃より歓待を受ける。

 旧王朝時代に、国王ロイ14世の公式寵姫として国政を取りしきるまでになった(女帝メレナ・テレーゼの同盟者として、プロジャのフランツ大王としのぎを削った)メンザドゥール侯爵夫人が使っていたという、豪華絢爛なサロンに案内された。


 優美な所作でわたしに席を勧めながら、ルティアーナ妃は嫣然と口を開く。


「あなたとは、ずっとお会いしたいと思っていたのよ、セシィ。わが国の外交官たちは、口をそろえてあなたの美しさをたたえていたけれど、聞いていた以上ね」

「わたしも、ずっとルティアーナさまにお目にかかりたいと思っていました」

「ルティか、アナと呼んで。他人行儀はいやよ」


 帝妃ルティアーナはわたしより12歳年上のはずだが、とても37歳には見えなかった。

 ルティアーナ妃の父はイルパニアの歴史ある侯爵で、彼女もいくらかエキゾチックな南方の気配を漂わせた、黒い髪と、対象的に抜けるような白さの(はだ)の美女だ。


 わたしも黒髪だけれど、光に透かすとブルネットぎみのわたしに対し、ルティアーナ妃の髪はジンジャー寄りで、わずかに違いがある。


「アナさま……そうお呼びさせていただいて、よろしいでしょうか?」

「うれしいわ、セシィ。気をおかない口調で話しかけてくれると、もっとうれしいけれどね」


 ……あ、これけっこう地雷多いな。

 気安く話してと言われて、じゃあタメ口、なんてのはもってのほか。さりとて、歳上だから、っていう立てかたすると、年増女呼ばわりと受け取られかねないか。

 逃げ口上としては……エルディナントさまとわたしより、バルトポルテ三世とルティアーナ妃のほうが、一年ほど早く結婚してたはずよね。


「アナさまは、帝妃として先輩ですから。バルトポルテ陛下を政治面でも支えていらっしゃる」

「賢いわね、あなた。そういえばイザベラも、お義姉(ねえ)さまの真の武器はその美貌ではなく智謀だ、といっていたわ」


 ……またイザベラ妃が、わたしの知らないところで勝手に「帝妃セシーリア像」を盛ってる!?

 もう、やめてくださいよ。初対面から「この女は油断ならない腹黒らしいな」ってかまえられちゃうと、なにかとやりにくいんですから。


「イザベラさまは、わたしのことを母親業の先達としてずいぶん頼りにしてくださいましたけれど、そんなに大したことは……」

「母親といえば、あなたのスタイルのよさは尋常じゃないわね。四人の子持ちとはとうてい見えないわ。秘訣はなにかしら? ぜひ教えてほしいわね」


 急にルディアーナ妃は話題を変えてきた。


「え……いえ、背が高いので、それでごまかせているだけだと思いますが」

「甘く見てもらっては困るわ。わたくしの目に狂いはなくてよ」


 ルティアーナ妃は席を立って、わたしのほうへ近寄ってくる。


「アナさま……っ?!」

「ほら、このお腹、この腰、10代の処女でもここまで細い()はなかなかいないわ。立ってごらんなさい」

「は、はい……」

「贅肉ゼロ。引き締まってるわね。そうとう鍛えているでしょう?」


 しなやかな指でわたしの下腹や腰骨、おしり、ふとももをなぞって、ルティアーナ妃はそんなことをいう。いやらしさは感じないんだけど、逆に怖いです。

 なんというか……豚の肉づきを確認して、ソーセージの材料にするかどうしようか検討してるときの畜産家の手つきと目みたいで。


 畜舎の豚さんなら、わたしはあと一年延命確定ですけれども。食べるところなさすぎで。


「乗馬とフェンシングが趣味ですので、それがいいのかもしれません……」

「体型維持のためにやっているのではなくて?」

「いえ、独身時代からの個人的趣味です」

「体幹を鍛える運動を、若いころからずっとやっているおかげ……なるほどね。ほかには、なにかないかしら? たとえば、食に関して気をつけていることとか」

「甘いものを食べないようにと……」

「あら、意識的に我慢しているのじゃない」


 なんの努力もなしにスタイルを保つことができるわけないわね、と笑うルティアーナ妃へ、わたしは首を左右に振る。


(ふと)らないようにするためでは、ないんです。太后ゾラさまに、歯を悪くするから甘いものはひかえなさいと念押しされていまして」


 ゾラさまが甘いものと虫歯の関係についての知見を、どこで仕入れてきたのかはわからない。フィレンの歯医者は、砂糖を使う余裕のある裕福な人ほど虫歯が多い傾向があると言っている。

 なんとなく意味がありそうなので、今日まで守っていた。実際、皇宮では甘いものがぜんぜん手に入らないのだけれども。ゾラさまがしっかり取締りをしているのだ。娘のゾラたちは、夏休みでビュラ宮へ行くと、お菓子が食べられるので大喜びだったりもする。


 わたしの話を聞いたルティアーナ妃は、となりのテーブルで子供たちどうしの交流をしていたアンリ皇子を呼び寄せた。

 口を開かせて、歯の状態をあらためる。


「虫歯があるのよね、この子。医者は、生え変わるまでは保つだろうから抜歯するほどではないと言っているけれど」

「ゾラ、ちょっとこっちきて、あーんしてみて」


 わたしがゾラを手招きすると、ルティアーナ妃は娘の口の中をのぞく。ゾラはいま八歳、上の前歯が一本生え変わりの途中だが、ほかはきれいだ。


「……うちも、甘いもの禁止にしようかしら」

「えー」


 お母さまの思いつきに不満そうなアンリ皇子は、下の前歯が一本生え変わり途中。彼はいま七歳、ゾラとテレーゼのちょうど中間だ。


 思慮顔のルティアーナ妃へ、


「メロヴィグって、お茶会のおかしがすごくおいしいと聞いています。ぜひ食べてみたいです」


 と、ゾラがうまいこととりなした。


 お茶菓子の本場といえばメロヴィグですね。マカロンとかフィナンシェとか。

 わたしもヴァリアシュテルンにいたころは、父が手に入れてきたのを見るたびに、かならずおねだりしてました。


「そうね、ぜひアドラスブルクのプリンセスたちに、わがメロヴィグの自慢のスイーツを召し上がっていただかないと。甘いものを禁止にするかどうかは、明日以降考えましょう」


 ルティアーナ妃はにっこりと笑って、侍女たちにお茶の用意をするようご指示なさった。


 各国宮廷の模範となっている、元祖メロヴィグ式のティータイム。


 わたしもしっかりいただきました。たまにはいいですよね、禁じられたもの食べるのも。


    +++++


 メロヴィグ皇帝バルトポルテ三世と、オストリヒテ=アジュール皇帝エルディナント・フランツの首脳会談が終了し、共同声明が発表された。


 西方(オチデント)でもっとも古い帝国であるアドラスブルクと、もっとも新しい帝国であるボルヴァナト朝メロヴィグは、協調して国際秩序の安定にコミットメントしていく。


 つい先日、アドラスブルク家のメルヒオールが、メロヴィグの後援のもとゼクフィコで新国家樹立を宣言したが、これは統合者なき分裂国家に、和解と融和の象徴として帝室の存在を提示するものであり、征服主義、植民地帝国主義を意味してはいない。


 ゼクフィコは敬虔な正統教派の国であり、ロミア教皇の忠実な息子として、メロヴィグ、アドラスブルクは連帯を表明するものである。


 現在紛争調停中であるポリニカ地域問題に関してだが、ポリニカ人は主に正統教派を信仰している。いっぽう、プロジャは改革教派国であり、リュースでは東方系教会の勢力が強い。

 正統教派の同胞として、メロヴィグとアドラスブルク両帝国政府は、ポリニカの難民を保護し、ゼクフィコへの移住を推奨することで一致した。

 もちろんこれは、リュース帝国が統治下の地域住民にしばしば行っているような、強制移住ではない。選択はあくまでも個人個人のポリニカ人の自由意志に任される。


 フリエンツフルトで継続開催中の、ポリニカ問題調停会議に出席している、メロヴィグとアドラスブルクの代表団には、すでにこの新たな交渉案は伝達されている。関係各位にも賛同していただけることを期待する。


 ――以上。


 ポリニカ独立にリュースの同意はもはや得られない。その上で、フュロドフ将軍のように強権的なリュースの治安担当官から迫害されそうなポリニカ人を、どうやって救出するかについて、わたしはレトリックまでは考えていなかったけれど、エルディナントさまとバルトポルテ三世は、うまいこと宗教的配慮をからめて口実を作ってくれた。

 これで、ポリニカ人を叛逆者あつかいして、環境の厳しい東部の辺境地帯へ連行しようとするリュースの動きには、国際社会から厳しい目が向けられるだろう。


 アドラスブルク帝国としてポリニカ人にできることは、これで手を尽くしたと思う。あとは、リュースをいかに抑えるか。

 メロヴィグの協力は確保したので、プロジャしだいだが、対ダンヴィケでアドラスブルクと共同戦線を張っているいまは、プロジャとしてもリュースとの決定的な決裂は避けつつも、背後で蠢動されないよう牽制は欠かさないはずだ。宰相ディズマールなら、なにかしらの方便を考えつくだろう。

 たとえば、ポリニカ叛乱分子を新大陸へ“追放”する、という形式にすれば、リュースのメンツもあるていどは保つことができる。もしかすると、ついでにプロジャ領内のポリニカ人にも移住を斡旋して、体よく厄介払いするかも。


 アドラスブルク皇帝家として、ペリム訪問最大の用件は無事にこなすことができた。

 残るは外交儀礼としての晩餐会と舞踏会。苦手ですけれども、おつき合いしないとね。


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