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能弁なるケンカ売人ディズマール


 いつの時代も、利害関係が複数の国にまたがる交渉ごとは、なかなか進まない。


 ポリニカ問題では、合意が得られる見とおしのないまま、仮停戦の期限切れが迫っていた。停戦中に増強を繰り返したリュース軍は、戦闘再開となれば圧倒的戦力でポリニカ独立派を押し潰してしまえる状況になっている。

 強気になったリュースは、ポリニカ独立につながるいかなる妥協も拒否する姿勢となり、高圧的になっていた。


 対するポリニカ独立派も、休戦中に土塁を盛ったり塹壕を掘ったりはしたものの、武器がなかった。

 バルトポルテ三世の密命を受けたメロヴィグ交渉団長のラベールは、アドラスブルクとプロジャに、ポリニカへの武器供与を見逃すよう持ちかけてきた。外道なやり口だが、停戦中に戦力増強をしたのはリュースも同じだ。リュースが力による解決に固執するのであれば、選択肢として考えざるをえない方策である。


 ポリニカ代表のキャリテルスキ公爵は、メロヴィグより供与された武器は対リュース抵抗運動にしか用いない、と受けあった。

 そうはいっても、アドラスブルクにしろプロジャにしろ、ポリニカを分割支配している、リュースの同類であることに変わりはない。リュースがとくにひどいだけで、プロジャ占領下のポリニカ人も蜂起には参加していたわけだし、アドラスブルク領内のポリニカ人だって、独立が叶うならそちらを選ぶだろう。


 だいたいにして、休戦明けにいきなりポリニカ人の武器が新型になっていたら、だれが交渉の裏で封鎖破りをしたのかバレバレだ。リュースは叛乱ポリニカ人よりも、アドラスブルクとプロジャを恨むに違いない。


 なので、アドラスブルクの交渉団長イルヒベルクも、プロジャのディズマールも、メロヴィグの秘密提案への回答は()()とした。拒否ではない。ほかの手段がまったくなくなったら、ポリニカ人に自力で頑張ってもらう代わりに、武器は渡さざるをえまい。

 アドラスブルクもプロジャも、いまの段階でメロヴィグとの関係を断ち切りたくはなかった。


 東の停戦期限切れが迫るいっぽう、西のユテニア半島では、ついにサクノスとハルファーデン両王国の軍がデウチェ連合の旗を掲げ、ヘムシュタイン公国保護のために北進を開始した。


 ダンヴィケ軍が本気で迎え討てば、サクノス・ハルファーデン軍は撃退されていただろう。しかし、ダンヴィケ軍は整然と隊列を組んでスレズヴェルヒ方面へと撤収し、戦闘になることはなかった。


 デウチェ系の住民が圧倒的多数のヘムシュタインで戦っても、分が悪いと判断してダンヴィケ軍は退いたのである。

 進駐初期から、ダンヴィケの兵士はヘムシュタイン各町村の住民から白眼視され、石を投げつけられていた。駐留兵と住民のあいだで暴力沙汰でも起きれば、デウチェがわのプロパガンダに利用されるのは明白だったので、ダンヴィケ軍は町の外にテントを張って宿営するしかない状態だったのである。


 サクノス・ハルファーデン軍には勝てるとしても、つぎはプロジャとオストリヒテ軍が相手だ。スレズヴェルヒで万全の体勢を整えて待ち受けたほうがいい。その判断によって、ダンヴィケ軍はヘムシュタインを放棄したのだった。


 ヘムシュタインの住民たちは、デウチェ連合や、サクノス王国、ハルファーデン王国の旗を振って、ダンヴィケの支配から郷土を()()しにきてくれた同胞兵士たちを歓迎した。

 マイネレンベルクの旗を掲げて“正当なる”ヘムシュタイン公爵ルートヴィヒを讃える人々も多く、ダンヴィケ王の支配権がヘムシュタインにおよんでいないことは、事実によって証明されたように見えた。


 ダンヴィケのハンス二世は、デウチェ連合の要求どおりヘムシュタインを明け渡したとして、あらためて条件交渉を持ちかけようとした。

 そこへ、プロジャ宰相ディズマールがねちねちと追い討ちをかける。


 連合が要求した撤兵期限をダンヴィケは守っておらず、連合軍の前進に押されて退却したにすぎない。ダンヴィケ政府が誠実に約束を履行したかのような態度で交渉を求めるのは、いささか虫がよくはないか?


 ことに、ヘムシュタイン議会の再三の抗議と議決を無視してきたダンヴィケ政府の姿勢は、加盟諸邦の政府と議会の決定を尊重するデウチェ連合の立場として、適切な交渉相手と認め難い。


 ヘムシュタインのみならず、スレズヴェルヒ議会に対しても、今後はその決定を尊重し、ダンヴィケ王国の方針が優越しないということを確約してもらいたい。


 ……などと、嫌味を連ねた上で、ディズマールが交渉再開の条件としたのは、スレズヴェルヒ議会の改革であった。定数割り当てが不公正で、デウチェ系住民の意見が反映されていないとして、南部選挙区の議席数を大幅に増やすよう要求したのだ。


 この時代の選挙制度は、のちの世のような、成人ひとりに一票の普通選挙ではない、ということを前提として考えていただく必要があります。


 かつて新大陸において、ステイツがブライトノーツの支配から独立するさいに唱えられた「代表なくして課税なし」という言葉がいみじくも表しているように、裏を返せば「納税せざるもの投票権なし」なのである。


 ディズマールは、農工業生産高がより多く、納税額も多いスレズヴェルヒの南部住民から、より多くの議員を選出させろ、と迫った。それつまり、ダンヴィケ系住民とデウチェ系住民の発言力を逆転させろ、ということだ。スレズヴェルヒにおいては、ダンヴィケ系住民のほうが実数としては多い。

 それがとおれば、どんなに遅くともつぎの世代には、早ければ選挙一回で、スレズヴェルヒも、ヘムシュタイン同様にダンヴィケ統治下から離脱を宣告することになる。


 このディズマールの主張に反発したのは、ハンス二世だけではなかった。ダンヴィケ本国の世論、そしてなによりスレズヴェルヒに住むダンヴィケ系住民が怒り狂った。


 完全にディズマールの思惑どおりである。


 実際のところ、ディズマールには、一世代もかけて、ちんたらとスレズヴェルヒ・ヘムシュタイン問題に取り組むつもりなどなかった。一両年以内にさっさと片づけて、プロジャの勢力圏にしてしまう気しかなかったのである。


 沸騰する世論に流されるまま、ハンス二世はダンヴィケ・スレズヴェルヒ同盟として、デウチェ連合にではなく、プロジャ王国へ宣戦布告をたたきつける。


 ここでダンヴィケがプロジャを名指しして宣戦したのは、ディズマール個人へのムカつきというだけではなく、現在ヘムシュタインに駐留しているのはサクノス・ハルファーデン軍だからだ。

 デウチェ連合全体にケンカを売れば即開戦だが、プロジャがダンヴィケと戦うには、まず連合内で調整して、ヘムシュタインにいるサクノスとハルファーデンの部隊に立ち退いてもらわなければならない。


 デウチェ連合は中立を表明して、ダンヴィケの思惑はまずひとつ当たった。ヘムシュタインがそのまま中立地帯となるなら、プロジャとダンヴィケの戦線になるのは大陸北の東海(オストゼー)だ。

 海軍力でプロジャを大幅にしのぐダンヴィケは、ディズマールの差し出口を封じ、デウチェ連合と交渉を仕切り直そうと考えたわけである。ただ単に、頭に血が上っていただけではない。


 ……だが、そんなハンス二世とダンヴィケ政府中枢部の皮算用も見切っていたのがディズマールである。


 前もって共闘の打診を受けていたオストリヒテ=アジュール帝国は、プロジャ王国と協調して、ダンヴィケ・スレズヴェルヒへ逆宣戦を布告。近年不仲のプロジャとオストリヒテは(くつわ)を並べない、と踏んでいたハンス二世の思惑はいきなり外れた。


 6000の騎兵を中核とする18000のアジュール軍と、12000のオストリヒテ軍がユテニア半島へ向かった。加えて、新ゼクフィコ皇帝メルヒオールの置き土産である新造オストリヒテ艦隊が、母港トライエットを発する。

 プロジャは陸軍33000を派兵。艦艇の総数でプロジャ海軍はオストリヒテを上まわるが、北洋の雄ダンヴィケ海軍と比べれば見劣りすること否めず、オストリヒテ艦隊が合流するまで、海では当面守勢に徹せざるをえないだろう。


 対するダンヴィケ・スレズヴェルヒ同盟軍は陸軍の兵力55000。地上戦力ではアドラスブルク・プロジャ協約軍に劣後していたが、大型艦だけで30隻を数える海軍力こそが要であった。


 デウチェ民族主義とダンヴィケ民族主義の衝突だ、と世界は見なしたこの戦いだったが、プロジャのディズマールにとっては統一事業のほんの一過程にすぎず、そしてわたしたちアドラスブルク帝国にとっては、いずれ敵となるプロジャの実力を観察するための舞台だった。


    +++++


 旧大陸情勢が発火点へと向かっていく中、すでに戦火が燃え上がっている新大陸では、いくつかのあらたな動きによって情勢がかたむきはじめていた。


 北大陸ステイツの内戦では、北部政権共和主義者(リパブリカン)合衆国(・ステイツ)大統領リンゼレイが、数次に渡って奴隷解放令を改定しながら発布し、最終的には()()奴隷という身分も抹消して、全人民の法的平等(ただし先住民はいまだ“人民”にふくまれていない)を宣言した。

 これによって、それまでは認められていなかった解放奴隷の武装が解禁され、北部軍の動員力は一気に高まった。


 そもそも人口で北部に二倍以上の差をつけられていた南部は、苦しい状況となった。

 農園の奴隷たちは、北軍が接近してきたといううわさを耳にするや、一斉に脱走して北軍陣地へ向かい、解放を求めた。若い男手を軍隊に取られている農園主たちに、もはや逃げ出す奴隷を捕まえる余力はない。


 大勢の奴隷に出迎えられた北軍部隊は、彼らに道案内をさせ、洗濯や飯炊き人夫として使い、武器が余っていた場合は装備を与えて簡単な訓練を施し、解放奴隷部隊としてそのまま南軍との戦闘へ向かわせた。


 ひとたび開いた戦力差は決河の勢いで拡大し、南部、自由合衆国(フリーダム・ステイツ)の敗北はもはや時間の問題となった。


 内戦の出口が見えはじめたステイツの南、ゼクフィコでは、新皇帝となったメルヒオール陛下による新政府が始動していたが、その前途は多難なものであった。


 地味が豊かで年中あたたか、その上鉱物資源の埋蔵量も多い――ゼクフィコは間違いなく発展する可能性を秘めている。ただしそれは、耕作する人、採掘する人がいればこそだ。


 ゼクフィコは、法的には奴隷制を禁じている国であった。しかし、小作人たちは衣食住を農園主から前借りし、収穫物で返済するという契約で、代々土地に拘束されている。生活費前借りに農園主が設定している利息が異常な暴利で、一年働いてみると、借金の残高は減っていないか、場合によっては増えてすらいる、という状況なのだ。


 ロペス・ガルシアは農地解放令を施行し、自作農制度を根づかせようとしたが、主にイルパニア系である地主たちから猛烈な反発を受けた。そしてイルパニア人は例外なく正教徒であり、教会の熱心な支持者である。

 土着民や混血民からなる小作人たちも、強制的に洗礼を受けさせられ、正教司祭の説法を聞かされてすごすうちに、かつてのアムゼカの神々のことは忘れてしまった。


 ちなみに、ロペス・ガルシア自身、神の教え自体は疑っていないそうである。それだけに、人間はすべて平等である、という教義を額面どおりに受け取って、人種差別に異を唱えて立ち上がったわけであるが。


 メルヒオール新帝も、小作農問題は解決しなければならないと認識した。ゼクフィコの生産力が上がらないのは、小作人の子供たちが親の借金に縛られて、農村に留まっているせいだ。

 労働力の流動性を高め、鉱山や港湾の人手を増やせば、ゼクフィコの経済力は飛躍的に向上し、つまりは国債も返済できるはず。


 ……つくづく、必要なことはメルヒオール新帝国政府と、革新派ロペス・ガルシアの連携なのだと感じさせられる。


 だが、メロヴィグの御輿に乗っているだけの皇帝と見なされているメルヒオール陛下の政令は、実行力にいちじるしく欠けていた。


 イルパニア系の大地主たちは、さっさとロペス・ガルシアを縛り首にして、植民地帝国時代の階級社会を復活させろ、とうそぶくばかりで、農地改革令に応じるつもりなどさらさらなかった。


 駐留しているメロヴィグ軍は、彼らの実質総大将であるモラン公の(そしてモラン公のスポンサーである銀行家ジェイケラーの)生命線であるルイポトシ銀山などの拠点と、それらをつなぐ幹線道路を守るのに精一杯で、密林(ジャングル)を伝って神出鬼没、ゼクフィコ各地を飛びまわるロペス・ガルシアを捕まえるどころではなかった。


 この状況を打開するには、メルヒオール陛下のために働いてくれる人たちを、ゼクフィコへ送り込まなければならない。


 オストリヒテ・アジュール連絡会議が開かれるのを待ち焦がれて、わたしは数日をすごした。


    +++++


「――サクノスとハルファーデンの軍は、年内にヘムシュタインから撤収するとのことであります」

「戦闘開始は年明けか。真冬の戦い、ダンヴィケに有利かな」

「アジュールもオストリヒテも、冷え込みだけなら負けておりませんよ。海に面したユテニアのあたりは、印象ほどの極寒ではありません。防寒着を充分装備していれば、作戦行動に支障はきたさないでしょう」


 もはやほぼ定例、いつものようにオストリヒテ・アジュール連絡会議は開催され、エクセルハーディ伯とエルディナント陛下、アングレアム伯がスレズヴェルヒ・ヘムシュタイン情勢に関してひととおりの話をすませるのを待って、わたしは手を挙げた。


「ポリニカ問題も、最終的調停案をあらためて提示する時期がきたと思います」

「停戦は年内いっぱいだ。たしかに、そろそろ(はら)を括る必要があるな。どんなアイデアがある、王妃?」


 陛下の声と視線を受けて、わたしは以前のプランにもうひと味加えた案を発表する。


「メロヴィグに、リュース占領下のポリニカ地域へ、調停・監視団の派遣を要請していただきたいのです。リュース政府の対ポリニカ政策に注文はつけません。メロヴィグ調停団に仲立ちをしてもらって、リュース支配下からの脱出を望むポリニカ人に、ゼクフィコへの移住を斡旋します」

「王妃陛下、それは――」


 声を上げかかったエクセルハーディ伯を、陛下が手をかざして止める。わたしは話をさきへ進めた。


「リュースの治安当局は、叛乱分子と見なしたポリニカ人を、はるか東の寒帯林(タイガ)凍土ツンドラ地方へ強制移住させるつもりです。新大陸へ移民として渡ることが、それより過酷だとは思われません。人道的にも許容できる範囲の施策ですから、メロヴィグは協力してくれるはず」

「ゼクフィコにメルヒオール帝の政府が()った、いまだからこその、ドラスティックな方策ですね。ポリニカ人の蜂起再来をそれで防げるのなら、提案の価値はありましょうが。メロヴィグしだいの部分が多くはないでしょうか?」


 やや懐疑的に、マイラー伯は首をかしげた。たしかに、ポリニカ人を説得し、リュースを納得させてと、メロヴィグというか、バルトポルテ三世の口先芸に頼る面が大きい計画だが。


 ここで陛下が、どうせなら、といった感じで口を開いた。


「いい機会だ。バルトポルテと直接話しに、ペリムへ行こうか、セシィ。子供たちもいっしょに」



「シベリア」って言葉が使えないと、意外に不便ですね。「そうか、シベリア送りだ」

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