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旧き盟主としての務めと面目


 アドラスブルク家の一員が、海を隔てた異大陸においてあらたなる帝位に就いた。


 オストリヒテ大公メルヒオール殿下あらため、ゼクフィコ皇帝メルヒオール陛下の誕生の報せを受けて、フィレンの夜空を花火が彩り、祝砲の轟音が市中の大気を震わせた。


 当のゼクフィコ皇帝夫妻がフィレンには不在のため、正式な即位祝宴が開かれることがなかったのは、わたしにとってはさいわいだった。

 3000人を超える貴顕全員とあいさつをすませるまで、首も手足も、角度ひとつ自由に変えることのできない最高格式の宮廷儀式には、できれば参列したくない。


 もちろん、いずれはゼクフィコ君主たる義弟夫妻をアドラスブルクの皇帝夫婦として出迎えなければならないのはわかっているし、メルヒオール・イザベラ両陛下を、個人的になら大いに祝いたい気持ちに(いつわ)りはこれっぽっちもないけれど。


 フィレンの市中はお祝いムードとなっていたものの、この数日であいついで飛び込んできたニュースのうち、よいものはゼクフィコ新皇帝誕生の報せだけだった。


 ポリニカ問題も、スレズヴェルヒ・ヘムシュタイン問題も、放置すれば悪化するが、手を出しても良くなりそうな気配がないという、雁字搦め(デッドロック)状態に陥っていた。


 アドラスブルクとプロジャという南北の領袖に加え、メロヴィグの外交責任者も滞在しているフリエンツフルトへ、デウチェ連合に属する諸邦の外交官が集まってきて、ポリニカ関連のみならず、スレズヴェルヒ・ヘムシュタインについての討議が活発に交わされるようになってきた。


 ダンヴィケの圧政から、現地デウチェ人を保護しなければならない――連合としての総意(コンセンサス)は急速に醸成されつつあった。


 マイネレンベルク大公ルートヴィヒ殿下が、ヘムシュタイン議会によって選出された“正当”なるヘムシュタイン公爵として、ダンヴィケ王ハンス二世の横暴とその尻馬に乗るスレズヴェルヒの無法を訴え、デウチェ連合各邦代表者から拍手喝采をさらった。


 (アンチ)ダンヴィケで結束を強めるデウチェ各邦の雰囲気は警戒すべきと見て、メロヴィグ外相ラベールは本国へ緊急打電を飛ばした。

 デウチェ連合の一致結束は、ほぼ神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)の復活に等しい。初代バルトポルテが埋葬した、潜在的敵国の再生は、メロヴィグにとって歓迎しかねる現象だ。


 バルトポルテ三世は急遽「緊張緩和のための提言」をしたため、ラベールに発表させる。


 ヘムシュタインがデウチェ連合の一員であることは保証されるべき、とするいっぽうで、ダンヴィケとスレズヴェルヒの合同は認める、としたその声明は、デウチェとダンヴィケの双方から総スカンを食らうだけで終わった。


 ハンス二世に言わせれば、帰属が明確な世襲領であるスレズヴェルヒ・ヘムシュタインがダンヴィケ王国の旗のもとに統合されるのは、自然の摂理であった。エトヴィラの統一を認めたバルトポルテ三世がなぜ横槍を入れてくるのか、不当な内政干渉であろう、と腹を立てるばかりだ。


 デウチェ連合からすれば、ヘムシュタインの主体性を無視したハンス二世の横暴は許しがたいものであり、スレズヴェルヒに関しても、現在は()()()()ダンヴィケ王と同一人物が公爵に選出されているにすぎない、というのが公式解釈だ。ヘムシュタインにダンヴィケ王の支配権がおよばないのは当然のことながら、スレズヴェルヒ公爵としてのハンス二世に、ダンヴィケ王国との恒久的一体化を独断で決定する権限もない――それがデウチェがわの主張である。


 緊張が高まる中、プロジャのディズマールは素早く動いていた。


 ヘムシュタイン公国がデウチェ連合の加盟国であることは、ブライトノーツ、メロヴィグなどの列強諸国も認めている動かしがたい事実であり、ダンヴィケの侵略にさらされている彼の国を救援するのは、完全に合法であるばかりか、全デウチェ諸邦の義務ですらある――このディズマールによる演説は、たちまち連合各代表からの賛同を集めた。

 サクノス、ヴァリアシュテルン、ハルファーデン、デュレンゲンブルクがあいついで支持を表明し、デウチェ連合加盟国としてのオストリヒテ代表の立場で、外相イルヒベルクも、ダンヴィケ非難とヘムシュタイン公国保全に関しては即座に同調した。


 プロジャとオストリヒテは別格にしろ、デウチェ連合の構成国で、西方(オチデント)の平均的国家としての規模を備えているのは、サクノス以下の四ヶ国までである。

 この六ヶ国が、デウチェ連合の六割の面積と、七割の人口と、八割の農工業生産高を占めている。残る20数ヶ国は……オマケのようなものだ。


 すぐさま出兵の割り当てを相談しはじめた、プロジャを中心とする北部諸邦の輪から離れ、会議場をあとにした外相イルヒベルクは、帝都フィレンへ電報(つい先日、とうとうフィレンとビュラに電信設備ができた)を打った。


 このあらたな事態に、デウチェの一邦としてのオストリヒテとして、帝国化を期するプロジャの挑戦を受けているアドラスブルク帝国の代表として、外交部はどのように対応していくべきなのか、交渉方針の指示を乞う――と。


    +++++


「……まったくハンスめ、最悪なタイミングで動いてくれた」


 もはや当たり前のようにアジュールとはなんの関係もなく開かれるようになった、オストリヒテ・アジュール連絡会議の冒頭、エルディナント陛下はため息交じりにそうおっしゃった。


 ダンヴィケ王ハンス二世はエルディナントさまの「狩猟仲間」で、北洋の島で(おお)きなヘラジカをともに追ったこともあり、個人的には、そのへんのデウチェ君侯より親しい間柄なのだとか。


 個人としての友誼と、君主として国益を第一に考えなければいけない立場は、もちろん切りわけて考えなければならないが。


「ダンヴィケの狙いは、ヘムシュタインの全土ではありますまい。スレズヴェルヒを王国へ完全に取り込み、ヘムシュタインもできるだけ削り取りたい――おそらくはそのていどの目論見でしょう」


 エクセルハーディ伯がそう述べると、エルディナントさまはふたたび吐息をつく。


「だとしたら、考えが浅いな。バルトポルテが、スレズヴェルヒをダンヴィケに、ヘムシュタインはデウチェ連合のままに、と提言したのを無下に蹴ってしまった。あとになってから仲裁を頼んでも、もうやつは話を聞かない」


 バルトポルテ三世はメンツにこだわるし、自分の話を頭ごなしに否定されると機嫌を損ねる。直接会ったことはないけれど、それはわたしも抱いている印象だ。

 まあ、ケンカがはじまりそうだからよかれと思って仲裁したのに、どちらからもまったく相手にされなかったら、気分を害さない人はあんまりいないでしょうね。


 直接バルトポルテ三世とひざ詰めの協議をしたことのある陛下は、その為人(ひととなり)についてはっきりと把握しているだろう。

 対面している相手の性格や思考傾向をつかむのは、すぐれた政治家、統治者に必須の資質だ。貴族の中の貴族、王の中の王であるアドラスブルク家の人間は、数百年に渡ってその感覚が磨かれている。


「ダンヴィケがここで大胆な動きに出たのは、東でポリニカ問題が継続していて、アドラスブルクとプロジャから()()()()にされたリュースが、前回の紛争と同様にデウチェ勢力を牽制してくれると踏んでいるからでしょう。しかし、そのハンス二世の判断には、錯誤があると思います」


 わたしが発言すると、エルディナント陛下は意を得たりという顔でうなずかれた。


「まさにそのとおりだ。700年前から神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)の一部であったヘムシュタインは、近年まで帝国外だったポリニカとは違う。まして今回は、エンリーク四世とのあいだで再確認したはずのヘムシュタインの自決権を、ダンヴィケが完全に無視してきている。デウチェ内で、この問題に関して意見が割れることなどない。仮にリュースとメロヴィグが全面的にダンヴィケがわに立とうとも、放棄などありえん。……それだけに、べつの課題があるが」

「プロジャに主導権を渡すわけにはいかない、ということですね」


 わたしのあいづちに、陛下は再度大きくうなずかれる。


「ダンヴィケからしかけてきてくれて、プロジャはほくそ笑んでいるだろうな。デウチェの指導者として振る舞う、またとないチャンスだ。ポリニカ問題の場合とは違って、プロジャは強行一辺倒に、ヘムシュタインどころかスレズヴェルヒの全域をも要求するだろう」

「アドラスブルク帝国が、メロヴィグやリュース、ブライトノーツあたりを共同提案国に引き入れて調定を呼びかけたところで、プロジャは一歩も退かない。むしろ、オストリヒテを統一デウチェから排除する口実にされてしまう」

「王妃のいうとおりだ。黙ってプロジャに全部取らせるか、こちらから手を貸してプロジャに協力するか、どちらかしかない。いずれにしてもプロジャは、デウチェ連合内での主導権をより確固たるものにする」


 エルディナント陛下とわたしが、事前に示し合わせていたかのようにすいすいと話を進めるので、エクセルハーディ伯はあぜんとしていた。


 マイラー伯とアングレアム伯(首相は、ビュラでアジュール軍をいつでも動員できるように準備を整え、ふたたびフィレン入りしている)は、とくにおどろきや意外そうな顔をするでもなく、わたしたち皇帝夫婦の会話を聞いている。


 アドラスブルク“神話”に囚われていないアジュール進取派のふたりにとっては、プロジャの野心や、ともすれば君侯が考えている以上に燃え立つ各民族主義の高まりは、想定の範囲内だろう。


 ハンス二世にしろ、スレズヴェルヒのみならずヘムシュタイン全域の完全掌握を企図しているのは、単なる個人的野心や、ダンヴィケ王家の威信のためではない。

 ダンヴィケ国民からの支持を必要としているからであり、それには強大なるデウチェ人から国土と国民を守る、強い指導者としての王の姿を印象づけねばならないからだ。


 いっぽうのデウチェ人もまた、民族の統一感を求めている。

 その先頭に立っているのがプロジャで、バルトポルテによって神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)をバラバラにされたデウチェは、ゆるい諸邦連合にとどまらず、強力な民族国家となるべきだ、と旗を振っている。

 神聖帝国はバルトポルテが葬るまでもなく死んでいた、という客観的事実は、このさい関係ない。必要とされているものは大衆が求める〈物語(ナラティヴ)〉であり、プロジャは、それを提供することに成功しつつある。


 多民族国家で世界的(コスモポリタン)帝国のアドラスブルクは、いまの時代、あまり求められていない統一国家像なのであった。


 そのことを、フィレンの〈古き良き〉空気に浸っているエクセルハーディ伯は、知らない。エクセルハーディ伯に限らず、多くのフィレン大貴族はそうだろう。


「デウチェ連合の一部であると同時にダンヴィケの所領でもあるヘムシュタインの問題は、将来的に、デウチェ連合の一部であると同時にアドラスブルクの所領である、オストリヒテの地位にも関係してくるやもしれませんな」


 アングレアム伯が、今回のスレズヴェルヒ・ヘムシュタイン問題を、われわれオストリヒテ=アジュール連合帝国が成り行き任せにしていてはならない、根源的な理由を言ってのけた。


 エルディナント陛下は、平静だがやや硬い声で応じる。


「アングレアム首相の言のとおりだ。規模ははるかに異なるが、プロジャは、オストリヒテとヘムシュタインは同じ構図にあるというだろうな。ポリニカ譲渡提案のときもそうだったが、プロジャはデウチェ民族のみを取り、異分子をアドラスブルクに押しつけようとしている。出自の異なる人民を統合するのは、わがアドラスブルク皇帝家が永きに渡って担ってきた務めであって、引き受けること自体はやぶさかでもないのだが」


 究極的には、デウチェの野心はオストリヒテもふくむ全デウチェの統括なのである。デウチェ統一の議論は、以前にも交わされたことがあり、そのときの議場もフリエンツフルトだった。


 バルトポルテ体制からの脱却を目指したデウチェ連合と、統一デウチェを阻止したいメロヴィグやブライトノーツとのあいだで外交的暗闘がくり広げられたが、最終的にはアドラスブルクとプロジャのメンツの突っ張り合いとなり、汎デウチェ合同は果たされなかった。


 アドラスブルクは、デウチェ人以外の臣民を捨てて、統一デウチェの皇帝となるべし、という連合の要請に応えるわけにはいかなかった。まして、オストリヒテのデウチェ人は連合に譲り渡し、余った雑多な諸民族をまとめた辺境の皇帝となれ、などと言われる筋合いはなおさらありえない。


 プロジャのほうは、アドラスブルクが引き受けてくれなかったからしかたなし、といった感じに差し出されてきたデウチェ皇帝冠を戴くことに、屈辱を感じた。


 大多数のデウチェ人にとって、やはり皇帝といったらアドラスブルクなのである。

 だが、諸国民・諸民族を等しく治めるアドラスブルク帝国の一邦として、デウチェがしたがうわけにはいかない。彼らに言わせれば、デウチェ民族は、断じてポリニカやアジュール、チェルキ、セラデアなどと同等ではないのだ。


 ……この面倒くささが、デウチェ統一の問題であった。


 そしていま、プロジャが、その指導者となった宰相ディズマールが考えていることといえば、デウチェの領袖にふさわしいのは、アドラスブルクではなくプロジャなのだ、と連合各邦に印象づけるために、威信を高めることなのである。


 ダンヴィケ王ハンス二世は、ディズマールが欲しがっていた美味しい餌を、完璧なタイミングで投げてしまったのだ。


 滋養たっぷりの餌を、プロジャだけに平らげさせるわけにはいかない。それが古い帝国として、アドラスブルクが()らざるをえない方針なのであった。


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