表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/103

妥協は不可能。流血回避への細い道


 わたしのふざけているとしか思えない発言に、エクセルハーディ伯がすぐさま声をあげてくれた。


「ポリニカの独立を許すですと?! 王妃陛下、どこにそのような土地がございましょうか?」


 順を追って説明するより、質疑応答のほうが話がしやすいので助かります。


 エクセルハーディ伯に向けて、というかたちでわたしは陳述をさきに進める。


「プロジャとリュースがポリニカ独立に同意するのなら、アドラスブルク帝国としてはハーツィア地方をポリニカに返還する用意がある、と提案します」


 ポリニカ独立、という言葉に眉の角度を険しくされていたエルディナント陛下が、なるほどね、というお顔になって口を開いた。


「プロジャとリュースはポリニカ独立になど絶対同意しない、だから、ハーツィアを見せ担保にしても取られることはない、というわけか」

「ええまあ、だいたいそういうことです。とにかく、アドラスブルクとしてはポリニカを進んで弾圧するつもりはない、というポーズを最初に取ります。バルトポルテ三世は手伝ってくれるでしょう」


 わたしとしては、プロジャとリュースがうなずいてくれれば、それが一番いいと思いますけれども、ね。


「プロジャとリュースが、ポリニカ独立案を拒否することは間違いありますまい。しかし、アドラスブルク帝国として独立を提案してしまえば、ポリニカ独立派から、プロジャとリュースが拒絶しようがハーツィアはよこせ、と要求されるのではありませんか?」


 と、疑問を呈したのはマイラー伯爵だった。わたしは(ヨコシ)マな表情で応じる。


「ポリニカ民族運動の強硬派はそういうでしょうね。その場合は、アドラスブルクはプロジャ、リュースと完全に同調し、ポリニカの叛乱を徹底的に鎮圧するぞ、と脅かしてやります。エトヴィラのケースと違って、メロヴィグからは()しか出せません。バルトポルテ三世は自分の威信に懸けて、全力でポリニカ強硬派を説得してくれるでしょう。ポリニカ穏健派も、強硬派と心中はしたくないはず。その上でポリニカ強硬派が矛を収めなかったなら、もう遠慮は必要ありません。責任はわが帝国にはない。面目が潰れるのはバルトポルテ三世だけですし、ポリニカ穏健派は独立闘争から距離を取るでしょう」

「……いや、王妃陛下がアジュール独立闘争期のころは、まだおさないお歳であられてよかった」


 アジュールはとんでもない悪女を王妃に担いでしまったらしいな……とマイラー伯の顔には書いてあった。

 マイラー伯はアジュールの権益代表者であってポリニカの代理人ではないので、わたしの悪辣なたくらみを知っても、邪魔をしたり、ポリニカ人に帝妃セシーリアの本性を教えたりはしないでしょうけれども。


「メロヴィグを調停の共同提案国にするのは、絶対の前提というわけだね」


 そうおっしゃったエルディナントさまへ、わたしはにこりとうなずく。


「はい、陛下のご賢察のとおりです。ポリニカと関係三国だけでは、服従か死か、その選択をポリニカに強いるだけの協議にしかならないでしょう。ポリニカの独立運動を力で抑え込むだけなら難しいことではありませんが、わがハーツィアは、プロジャやリュースのポリニカ地域よりも穏当に治まっています。両国の内政失敗のツケ払いに、つき合う必要はないはずですから」


 わたしの話を聞いて、エルディナントさまは即断で指示を発せられた。


「バルトポルテを調停の席に引っ張り出すなら、早いほうがいいな。エクセルハーディ伯、ペリムのメンデールニヒ大使に連絡を」

「御意に」

「ヴィラルト大佐、二週間以内に仮停戦までは持っていくようにするが、ハーツィアに騒乱が飛び火しないよう、できるだけ時間を稼いでくれ。とにかく、過激派分子の越境だけは阻止するように。ハーツィア居住のポリニカ人には圧力をかけずにやれるな?」

「はっ! 全力を尽くします!」


 下知を受けて、エクセルハーディ伯とヴィラルト大佐が席を立ち、陛下へ最敬礼ののち、退出していく。


 フィレン政府高官がいなくなったところで、アングレアム伯が口を開いた。


「事態の急変に備えて、即応部隊を用意しておきましょう。騎兵を4000、アジュール北東部に待機させておきます。必要とあらば即日ハーツィアへ投入可能です、いつでもご連絡を」

「協力に感謝する、アングレアム首相」


 アジュール王国から()()()()()()()へ提供されるものは、それが資金であれ物資であれ兵力であれ、あくまでもアジュールがわからの自主的なものだ。フィレンの帝国政府から要求することはできない。

 アジュール王としてのエルディナント陛下に権限はあるが、今回はアジュール王国()の問題ではないので、アジュール軍に出動命令を出すには、ビュラで正式な閣議を開く必要がある。

 そのことをわかっているので、アングレアム伯はアジュール首相としてさきに申し出てくれた。


 アングレアム伯とマイラー伯も退出し、小会議室に残っているのはエルディナントさまとわたしだけとなる。


 こちらを向いたエルディナントさまは、新婚のころふたりでフィレンの都市計画を考えていたときのように、わたしの考えを聞くのが楽しい、と思ってくれている表情になっていた。


「大胆なアイデアだったよ、セシィ。ハーツィアを危険から遠ざけつつ、ポリニカ問題を可能なかぎり穏当に収める――これ以上の案は私には思いつかない。ただ、上手くいっても課題が半分残るが、それはどう片づけるのかな?」

「半分……というのはひかえめですね。たぶん、七割は難問のまま残ると思います」

「目星はあるのかい? いや、考えがなくてもかまわないよ。戦闘を停めるのが最優先だからね」


 為政者としての皇帝エルディナント・フランツは完璧主義者ではない。間に合わせ(アドホック)なやりかたで、ひとまずその場しのぎをして、それから事後策を考えはじめることを苦にせず、恥ともしない。

 18歳になると同時に皇帝となってそうそう、各民族がそれぞれ好き勝手な要求をぶち上げ、空中分解するところだった帝国をどうにか再統合した経験が、エルディナントさまの信条(クレド)をかたちづくったのである。


 それつまり「拙速は巧遅にまさる」ということだ。


 今回のポリニカ問題では、バルトポルテ三世とともに仲介を表明し、とにかくプロジャとリュース領内での衝突を一時的にでも停めるのが先決となる。ハーツィアのポリニカ人が民族運動に合流してしまうのを、一日でも遅らせることが肝要だ。


 しかし、ポリニカ人に「これ以上暴動を起こすな」と言い、プロジャとリュースに「ポリニカ人弾圧をやめなさい」と伝えたところで、根本的解決にはならない。


 究極的にはエトヴィラ問題と同じなのだ。ポリニカ人が独自の国家を取り戻すか、あるいは彼らが自主的に他国の支配下で暮らすことを甘受しない限り、何回停めても衝突は収まらない。

 エトヴィラが独立を果たしたのを目のあたりにしたポリニカ人たちは、そう簡単にはあきらめないだろう。


 だがエトヴィラと違うのは、ポリニカに外国からの武器供与は届かないところだ。援軍もやってくることはない。

 バルトポルテ三世は、隣国エトヴィラのために武器を密輸し、軍を率いて直接支援することはできた。だが、メロヴィグとポリニカのあいだは遠く、こっそり武器を送り届けるのは難しいし、伯父のような戦争の才能を持たぬバルトポルテ三世では、軍を率いて中間国を突破することも不可能だ。


 妥協点が見つからなければ、ポリニカ独立派が全滅することでしかこの騒乱は終わらない。


 わたしは、バルトポルテ三世を共同提案者に巻き込んでポリニカ独立を仲介する、とアイデアを出したが、エルディナントさまたちのいうとおり、プロジャとリュースはまず間違いなく同意しない和解条件である。

 そしてわたしも、アドラスブルク帝国が単独でポリニカと妥協し、国家承認をすべきだとは思わない。ハーツィアを差し出すのは、プロジャとリュースも割譲地域を提示した場合のみだ。


 リュースはつねに西か南へ勢力を拡大することを狙っているし、プロジャはデウチェ連合の完全掌握へ向け着々と手を打っている。

 プロジャが、自領のポリニカ地域をリュース軍に荒らされるのも承知でさきに協定を結んだのは、アドラスブルクに圧力をかけるためだろう。


 ここでわが帝国だけが、貧乏くじを引いては駄目だ。一歩退けばプロジャとリュースはそのまま無遠慮に踏み込んでくる。


 わたしはエルディナントさまへ、ポリニカ独立が叶わなかった場合のプランBをお話しする。


「交渉がまとまらなかったときは、プロジャとリュースの支配下から脱出することを望むポリニカ人を受け入れ、彼らに亡命先を紹介できればいいかな、と」

「引き受けてくれるところがあるかな」

「ゼクフィコにお願いします」


 わたしの答えに、エルディナントさまはしばし固まった。


「セシィ……すごいこと考えるねきみは」

「前例はあります。ブライトノーツで議会至上主義者による革命が起きたさいに、王制廃絶に反発した住民が新大陸へ渡り、多くは王制復古後も本国に戻ることなく定住しました。バルトポルテによる神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)の解体と、連合各国設立のときも、正教派国と改革派国のあいだでの住民交換には応じず、新大陸への移住を選択した人々がいました。いまならメロヴィグの支援も取りつけることができますし、亡命希望のポリニカ人を移送できるでしょう。ハーツィアがポリニカ難民でパンクするようなことにはならないはずです」

「奇想かつ不敵……だが、アドラスブルク、プロジャ、リュースの三国合同で、ポリニカ民族主義者を最後のひとりにいたるまで掃討するよりは、気が(ふさ)がないアイデアといえる」

「ありがとうございます……で、いいですか?」

「もちろん、褒めているよ」


 うかがうような目線で訊ねると、エルディナントさまは皇帝ではなくわたしの旦那さまとしての顔で、ご自分の席を立ってわたしのうしろがわまでやってきて、腕をまわし抱きしめてくれた。


 耳元にささやくエルの声は甘い響きだけれど、内容はまだアドラスブルク皇帝としてのものだった。


「きみがしめしてくれた和解案を上手く活かそう。細い道だが、賭ける価値はある」

「おねがいします、陛下」


 わたしは外交交渉の席には出られない。あとはエルディナントさまにお任せするばかりだ。


    +++++


 なんぴとにも制約を受けない絶対君主は、こういうときに素早く動ける。


 エルディナントさまは、オストリヒテ・アジュール連絡会議でわたしが思いつきを話したその日のうちに、ペリム駐在オストリヒテ大使メンデールニヒを介して、バルトポルテ三世と往復書面を交わし(むかしなら片道五日はかかっていたところが、いまは三時間も待てば返信が届くのだから、技術の進歩はすごいものだ)、ポリニカ問題調停会議の開催を共同で呼びかけることで合意していた。

 翌日には、リュース帝都マスカーヴとプロジャ王都ベルンドへ、調停に参加するよう呼びかける外交文書を送付する手早さだ。


 ポリニカ独立党への呼びかけはバルトポルテ三世が行う。さきにバルトポルテ三世を頼って後援を求めたのはポリニカがわなので、彼らに一時停戦を承諾させるのは難しいことではなかった。


 プロジャ政府も、オストリヒテ=アジュールとメロヴィグによる仲介を歓迎すると表明した。


 リュース帝国政府は、西方へ自分たちの存在感をしめす機会を求めているので、ペリムとフィレンから送られてきた調停会議出席要請書に名誉心をくすぐられ、一時停戦に合意した。


 デウチェ連合の独立自由都市フリエンツフルトで調停会議が開かれることになり、各国代表が集まった。


 オストリヒテ=アジュール帝国からは外相イルヒベルク(余談ながら、前外相ドゥーロフはバルティア地方喪失の責任を取って、皇帝つき侍従武官ベルヒャーらとともに職を辞している)。


 メロヴィグ帝国からは外相ラベール。


 プロジャ王国からは宰相ディズマール。


 リュース帝国からはミハイル大公。


 そしてポリニカ代表として国民会議議長キャリテルスキ公爵。


 いずれも交渉・条約締結権限を本国政府(ポリニカは独立派の議会)より付与されている、全権特使であった。


 いちおう最大の議案はポリニカ独立の是非であったけれども、当のポリニカ代表キャリテルスキ公自身、プロジャとリュースが素直にポリニカ独立を認め、王国が復活するなどという無邪気な期待はしていなかっただろう。


 だがこの調停会議は、開催を呼びかけたアドラスブルクとメロヴィグの両帝国とは異なる政治勢力によって、最初から動かされていたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ