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くすぶる火種


 秋も深まる中、冬の嵐で外洋が荒れる前に西太洋(アトランティコ)を渡るべく、オストリヒテ海軍の母港トライエットより、機帆艦(フリゲート)ミラマルが出航した。


 乗り込んでいるのは、むろんメルヒオール大公とイザベラ妃(そろそろ「姫」呼びでは失礼かな)であり、きたるべき新生ゼクフィコ帝国の中核を担う閣僚候補たちである。


 大公つき祐筆フライフィッツェンたち、メルヒオール殿下の以前からの家臣、鉱山技師カルマンのような、バルディウム王室が紹介してくれた人材、そしてキャスパー伯爵ら、メロヴィグ政府が派遣してきた(お目つけ役も兼ねているだろう)行政経験者など、雑多な毛色だが、小国ならそのまま治められる政務チームだった。

 ゼクフィコは広大だから、現地の実情をよく知る地元有力者から協力を得なければ、統治はおぼつかないが。


 メルヒオール殿下の競争相手となるロペス・ガルシアは、庶民から人気はあれど、地方を束ねる大地主やイルパニア系資本家から嫌われている。メルヒオール新皇帝が、うまく(そして小(ズル)く)立ちまわれれば、チャンスは充分あるはず。 


 ミラマルはスクリュープロペラ推進を採用した最新型で、竣工させたのは海軍総司令としてのメルヒオール閣下だ。

 随航するのは、メロヴィグ海軍の機帆艦(フリゲート)ミュゼである。


 トライエット沖に整列したオストリヒテ海軍各艦が、皇弟にして海軍名誉総司令であり艦隊刷新の父、メルヒオール新ゼクフィコ皇帝の門出を祝って、君主に対してのみ許される、三連斉射の礼砲で見送った。


 ゼクフィコでは、装備面でロペス・ガルシア政権軍を圧倒するメロヴィグ派遣軍が、首都エル・オーロを目指して進撃をつづけている。

 メルヒオール・イザベラ新皇帝夫妻によるゼクフィコ帝国が、実現に向け本格的に動きはじめたのであった。


    +++++


 またひとつの年が暮れて明け、皇弟夫妻を新大陸へ送り出した帝都フィレンへ、新年そうそうきな臭いニュースが飛び込んできた。

 地方動乱の報せであり、しかも、ことあると予想されていたエトヴィラ方面ではない。


 現場は、アドラスブルク帝国の北東部、プロジャ王国の東辺境、そしてリュース帝国の西端にかけて広がる、旧ポリニカである。


 ポリニカはかつて、西方(オチデント)最強の陸軍国と謳われるほどの軍事的栄光を誇っていた。

 その主力は有翼騎士(フサリア)と呼ばれる優美な羽飾りが特徴の精鋭騎兵部隊で、風切り音を巻き上げながら突撃してくるその姿は、敵対者から見れば、まさに天馬にまたがった天使の騎士による襲来のごとく思えたことだろう。

 騎兵が戦場の花形であった時代は長く、ポリニカはアジュールと文化的に共通するルーツを持っている。


 いまは三国によって分断されているが、合すれば、アジュールやチェルキ、セラデアといったアドラスブルク帝国内の諸民族よりも、ポリニカ人は数が多い。

 ポリニカがアドラスブルク、プロジャ、リュースによって分割されたのは、寄ってたかっての弱いものイジメの結果ではない。むしろ、強すぎたからだ。


 統一ポリニカは、隣国ルテヴィンと同君連合を形成しており、じつをいえばオストリヒテ=アジュール二重帝国体制を結成するにあたって、参考とした先例でもある。

 ありし日のポリニカ=ルテヴィンは、周囲のいずれの勢力よりも強かった。そのころのデウチェは神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)時代だったが、神聖皇帝はポリニカ=ルテヴィンと戦うより、通婚と同盟を選ぶほうが多かった。

 最強のポリニカ騎兵を(やと)い入れることは、神聖帝国にとって、アドラスブルクにとって国防に資することであったが、献納としての側面があったところも否めない。


 北東の雄リュース帝国、そして中近東を広く領有する大国アルハディラ・ウルスとの緊張がなかったら、精強なポリニカ騎兵隊は、傭兵代という名の上納金だけでは満足せず、神聖帝国を武力で蹂躙していたかもしれない。

 征服が実行されなかった理由は、第一に東方の守りを手薄にできなかったからだが、ポリニカ=ルテヴィンが選挙王制で、複数の世代に渡って政策を一貫させることが叶わなかったためでもある。


 神聖帝国にも選帝制度があったが、ポリニカとルテヴィンではそれぞれの王国で選挙が行われ、選出された王が一致しなかった場合、同君連合を保つために一本化しなければならず、輪をかけて安定しづらかったのだ。

 造反でまれに神聖帝冠を奪われることはあっても、たいていアドラスブルク家当主が皇帝の座を射止めていた神聖帝国と違って、ポリニカ=ルテヴィンの王統は固定されず、長期的国策が根づく土壌がなかった。


 戦場の主役が騎兵から銃兵、さらに砲兵へと変遷するにつれ、ポリニカの軍事的プレゼンスは低下していく。

 ポリニカの武威が薄れるにつれ、ルテヴィンは、民族的には同一ルーツであるリュースにじょじょに同化され、その帝国の一部として吸収されていった。


 残ったポリニカ、軍備は時代遅れとなっているが、なお広大な領土と多くの人口を抱えた大国である。


 ルテヴィンを取り込んだリュースが、さらに西へ勢力を拡大させはじめたため、アドラスブルクとプロジャは形骸化していた神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)の旗を掲げて共同戦線を張った。


 ポリニカをめぐっての戦争はしたくなかった三国は、当のポリニカの都合には耳を貸さぬまま、領土を切りわけてそれぞれの勢力圏に併合してしまう。

 すでにルテヴィンを得ていたリュースの取りぶんはさすがにすくなく、主にアドラスブルクとプロジャによる分割であった。


 それから20年ほどたって今世紀に入り、神聖帝国を完全消滅させた初代バルトポルテは、帝国主義からの解放と民族自治を口実(これを大メロヴィグ帝国を建設しながらやるのだから、すごい図太さだ)に、旧ポリニカ領をプロジャとアドラスブルクから切り離し、傀儡国ヴァルソア公国を樹立させる。


 ヴァルソアはバルトポルテのつぎなる攻撃目標であったリュース遠征のための足場にすぎなかったが、バルトポルテが完全な独立国としてポリニカ王国を復活させてくれるのだと、ポリニカ人たちは期待していた。メロヴィグ革命精神の建前を本気で信じて、バルトポルテがリュース帝国からルテヴィンを解放し、ポリニカ=ルテヴィンを再興してくれるだろうと広言する者すらいた。

 ……冷静に考えれば、神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)を解体したり、イルパニアやヘラルドに傀儡政権を押しつけていたバルトポルテが、かつての地域大国ポリニカ=ルテヴィンの存在を許容するはずなどないのであるが。


 いずれにしろ、歴史の結果は、バルトポルテの敗北とポリニカの再分割であり、エトヴィラ半島といくらか似たような運命を、ポリニカもたどることとなったのだった。


 そんなポリニカ人たちだったが、新生エトヴィラ王国の成立を目の当たりにしたことで、自分たちも独立できるのではないかと希望を抱いた。加えて、併合以来つづくリュースの圧政で、ポリニカ人の忍耐は限界に達しようとしていた。


 同一民族であるとして合同したにもかかわらず、ルテヴィンは本国リュース政府から差別的あつかいを受けており、過大な税と賦役を課せられていた。ルテヴィン現地の政庁は、その負担を地域では少数派となるポリニカ人にかぶせて、彼らの不満を買っていたのである。


 ただ……ポリニカには、エトヴィラのヴァレリアーノのような新国家の顔となる代表者候補がおらず、資金と武器を供給してくれる隣国もなかった。

 帝都ペリムを訪れたポリニカ使節団から嘆願を受けたバルトポルテ三世は、ボルヴァナティズムに適う民族自決を支持すると答えたものの、峠を越え、海を渡り、簡単に密輸ができたメロヴィグ・エトヴィラ間とは条件が違う。


 メロヴィグとポリニカのあいだには、友好国エトヴィラと中立国スヴェルトを障害物として勘定しないとしても、デウチェ連合の領域があり、オストリヒテはじめとするアドラスブルク帝国の領土がある。

 当然だが、メロヴィグから発送されたポリニカ行きの貨物が臨検を受けないわけはない。北部海岸線をプロジャとリュースに占拠されているいまのポリニカは内陸国であり、船便だけで運び入れることも不可能だ。


 ……そんなわけで、メロヴィグ製の新型銃を使えたエトヴィラ人とは違い、ポリニカ人の武器は農具と猟銃であった。

 しかし、パルチザン活動の成否は武器の性能では決まらない。どれだけ草の根で運動が広がるかどうかであり、民衆たち自身、ひとりひとりの意志しだいだ。


 ポリニカ民族運動の指導者たちは、バルトポルテ三世の口約束をもって、メロヴィグの支援を取りつけたと喧伝し、同胞をうまく乗せることに成功していた。

 バルトポルテ三世はなにも具体的行動を起こしていないのだが、それだけ、ポリニカ人たちの不満は蓄積していたのだろう。


 旧ルテヴィン、リュース治下の同胞蜂起に、プロジャ地域のポリニカ人も呼応し、叛乱の規模は大きくなっていった。

 アドラスブルク領へポリニカ独立運動が波及してくるのも、時間の問題であろうと思われた。


 対岸の火事というには近すぎる騒乱の報せを受けて、フィレン政府はさっそく対策閣議を開いていた。そこでどのような話し合いがされたのか、わたしにはわからない。

 そのままでは関わることができないところだったけれど、ちょうどフィレンを訪れていたアジュール首相アングレアム伯爵が、オストリヒテ・アジュール連絡会議の席を設けるよう申請してくれて、わたしもポリニカ問題について話を聞き、発言する機会を得ることができた。


    +++++


 今回の会議出席者は六名。


 オストリヒテ=アジュール皇帝であるエルディナント陛下、アジュール王妃としての資格でわたしセシーリア、アジュール首相アングレアム伯、アジュール宮内卿マイラー伯、オストリヒテ・アジュール連絡相エクセルハーディ伯、そしてハーツィア駐留帝国軍の大佐ヴィラルト男爵。


 ハーツィアとは、アドラスブルク帝国北東部にある旧ポリニカの地域名だ。


 まずエクセルハーディ伯が、今回のポリニカ動乱の発端と概略について述べる。

 そのあたりまでは全部情報収集ずみなんですが、ふむふむと熱心に聞いているふりをします。


「――ポリニカ人によるテロ活動は広まりつつあり、ハーツィア地方への影響が懸念されるものであります」

「いまのところ、ハーツィア現地で暴動・騒擾は発生しておりません。プロジャ、リュース方面から煽動者の流入がないよう、目下警戒を強化中であります」


 エクセルハーディ伯につづいてヴィラルト大佐が、ひとまず帝国領内は平穏を保っていると述べた。


 そうはいっても、プロジャからなら、サクノスとか、デウチェ連合の他国を経由して大まわりすれば、比較的簡単にアドラスブルク領内に入ってこられますからね。


「プロジャとリュースは、叛乱鎮圧にあたる治安部隊が、お互いの領内へ立ち入ることを許可する協定を結んだそうだ。わが帝国にも、取締りに協力するよう要請がきている」


 さらにそうおっしゃったのは、エルディナント陛下。わたしにとっては新情報です。


「プロジャとリュースに協力なさいますか?」


 お訊ねしてみると、陛下は眉をひそめた。


「リュースの叛乱鎮圧責任者フュロドフ将軍は粗野な人物だ。できればわがほうの領内にリュース軍を入れたくないな。フュロドフはプロジャ領内への越境作戦でも、村落を無遠慮に焼き討ちしている」


 協定を結んだとはいえ他国の領内で初手焼き討ちとか、リュース本土ではポリニカ人がどんな目に遭わされているかお察しですね……。


「ではプロジャとのみ協定を結びますかな」


 と、エクセルハーディ伯。たしかにプロジャ軍なら、いきなり他国の領内で焼き討ちはしないと思いますけれども。


 エルディナントさまは渋い表情をしている。


「叛乱が実際にわが帝国領内で発生してからでは遅いが、まだハーツィアのポリニカ人は暴動を起こしたわけではない。プロジャのみと結ぶにしても、鎮圧協定が漏れれば叛乱分子に逆用される。やつらはプロジャ内で騒動を起こしてから、追跡してくるプロジャ軍をわざと引き連れて、わが帝国へ逃げ込むだろう。ハーツィアのポリニカ人をプロジャ軍に攻撃させて、彼らを紛争に巻き込もうとする。仮にプロジャ軍が追跡を途中で打ち切るなら、取締りはわがアドラスブルク帝国の責任だ。面倒は増えこそすれ減りはしない」


 陛下の読みは深かった。リュースとプロジャが相互越境協定を結んだのは、独立派ポリニカ人が国境をまたいで活動しているからだが、アドラスブルク領内のポリニカ人は()()合流していない。さきに鎮圧協定を結べば、独立派ポリニカ人へ活動範囲を広げる好機を与えるだけになる。


「国境警備は万全を期しております。小官の愚見を申し上げますなら、プロジャとリュースには、逃亡者の引き渡しを約束なされるのがよろしいのではないかと」


 ヴィラルト大佐の進言に対しても、エルディナント陛下は難しい顔のままだ。


「逃亡してきた同胞をアドラスブルク帝国の警邏が捕らえて、隣国の絞刑吏に引き渡す……ハーツィアに住むポリニカ人の感情は良くなるまい。そのまま拘留しておくほうがよかろう」

「現状では、越境を試みてくるのは煽動を目的とした工作員のみです。それらは遺漏なく捕らえております。ですがいずれ、相当数のポリニカ人がプロジャ、リュース方面からハーツィアへ流入してくるでしょう。すべて拘留するのは不可能です」


 大佐が言っているのは、プロジャとリュースでのポリニカ民族運動が挫折すれば、難民化したポリニカ人がアドラスブルク領内に住む縁者を頼って押し寄せてくるだろう、という予測である。

 たとえハーツィアのポリニカ人が民族運動に合流しないままであろうと、問題は起こる。先手を打って強制送還協定を結んでおかないと、収拾不能になる、というのがヴィラルト大佐の見解で、おそらくそれは正しい。


 しかしポリニカ人の感情を害する方策をさきに見せれば、けっきょくハーツィアでも叛乱が発生し、アドラスブルク政府も、プロジャ、リュースとともに汎ポリニカ問題に直面するはめに陥る。

 ……ポリニカを分割支配した三国が、その反動を受けるのは当然の報いであるだろうけれど。


 わたしはここで発言機会を求めた。


「細かいところまでは考えていない、ただの思いつきですが、よろしいですか」

「聞かせてくれ、王妃」


 エルディナント陛下の許可を得て、わたしはシロウト政治家感丸だしの雑なアイデアを開陳する。


「ポリニカの独立を調停するのです。話を持ちかければ、おそらくバルトポルテ三世が共同提案者として乗ってくると思います」


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