表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/103

ひと夏の静穏


 夏のご静養期間に入ったエルディナントさまが、長女ゾラといっしょにビュラへとやってきた。


 去年につづいての、半月少々のみながら、一家だけの水入らずな団らん生活。しかもあらたな家族が増えて、しあわせは去年よりさらにマシマシだ。

 やーん、この調子だと、毎年家族が増えちゃうかも。


 ……と思ったのだけれど、エルディナントさまがビュラへ到着したのに合わせたかのように、ラースローネの夜泣きが収まらないようになった。わたしが抱っこしてあげるまで、だれがあやしても寝つくのをこばんで泣きつづける。

 生まれたばかりのころはおとなしくても、周囲が認識できるようになってくると、好き嫌いをはっきりしめす子というのは、たまにいるらしい。


 レヒトハイネン男爵夫人たち、乳母団の仕事が不充分だとは思わない。これまで、ゾラ、テレーゼ、ヨーゼフの三人を、ほとんどわたしの手をわずらわせることなく元気に育ててくれているのだ。


 四人めなんだから、そろそろ真に母親らしいことをしてみろ、という神さまの思し召しなのかもしれない。


 そんなわけで、夜はエルとわたし、ラースローネの三人で同じベッドに寝ることに。そうなると、いままではおとなしく乳母に寝かしつけられていたゾラたちも、ずるいずるいとおふとんに入り込んでくる。


「こっちにいるあいだだけよ。フィレンに帰ったら、おばあさまがお許しにならないからね」

「じゃあフィレンに帰らない。ずっとこっちにいる」


 わたしにしがみついて、ゾラがめずらしくわがままを言いだした。

 第一皇女なのだから、お姉ちゃんなのだから、という(しつ)けを受けて、責任感でがまんしていたけれど、やっぱりさみしかったのかな。


「ゾラは、おばあさまのこと嫌い?」

「……きらいじゃない。きびしいけど、ちゃんとできたらほめてくれるの。おばあさまにほめてもらえるのは、すごいことだって、ママもいってたでしょ?」

「そうだよ、太后さまはとてもきびしいかただけれど、評価されるべき人を理不尽にけなしたままにはしないおひと。太后さまが認めるのは、ほんとうに立派な人だけ。ゾラはとっても偉い子だよ。ゾラがずっとフィレンに帰ってこなかったら、おばあさま、きっと悲しい気持ちになるんじゃないかな」

「そうだね……。でも、わたしずっと、ママといっしょにねたかった」


 わたしの胸に顔を埋める娘がいとおしくて、ぎゅっと抱きしめた。思えば、ゾラは生まれてから一度も、母親であるわたしと同じ寝床で夜を明かしたことがないのだ。


「いままでごめんねゾラ。夏休みが終わるまでは、毎日みんなでいっしょに寝ようね。でも、フィレンでのあなたは、アドラスブルクのプリンセスだから、しっかりしなきゃね」

「……はい」


 しっかりもののお姉ちゃんらしく、ゾラはわたしから離れて、泣きそうな顔のテレーゼにママへ抱きつく順番をゆずってくれた。

 わが子ながら、なんて健気な……というか、わたしが全部自分で育ててたら、こんなに聞きわけのいい子にはならなかったんだろうなあ。


 わたしに飛びついてきたテレーゼは、こらえきれずにしゃくりあげながら訴えてくる。


「ママ、テレーゼもずっとがまんしてたんだよ。えらいよね?」

「うん、偉いよテレーゼ。いい子だね」


 テレーゼをよしよしとなでてあげながら、そういえば自分がちいさかったころはどうだったっけ? とわたしは記憶を掘り返していた。


 母アマーリエは、甘えさせてくれなかった。父フリードリヒは、善い子が寝る時間に床へ就くようなひとではなく、ときおり眠っているわが子を勝手にベッドから引っ張り出して、夜どおしサロンでの議論や宴会につき合わせるなんてこともあった。父のひざの上で眠り込んでしまうときもあったけれど、わたしはオトナの輪に混ぜてもらえるのが嫌ではなかったが。

 母にこそ抱きしめてもらえなかったものの、さみしいと感じた憶えはない。歳の離れていた上の兄姉や、領民のおっかさんたちがかまってくれたおかげだろうか。


 ヨーゼフを抱っこしているエルが、息子に甘えさせている以上に、そのぬくもりから癒やされているとわかる顔で、つぶやく。


「思えば、私もメルヒオールも、母と同じベッドで眠ったことはなかったな。それが皇帝の一族の当たり前なのだと、あきらめていた」

「大貴族って、そういうものなんですねよえ」


 王侯には人間的な家庭のあたたかみが欠けているというよりは、子育ての負担をしているヒマがない、ということなのでしょうけれども。


 偉大なる女帝メレナ・テレーゼは16人もの子を産んだものの、養育は乳母たちと傅育(ふいく)係りに任せきりだった。

 帝国を運営しながらでは、妊娠して出産するまでが限界で、それ以上のことをできるわけがないのだ。むしろ、大きなお腹を抱えているあいだもずっと政務を途切れさせなかった、超人ぶりのほうこそが際立つ。たしか、妊娠後期にもかかわらず、戦地(敵はプロジャ王国軍だった)で閲兵に臨んで、士卒激励の演説をぶったことすらあったはずだ。


 わたしも妊娠中に派閥を作ったり自習をしたりはしてきたが、そこまで根は詰めなかった。国家運営との両立となると自信はない。


 ひとつ間違いないのは、メレナ・テレーゼが、わが子といっしょのベッドで眠る機会は一度たりとてなかった、ということだ。

 子供たちは偉大な女帝としての母を尊敬はしていただろうけれど、果たしてママとして愛することはできていたのか。メレナ・テレーゼのほうは、わが子たちをどう思っていたのだろうか。


 ……とにかくにも、末っ子ラースローネの夜泣きをきっかけに、夏の静養期間のあいだ、わたしたちは家族六人ひとつのベッドで眠ることになった。王宮の特大ベッドだから可能なことだ。


 これも、太后ゾラさまが知ったら、カンカンにお怒りになるのでしょうね。でも、エルも子供たちに挟まれて眠るのが、まんざらでもなさそうだ。ビュラでの家族生活について、フィレンへ帰ってからお母上にありのままお話しされることはないだろう。


 ……違う意味での、夜のお楽しみはお預けになっちゃいましたが。しかたないよね、こういうこともありますよ。


    +++++


 年に一度だけの、真の意味で夫婦ふたりきりになる機会が、思わぬかたちで失われたけれど、それでも、フィレンにいるときよりは、ずっと周囲の余計な目と耳はすくない。


 上の子たち三人がお勉強をしているあいだ、ラースローネを胸に抱きながら、エルディナントさまと実質ふたりだけで話す時間を持つことができた。


 自然、話題になるのは義弟夫婦のことだ。


「メルヒオールたちは、帝位受諾前のあいさつ周りに出かけたよ。まずはロミアで教皇台下(だいか)から皇帝即位のお許しをいただき、メロヴィグ、バルディウム、ブライトノーツの順にまわる予定だ」

「イルパニアは省くのに、ブライトノーツへはお立ち寄りになるのですか?」


 三国連合だったはずのに、もうメロヴィグしかメルヒオール殿下を担ぐ勢力は残っていないのだ。教皇表敬は省略できない形式にしろ、メロヴィグのバルトポルテ三世に念を押して、イザベラ姫の実家であるバルディウムからなんらかの援助を引き出すことさえできれば、ブライトノーツには、もはやイルパニア同様に用事がないのではなかろうか。


「ブライトノーツのベアトリス女王から見れば、イザベラは従姪(じゅうてつ)にあたる。まるで縁のないバルトポルテだけを頼りにするというのは、心もとないだろう」

「一番縁の深いはずの、わたしたちアドラスブルク本家が、ロクな援助をできていないですけれど」


 わたしが自嘲気味にため息をつくと、エルディナントさまも肩をすくめる。


「情けない話だが、ない袖は振れないさ。弟も、それは承知の上でゼクフィコへ行くんだ」


 そうはいっても、エルディナントさまが弟ぎみの新たな門出のために持たせたお土産は、それなりのものである。世界に冠たるアドラスブルク帝国にしては(シワ)いかな、というていどで、並の国の君主となるには、十二分だろう。


 まず、メルヒオール殿下がオストリヒテ大公でありつづけていた場合に受け取るはずだった御用金10年ぶんを、ご祝儀として一括先払いする。


 加えて、直接兵力を貸す余裕はないけれども、アドラスブルク皇弟にしてゼクフィコ皇帝の名で、メルヒオール殿下に義勇兵を募る権利が与えられた。

 志願した者がオストリヒテ軍に所属していた場合、義勇兵であるから無給であるが、オストリヒテに残る家族の扶養手当は引きつづきフィレン政府が負担する。オストリヒテ軍籍の志願者がゼクフィコで名誉の戦死を遂げた場合、本土の家族には恩給も支給される。オストリヒテへ帰還した場合は、もとの階級のまま原隊復帰が認められる。

 これはなかなかの好条件だ。


「メルヒオールさまのもとに、義勇兵はどのくらい集まるでしょうか?」

「当座の正面戦力は、メロヴィグ軍がいる。義勇兵は、新皇帝の人望を表す、象徴以上のものではないさ。頭数より、何ヶ国から参加者が集まるか、そちらのほうが重要だな。無給の義勇兵といっても、食わせる責任はあるし、武器をそろえるのもすぐというわけにはいくまい。新大陸の兵器需給は、ステイツの内戦で逼迫しているだろうから」

「なるほど」


 軍事方面はエルディナントさまのご専門だ。しばらくはメロヴィグ軍に任せておいて問題なし、ということみたい。


「とにかく、ステイツの内戦が終わる前に、ゼクフィコ国内を固めることだ。新大陸に旧世界列強の軍が存在することは、確実にステイツの機嫌を損ねる」

「ブライトノーツとイルパニアが退いた理由は、ステイツをはばかったから、ではないような気がするんですよね」

「メロヴィグというか、バルトポルテの考えは、債権回収を二の次にしているような感じがするな」

「わたしもそう思います。エトヴィラ介入は、メロヴィグにとって採算割れの事業になったけれども、バルトポルテ三世の名声を高めた。初代バルトポルテにとっても、エトヴィラでの戦争は成功事業でした。三世は、自分で直接指揮を執っても戦争では勝てないのだと悟って、海の向こうに目を転じたのかもしれません」


 わたしがそういうと、600年の帝国の継承者であり、名声を求めずにはいられない成り上がり者の思考がよくわからないらしいエルディナントさまは、ため息をついた。


「初代バルトポルテは、わがアドラスブルクにとってとんだ疫病神だった。その甥と、自分の弟が上手くやってくれると期待するのは、甘いのかな」

「メルヒオールさまとイザベラさまを信じましょう」

「イザベラは『お義姉(ねえ)さまがアジュール民族を美貌と知性で征したように、わたくしもゼクフィコを征してみせますわ』と言っていたよ」


 ……やだもう、エルディナントさまにまでそんなこと言っちゃったんですかイザベラ姫ってば。


「わたしはそんな大層なことしてないですよ」

「ロペス・ガルシアは、ゼクフィコにおける、アジュールのマイラー伯とアングレアム伯を合わせたような人物だろう。直接会って話をすることができれば、もしかしたら……。セシィ、きみだったらほんとうに、ロペス・ガルシアでも説き伏せることができそうだな」

「やめてくださいよ、エルディナントさままで」


 いまだに姑ゾラさまから「躾けのなってない嫁」あつかいされてるわたしが、どうして対面した相手をことごとく心服させるカリスマ帝妃だ、なんて誤解をされているんでしょうかね?


 平和な夏はこうしてすぎてゆき、アジュールの草原に初秋の風が吹こうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ