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南国の帝冠


 戦争があり、国家体制の改編がなされた激動の年が明け、オストリヒテ帝国あらため、オストリヒテ=アジュール帝国が本格的に動きはじめてまもなく――


 敵対関係を解消したメロヴィグの外交筋から、フィレン宮廷へみょうな話が持ち込まれてきた。しかも、大元の出どころは、西太洋(アトランティコ)の向こうがわ、新大陸だという。


 ……まあ、例によってわたしは直接関与できないので、漏れてくるうわさをこっそり集めてるだけなんですが。


 いちおう、エルディナント陛下がいろいろ手をまわしてくださって、アジュール関連のことなら管轄部署から公式に情報をもらえたり、()()表明ならできるようになったんですけれども。

 アジュール()()としてはともかく、アドラスブルク()()としてのわたしが政治に口出しするのは禁止、という原則は変わっていなかった。

 まして新大陸がらみとあっては、アジュールからはどうひねってもタッチできない。


 それでも、断片的に伝わってきた情報を組み合わせて(すっかり諜報機関みたいな分析癖が板についてきてしまった)みると……


 どうやら、メロヴィグ政府はゼクフィコ皇帝の候補者を探していて、エルディナントさまの弟、つまりわたしにとっては義弟である、メルヒオール大公に引き受けてもらえまいかと打診してきているらしい。


 なぜ海の向こうの大陸にある国の帝位に、アドラスブルクの皇弟が推されるのか。その話を持ってきたのがメロヴィグなのはどうしてか――


 まずは、新大陸について、おおざっぱなおさらいをしてみましょう。


 わたしたちの住む旧世界から大洋をへだてた西の彼方、大きく南北にわかれていて、細長い地峡でつながっている新大陸。かつてその大半は、イルパニアの属州・植民地というかたちで、アドラスブルク帝国の一部でもあった。


 イルパニアの衰退以降、メロヴィグやブライトノーツなど西方(オチデント)各国が利権争奪に加わり、大陸情勢は複雑の度を増していく。


 一時はかなりの部分がブライトノーツの占領下におかれ、そののち、メロヴィグの支援を受けて、北大陸の中緯度地域を占める共和主義者(リパブリカン・)合衆国(ステイツ)が独立を果たした。いまから100年とすこし前のことだ。


 ブライトノーツの勢力を削ぐことを目的にステイツへ援助したことが、ベルボーン王朝政府の財政破綻を決定的なものとし、反君主制革命がメロヴィグへと波及してくることになったのは、皮肉であったろうか。


 やや目を転じて、新大陸の中部・南部を瞥見してみると、あまり人口稠密ではなく部族社会だった北部と違い、旧大陸人が到達する以前から巨大国家が並存していた。イルパニア人は「黄金郷(エルドラド)」と呼び、金銀財宝を略奪する対象としかみなさなかったが。


 被支配階層から人気のない王朝で、内通者があいついだこと。新大陸には馬がおらず、火砲もなかったこと。現地の神話に「東の海からやってくる金髪で肌の白い人間は天の使いである」という伝承が残っていたこと……要因はいろいろあるが、合わせれば5000万の人口を抱えていたであろうみっつの領域国家を、三回に渡るイルパニアの遠征軍は個別に征服せしめていた。それぞれの征服事業に従軍していたイルパニア兵は、わずか数百人ずつであった。


 その成功体験がイルパニアに「神のご加護」を確信させ、傲岸な振る舞いをさせることになるのだが……ひとまず話を二世紀少々進めます。


 ステイツの独立宣言と同じ思想から生まれ、旧世界への吹き返しとして波及した、メロヴィグ革命精神の推進者を標榜して、初代バルトポルテは新大陸の中南部に対しても干渉を行った。

 西太洋(アトランティコ)を挟んで、新旧両大陸は新思想を生み出しては投げかけ、受け取ってはまた向こう岸へ投げ返していたのである。


 その結果、新大陸の中部・南部では、王権主義者と共和主義者のあいだで、国作りをめぐっての主導権争いが常態化してしまう。


 今回俎上にあがってきた、ゼクフィコもその典型だ。もはや旧宗主国イルパニアには統治する能力がない。だれかが国をまとめなければならなかった。

 なお、現イルパニア王統は、アドラスブルク系の断絶後に起こった継承戦争で勝利したベルボーンの傍流で、本流メロヴィグのベルボーン家滅亡以後も生き残り、一時的にバルトポルテによって王位から追われたものの、復帰している。


 ゼクフィコ共和派の支援をしてきたのは北となりのステイツだが、北部の重工業推進派と南部の大農場所有者のあいだで、関税障壁と奴隷制をめぐる対立が激しくなっていて、国外へ働きかけをする余力が失われつつあった。


 ゼクフィコでの共和制支持者は、比較的裕福な新興商(ブルジョワ)や農園所有者といった、旧大陸からの植民者の子孫で、土着の、あるいは混血民からなる小作人たちからは敵視されている。

 しかし彼らも、イルパニア本国から赴任してきては重税を搾り取っていく総督政府組織に対しては、一致団結して蜂起を繰り返していた。外敵がいなくなったからこその内輪揉めだ。


 ステイツの混乱に乗じてゼクフィコへ干渉することにしたのは、メロヴィグとブライトノーツだった。新大陸政策に関してずっと敵対していた両国が、なぜここで手を結ぶことにしたのかというと……。

 独立後どんどん力をつけていくステイツの勢力に、一定の枠をはめたいと考えているのだ。


 ステイツの領域のさらに北側、高緯度地帯は、最初メロヴィグによって開拓されたのだが、現在はブライトノーツの属州カヌディアとなっている。

 南側のゼクフィコにも安定した国家を樹立し、ステイツの勢力圏が新大陸全土に広がらないよう囲ってしまおう――というのが、ブライトノーツとメロヴィグの両政府首脳部によって考え出された戦略であった。


 ブライトノーツの王室関係者をゼクフィコの統治者として送り込めば、南北からの挟撃だとあからさまになってしまう。なので、ブライトノーツとしてはステイツへの露骨な隔意を隠したい。

 いっぽう、メロヴィグの現政権首班であるバルトポルテ三世の手元には、ゼクフィコの玉座に登らせるに足る人材がいなかった。皇子アンリ・バルトポルテはまだおさないし、四世としてあとを継ぎ、本国を統治してもらわなければならない。


 メロヴィグからもブライトノーツからも、ゼクフィコ統治者として担ぎ出す候補がいないとなると……


 イルパニア系の旧統治者たちはいずれも不適格だ。とにかくゼクフィコ現地の人たちから評判が悪い、恨まれている。


 ……そんなわけで、かつてゼクフィコを支配していていたアドラスブルク家の末裔へ、皇帝にならないか、とお鉢がまわってきたのであった。


    +++++


 バルティア・ロカーナ総督の任から外れて以降、メルヒオール大公はオストリヒテ海軍の母港トライエットの近郊で、若すぎる隠居生活を送っていた。


 皇弟殿下は重要な宮廷儀式が執り行われるときをのぞいて、フィレンへ立ち入ろうとしない。どうやら、帝国政府中枢の保守派の面々と顔を合わせたくないようだ。

 バルティア・ロカーナの統治は、フィレンの横槍さえなければ上手くいっていたのに……という歯がゆい思いがあるのだろう。


 アジュール政策の定期確認という名目の非公式会議の席で、わたしは、ゼクフィコ問題についてエルディナントさまがどのようなお考えをお持ちなのか、訊ねてみることにした。


 会議の出席者は、オストリヒテ=アジュール皇帝たるエルディナント・フランツ陛下と、アジュール王妃としての立場でわたしセシーリア。アジュール代表がマイラー伯爵で、オストリヒテ・アジュール連絡相エクセルハーディ伯爵がオブザーバー兼書記として末席につく。

 公式閣議ではないから、ささやかなものだ。


 公的立ち位置と私的感情の双方から、太后ゾラさまはアジュール関係の話には首を突っ込んでこないので、わたしにとっては息がしやすい部屋だった。エクセルハーディ伯が、ゾラさまの右腕である伯爵夫人にわたしの言動を漏らすかどうかは任意。というか、それが知りたいというのもあって、あえてここで切り出します。


「――ところで、お話は変わりますけれど……陛下、メルヒオール大公へゼクフィコ皇帝位の打診があったといううわさは、事実でしょうか?」

「いったい、どこでそんな話を聞きつけてきたのかな、王妃は?」

「人の口に戸は立てられませんよ。大声ではいわないまでも、みな顔を合わせばその話で持ちきりです」


 実際には、けっこうアクティブに情報収集してますけれども。


 エルディナントさまは、ゾラさまと違って、わたしが意外なことを知っていたときに、情報の出どころを根掘り葉掘り問い詰めてくるような粘着質な性格ではない。すぐに答えてくださった。


「公式にはまだきていない。メロヴィグは、水面下で感触を探っているだけだ。……先方に正式な皇帝推挙の書類を出すつもりがあるなら、私としては弟の判断に任せていいと思っている。あれには政治の才能と意欲がある。旧世界には存分に働ける場がないというなら、あらたな舞台を紹介するのも悪くないだろう」

「判断はあくまでメルヒオール殿下に一任なさる、ということですか」

「たやすい仕事でないのはあきらかだからね。すくなくともわが帝国には、最初の祝い金はともかく、追加の支援や、貸せる兵の余裕はない。受諾したら最後、うしろから足を引っ張られることはないが、助けも一切こない――弟はそういう状況におかれる」


 エルディナントさまの口調には、弟にひとかどの器量があることは認めつつ、これ以上の甘えは通らないぞ、という突き放しもかすかに漂っていた。


 メルヒオール殿下が、バルティア・ロカーナでの失敗原因をフィレンへ転嫁していることに、陛下はすこしご不興らしい。

 泥をかぶる前に敗戦処理現場から逃がしてあげたのに、それに恩は感じず恨みつらみがさきに出るのか? 権限には責任もともなうのだからな、といったところかしら。


「メロヴィグとブライトノーツが全面的に支援するのであれば、ゼクフィコの完全掌握とて不可能ではありますまい。しかし、それほど力を入れる気があるのなら、最初から自国の王族なり、由緒ある大貴族を送り込んでいる。裏があると考えるべきです」


 そういったのはマイラー伯だった。たしかにお説のとおり。


「メロヴィグは初代バルトポルテ時代に、周辺国へボルヴァナト家の縁者や子飼いの将軍を女婿や養子として送り込み、傀儡王朝を作らせましたよね。ゼクフィコに同じ手段を使わないのはなぜなのでしょう?」

「初代バルトポルテの用いた衛星国戦略は、中核となる本拠地があってこそのものです。遠隔地のゼクフィコに、建前上同格の友好国政府をおいても、支援の持ち出しが増えるばかりで本国にはさしたる利益がない」


 なるほど。それってつまり、メロヴィグはゼクフィコを本気で支えるつもりはないってことじゃないですか……?


「ステイツの内紛がどれだけの期間つづくか、ステイツが再統一されて、裏庭であるゼクフィコへ注意が戻るまでに、どこまで足場を固められるか、それしだいでしょうな」


 エクセルハーディ伯の発言は、ゼクフィコ帝位の誘いをメルヒオール殿下が引き受けたなら、というのが前提の話のようだ。


「ステイツの情勢って、どのていど緊迫しているんでしょうか?」


 これには、エルディナントさまが答えてくださった。


「選挙の結果が出れば、南部の離脱は避けられまい。実際には投票するまでもなく、つぎの大統領は決まっている。早ければ年内、遅くとも来年の春には南部が分離独立を宣言するだろう。ステイツが円満に二ヶ国に分裂するとは、考えにくい」


 エルディナントさまが「選挙」という言葉を口にしたさい、忌まわしげな響きがあった。そんなイカサマありきのサイコロ博打のような手段で国政の行く末を決めるから、国そのものが動揺するのだ、と、専制君主としては思われるのだろう。


「内戦になる、と」

「十中八九、そうなる。北部は工業化が進んでいるが、南部は農村地帯だ。開戦となれば北部が有利だろうな。外部から干渉があればべつだが……こちらの大陸から新大陸へ派兵できるのはブライトノーツとメロヴィグくらいで、にもかかわらず、どちらも見ているのはゼクフィコだ。ステイツの混乱に乗じて背後で策動する気はあっても、直接手を出す覚悟はない」


 ふむふむ……メロヴィグもブライトノーツも、ステイツがごたごたしている隙にゼクフィコで利権を確保したい、と。


「メルヒオール殿下は、メロヴィグとブライトノーツの傀儡として利用されるだけということになりませんか?」

「だから、あとは弟しだいだ。王朝というのは、自ら覇権を握って名乗りをあげるか、御輿として担がれるか、どちらかで(はじ)まるものだよ。わがアドラスブルクは、諸侯の権勢争いの中、調停者として選ばれたルートヴィヒ一世が神聖皇帝となるまで、辺境の零細伯爵家にすぎなかった。メロヴィグとブライトノーツに担がれたメルヒオールが、己の英知と統治力で自立し、新大陸に偉大な王朝を築く可能性を、私は信じてやれる」


 ……のちになってから「皇帝エルディナントは、弟メルヒオールが自分よりも国民からの人気があることに嫉妬し、厄介払いするためゼクフィコ帝冠を押しつけた」だなんて、したり顔の解説をする歴史家が現れたりもしたけれど、陛下にそんなゲスな根性はなかった、とわたしは主張しておきたい。


 このとき、わたしたち夫婦にはもうヨーゼフがいたのだ。バルティア・ロカーナ紛争のさいには、メルヒオール殿下にすべてを任せて、仮に彼がひとりの力で帝国を窮地から救い出したら、救世主を皇帝に!と唱える勢力が現れないともかぎらない……という可能性を否定しきれなかったけれど、国体分解の危機も、ひとまずは乗り越えている。


 恐れたり嫉妬したり、まして真の有事が到来した場合は海軍の指揮をゆだねることのできる、頼れる皇弟を厄介払いする必要など、なくなっていたのだから。


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