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最大の敵との邂逅

おまたせしました第二部開始です。

第一部は9割書き上げた状態で連載スタートしましたが、第二部は書きながらなので、毎日更新というわけにはいきませんけど、ゆるゆるとお付き合いいただけますとさいわいです。



 アドラスブルク帝国が揺れに揺れた年が暮れゆく中、ようやく落ち着いてきたフィレンへもたらされたのは、わたし個人にとって、そしてオストリヒテそのものとも縁のある、悲しい報せだった。


 プロジャ王アルブレヒト陛下が亡くなったのだ。


 太后ゾラさまにとっては義理の兄、わたしにとっては義理の伯父の訃報ということになる。


 アルブレヒト陛下と王妃ヴィルヘルミーナさまのあいだには、四人の王女が生まれていたが、男の子はいなかった。アドラスブルクと違ってプロジャは男性継承しか認めていないので、王弟エルンスト殿下が王位を継ぐことになる。

 エルンスト殿下には跡取りとなる王子がおいでのため、将来に一族内での婚姻政策が実現しないかぎり、ヴィルヘルミーナさまゆかりの者に王位が戻ることはない。


 南北の雄として、デウチェ連合の主導権を争うオストリヒテとプロジャだけれど、ヴァリアシュテルンの姫であるヴィルヘルミーナさまとゾラさまの存在が、これまでは衝突を緩和してきた。

 アルブレヒト陛下の薨去により、オストリヒテとプロジャのあいだの心理的きずなが、ひとつ、薄れることになる。


 いずれにしても、最近は不仲な関係になってしまっている国とはいえ、デウチェ君侯の大葬にアドラスブルク帝室関係者が参列しないわけにはいかない。エルディナントさまとわたしの婚礼の儀には、ヴィルヘルミーナさまと王女たちがきてくださっている。


 ……と、いうわけで、汽車と馬車を乗り継ぎながら、わたしと太后ゾラさまが、アルブレヒト陛下のおくやみのためにプロジャ首都ベルンドまで弔問へ行くことになった。

 ゾラさまがオストリヒテ、フィレン宮廷の代表、わたしはアドラスブルク皇帝エルディナントさまの名代であるとともに、アジュール王妃として。


 う……義母(ゾラ)さまと道連れの旅とか……しんどいな。


    +++++


 わたしは道中のいびり地獄を覚悟していたのだけれど、ゾラさまはびっくりするほどおとなしかった。


 馬車での移動中、ゾラさまとわたしは同乗しない。現帝の母御前である国母と、現帝妃なので、同格の仕立ての馬車をべつべつに準備して、それぞれの侍女たちと乗り込む。衣装と衣装係り、プロジャ宮廷へのお見舞いの品と供奉官の乗った馬車なんかもついてきて、ちょっとした車列になる。


 鉄道はデウチェ全域で整備されつつあるものの、フィレンからベルンドまでの直通路線はまだ開通していなかった。鉄道駅で、終点からつぎの出発駅まで移動するために、馬車を貨物車両へ積み込み、馬匹は家畜運搬車両に乗せられ、人間のほうは客車へ。


 王族・皇族に供することのできる御用車両は、一区間に一両くらいしか準備されていない。路線がデウチェ連合の全域で接続されれば、必要になる都度回送してこられるのだけれど、現状だと効率が悪かった。近侍以外の従者たちは、ふだんから使われている普通客車に乗ることになる。

 もちろん、一般乗客はいない特別編成ではあるが。


 汽笛の音が響き、黒鉄(くろがね)の機関車が蒸気を噴きながら、ゆっくりと、しかし力強く動きはじめた。がたんごとんと、小気味よい音を立てながら列車が加速していく。


 わたしはけっこう汽車が好きだ。ヴァリアシュテルンに初の路線が開通したとき、父フリードリヒにせがんで切符を取ってもらったことがある。用事もないのに、丸一日かけて首都ミューゼンと、となりの都市エルヴスブルクのあいだを往復したのだ。

 復路便の発車まで三時間あったのに、父と次兄レオンハルトといっしょに、駅構内で機関車の周りにずっと張りつくだけでエルヴスブルクの街で買い物すらせず、切符の半券しかお土産を持って帰らなかったので、母アマーリエにあきれられた。


 他愛ない、いまとなっては懐かしい思い出だ。


 ゾラさまは乗車なさってから、ずっとベールで顔をおおって手を組んでいた。どうやら、汽車がお苦手らしい。


 そういえば、迷信深……もとい信心深いお年寄りの中には、


「機関車は速度が早すぎて、中の生き物が死んでしまう」


 とか、


「汽車に人間が乗ると、肉体の移動速度に追いつけずに魂が抜けてしまう」


 だの、笑っちゃうようなことを真顔でいう人がときどきいましたっけ。まさか、ゾラさまがそのクチのおひとだったとは。


 ……でも、エルディナントさまも“新技術”ってやつがあんまりお好きじゃないのよね。ガス灯って便利だと思うのだけれど、宮殿の照明を新しくしようって話は進まない。

 そのあたりは、似たもの親子ということなのかしら。


 並レベルでは貴族でも乗れない御用車両の内装は贅が尽くされていて、振動と騒音さえなければ宮廷の談話室にいるかのようだ。まあ、さすがに天井は低いですけれど。


 ふだんの背筋がピンと伸びた姿勢とは大違い、ソファに深くもたれている太后殿下のかたわらまで行って、遠慮がちな響きの声で話しかける。


「ゾラさま……ご気分がよろしくないのですか?」

「だいじょうぶよ。放っておいて」

「会話をしているほうが、気がまぎれていいかもしれませんよ」

「船酔いとは違うから。かまわないでちょうだい」


 こちらを見ようともせず、ゾラさまはいつもとはまるで調子の異なる、か細い声で応じるばかり。

 具合の悪そうな姑を完全放置でも、しつこく気を遣いすぎても、あとでなにかといびりの材料になりそうだし、こんなものだろうか。


 ゾラさまは目を閉じて手を組んだまま、わが主よ(マイン・ゴット)とかつぶやいている。汽車の速度に魂が置き去りにされないよう、お祈りをしているようだ。

 速さに怯えなくてもだいじょうぶですよ。ブライトノーツ語では神のご加護を(ゴッドスピード)っていうくらいですから。


 義母のおとなりから離れて、自分の席に戻る。いつも偉そうな眼光で、わたしやわたしの侍女たちを睥睨しているエクセルハーディ伯爵夫人も、あまり顔色が良くないようだ。


 ……今度から、移動は可能なかぎり汽車にしよう、とわたしは心に決めた。船旅だと、老婦人たちがお元気でしょうがないもの。


    +++++


 プロジャ王国首都ベルンドにおけるアルブレヒト王の大葬の儀は、小雪がちらつく中、しめやかに執り行われた。


 50万のベルンド市民がしわぶきひとつ漏らすことなく亡王の棺を見送るさまは、見ていてちょっとうそ寒くなってくるほど厳粛な光景だった。


 王が葬られるベルンド大聖堂は改革教派のものであり(デウチェの南北問題のひとつがこの宗派対立だ)、敬虔な正教信徒であるゾラさまは、改革式の作法は拒絶し、ごく簡単に、亡き王へ弔意をしめして聖堂をあとにされた。

 コチコチの守旧派ゾラさまといえど、ここで正教式のやりかたを押しとおして摩擦を起こすほど無神経な振る舞いはなさらない。政治的バランス感覚はお持ちのかただ。


 わたしもいちおう正教派信徒ということになっている(そうでないとアドラスブルク皇帝とは結婚できない)が、そんなにこだわる気はないので、改革派の作法に則ってアルブレヒト陛下へお別れを告げる。


 弔問外交に独自性や洒脱な気配りは必要とされない。無難な公式作文どおりに、王室や政府要人のお歴々へおくやみを伝え、亡王への尊敬の念を申しあげる。


 オストリヒテはじめとする南デウチェ諸邦と政策での衝突が絶えなかったとはいえ、アルブレヒト陛下が偉大な指導者であったことに間違いはない。

 先代マクシミリアン王は、バルトポルテに敗れたさいには勝者の指図に甘んじ、征服者の失墜でデウチェ諸邦が地位を回復してからは、旧体制へ回帰させる以上のことをしなかった。

 凡庸な王が二代つづいていたら、バルトポルテショックからプロジャが抜け出して、デウチェ連合の北部代表となることはなかっただろう。


 ……そうした“公式”の弔問を終えたあとで、ゾラさまとわたしは、あらためて王妃ヴィルヘルミーナさまと私的な懇親の席を囲んだ。


 ヴィルヘルミーナさまはゾラさまの、そしてわたしの母アマーリエの姉上である。ゾラさまが素直に目上の相手としてへりくだる、おそらくは地上唯一の人間だろう。


 夫君であるマティアス殿下のことも、先帝ハインリヒ陛下のことも、ゾラさまは真の意味ではうやまっていない。お父上であるヴァリアシュテルン先王メルヒオール陛下が亡くなって以降、ゾラさまがご自身より偉いと認めているのは、いまや姉ヴィルヘルミーナさまおひとりだけ。


 わたしはヴィルヘルミーナさまからけっこう気に入られているので、ここでゾラさまが嫁いびりの挙に出ることはない。お姉さまには、よき義母であるところを見せたいのかしら。


 ヴィルヘルミーナさまの娘四人のうち、長女メレナ姫はブライトノーツのブッキンゲン公爵と、次女ギゼラ姫はヘラルドの王子と結婚している。もちろんふたりとも、お父さまであるアルブレヒト陛下危篤の報を聞いた時点で帰ってきていて、四姉妹がそろっていた。


 わたしは従姉妹であるプロジャ四姉妹から、なぜだかよくわからないのだけれど、ちょっとしたあこがれ視を受けていて、服喪で集まっている以上、はしゃぐわけにはいかないものの、すぐ彼女たちのテーブルへと誘われた。

 美貌の秘訣だとか、どうやって皇帝陛下を落としたのかとか、なにかと聞かれるのですが……正直答えにくいです。エルディナントさまのこと、狙ったりなんてしてなかったんですから、ほんとうに。


 ……あ、そういえばお伝えし忘れていましたが、姉のシャルロッテは無事にタルシス・ヴェルタ侯子ゲオルクどのと結婚しました。ヨーゼフが生まれたおかげですね。


 ヴィルヘルミーナさまとゾラさまが、ひととおりのお話をすませたタイミングをみて、わたしはプロジャ四姉妹に目配せして外させてもらい、王妃殿下のもとへ向かう。


 背が高くてすらっとしているヴィルヘルミーナさまとわたしは、実母のアマーリエと並んでいるときより母娘らしく見える、と言われることもしばしばだ。


「ヴィルヘルミーナ伯母さま、このたびは――」

「繰り返しはいいわよ。昨日の公式弔問のときに聞いたわ。なにか気になることがあるのでしょう、セシィ」


 ヴィルヘルミーナさま、すごく察しが良いのよね。たまにしかお会いしないのに、わたしが困っているとか、話したいことがあるとか、すぐに気がついてくださる。

 母のアマーリエはぜんぜん汲み取ってくれないのに。……ゾラさまは、わかっていてあえて無視(シカト)っていうのがありそうだけれど。


 ぶっちゃけると、実母よりも義母よりも親しみを感じる伯母へ、わたしは単刀直入、気がかりになっていたことを質問した。


「次期王エルンストさまにごあいさつさせていただいたときに、ずいぶんと恰幅の良い紳士をお見かけしたのですが、あのかたはどなたでしょうか?」


 エルンストさまの取り巻きの中に、ひとり、みょうに目を引く人物がいたのだ。頭抜けた長身と、肥満ではない恰幅のよさで、軍服を着ていれば違和感なく将軍だと思っただろう貫禄だったけれど、文官のようだった。

 言葉を交わす機会はなかったものの、あの鋭い眼は、いやに印象に残った。たぶん40代なかば。王族ではない政府要人としては、かなり若い。


 ヴィルヘルミーナさまは、


「ベルンハルト=ディズマールね。義弟(おとうと)は遠からず、あの男を宰相に取り立てるでしょう。お気をつけなさい、ディズマールはオストリヒテを滅ぼすか、すくなくとも、デウチェから完全に排除するつもりでいるわ」


 と、物憂げというか、すこし忌々しげにさえ聞こえる口調で答えてくださった。


 ゾラさまが眉をひそめる。


「オストリヒテを滅ぼすつもりですって?」

「ディズマールの属している枢密派(カマリラ)は、デウチェ民族主義を利用して、プロジャ主導で旧神聖帝国(ハイリジェス・ライヒ)を再統一しようという考えを持っている。彼らにとって、オストリヒテ、アドラスブルク家は邪魔なのよ」


 ヴィルヘルミーナさまは、分権主義に理解をしめす開明派で、プロジャに選挙制議会が設立されたさいにも賛成なさっていた。


 自分たちの意見が政治に反映されている、という実感が、プロジャ国民の勤勉性を高め、その国力増大の一助をなしているというのは、絶対君主制を信じるゾラさまには認めがたいことだろうけれども、事実である。


 アルブレヒト陛下は、共和派の要求を聞きながら王として政策を進めるという、立憲君主としてプロジャの舵取りをしてきた。

 エルンスト新王は、ディズマールの登用によって君主の権力を増大させようと考えているのだろうか。


 自由主義者・共和主義者は、衆議と投票でものごとを決める。専制君主から見れば、迂遠で機動性のない政策決定プロセスだが、明確な利点というのもあるのだ。


 気に入らない決議だから無視する、などという挙に出れば、もうその派閥の主張はまともに聞いてもらえなくなる。つぎの選挙や議会で捲土重来を期すなら、嫌な決定でも我慢して従わなければならない。

 だから、上手くまわっているあいだの共和主義・民主主義は強いのだ。いやいや王の命令で動いているだけの国民とは、やる気が違う。

 歯車が狂ってしまうと、かつてのメロヴィグのように、同胞相食む修羅場へ陥ることになるが。


 完全な絶対王制でも民主制でもない、議会制君主国であれば、自分たち自身の決定に責任を持つ者たちに、進んで君主へ権力を預けるよう議決させることで、神授王権だの500年の伝統だのといったあいまいな権威より、はるかに強固な政策実行力を得られるというわけだ。


 その誘導をするには、民族主義へ訴えかけるのが一番効率がよい――


 ディズマールは、ある意味わたしと同じ方法を知っている。アジュール民族に、アドラスブルク皇帝による帝国再統合を求めるよう、自主的に選ばせたわたしと。


 ゾラさまは、アドラスブルク帝室への畏敬を欠いているプロジャ次期宰相へ憤り、ヴィルヘルミーナさまは、亡き夫の政策を覆そうとする義弟とその腹心への苦々しい思いを表情に浮かべていたが、わたしは伯母たちとは違う意味で、眉根を寄せて考え込むことになった。


 アドラスブルク帝国最大の敵となる、プロジャ宰相ディズマール――その顔と名前が一致した瞬間だった。



地球において、ガス灯は屋内使用に向かない照明器具でしたが、この世界では化学チートキャラのマリエンヌ(当ヒストリカル・ロマンスシリーズの『契約結婚と聞いたので、喜んで独身時代のシュミを貫くことにした結果』をご参照ください)が、燃焼効率強化と換気機構を完備した新式ガス照明を発明(本編終了後のヌーヴェル・メロヴィグへ移住したあとのことなので作中では書かれてません)しています。

さすがのマリエンヌも電灯までは発明できなかったようです。

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