奇帝バルトポルテ三世
エルディナントさまの提案にわたしもゾラさまも賛成し、あらたな皇子はヨーゼフと名づけられた。アドラスブルクにはこれまでふたりの皇帝ヨーゼフがいて、いずれも賢帝として今日まで語り継がれている。
きっと、この子もよき皇帝になってくれるはずだ。
私人としてのわたしたち一家は、しあわせに包まれていたけれど、わたしがヨーゼフを授かり、お腹の中で育んでいた昨年のあいだに、帝国の南西部では急速に暗雲が垂れ込めはじめていた。
その地――皇弟メルヒオール殿下の赴任先である、エトヴィラ半島のつけ根に位置するバルティア・ロカーナは、単に独立を果たそうというだけではなく、全エトヴィラ統合を唱える民族主義者の巣窟だった。
西方文明の始祖であるロミアを擁するエトヴィラだが、偉大なる古代ロミア帝国崩壊以降、ひとつにまとまった試しがほとんどなかった。
世界の心臓ロミアを征した勢力こそが文明世界の盟主であると目され、勃興した強国はこぞってエトヴィラに侵攻し、奪い合ったからだ。
その中には当然アドラスブルク帝国もふくまれる。神聖帝国があったころは、「ロミア王」の称号が皇太子の証しだった。実際にロミアで戴冠した人は、ほとんどいなかったそうだけれども。
当のエトヴィラ人そっちのけでの覇権闘争、いい加減にしろって言いたくもなりますよね。
古代ロミア崩壊からこのかた1400年ほどのあいだで、数少ない統一エトヴィラが実現を見たのは、初代バルトポルテの全盛期のことであった。
バルトポルテは征服のみによってエトヴィラを制覇したわけではなく、エトヴィラ人による自治、アドラスブルク帝国に対する従属からの解放、教会領の世俗復帰を掲げて地元民衆からの支持を買い取っていた。
バルトポルテ帝国は一代かぎりの泡沫の夢であり、その体制崩壊によって、地図の色分けには少々違いがあったものの、以前と大差ない分割状態にエトヴィラ半島は戻った。だが、そこに住まうエトヴィラ人たちの魂の底流には、かつて存在していなかった、独立と統一を求める声がこだまするようになっていた。
なおも、ほぼ一世代のあいだ、フラディキ将軍などによって抑え込まれていたエトヴィラ独立運動だったが、つい最近になって、強力な後援者を獲得したのである。
それはだれあろう、メロヴィグ皇帝バルトポルテ三世。かつて伯父が吹き込んだ民族決起のこだまを、エトヴィラ人から吹き返された格好だ。
もちろん、エゴイズムがその裏にあるのは間違いない。バルティア・ロカーナを失えば、アドラスブルク帝国にとって大きな痛手となり、新メロヴィグ帝国の勢力拡大につながる。
のだが――
「エトヴィラ愛国闘士オブリスコーニの捨て身の訴えが、私に課せられた神聖なる義務を思い出させてくれた。わが伯父、大バルトポルテが約束した、エトヴィラ自治の保証、これはメロヴィグ革命の精神に合致している。ボルヴァナト家の当主として、革命の意志を継ぐメロヴィグの主権者たる全国民から付託を受けている身として、私はエトヴィラ解放運動に支持を与え、彼らを最大限擁護しなければならない」
という、プロパガンタ九割のバルトポルテ三世のアジ演説には、奇妙な文脈が混ざり込んでいる。
エトヴィラ愛国闘士オブリスコーニとは、ペリムのオペラ座近くで、観劇のために訪れていた皇帝夫妻が乗る馬車目がけ爆弾を投げつけた、大逆未遂犯にして大量殺人犯一味の首魁なのだ。
三発が爆発し、炸裂後の混乱による圧死や轢死もふくむが、犠牲者18名、重軽傷者150名以上という、めちゃくちゃな威力で、皇帝夫妻が助かったのはほとんど奇跡。バルトポルテ三世、帝妃ルティアーナともに、かすり傷ながら出血したという。
……爆弾投げつけたオブリスコーニたちがなんで無事だったのか、これがわからない。負傷はしていたらしいけれど。
そんな殺意しかなかった凶悪犯が、裁判で縷々述べた祖国愛を真に受けて、他国の独立闘争を手助けしようと思い立つとか……。
アタマおかしいですよね? 率直にいって。
これが、仕込みありきの自作自演、劇場裁判の結果であるなら、バルトポルテ三世の陰謀だと断言できて、説明もたやすくなる。しかし、紙一重で皇帝夫妻も爆死するところだったオブリスコーニのテロ攻撃は、ブックではありえないのだ。
じつはテロ犯本人は自爆してて、オブリスコーニはメロヴィグ情報機関とエトヴィラ民族主義者が用意した替え玉……っていう推理をしてみたけれど、オブリスコーニが実行犯で間違いはない、とオストリヒテ諜報部も裏を取ってきた。皇帝夫妻暗殺未遂事件へメロヴィグ社会の注目が集まったのを機に、裁判でエトヴィラ問題を訴えることにしたらしい。
オブリスコーニいわく――
エトヴィラ民族は、長きに渡って列強から分割支配を受けてきた。そこへ、初代バルトポルテが解放と自治付与を約束して乗り込んできた。
バルトポルテを信じて、多くのエトヴィラ人が義勇兵としてメロヴィグ軍とともに戦った。
しかしバルトポルテ帝国の終焉によって、ふたたびエトヴィラは外国勢力の軛につながれてしまった。
バルトポルテの継承者となった三世がメロヴィグ帝位に就いたとき、エトヴィラ独立主義者たちは、今度こそ解放と統一が成し遂げられると希望を抱いた。
だがバルトポルテ三世はエトヴィラ独立派の訴えに耳を貸さず、列強側について分け前を得ようとすらした。
メロヴィグ革命原理、ボルヴァナティズムの裏切り者であるバルトポルテ三世を暗殺し、エトヴィラ蜂起の烽火とするべく、われわれはパルチザン活動を敢行した。
だがバルトポルテ三世は神の奇跡によって救われた。
これは、バルトポルテ三世こそがエトヴィラの救世主であるという証明であり、自分オブリスコーニは己のあやまちを悟り、皇帝陛下とメロヴィグ国民に、エトヴィラ民族の救済を願うことがわが務めであったのだと、回心したのである――
……オブリスコーニさん、やっぱり爆弾爆発したとき、アタマ打ってませんかね?
ところがこの陳述に、バルトポルテ三世もまた、アタマをやられてしまったのである。
ボルヴァナト一門はメロヴィグ本土の貴族ではなく、歴史的には長くエトヴィラと縁が深かったコーレ島の出身だから、民族の血が騒いだ、ということなのだろうか。
だがしかし……いやしくも一国の帝室に属している身として言わせてください。
思いつきで動くな、と。
介入してきたメロヴィグ政府の真の動機はさておき、前年末にヨーゼフを産んでいたわたしの体調が落ち着いたときには、バルティア・ロカーナ情勢はかなり緊迫の度を増していた。
総督であるメルヒオール大公が丸腰で民衆を前に登壇し、アドラスブルクは諸民族の調停者であり、抑圧者ではないと訴えたものの、かつてフラディキ将軍が叛逆者の公開処刑を行った広場で融和を唱えたところで、説得力に欠けるきらいがあるのは否めない。
テロの標的となる危険を押してまで公衆の面前に立ったメルヒオール殿下の真意は、「自分が囮になるから不穏分子をあぶり出して逮捕しろ」ということだったのだけれども、すっかり怖気づいているグライ将軍は要塞から出てこなかった。もちろん、現地警察はとっくのむかしにサボタージュを決め込んでいる。
オストリヒテ軍の駐留部隊が出動したらしたで、非武装でデモ行進していた一般市民を警棒で殴りつけてしまう始末。民衆からの反感はさらに高まり、過激派が手をたたいて喜ぶばかりの結果に終わった。
地域不安定化に対する緊急措置を講じる、という名目で兵備を増強しはじめたのは、バルティア地方に隣接するザフィーアン公国で、メロヴィグと相互安全保障協定を結んでいる国でもあった。
そもそも、バルティアとロカーナの民族主義団体にかねてより人員と資金を提供してきたのはザフィーアンで、さらにメロヴィグが大元の資金供給源となったことにより、一気に反アドラスブルク運動が盛り上がっていたのである。
もちろん表向きには素知らぬ顔のまま、ザフィーアン政府首席執行官カルロ=カティーノは、バルティア・ロカーナ総督メルヒオール大公に対して、
「腰抜けのグライ司令に代わって、わがザフィーアン軍が治安維持を請け負いましょうか?」
などとうそぶいてきた。
銃弾や爆弾を食らう覚悟で各市をまわり、地方議会で演説してはヤジられているのに、実働部隊を束ねる将軍はモグラのように鉄壁の要塞にこもっているだけ。そんな状況に嫌気がさしたメルヒオール殿下は、あやうくカティーノの嗾けに乗るところだったという。
当然のことだけれど、総督から許可を得てザフィーアン軍が進駐してきたとしたら、ザフィーアン公万歳、エトヴィラに栄光あれの叫びとともに、あっという間にバルティア・ロカーナはザフィーアン公国領……あらため新生エトヴィラ王国の一部になってしまう。
カティーノの申し出に対し「これはオストリヒテの内政問題である、口出し無用」と毅然たる態度で応じはしたものの、打つ手がないのは現実で、メルヒオール大公はバルティア・ロカーナ総督として、フィレン政庁に宛てて根本的な方策転換が必要であると訴えてきた。
a案:バルティア・ロカーナに大幅な自治権を与え税制面でも優遇し、日の出の勢いとはいえいまだ小国であるザフィーアン公国につくより、アドラスブルク帝国の一部でいるほうが有益だと、地域内の各市、民衆を説得する。
b案:全面的に軍事力に訴えて、フラディキ将軍のようにエトヴィラ民族運動を抑え込む。そのためには怯懦なグライ将軍の解任が必須である。
……まあ、どちらかしかないですよね。
懸念事項としては、バルティアとロカーナの人々に、利得よりも民族の統一を選ばれてしまったら、a案は実行不能で自動的にb案を採用するほかなく、しかしフラディキ将軍は92歳の長寿をまっとうし、先年に亡くなっているということでしょうか。
グライ将軍じゃ話にならない。だけれども、意気軒昂なエトヴィラ統一戦線、さらにその背後にひかえるメロヴィグと、正面からやり合える人材がいまのオストリヒテ軍にいるのか……?
と、わたしは人選の心配をしていたのだけれど、実際には、それ以前の部分でフィレン中央政府の方針は破綻してしまった。




