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跡に残るは雪ばかり。  作者: 朝日 橋立
第五章 歩き続ける事柄について
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閑話十五 新しい生活の夢を見た。

 遠い潮騒。揺れる窓。ペンの音。

 道行く人の喧騒。軋む床。話し声。


 この中にあって、ただ日記を書いている。

 日記は好きだ。面白い。


 ペンを走らせるとき、そのコツコツとした硬さが好きだ。

 昔のことは悲しいけれど、思い出すこともきっと好きだ。


 焼き立てのパン。草原の香り。潮風。白波。船の軋み。

 あるいはもっと身近な、ベッドの香りとか、埃の臭い。


 そのどれもがきっと新しい生活の香りだ。


 欠伸をして、窓を開く。

 潮騒と喧騒がよく聞こえる。

 そのどれもが豊かな生活の音だ。


 広がる空に一つ深呼吸をする。

 パンでも食べようかと思うが切らしている。

 買いに行くのは面倒だ。


 世界は本当に綺麗だ。

 空は澄んで、人々は生きている。


「先生!」


 遠くから声が聞こえる。

 それに手を振り返す。


 さて、今日は何をしようか。

 新しい今日を考える。


 取り敢えず外に出てみようか?

 あるいは面倒だがパンを買いに行くのも良いかもしれない。


 今考えている心は一つだったと思う。

 目前にある諸問題、そして日常が一つの大きな風で吹き飛ばされる妄想だ。


 ただ、この心には一つ違和感もあった。

 この諸問題、あるいは日常と呼ばれるものはどうやら厚い雪で覆われている。

 私はこのために強い風が少し恐ろしくもあった。


 私は新しい生活が好きではある。

 間違いなく愛しているのだ。

 しかしながら、果たして私の心というのはどこにあるのか。


 あるいは私には最初から心というものがなかったのかもしれない。

 何か大きな舞台のための一つの装置だったのかもしれない。


 舞台なんてものは、殆ど見たことのないものだがそう思えてしまう。

 私の心はきっと遠い場所に置いてけぼりだ。


 古い友人を思い出す。

 彼らあるいは彼女らは、果たして今どのような生活を送っているだろう。これからどのような生活を送るだろう。誰と結婚し、子供をなし、生きていただろうか。

 いずれにしろ私には関係ないことなのだが、その興味はなくならない。


 ところが手紙を書こうと思うと、それもまた心苦しい。

 彼らが得た新しい生活は、きっと私の闖入を許さないだろう。

 きっとその逆も同じように。


 思うと、私は随分と長い人生を歩いている。

 そしてこれからも変わらず歩いていくことだろう。


「北でも行こうかな」


 一言呟く。

 古い知人を弔いに行くのも良いかもしれない。

 今の生活を知らせにでも行ってしまおうか。

 尤もらしく言えば、私の心を取り戻しに行こう。


 さて、これからの生活を一つ決めた。

 古い友人、知人。もう氷の下だろうが、それはもはや関係ないことだ。

 私は心を躍らせた。


 辞表をしたためる。

 そして、最後にこう署名をするのだ。

 シア・アトウッドと。

本来完結済みなのに再び書くなという話でしたが、どうしても書きたかったのでごめんなさい。

また完結済みのところに乗らないよう暫く連載設定にします。これで本当に完結です。

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