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跡に残るは雪ばかり。  作者: 朝日 橋立
第一章 初めの不幸について
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第五話 恐ろしいほど幸せで、気持ちが悪いです。

 ガタンゴトンと地面が揺れ、窓の外には黒煙が流れていきます。

 きっと外の景色は、美しいものなのだろうと思います。けれど、窓を開けることは憚られました。

 先日の昼間、列車が出発し直ぐのことなのですが、私は息苦しさに窓を開きました。しかし、その開いた窓からは黒煙が侵入し、大変なことになって知ったのです。


 さて、先程の通り列車は先日の昼間に出発しました。そして、帝都に到着するのは明日の夜更けか、夜となるのは確実でしょう。

 なので本日は、列車に長時間乗ることになってしまいます。しかし、それでは大変に退屈で仕方がありません。当時の私では、読書をすることのできる学はありませんでしたから、尚のことでしょう。


 そんな私の様子を見かねたのか、読書に耽っていたチャールズ男爵が本を置き、私に声をかけてきます。

「暇かい? シア君」

 当然暇だった私は「うん、凄く」と返します。


「そうか、それじゃあ何をしようか」と、彼は仕舞いながら言います。

 あっ、邪魔をしてしまったかな、と少し申し訳ない気持ちになり、私は彼に言います。

「読んでた本の内容を教えて」


 この時の考えとしては、彼は本を読むことが出来、私も暇を潰すことが出来て一石二鳥だというものでした。

「構わないが、たぶんシア君も知っている話だよ。それでも良いかい?」と、彼はこちらに問いかけています。


「うん、大丈夫」と、彼が話し始めるのを待ちました。

 さて、彼が話したものは所謂神話と呼ばれるものでした。

 勿論私も内容を知っていましたが、今一度聞くと面白い物があります。

 どうして神様が様々受難に耐えられたのか、と驚くばかりです。


 そういえばふと思い出した話なのですが、彼チャールズ男爵はそこまで信心が強くなかった気がします。

 ですから、彼が聖書を読んでいるところを私は、殆ど見たことがありません。

 それじゃあどうして彼が、珍しくも聖書を読んでいるのか、と考えれば思い当たる節があります。


 彼はきっと真性の善人です。

 その為に魔法の才能がある人、所謂私の同類の、人間としての権利を守ろう、と考えていたようです。彼の目には、国家に人生を定められることが、凄まじい不幸に映ったのでしょう。

 それで彼は、聖書の中から私や同類の権利を認める根拠を探したのだと思います。


 ……彼の考えというのは、尤もなものでしょう。

 一般的な道徳的価値観を持っていれば、不幸だと憐れむのも当然です。

 しかし、私は何とも申し訳ない気持ちになるばかりですが、彼の行為を肯定が出来ません。

 見ず知らずの他者のために、善人が己を危険に晒すなどあってはならないと思うのです。


 悪行に危険が付き纏うのは、当然のことです。

 なのだから、善行には当然の幸福というか、そういったものが生まれるべきでしょう。

 しかし、他者のための、それも己の利益にならない善行によって、自身を脅かす危険が生まれるのは何とも馬鹿らしい話です。

 悪事と同じように酷い結果が返ってくるのであれば、まるで善行が悪事に等しいようではありませんか。

 それに、善行と悪行が同じなのであれば、どこに危険の伴わない幸福が生まれるのでしょうか?


 ……ところで私がチャールズ男爵の話の内容に触れないのは、ただ一つだけの単純な理由があります。それは当時の私が読み聞かせの中、寝落ちをしてしまったというものです。

 言訳をするならば、何もないよりかは退屈ではなかったものの、やはり知っている話というものは少しばかり、退屈で眠気を誘引するのには十分であったのです。

 分かり易く噛み砕いてくれていたであろう彼に対し、何とも申し訳ない気持ちで一杯です。



 そうして次に目覚めた頃はお昼時でした。

 ゆっくりと顔を上げれば、本を読むチャールズ男爵が見えます。

 どうして寝台列車なのに顔が見えるのか、という話でありますがそれは椅子と寝台が兼用となっているからです。具体的には室内の左右に二つの寝台があります。そして、その寝台の間にはちょっとした机が置いてあります。

 これで二等なのだから驚くばかりです。きっと一等は更に素晴らしくて、大きいのでしょう。もしかしたら、寝台と椅子が分かれているのかも知れません。

 ……乗ってみたいと思いますが、もはや叶うはずのない、叶ってはならない、叶わないで欲しい願いなのですから、忘れることにしましょう。


 さて、顔を上げたのに気付いたのかチャールズ男爵と目が合います。

 すると、彼は本を下ろしました。怒られてしまう、と身構えていると彼は言います。「お腹は空いたかい?」


 少し拍子抜けしたような気持ちになりました。

「うん、お腹空いた」と、返事をしながら私は彼の善性を再認識していました。彼はこちらを利用するために優しくするのではなく、純粋な善人なのだろうと。


「そうか、それじゃあ貰ってくるよ」と彼は言い、扉の外へと出て行ってしまいました。

 通りかかった給仕の人に頼むなどの方法があるのですが、彼はきっと私を優先する意味もあって出向いていったのでしょう。


 貰ってくると言っているが、彼を小間使いのように使って良いのだろうか、と疑惑が心中に浮かびました。そして、その疑惑がある種焦燥に似た、腹底に蓄積される感覚を生み出し、手持ち無沙汰の恐怖を私に感じさせます。

「彼の後を追おう」と決断をしたところで、扉が開きます。

 扉の外には、配膳用のワゴンに料理を載せたチャールズ男爵が立っていました。

 彼は私を見ると少し驚き、微笑みます。「待たせたね。さあ、座って」


「うん、ありがとう」とお礼をし、私は安堵をしました。

 彼は一切怒っていないのだと。

 その後の食事は、大変に幸せだったと思います。

 ご飯はそこまで美味しくはありませんでしたが、まるで祖父と過ごすような、非日常的な特別感のある幸せでした。


 さて、それからは彼に言葉の読み方を教えて貰うこともあれば、チェスを教えて貰うなどをして過ごしました。どちらも難しく、理解は出来ませんでしたが。

 そうして一日が終わり、曇天の中明日を迎えます。

 その日も前日とは変わらず、幸せの一日を過ごし、その夜に帝都に到達します。


 既に太陽が沈んだのが久しい深夜で、月明かりも見えない曇天にもかかわらず、私はその都への感動を深く記憶しています。何故なら駅の内や街道をガス灯が照らし、夜の帳を消し飛ばしているのだから当然でしょう。

 ミンチェスターを優に越す都会は、物理的にもそれ以外にも酷く輝いて見えました。

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