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跡に残るは雪ばかり。  作者: 朝日 橋立
第一章 初めの不幸について
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第四話 結局のところ、幸福全てが独善的な独りよがりでしょう。

 ミンチェスターにつき、一夜を明かしました。

 朝食を食べる中、チャールズ男爵は言います。

「まだ列車が出るまで時間がある。だから、観光でもしないか」

 この街には何度か訪れたことがあります。しかし、観光は殆どがしたことがありません。ですから、私はこう応えました。「うん、観光したい」


 さて、そうと決まれば私は直ぐに朝食を食べ終え、チャールズ男爵の手を引き、ミンチェスターの街に出ます。

 ミンチェスターはグラテン第三の都市です。ですから、故郷とは比べものにもならない大都会で、大きな煉瓦の建物が並び、馬車鉄道すら走っています。不満があるとすれば、非常に空気が悪く、そして水が汚いことでしょう。

 昨夜貰ったお茶は、大変に臭かったのを覚えています。ジャムや砂糖では誤魔化しの聞かない不愉快な味を、今も思い出すことが出来ます。


「どこに行こうか」と、大通りを歩きながら彼は言います。

 この街ミンチェスターで有名なのは、何と言っても紡績業でしょう。ですから、相応に服飾も素晴らしいと私は認識しています。しかし、着ることさえ出来れば良いかなと思いもしますから、服に対する欲求は殆どありませんでした。

 ですから、適当な店を指差し、問いかけます。「あれは何のお店?」


 そのお店は、他の店と殆ど同じ外観をして居ますが、少しだけ寂れた印象を受けました。他店と異なり、人の出入りがそこまで多くないのですから。

「あれは……たぶん、ご飯屋だろう」と、歯痒い様子で彼は言います。

「それじゃあ入ろう」と、私が言えば彼は躊躇いがちに言います。

「やめた方がいい。この街のご飯は、そこまで美味しくないし、それにあそこは工場労働者が集まるところだから、少し治安が良くない」


「うん分かった」と、ご飯が美味しくないのなら入る価値はないか、と思考の元に言います。事実、この街の食事は決して食べたいものではありませんから、この判断は賢明なものだったでしょう。あの街を含め、大都会の水というのは大変に汚いものです。油膜が貼り、酷く濁っています。ですから、当然食事に使われる水も大して清潔ではなく、美味しいものではありません。

 スパイスでどれだけ紛らそうとしても、ヘドロや廃油の匂いというのはそう簡単に消えるものではありませんから。


 さて、それではどうしたものか、と私は酷く悩みました。

 観光をするといっても、元々そんなつもりはなかったのですから、難しい物があります。観光名所も私はよく知りませんでした。


「そうだ。シア君、教会にでも行かないか」と、見かねたのかチャールズ男爵が助け船を出します。

 意固地になって断ろうと意味はないため、頷き、彼の背中を追います。

 周りの煉瓦造りの建物をキョロキョロと、恥ずかしげもなく見回し歩いていれば、直ぐにその教会は姿を現わします。


 大きな石造りの大聖堂は、天を衝くように伸びています。

 話に聞くミンチェスターの大聖堂とは、このことなのかと納得しました。

 その驚きを少々恥ずかしく思いますが、しかし当然のことなのだろうと思います。

 このような大聖堂は見たことが無く、教会のイメージといったら村にある小さなものでした。


「驚いたかい」と、呆気にとられる私にチャールズ男爵は声をかけます。

「うん、初めて見た」と、高揚感に絆された声で返します。

 私自身、この時点ですら大して信心はありませんでした。教会や宗教を、ただそこにあるだけの組織と認識するだけでしたから。


 しかし、大きな建物には興奮を覚えます。

 きっとそこに信心に関係なく、本能的なナニカがあるのだと私は思っています。大きなものと言えば、権力の象徴ですし、それの誇示にもなりますから。

 だからこそ、人は見栄を優先するのだし、時に盲目になるのだと私は思います。自己韜晦も出来ず、その末にその虚栄に嗤われるとしても。


 ……さて、未だに呆気にとられ、ただ大聖堂を見上げている私の手をチャールズ男爵は掴み、優しく微笑みながら言います。

「さあ、行こうか」


 私は彼の言葉に小さく頷き、手を引かれるままに歩きます。

 次第に大聖堂は近づき、更にその雄大さを見せつけてきます。

 そうして、歩くと直ぐに大聖堂の中に入りました。

 天井は高く、アーチを描いているようでした。遠くの前方には、大きなステンドグラスがあります。そこに描かれたものは何かは分かりませんでしたが、神秘的なものを感じました。


 こういった所でお祈りをしないのも勿体ない、と思い立ち、適当な椅子に腰をかけます。

 そして、辺りの人を真似るように、手を組んで心中で祈ります。私とその周りの人が幸せでありますように、と。この祈りの高慢さ、傲慢さ、そして自己中心的かつ愚かさ。この祈りが現わすような、私の独善さを神様は嫌悪しているに違いありません。


「終わったかい」と、お祈りを終えて視線を上げれば、声をかけられます。

「うん、終わった」と、返事をすればチャールズ男爵は言います。

「まだまだ時間はあるけど、どうする?」


 多少悩みます。此処に居るのもいいでしょう。しかし、お祈りする人の邪魔になるのもいけない。かといって、此処を出て行ったとしても観光する場所など、私には全くもって分かりません。

「うーん、まだ鉄道のところにはいけないの?」と、考えるのも嫌になり、彼に返しました。


「どうだろうか……。もう着いているかも知れない。けど、観光はもう良いのかい?」

「うん、もう良い。他に行く場所も思いつかないし」

「そうか、それじゃあ分かった。行こうか、シア君」


「うん、分かった」と、彼の背中を追います。

 そうして街中を歩けば、大きな煉瓦造りの駅が見えていきます。その大きさと言えば、帝国北部に繋がる交通の要所として相応しいものでした。そして、その規模相応の空気の悪さもありました。


 それらに圧倒され、チャールズ男爵に連れられるままに行けば、面倒なあれこれを彼が行ってくれ、すぐに鉄道車両の前に至りました。

 その車両は太陽光の光を、鈍い黒色として反射させ、とても長く続いています。そして車窓には、煤らしきものが固着しているのが分かります。


「さあ、行こうか」と手を引かれ、私達は二等寝台車に乗りました。

 なぜ二等なのかと言えば、三等というものはそこまでお金は掛かりませんが、やはり人を詰め込むものというイメージがあり、そして一等は高つきます。

 ですからこそ、丁度よい二等が選ばれたのだと私は思っています。実際の程は分かりませんが、きっと私に金を掛けすぎる訳にはいかないというこや、チャールズ男爵は貴族であることなどの事情があったからに違いありません。


 さて、それからというもの、私達の長い長い列車旅が始まります。

 この列車旅は、私の記憶に残る限り、素晴らしく鮮やかなものです。

 しかし、今思えばこれも全てが忌むべき結果の、わざとらしい、そして仰々しいお膳立てに過ぎなかったのだと思わずには居られません。

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