第二話 きっと幸せだったと思います。
私の魔法の力が発覚し、二週間も経てばお役人が来るのも日常になります。
最初は私を手に入れよう、と必死だった彼らも次第にやる気をなくしていきます。
それも当然でしょう。依然として、お父様達が私を護ろうと言う気持ちには陰りがなかったこと、これが特別だったのです。当初は微塵も知る由はありませんが、成果の分からない行為ほど意気を保つのが難しいものはありません。
しかし、彼らお役人が毎度適当にやっているわけではなく、時折大変に意気込んでいるときもあります。シルクハットを被った紳士のおじさんが附随してくる時です。
けれど、おじさん曰く彼は大変に忙しく、こちらには殆ど来れないらしいです。現に、一週間の内彼が附随してきたのは最初の日、五日目、それと本日の三回だけです。
「ねえ、おじさん」と、私は頭の固いお役人達を相手するお父様達を横目に、紳士のおじさんに声を掛けました。
私の日常の簒奪者の一員であるのですから、本来声を掛けるのは間違っていることでしょう。しかしながら、些か子供の私には暇が過ぎました。
何日間も誰とも遊べないのは、退屈で少し嫌気が差していたのです。ですから、お役人衆の中で最も温和そうな外見で、現に優しいおじさんに声を掛けたのです。
「おっ、なんだい。シア君」と、彼は跪き、こちらに目線を合わせました。
「どうして私を連れて行こうとするの?」
彼は私の問いかけを受けると、多少顔を歪ませた。
その顔は、息が詰まるようなものでした。
少し罪悪感を抱いたのを覚えています。
「それはだね……」と、彼は言葉に詰まりながら言います。
その時、彼の目の奥に見えたのはきっと憐憫とか、悲壮のように思えました。
きっと躊躇いがあったのだと思います。
私は一等身長が小さい、所謂チビと言われるものでした。
それにまだまだ子供であったのですから、当然の罪悪感があったのでしょう。
その点、私は比較的幸運だったのだと思います。
一部のお役人、所謂自分を高潔だと思い込む、正義の代理人を自称する方々は彼ほど優しくはないそうです。
無理矢理に連れて来られることもあれば、不敬罪と難癖を付けて家族ごと捕まえることもあるそうです。
ですからこそ、私は運が良かったのです。
さて、そうしていると彼は口を開きました。
「お仕事だからだよ。だいぶ前の皇帝陛下、その人が言ったからね」
「へえ」と私は適当な返事をしたのを覚えています。
しかし、今思えばたいへん失礼なものでしょう。態々帝都から辺境まで来て、真摯に向き合ってくれている人に対して。
けれど、彼はやはりよっぽどの善人だったのでしょう。怒ることもせず、更にその目に罪悪感を蓄えていったのを覚えています。
「それじゃあどうして、魔法を使える人を集める必要があるの」とふと気になったことを無邪気に質問したのを覚えています。
この質問は人によってきっと不敬だと言ったことでしょう。殿上人の考えに疑念を持っていることに等しいのですから。
それにこれを神、皇帝陛下を試す行為だと曲解されれば、更に面倒な事になったことは間違いありません。聖書には「神を試してはいけない」と書かれているのですから。
しまった、と子供ながらに思ったのを覚えています。
けれど、やはりと言って良いのでしょう。彼は怪訝な顔一つせず言いました。
「それはだね。……情けない話だが、私達普通の人間だけじゃ発展が出来ないんだ。急速な発展がなければ国は。グラテンはもはや落伍する」
彼は落伍は絶対にしてはならない、と暗に言っていました。ですが、私は思います。きっと落伍の運命を受け入れるべきであったと。
落伍と言っても決して植民地や保護国のように、貧しくなるわけではなかったのです。ただ他の国々、海峡を挟んだ直ぐ隣の国々と同じになるだけなのです。
しかし、それでもグラテン帝国の方が科学も何もかもが先を行っていました。
ですから、態々世界の先頭に固執する必要はなかったのだと私は思っています。
それに大海を挟んだ向こうにある、かつての巨大な植民地、そこを失った時点でグラテンの衰退は確実だったのでしょう。
彼は話を終えると少しばかり迷い疲れたような顔をしていました。そうして、彼は幾度か目を瞬かせ、言いました。
「それじゃあ、少し待っていてくれるかなシア君。少し、君のお父さんとお話をしてくる」
去って行く彼の後ろ姿を見た後、彼とお父様達がどのような話をしたのか、それは私には分かりません。
何故なら、待っているのが嫌になって家の中に戻ってしまったためです。
聞いておくべきだったと思いますが、やはり退屈なのは苦手でしたか。
それでもその話し合いは進んだことが、知らされました。
お役人が皆帰った後、お父様は私に問いかけました。
「シア、お前はどうしたい」
どうやら話し合いの結果、私の意志も加味することになったようでした。
私自身、よく状況を理解していませんでしたし、色々なことが分かりませんでした。
国家の義務を履行するべきと思うこともあれば、お父様達とも離れたくないというのもありました。
ですからこそ、このように返しました。「分からない」
私はお父様の問いに対し、いまだにどのように返すべきだったかは決めかねています。
しかし、この時の返しを後悔しているでしょう。あの時のお父様の苦しそうな顔、悩ましそうな顔を私は忘れることが出来ません。
さて、その明日の午後、お父様は私に言いました。
「一度、帝都の方を見に行くと良い」
私はその言葉に驚いたのを覚えています。
帝都というと、私の故郷である辺境の村、そこから最寄りの大きい街まで馬車に乗り、そこから汽車に乗っても二日か三日ほどかかってしまいます。
それに大量のお金も掛かります。
「あの役人の爺さんが、連れて行ってくれる。あとお金の心配もいらない」と、お父様は続けます。
その時、私はふと思います。
これでは私が彼らに差し出されたようではないか、と。
心配を思い浮かべるとお父様は言います。
「それとお役人連中に何を言われても無視して良い。一週間ちょっとの小旅行だと思って楽しんでおいで」
そこで私はやっと察しました。きっとこの小旅行は、私に判断材料を与えるためのものだろう。私が彼らお役人衆に付いていきたいか、それとも此処に残りたいかという。
「うん、分かった」と、少しの心配は残りましたが了承をしました。