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跡に残るは雪ばかり。  作者: 朝日 橋立
第一章 初めの不幸について
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第十一話 繰り返される幸せというのは、少しずつ変容するものです。



 昨夜、私は実家であるアトウッド家に帰ってきました。

 この家を包む空気というのは、旅に出る前と殆ど同じ物でありました。しかし、時折覗く感情の発露、昨夜のチャールズ男爵の善意による不誠実に、語弊はありますが疑心暗鬼になっていたのでしょう。


 しかし、そうだと言っても久しぶりの故郷であります。

 多少の嫌な雰囲気はありますが、それだからと言っても何かもが悪いかと言えば、そういう訳では全く以てございません。

 久しぶりと言ってもたかが知れていますが、幾つもの思い出話をするのは楽しかったのです。

 昨夜は、遅い時間であったために全く出来ませんでしたから、本当に沢山の話をしたのを覚えています。


「あっちでは沢山人が居たの。酔っちゃうくらいに」と、私が言えば両親は微笑んで返答をします。

「想像も出来ないわ。私も何時かは行ってみたいわ」

「へえ、それは凄い」

 ちなみに、前者がおお母様、後者がお父様です。


「うん、本当に凄かったの。また何時か、今度は一緒に行きたい!」と、無邪気に思った事を言います。

「ああ、俺が頑張らないとな」

「ええ、頑張ってアナタ」


 両親の冗談紛いの事を聞いていれば、私は彼らと一緒に帝都を歩く姿を妄想します。

 今回チャールズ男爵に案内をして貰ったように、私がお父様達に帝都観光の案内をするのだ、と考えれば何だか楽しい気持ちになったことを覚えています。


 もしお父様達と、本当に帝都に行けたのなら、彼らはどう思ったのでしょうか?

 私の案内を心強いものと考えたでしょうか、それとも頼りのない微笑ましいものと考えたでしょうか。気になってしまいます。

 信用はされていても信頼はされていない。私はあくまで彼らの子供なのです。彼らを安心させることの出来ない、安心させる為のことが出来ない、何とも愚かな親不孝者に違いありません。

 お父様達は、私のことをどう考えていたのでしょうか?


 ……さて、そうして会話を続ける中で、お父様はこちらに問いかけてきます。

「どうだ、それで帝都は楽しかったか?」

 その質問に私は即答をしました。

「うん、楽しかった! でも、私はこっちの方が好き」と。


 お父様は、微笑み私の頭を撫でてきました。

「嗚呼、それは本当に良かった」

 そうしてちょっと湿っぽい雰囲気が、家を満たしたのを覚えています。

 それに気を遣ったのか、お母様がパッと明るい声を挙げます。

「ねえ、シア。他にも帝都の楽しいお話を、私達に教えて欲しいな」


 私も当然このような辛気くささは、好ましく思えなかったために、別な話をしました。

「えーと、あとは珈琲を飲んだり、チェスをしたよ」と。


「へえ、そうなの。それは楽しかった?」

「うん、凄い楽しかった。難しくてね、おじさんに全然勝てなかった」


 そう会話をしている内に、彼に貰った本をふと思い出した。

 しかし、話す意味はないだろうと、思われて私は言葉を続けた。

「えっとね。教えて貰ったんだけどね、全然駄目だった。たぶんあの人、凄いチェスの天才なんだと思う

 」


 そんな会話を続け、幾時間か経ちます。

「あっ、もうこんな時間だわ。お料理の準備をしなくちゃ」と、お母様は口にします。

「手伝います」と、彼女に言えば気を遣ったように言われます。

「大丈夫よ。まだ疲れてるでしょう。だから休んでいなさい」

 何だか申し訳ない、と思っていれば彼女はお父様を指して言います。

「代わりに手伝ってくれる人も居るから」


 別に無理して手伝う意味もないか、と納得し、適当に暇を潰します。

 お父様達が仲良さそうにしている様子を見たり、無意味に天井を見つめたりなど。

 けれど、どうも暇で小さく欠伸をします。

 そして、本を読もうと決め、私は荷物を漁りに行きます。


 その道中のことです。

 私は窓の外に、いくつかの小さな明りを見つけました。

 それが村の方であるのならば、何ら違和感を抱くことはなかったでしょう。

 しかし、それは私達の家が面する森、その少しばかり奥に見えたものでした。

 既に暗くなり始めているのにもかかわらず、森の中に何らかの光が見えるというのは可笑しな話でしょう。しかもそれが、特に整備されていない森なのですから尚更です。


 ですが、私はそれに何らの疑いも持ちませんでした。

「誰かが何か落とし物でもしたのかな」と、愚かしい考えを抱いたのです。

 この安易さ! 愚鈍さ! そのどれもを私は、私が持つ、持たねばならぬ罪であると考えます。

 単なる過程の上での一つの失敗と、捉えることも出来たでしょう。しかしどうでしょう。それは事実として、私の失敗であり、私の罪には違いがないのです。


 ……嗚呼憎らしい。

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