煤けた箱の中
小さい頃から憧れていた夢があった。
物心つく前からあたしは本に囲まれた部屋で一日の大半を過ごしていた。自分の何倍もの高さのある巨人のような本棚が圧迫されているようで幼いあたしには酷く怖いもののように思えた。
だけど父に言われた言葉で緩和されたとの、単なる慣れで静かに本を見つめる日々を送るようになった。
「あなたのこと愛してるのに何であなたはっ!」
「うるさいなぁ別に俺はお前に愛されたいわけじゃない」
勿論文字は読めない。
だから絵本をよく見ていた。
絵だけで物語が大まかに分かり、理解出来たという達成感と満足感に満たされてたくさん、沢山見ていた。
「あーそうだ!ころしてみれば良いんじゃってあ、うっ!うっうそよ。だってあたしはあなたを愛しているんだから」
「……………気持ち悪い」
そのうちの一つ、あたしの一番のお気に入りが【鏡の国のアリス】だった。
「お願い見捨てないで」
「お願いだからもうやめてくれ」
アリスが飼い猫のキャティと遊んでいる最中に、不意に異世界へと迷い込み、冒険をしていく物語。
綿密で不思議な容姿のタッチ、茶を混ぜたような古びた地図のようないろが釉彩を引き立てていたりも子供心を擽った美麗可憐な絵がよりあたしを高揚させた。
アリスが戸惑いながらも勇敢に一人進んでいく姿を目に焦がし、女王になってしまったときは心臓が煩くてたまらなかった。
「やめないわよ。なにいってるの、あなたは。頭がおかしいの?」
「頭がおかしいのはそっちだろ………」
ここまで新しく可笑しな世界で、順応し、正解へと辿り着いていった。
そのことがあの頃のあたしにとって夢になった。
「でもいいわ。あたしにはあの子がいる。あなたとの子供。愛の形……素敵と思わない?」
「………………」
要は一人で生きていけるような力が欲しかったのだと思う。
「あらあなた、どこ行くの?」
「遠くまで」
「いってらっしゃい」
それ以降はあたしは欲しい物ばかり見てしまうようになった。
理想を、夢を、希望を知ってしまったら。
欲をかいて求めてしまうし、背伸びもいくらでもしてしまう。
届かないものに手を伸ばし続ける。
追求するのを止められなかった。
それでも理解してしまうのだ。
時を経て思い学び諦める。
「逃げないでね」
夢は追うもので、叶えるものではないのだから。