焼き鳥を串から外す女
焼き鳥を串から外す女を飲み会で見た。俺は酔っていたし、串から食った方が美味い様に焼き鳥という料理は作られているんだ、という信念があったから、見え得る限り意地悪くこう指摘してやった。「いやあんたさ、頼んでもいないのに串外す事を良い事だと思ってんじゃあるまいね?あんたがやっている事は気が利いてるなんてもんじゃあない、この素晴らしい焼き鳥を食すという体験を台無しにしているんだぜぇ~!」といった感じ。
女は俯いて「ごめんなさい…」と言った。それで俺の酔っぱらったサディスティックな童心は満足した。しかし俯いた女は更に続けた。「串、尖ってるから、喉突いたりしたら危ないから…」と、小さくなっていく声で。
それで、一旦は悦に浸っていた俺の童心は、子供の頃の朧な記憶の淵に叩き落された。その淵では、尖った串を弄びながら走り回る幼児の俺を、ぶん殴って立ち止まらせた母ちゃんが見えた。また別の淵には、テレビのニュースを食い入る様に見つめる母ちゃん。何処かの俺と同じ位の年頃の子供が、お祭りの屋台の食い物の串で自分の喉を突いて、そのまま死んでしまったというニュース。
ああ、そうか、この女の焼き鳥を串から外す心は、あん時の母ちゃんの心なんだ、と気付く。俺が唾棄すべき無教養だと批難してきた焼き鳥の串を根こそぎ外しちまう女達は、それが表面的には紛れもなく打算的な自己顕示欲の魔物であったにしても、その無意識の奥底にはあの日の母ちゃんが居るんだ…そんな風に思えてきて、酔いの後押しもあり、段々と涙が滲んできて止まらなくなる。「うわ、なんだこいつ、泣き上戸か。困ったなあ」と誰かが言う。俯いてた串から焼き鳥を外す女は離れて行く。「気持ちの悪い馬鹿だなあ」とも聞こえる。たぶん俺のことだ。確かにその通り、気色の悪い馬鹿だもの。構うもんか、何とでも言え。俺の気持なんか分かるものか。それに俺だって、女達の心の底にあるものは今まで分かろうとしなかったんだから仕方ない。でも分かったんだ。女達はみんなあん時の母ちゃんなんだ。焼き鳥を串から外す女は、遠くの席に消えて戻って来なかった。
でも焼き鳥は串から食った方が美味いし、職人にも敬意を払ってると思う。