禍神の気配_3
あの後、直ぐに八十禍津日神達が須佐之男の神使の案内の元到着し、禍神の完全な消失の確認とその場を清め辺りはやっと元の活気を取り戻した。
須佐之男は月読の大変強い目力によりサッサとその場を後にしていた。
弥生『パパぁ、最近ちょっと禍神多くない?』
さっきも怖かった、と少しむくれながら月読の腕を掴みタピオカを啜っている。
月読『うーん、そうだねぇ……__確かに、多いね。』
先程まで禍神がいたのが嘘かのようにワイワイガヤガヤと賑わう市街地を歩きながら少し考え込んだ月読だが、普通に考えても確かに多い。
月読の『うーん、まぁ毎年春先は人の負の感情が特に多いけれども……、弥生。卯月。皐月。』
少し悩みふと月読は我が子の名前を呼ぶ。3柱はどうしたの、という顔で月読の顔を見ればニコリと笑いながら質問した。
月読『今年は何人、自殺したかな?』
自殺。
その名の通り自ら命を絶つ行為、毎年春先、特に今の季節である5月は自殺が多い、大型連休明けは更にだ。
無論その様な結果に至ったという事は少なからず負の感情はある訳だ。その無念が、怨みが、想いが何かに宿り禍神となる事も多くはない。
その質問にぱちくりと三柱は目を丸くしたが質問の意図を察したのか直ぐに答えた。
弥生『えっとね〜、3月は2000人くらい?まぁ毎年と同じくらいかな〜』
とタピオカを啜りながら答える弥生。
卯月『4月は1500人くらいかなぁ?』
少ない方ですね、と微笑みながら答える卯月。
皐月『とりあえず大型連休明けがピークで今日の時点では既に2000人は超えていますね』
と、己の担当暦のデータが記されている手帳を見ながら答える皐月。
月読『うーん、多いねぇ…、それも原因なのかなぁ…』
と、大して困ってなさそうな声色で話す暦の大元である月読。
残念ながらいくら心優しき性格を持つ卯月や皐月であろうと人の子の自殺に心を痛めるほどの感情は無い。哀れとは思えどそれに同情する感情は持ち合わせていない。弥生なんかはむしろ興味無しであり、仕事の為に把握してるだけであり生きてようが死んでようが弥生達には関係ない。
むしろ心を多少なりとでも痛める9月の暦神の月長月命や12月の暦神、月師走命が変わり者であるくらいだ。基本は弥生みたいな興味無しの神々が多くそれが当たり前な程。
今終わるか後に終わるかなだけで所詮は等しく人の子、いつか命の終わりは来る。
因みにだが、命が終われば黄泉津大神が治める常世。幽世とも言うが黄泉国へと行きそこで祖先と再会し子孫達を見守り続ける悠久の国。
神道にもお彼岸やらお盆という行事は受け入れられておりそれは元々祖先らを供養するという行為があったからである。
故に人々が何を信じようが高天原の神々は勝手だと思っているがその人間達の想いは無視は出来ない、それがこの世を回す歯車の1つとなっているからだ。
故にお彼岸の季節である3月と9月、即ち弥生と長月は子孫達の供養の想いやお供え物を黄泉比良坂まで持っていく役目を担っている。
黄泉比良坂の先は須佐之男が追放された根之堅洲國と黄泉国の2つへと繋がっている。
根の国ならばともかく届ける先は黄泉国、普段高天原にいる神々ならば尚更近付くことを嫌っており弥生達も心底嫌そうにしている。
普段は黄泉比良坂は岩で塞がれているがこの様な特別な時の場合のみ、手力達などの神々により退かされ供物は置かれる。
既に高天原の代表天照と黄泉国の代表黄泉津大神では条約が結ばれており不用意に襲いかかったりなどはしない。
むしろ須佐之男が変に迷惑をかけたのではと天照は黄泉津大神に謝り倒していたくらいだ。そんな事はないと普段は顔を隠している黄泉津大神だが否定の際に首を振ったその時に少し見えた顔立ちが何か親近感が湧いたと天照は語った。
天照、と呼ぶその声にも知らない初対面のはずなのに何故か懐かしくも感じ普段はドロドロした穢れの多い黄泉国にいるのにそれとはかけ離れた慈愛すら感じたそうだ。そこは流石は元この国を造り上げた母神、伊邪那美命だと思ったそうだ。
これが母なのか、と少し天照が思い耽る姿も目撃されているくらいに。元の神格は多少なりと残っているのだろう。
いつの日か条約を結んだ際の帰り際、黄泉津大神に「あの馬鹿の様子はどう?」と聞かれた事があった。伊邪那美命が馬鹿と言うくらいだから直ぐに己の父である伊邪那岐命だと分かった。
どうと言われたら基本何も変わらない、未だ迦具土神の事を許していない様子などを伝えれば悲しそうな表情を見せたらしい、迦具土神の事も『私が死んだあまりに、可哀想に。』『申し訳ない。』などとこぼしていた、そして伊邪那岐から1回だけ言われた事のある「お前は特に、あいつの面影が少しある。」とも教えれば冥界の神とは程遠い程鈴を転がしたような可愛いくまた、母のような優しい声で笑い『……確かに、少し似ているわ。生前の私に、特に目元が…ね。』と言った。
黄泉津大神曰く禊で流した穢れは元はこの黄泉国と己のものから、故にそれが反映されたのかもしれないと語り故に須佐之男が己の事を「母」と呼ぶ事に少し理解は示せるらしい。
去り際には『あの馬鹿の事をよく見張っていてね、また感情で動くかもしれないから。』と言っていた。
蛙の子は蛙という言葉がある通り、見事月読と須佐之男は感情で動き父親同様神を斬り殺しているのだが、、と内心苦笑いはした。
黄泉津大神も別に話が通じないクレイジーな神ではない、あの時は単なる最後の夫婦喧嘩だったのだろうとは思う。
もう襲われる心配もない黄泉国及び黄泉比良坂だがそこから穢れが滲み出てくる可能性もある、それ故に普段は岩で塞がれているが供物の際は退けられ中に置き、それが終わればまた閉じる。あとは向こうの者達が勝手に取りに来る事になっている。
またお盆では地獄の釜の蓋も開くという言葉がある通り、祖先が家に帰る日でもある。
その橋渡し役となるのが8月の暦神、月葉月命なのだ。無論朱夏を治める夏神である夏高津日神、通称夏高だが黄泉津大神とは連絡を取り無事に行き帰りできるようにはしている。
夏高と妹であり秋容を治める秋神、秋毘売神は須佐之男の曾孫である。
更には盛冬を治める冬神、天之冬衣神は須佐之男の5世孫にあたりあの大国主命の父親である。
本人は『大爺様があんなちゃらんぽらんとは』と言っており更には『あの色ボケ愚息』と盛大に舌打ちとため息をついているが。
月読『…あーー………めんっっどくさいけど、そろそろ春も終わるし春の報告書がまとめ終われば佐保姫から届くからあの引きこもりにも渡さなきゃいけないし……言っとくかぁ…』
心底嫌そうな声で月読は原因のひとつになり得るかもしれない事を天照に報告すると示唆した。
春も夏も秋も冬も、全ては暦。全ての大元、暦の神である月読命にその責任はある。
故に季節の国は4つに分かれているが、結局の所真のボスは誰かと言われれば月読命なのだ。本人は無関係そうな顔をしているが。
弥生『ね、パパ!!次クレープ!クレープ食べたい!!』
そんなことはお構い無しに既にタピオカを飲みきった弥生が月読の腕をグイグイ引っ張り次のオネダリをしている。
月読『んふふ、クレープ食べたいの弥生。も〜可愛いんだから、好きな物頼みなさないね』
そしてコロッと表情を変え既に愛娘にデレデレの月読を見て、相変わらず通常運転だなぁと半笑いの月読の愛息子、卯月と皐月である。
こうしてまた、神々の気ままな1日は終わっていくのだった。