月読命のお茶会_1
桜ひらひらと散る淡い世界
天照大御神による温かな日差しに桜の花弁が透き通って見える
ここは季節の国、季節の国には日本の1年を巡らせる為に必要な暦神や四季神、そのその四季に咲く草花の神達が住まう国だ
季節の国にも更に地域はあり、四季と同じく春夏秋冬の4つの地域に分かれている
そしてその地域をまとめるのは同じく春夏秋冬の神、四季神だ
陽春は春の地域、朱夏は夏の地域、秋容は秋の地域、盛冬は冬の地域
この4つの地域の主が四季神となる、そしてその四季神を支えるのが暦神だ
暦神は月読命により直々に生み出された神であり、月読命はこの高天原を統べる天照大御神や海原の神である須佐之男命と兄弟姉妹である
夜を統べる月と暦の神である月読命はより日本を発展させようと1年を巡らせる大事な「暦」をより細かく分担する為に暦神を作り出した、それが十二の暦を担当する暦神だ
四季神にはそれぞれ3人ずつ暦神がついており、3人の暦神と四季神が揃って初めてひとつの“季節”が巡る、それが4回巡り1年が経つ
そしてここは桜が舞い春の温かな日差しが降り注ぎ柔らかな優しい花の匂いに包まれた春の地域である陽春
春を司る神である佐保姫と呼ばれる女神が治める場所だ
佐保姫の元にいる暦神は3月を司る神の弥生、4月を司る神の卯月、5月を司る神の皐月だ
正確には、月弥生命、月卯月命、月皐月命という名である
卯月『ん〜……、今年はちょっと早く咲かせ過ぎたからなぁ…』
桜が舞い美しい水が流れている川の畔で一冊の文庫本とにらめっこをしているのは4月を司る暦神、卯月だ
暦神の仕事はそれぞれが担当する暦を無事に巡らせ次の暦へとバトンを渡す事である
例えばの話であるがとある年の4月1日に大雨が降りその1分後にはカラッと天気が晴れその後3分間真夏レベルの温度に上昇した、……という日があったとしよう
それらは全て4月を司る卯月の仕業だ、もちろん実際に雨を降らせるのは別の神になるがそのそれくらいキッチリと秒単位で人間界だと異常現象が起きているとしたなら卯月の仕業だ
ある程度の介入はするがもちろん毎日毎日1年間365日24時間全ての日の天気を決めている訳ではないし仮に決めるとすればそれは天候の国の仕事だ、それをまとめあげるのは卯月になるが
卯月本人は優しい性格の持ち主だ、だが人間に試練を罰を与えるのも卯月の、神としての役割だ
何か悪いことをすれば天罰が下る、良いことをすれば加護を与える
気まぐれに天罰やら加護やらを与えるものもいるがある程度の度合いは守っている、やり過ぎれば天照大御神が怒り再度岩戸隠れをされてはたまったものじゃない
そして卯月が何をそんなにウンウンと唸っているのかと言えば桜の開花時期の話だ、なんだそんな事かと思うかもしれないが、卯月から言わせればこれがまた実は難しいものだそうだ
春は出会いと別れの季節とも言われる
そして春を最も象徴するのがなんていったて桜だ、人間の間でも桜前線がニュースになるくらいだ、それくらい日本人にとって桜は特別なものだ
そしてその桜の開花時期を決めるのも実は卯月の仕事だ、3月中旬下旬辺りから咲くのだから弥生の仕事でも良いのだが最も春らしいと言えば4月なので卯月の仕事だ
それに卯月自体が花神である桜の神、木花大清神と仲が良いのもある
木花とつくことから木花之佐久夜毘売と親族関係かとよく聞かれる人物だが別にそうでは無い、そもそもだが木花自体が「桜」を意味しているもので、桜の語源が木花なのだ
木花之佐久夜毘売、皆からは咲耶姫と呼ばれており咲耶姫は桜の神かと言われればそうではなく、火や水、安産などの神であり人間界での伝承では色々書かれてはいるが桜の神ではない、父が山の神である為そのような部類にも入っているがとりあえずは桜の様に大変美しい女神ではあるが桜の神ではない
それでだ、とりあえず桜神、皆からは桜花と呼ばれているがその桜花と卯月は大変仲が良いのだ
卯月『人間達の要望に合わせてだいたいこれくらいの時期と思われる頃に咲かせたのに…そしたら今度は4月が寂しいって言われるし……』
う〜、と少し唸りながら文庫本、正確には今年の4月の様子などが書かれた書類をため息混じりに見つめていたが今の人間の季節は5月、既に4月は過ぎ去ったのでとりあえず無事に自分の暦を巡らせ次に渡せた事を喜ぼうと書類をパタンと閉じ横に置いた
卯月『…せっかくだから天照様に貰ったお菓子でも食べよ』
そう言い文庫本が置かれてる反対側にはバスケットが置かれており中には抹茶のロールケーキとほうじ茶ラテが入っている、卯月と天照はこれもまた凄くとはいかなくとも仲は良い方で、天照から贈り物が届く程度の仲だ
自分達の生みの親である月読命、そして月読命の姉である天照大御神、要は人間的に言えば天照にとって暦神達は甥っ子の様な存在なのだ
もちろん暦神達は月読命から生まれたはしたが月読命には妻がいない為子もいない、暦神が本当にそれは子と言えるのかとは思うが月読命は暦神を作り出して開口一番に「我を父と呼ぶように」と言い今では神界では有名な親バカ認定だ
まぁ今まで子がいた訳でもないのでそうなるのは仕方ないかと言えば仕方ないのだが
卯月『にしても人間は本当に便利な物を作ってくれるなぁ、この瓶に入れれば冷たいまま飲めるし』
と、水筒を取り出す卯月だがそこは神なんだから指鳴らしてポンっと用意するやら不思議なパワーでも使って冷却するやら……、とあるだろうが神にだって力の限度はある
そんな飲み物ひとつに神力を使いたくないし体力と同じで回復するのに時間がかかる、神だからと言って万能な訳では無い
出来ないものは出来ない、当たり前だ
水筒のフタを開けそこに冷たいほうじ茶ラテを注いで飲めばとりあえずホッとひと息ついては今度は中に入っていたロールケーキを取り出し黙々と食べる
よく人間も「疲れた時には糖分が…」なんて聞くがまさにその通りだろうと卯月は思いながらケーキを食べ、食べ終われば再びほうじ茶ラテを注ぎ今度はゆっくりと飲みながら文庫本を取り出し、栞を挟んでいたページにたどり着けば本の世界へと浸る
今度は書類ではなく本当にただの本、人間が書き上げた本だ
卯月の趣味は本を読み漁ること、それには誰が書いたかなんて卯月には関係ないし興味が無い
本を作り出したという事が既に素晴らしい事なのだと言っている、卯月の目標は人間達が作り上げた書物を全て読み漁る事でありそこには最近覚えた漫画も含まれている
絵だけでこんなにも表現出来るのか、と感心していた
??『また本を読んでいるの?』
爽やかな声と共に卯月の後ろから顔を覗かせるのは5月を司る暦神、皐月だ
卯月『今1人で4月お疲れ様会やってるんだよ、皐月も抹茶ロールケーキ食べる?』
皐月『また天照様からもらったの?』
有難くもらうよ、と言いながら皐月も座り卯月からロールケーキを貰いながらそう呟いた
卯月『天照様にお返しする物って何か毎回悩むんだよねぇ…嬉しいんだけどさぁ……』
皐月『お父様に相談してみては?』
卯月『お父様に相談なんかしてみなよ、嫉妬して泣いてめんどくさい事になる』
あ〜、とどこか気が抜けた声を卯月が出しながらロールケーキを頬張る
月読命、月と暦の神であり三貴子
暦神達の生みの親
父親、そして親バカ
贈り物相手は自分の姉、姉弟
お分かりであろう、月読命…というか父親、伯母から毎回贈り物貰って愛しの息子からそのお返しが貰える
嫉妬案件なのだ
皐月『でも卯月、今度お父様とのお茶会があるでしょう?』
皐月もモグモグと食べながらそう言うのは月読命から届いた手紙の内容
今は5月、皐月が暦を回している
そして5月はそろそろ春が終わる時期、6月からは夏へ入る準備期間の季節だ
次の季節へとバトンが渡される、ひとつの季節が無事に終わったという祝い
その為少し早いが春お疲れ様会をしないかという誘いだ、因みに月読命は何かと理由を付けて親子で過ごしたがるが普通に言ってくれれば良いのにと少なくとも卯月は思っている
そしてそのお茶会にもちろん参加しない訳がない、その時に伯母への相談をしても良いが嫉妬されるとまためんどくさい
卯月『…まぁ、どことなく聞いてみようかな……いざとなったら弥生がいるから…』
その言葉を聞いて皐月は少し苦笑いをしながら、卯月と共に茶菓子を食べながら談笑を続けた